逃亡者の記憶
南行きの列車にて
「朗報だ、別れた息子の養育費を、全額払えるぐらいの金がある」
「なんだその変な例え」
客室で、盗んだ金を数えていた逸見とモーガンは、下らない事を言いながら、列車旅を楽しんでいた。
本日は、マダッド南部行きの車窓から、お送りしております。
現在は、中部の農業地帯に差し掛かっており、辺り一面に麦畑が広がり、風と共に麦が揺れ動く様は、時代に揺れ動く人々を思い浮かべさせてくれます。
「何か食べようペコペコだ」
逸見はモーガンを誘うが、
「先に食堂車に行っててくれ」
と、言われ仕方なく1人で、食べることにした。
食堂車へ入ると何人かが、おいしい食事を求め、テーブルで楽しく談笑しながら、食事をしている。
焼きたてのパンの匂いが、食堂を包み込んでいた。
カウンター席があったので、そちらに座ると、じゃがいもと豚肉を混ぜた料理を注文した。
「酒はあるかな?」
「各種揃っております」
「じゃあシャンパンを」
普段酒は飲まないが、強盗が上手く行った祝いに、一杯だけ飲むことにした。
「何かお祝い事ですか?」
すると、隣に座っていた、図書館で眼鏡掛けて事務員やってそうな女が、声を掛けてくる。
「えぇ、まあそんなとこですよ」
「へぇ〜それは奇遇ですね!私もお祝い事があったんですよね〜」
手を合わせ、嬉しそうに話す女性を見て、思わず顔が綻ぶ。
折角だし、乾杯でもするかと思い立ち、バーテンダーへ要望する。
「こちらの可愛らしいお嬢さんに、一杯」
「あら、可愛いなんて照れますねぇ」
見掛けの割には、魔性の匂いを漂わせるこの女性に、逸見は逆に感心した。
「では、えー君に出会えた事に乾杯」
「私にではなくて?」
「こう見えても私は既婚者なんだ、嫁に自殺されかねない」
逸見のジョークに女性は、顔に笑みを浮かべ笑う。
「では私は神に」
そう言うと、シャンパンを飲む。
「セチアー!」
と突然雰囲気ぶち壊しの声量で、名前を呼ぶ声が聞こえる。
「セチアほら大事な物忘れてるよ!」
がたいのいい女は、隣の女へ細長い革製のケースを手渡した。
「ちょっと、今はやめてって」
と、慌てた様子で、雰囲気ブレイカーの女を、宥めていた。
「お友達かい?それじゃあ私はこの辺で」
と言って逸見は、代金とチップを置き、バーテンダーに、ずっと立っているのは辛いだろうから、座っていた方がいいと、生存の助言をして、立ち去る。
食堂車を出ると逸見は、早歩きで自室へ向かい、懐から拳銃を取り出して、薬室に弾薬を装填する。
自室に戻ると、丁度モーガンが食堂車に向かおうとしていた。
「おぉ、逸見今丁度向かおうと」
「伏せろ!」
モーガンの頭を屈ませ、床に這いつくばる。
そして次の瞬間、強い光が食堂車の方から、発せられ、列車の屋根が吹き飛ぶ。
食堂車から後方の車両は、一瞬にして蒸発したのだ。
「また連中か!」
逸見達の目の前に達現れたのは、先程の女とアリス・ルドベギアだった。
「もう少しで上手くいったのに…」
殺意の塊みたいな攻撃を食らったのも、つかの間、今度は女剣士の斬撃が襲う。
逸見は足元に転がっていたウォッカを、アリスの方へ投げ付ける。
投げられた酒は、斬撃の衝撃波で割れ、アリスにふり掛かる。
「このぉ!バカにするなぁ!」
この男には、戦いの掟を守る意志が無いどころか、酒を投げつけられた。
挑発してるに違いない、そう感じたアリスは、剣に力を集中させ、最大火力で焼き払おうと、刃に光を帯びさせる。
「待って!そのまま放てば燃え…」
もう遅かった。
刃の熱に反応したアルコールが、一瞬で全身に燃え広がる。
アリスは喉から、何匹ものカエルが、一辺に潰れたような音を出しながら、列車から転げ落ちる。
「連れてくるんじゃなかった」
と、独り言を言いながら、アリス救助の為にもう1人の女は、高速で走る列車から飛び降りた。
列車は停車し、騒ぎに気付いた他の客がなんだなんだと、詰めかける。
「長距離行軍演習やったことあるか?」
「ないな」
「俺もだよ」
列車を降りて、逸見とモーガンはとぼとぼ歩き始めた。
列車から落ちた勇者の仲間にて
手のひらから青白い光を放ち、アリスへ手をかざすと、みるみるうちに傷が癒えていく。
アリスを蘇生すると、神官セチアはアリスを責め立てた。
「杖は客室に置いておくと言った筈ですが、何故あのタイミングで持ってきたのですか?」
「だって聴いてなかったもん……」
「ハア?この際はっきり言いますけどねぇ」
「あなた方は、誇りだの掟だの言って、これまでに何回失敗して来ました?」
「よ、よんかい?」
「13回目ですこのアホ!」
頭をかきむしり、使えない愚かな仲間に、怒りを覚えた。
能力だけに頼り、前時代的な訓練ばかりやっている為か、どうしても近代兵器や狡猾な戦術に弱く、これまでに何回も撃破された。
それでも死なない訳は、こうやって能力で治療しているからだ。
この能力、思い込みや信じる力によって、力を増すのだが、剣や魔法で戦うおとぎ話しか教えられなかった勇者達は、異世界からの技術に対抗仕切れずにいた。
異世界からの技術と思想は、信仰力を弱めると同時に、魔法や魔術の力を弱めた。
このままでは、科学という存在が、我々の世界を作り替えてしまう。
