かけごと
辺りが光に包まれる。
小さく大きな産声だ。
衝撃は、私が生涯感じたどの爆発よりも大きく、どの研究よりも誇らしく無かった。
「これで俺達皆クソ野郎だな」
地獄からの贈り物p716より抜粋
ブリタニカ領マダッド国にて
新聞の見出しに掲載されていたのは、原子炉完成予想図だった。
未来のエネルギー!
化石燃料に代わる原子力の秘密に迫る!
駅前で新聞を読んでいるのは、逸見萩だった。
「壮大な計画だな」
「そんなインテリが読むような新聞読んでどうするんだ?」
モーガンが、伸びた顎髭を気にしながら言う。
「教養を高めるのは大事だぞ」
「あぁ、そうだな、その新聞を買う金で不味いパンを買うよりはよっぽどいい」
皮肉を返すモーガンを横目に、新聞を読み続ける。
「それで、教養は高まったか?」
「そうだな、デタラメな事しか書いてなかった」
「そうかい、パン買った方がマシだったよ」
新聞を片手に、着いたばかりの列車へ乗り込む。
「なぁ逸見、俺達ブリタニカから逃げてるんだよな?」
「そうだな」
「じゃあ何でブリタニカの首都の劣化版みたいな工業地帯に、行くんだ?」
逸見は、少し間を置いてから言う。
「木を隠すなら森の中ってよく言うだろ」
モーガンは口をへの字に曲げ、ため息をつく。
「それならもっと良いところがあるじゃないか」
「南の方に行けば白いビーチに青い空、女だって山程居るぞ」
「なんたって、こんな大気汚染と雪が降る場所に行かなきゃならない?」
逸見は、新聞をモーガンへ手渡すと広告の欄を、指差した。
「デタラメな記事しか載ってないが、それでも大手だ」
広告には、住所及び身分証明書必要ナシ何方でも、と記載されていた。
「我々のような人間には持って来いだ」
ブリタニカ軍刑務所跡地にて
「やってくれたぜあの男」
独立大隊残存メンバーで構成された救出部隊は、火災が起きて廃墟と化した刑務所内を、探索していた。
「まさか私達が脱獄させる前に出て行くなんて」
しゃがみ込んで、木の枝で地面に絵を描くアンナは、呆れる反面、感心していた。
「いかがいたしますか指揮官?」
ハールマン・デンケは、イザベラへ指示を仰ぐ。
「空から見たときに、刑務所の近くに線路があったでしょ」
「列車の予定表から行ける範囲を捜索して」
「新聞に広告を打って頂戴、あの人いっつも文句言いながら新聞を欠かさず読むから」
「頼めるアデリーナ」
イザベラの目の前には、白衛帝国諜報員のアデリーナが居た。
アドラー国から逃亡する日、アデリーナへ正体は判っている。
協力すれば、好きな場所に連れてってやると言ったら、ホイホイついてきた。
余程心に余裕が無かったのだろう。
「さあ仕事に掛かって!」
のそのそと与えられた仕事に取り掛かる各員を、尻目に、イザベラは怪物の死骸に目をやった。
そして、拳銃を構え2.3発死体撃ちした。
「どうしたんです?」
「なんかムカついたのよね」
工業地帯ベルドにて
左から右へ、ベルトコンベアを移動する機械のキャップを、ただひたすらに回してゆく。
付けて回す、付けて回す、付けて回す。
これを永遠と繰り返す。
付けて回す、付けて回す、付けて回す。
付けて回す、付けて回す、付けて回す。
付けて回す、付けて回す、付けて回す。
そろそろ「回す」という行為が、ゲシュタルト崩壊を起こしてきた頃、昼休みのベルが鳴り響く。
工場の働き蟻達が、その日の食費を稼ぐ為に、働き、そして昼飯と酒代に消える。
工場で働く人間は、何度でも替えがきく「歯車」に成りつつあった。
「このままじゃ身が持たない」
モーガンは、固くなったパンを薄いスープにふやかして食べる。
工場労働者御用達の食堂で、逸見とモーガンは、あまり楽しくない食事をしていた。
「戦場にいた頃は、このスープ5杯分の銃弾を、撃ちまくってたってのに」
ランボーの言ってた事が身に沁みるな、と逸見は思っていた。
小さな豆粒が何個か入った薄味のスープに、頭蓋骨を叩き割れる位、固いパンを添えて食事をする様は、何と惨めだろうか。
「何でこんな場所来ちゃったかな」
とモーガンは、頭を抱えた。
「あと1ヶ月で目標金額だ、乗り切ろう」
と励ますが、「1ヶ月あれば銀行強盗だって出来るぞ」と返される。
食事を済ませ、工場へ戻る途中、ちらちらと雪が降り始める。
ポケットに手を突っ込み、誰とも会話せずに、人の波に沿って工場に戻る。
石畳の上を靴で鳴らし進む。
この場所を歩く人々の視界は、灰色に染まり、ノルマと明日への疲れを感じながら、生活していた。
初めは、こんな奴らとは一緒にはならない、なんて言っていた若者も、時間が経つにつれ、周りと同じ風景を見ることになる。
逸見達もそうなりつつあった。
するとモーガンは、工場へ戻る列を抜けて、逸見と裏路地へ入った。
「なあ、やってみないか?」
「はぁ?」
「だからやるのさ!」
「落ち着け、取り敢えず主語と述語を正しく話せ」
「銀行強盗だよ!俺達はこの国から追われてるんだ」
「なら、銀行おそったって罪は一緒さ」
突然の申し出に困惑したが、逸見は乗り気ではなかった。
「気持ちは分かるが危険だ」
「たまには冒険するのもいいんじゃないか?」
「冒険?ギャンブルの間違いだろ、とにかく危険過ぎる、諦めて全うに働くんだな」
その日の夜、工場からアパートへ戻っていると、何となく身に覚えのある顔の人物を見掛けた。
「モーガン酔っぱらいの介護してるフリしろ」
「そりゃいったいどういう?」
「いいから早く!」
逸見は、道端に落ちていた酒瓶を持ち、酔っ払っているふりをした。
「おでわなぁ!この足怪我してなきゃ!世界一のマラソン選手になるぇてとぁんだ!」
「はいはい、分かった分かった」
逸見は、その人物が見えなくなるまで、演技を続けた。
「なぁ、突然何だって…?」
「計画変更だ」
「なに?」
「強盗やるぞ」
逸見が目撃した人物は、自称勇者ことマリーゴールドだった。
アパートにて
「よし、まずは計画だが」
「銀行を襲うのは無しだ、警備が厳重だし、持っていける金品には限りがある」
逸見達は、逃走資金を稼ごうと、誰でも入れる工場で働いていたのだが、勇者の存在によって、その計画は頓挫した。
逸見は、勇者連中が自分を捕まえにきたと考え、この場所に、長居する事が出来ないと悟った。
現状の装備で、連中と対峙する事は、自殺行為に等しいからだ。
「それで…何処を襲うんだ?」
逸見は、アパートの窓から見える小さな賭場場を、指差した。
富裕層が、貧困層の苦しみに喘ぐ姿を見て、愉悦に浸りながら、賭博を楽しむと言う何とも悪趣味な場所である。
「なるほど、あそこは小さいし、警察署からも距離があるからな」
「だが問題がある」
モーガンの提案した問題は2つだ。
1つ、銃が無い。
刑務所で強奪した拳銃が一丁あるが、それだけでは心許ない。
2つ、建物の構造や警備状況を知らない。
いくら小さいとは言え、警備ぐらいは居るし、緊急脱出の手段を確保しなければならない。
「準備に一週間は掛かるな」
「いや3日で済ませよう」
そこからの行動は早かった。
銃は、なけなしの金で、軍からの横流し品を手に入れて、盗んだ物を入れるバックと変装用の服を買った。
お陰で、スープにパンを付けること出来なくなってしまったが。
建物の構造は、昔件の賭博場に行った事があるという、落ちぶれた小金持ちを、酒に酔わせて聞き出した。
3日目の夜
工場の仕事を休み、夜まで眠ったので、元気が有り余っていた。
最後に忘れ物が無いか確認し、賭博場へ向かう。
朝から降っていた雨は止んでいたが、その代わり急激に気温が低下し、白い息を吐かせる。
石畳は、街灯に照らされ、キラキラと輝いていた。
「いい夜だ」
逸見は独り言を呟く。
目的の賭博場は、街灯の光よりも強烈に光っていた。
蛾を集める自販機の如く、電飾を光らせ、富裕層の中でも、悪趣味な部類の人間を集めている。
「やるぞ、準備はいいな」
「ふーカジノの金を奪うなんて、オーシャンズ11だな、あの映画は銃を使わなかったが」
「なに変なこと言ってるんだ、行くぞ」
ドアマンが、カジノに入る客を入れた瞬間に、工場から盗んだ科学薬品を染み込ませたハンカチを、ドアマンに嗅がせ、気を失わさせる。
客を後ろから人質に取り、狭い店内を駆けて行く。
「動くな!」
強盗に驚いて声も出ない客を前に、支配人らしき人物を、脅して金を出せと脅す。
「か、かねはない!、き、今日は店じまいなんだ!」
逸見は、支配人の太ももへ向かって銃撃する。
「くそ!なにをする!」
更にもう1発容赦なく撃ち込む。
「ほら早く金を出せ!」
支配人が金庫を開けている間に、モーガンは警備の人間に警告する。
「さあ用心棒諸君!賭けの時間だ!」
「抵抗して玉にいるせがれ達と死ぬか、葬儀屋を儲からせないかのどっちかだ!」
下品な例えだが、効果的だった。
「ジョージ!外を見張ってろよ」
モーガンは、こちらが2人だけだと思われないように、外で見張っている設定の人物を即興で、作り出した。
金庫の中が開くと、逸見は中の金庫の中にあった札束と金の延べ棒それから時計を、バックに仕舞いこんだ。
「これで全部か?」
「そ、そ、そうです」
「嘘だな」
3発目も足に撃ち込む。
「あ゛っ!わかったわかった、カーペットの下にもう1つ金庫がある!」
こうして、カウンター席の小さな金庫に至るまで、金品を強奪すると、科学薬品を用心棒と従業員に嗅がせ無力化する。
賭博場を出て、街路を走る逸見とモーガンは、笑っていた。
「ハハ!こんなに上手く行くとは!」
「最高だ!」
モーガンは、興奮のあまり足元を疎かにして、雨で濡れた路上で転ぶ。
「なにやってるんだ、ほら立て」
「ハハハすまねぇ」
逸見達は駅の公衆トイレで服を着替え、夜行列車に乗り込むと忌々しいこの街から脱出した。