だからこそ、勇者達を創ったと言うのに、肝心の勇者がこれである。
教会からお目付け役として、勇者達と行動を共にしているが、嫌にでも現実を突き付けられ、自身の信仰力の衰えを感じていた。
何とかしないと、という気持ちが、セチアに焦りをもたらしていた。
「いいですか!私は貴女が他の2人と比べて、少しは使えると思ったから、行動を共にさせているんです!」
「貴女相手に顔を知られてますよね!行ったら私が間違いなく、貴女の仲間だって言うことがバレますよね!その事ちゃんと理解してるんですが?」
怒りに任せて、いつもの説教を始めたが、アリスの返答は、「え、私達仲間じゃん」という話の文脈を理解していないものだった。
「もういい、あのお尋ね者を追います」
セチアは杖を持ち、逸見達を追うことにした。
マダッド中部農業地帯にて
上着を脱いで、頭に被せて、ただひたすら歩き続ける逸見達は、地面から沸き上がる熱気に体力を奪われていた。
「あとどのくらい歩けばいいんだ?」
「わからないね」
モーガンは、いい機会だと思い、気になっていた事を質問してみる。
「なんでムショに?」
「新聞読んでないのか?」
「言ったろ、新聞は読まないって」
「なら知らない方がいい」
歩いていると、回転翼機が独特の音を立てながら、飛んでいた。
「ムショで暮らしてた間に、世の中、色々変わってしまった」
「羽根が2枚だったのが、3枚に増えて、しかも回り始めた」
遠くを見つめるモーガンの姿は、時代の変革に、追従出来ない、哀愁漂う男の姿だった。
「昔ああいうのに追いかけ回された事がある」
「ほんとか?」
「本当だよ、ハインドっていうのに死ぬほど追いかけられた」
そんな話をしながら、また少し歩いていると、一軒の家屋が見えた。
土壁にトタン屋根の簡素な作りの建物だ。
タイヤ跡が家から伸びていたので、幾らか金を掴まして、人里まで送ってもらおうと思い立ち、家へ歩みを進めた。
ドアをノックすると、中から4~5歳ぐらいの、子供が出てくる。
「どうも、親御さんはいらっしゃるかな?」
「…ママだけだよ」
「ママは何処にいるんだい?」
「……寝てる、病気なんだ」
子供は我々を家の中に案内すると、寝室を指差した。
ドアを開けて中に入ると、そこには子供の母親らしき人物が、横たわっていた。
母親の顔を覗くと、水泡や火傷の症状があった。
髪の毛は抜け落ち、皮膚はただれている。
「まさか……」
すると外から車の音が聞こえてくる。
錆びだらけのトラックから、男が降りてくる。
我々の存在に気付き、怪訝な顔をする。
「家の中にいるの女はあんたの家内か?」
「なんだお前ら人の家に上がり込んで迷惑だぞ」
あまり触れられたくないようで、我々を追い返そうとする。
「あれは被ばくの症状だ」
逸見の言葉に、男は驚きの表情を浮かべ、あんた医者か?と問い詰めてきた。
「医者ではないが、よく知ってるぞ」
男は少し落ち着かない様子で話始めた。
「何週間か前の話だ、ブリタニカ軍の飛行機が麦畑に墜落した」
「救助に行った人間もいたし、興味本位で近付いた人間もいた」
「妻は前者に当たるがな」
「それでその…その後からああなった」
逸見は、残酷だが伝えなければならない事を話した。
「よく聴いてくれ、あんたの奥さんがかかったのは、急性放射線症候群だ」
「昔同じ症状の人間を見た事がある、ろくな治療も受けられずに皆死んだ」
「そ、それじゃあ治療すれば治るのか?」
「いや、もう死んでるよ」
逸見の放った言葉に、男は混乱し、椅子から転げ落ちた。
男が寝室に駆け込むと、寝室から泣き声が聞こえてきた。
「…パパどうしたの?」
子供は何か感じたのか、質問を投げ掛ける。
「ここよりもいい場所にママを送って行ってるよ」
「僕も行けるかな?」
「ああ、パパを助けてやったら行けるさ」
「町まで送ってくれて感謝する」
あの後、墓を掘るのを手伝ったところ、礼にとわざわざ車で送ってくれたのだ。
「いいんだ、役所に死亡届けを提出するついでだ」
「あんたら、これから何を?」
「気の赴くままさ」
「あんたも息子を大事にな」
「あぁ」
逸見は、数歩いて、立ち止まると、後ろを振り向き、男に助言した。
「もしブリタニカを訴えようってなら、私はその兵器について知っているぞ、って言え」
とある国の教科書にて
世界初の放射線被害
ブリタニカ陸軍パッシェル号墜落事故
核兵器の運搬中だったパッシェル号が、エンジントラブルによって、マダッド中部の農業地帯に墜落した事故。
植民地を利用した核実験を行う為に、4発の弾頭が持ち込まれたが、当時の核に対する認識は甘く、単なる新型爆弾と見なされ、ずさんな管理状態が招いた事故だった。
当初ブリタニカは、核兵器の存在を隠蔽するために、航空機墜落と周辺地域の健康被害の関連性を否定していたが、住人の1人が、核兵器の存在に気付き、交渉の結果。
補償金ではなく、あくまでも農地焼失によるお見舞い金として、被害者に支払われた。
この事故が判明するのには、マダッドが、ブリタニカから独立するまで、待たなければならなかった。
核がもたらした脅威についてp243
「ドリルト危機」参照




