Gerbera
ブリタニカ軍刑務所にて
狭く息苦しく、周囲をコンクリートで囲まれた部屋で、逸見は過ごしていた。
ドアの隙間から見える光だけが、この世界照らす存在だ。
毎日2回食事が運び込まれ、健康診断と精神鑑定が週一回ある。
本を読むことも、外に出て運動する事さえ叶わない。
この場所は隠匿されている。
と言うのも、船でブリタニカまで輸送された後は目隠しとヘッドホンを装着され、場所が分からないようにされていた。
特にやることもなく、精々体を動かすか思い出に浸るぐらいだった。
逸見の記憶にて
銃を整備していると、ガーベラが声を掛けてくる。
「逸見、ご飯出来たよ」
「あぁ、今行くよガーベラ」
ガーベラは、銃を興味津々に見ていた。
「これが気になるか?」
「うん、まぁ」
拳銃に弾が入ってない事を確認して、安全装着を掛けると、ガーベラへ渡す。
「これはコルト1911って言う武器だ」
「重い……」
「人を指の力だけで殺せる恐ろしい存在だ、扱いには注意しろ」
拳銃を両手で持つガーベラは、何か言いたげな雰囲気だ。
「ねぇ、逸見が暮らしてた日本ってどんな所だったの」
逸見は地面に寝転がり、隣に寝ろとガーベラにジェスチャーした。
「戦争してたんだうちの国」
「いや正しくは世界が、かな」
20XX年にて
「気化燃料砲弾の着弾を確認!」
「慌てるな!米軍の攻撃と時間を合わせる!」
空では、キーンと独特なエンジン音を響かせ、機関砲を掃射する。
「来たぞA10だ!」
「IRレーザーは極力使うな敵の暗視装置に見付かる」
無線を持っていた分隊長が突撃命令を出す。
遮蔽物が無い草原をただ走り続ける。
水の枯れた水路へ皆が飛び込み、隠れる。
民家に籠城する敵兵から、RAI44狙撃グレネードランチャーの射撃が襲う。
空中で炸裂し、水路に隠れていたインド軍が損害を受ける。
「エアバースト弾だ皆死んじまうよ」
「うるさい黙れ!」
「中村、90に家を砲撃させろ」
「了解」
間も無くして、90式戦車から砲撃が行われ、民家が大爆発を起こす。
戦闘が終わり、敵が放棄した食品加工工場で一夜を過ごすこととなった。
隊員の殆んどが、スマートフォンに電源を入れ、ニュースを観たり音楽を聴いたりする。
スマートフォンは、アメリカ製の電子妨害に強いスマートフォンである。
このスマホは幾つかの機能を無くしており、カメラや位置情報を発信する機能を削いである。
兵士がSNSに位置情報付きの写真をアップしたり、電波を辿ってミサイルを撃ち込まれ無いようにする為の措置だ。
平たく言えば、受信しか出来ないスマホである。
インターネットは兵士達に娯楽を与えると同時に、信頼性の低い情報を与えているとして、問題視されている面もある。
「今年も年越しそば食えなかったなぁ」
「それ言うなら米さえ食えてねえからな」
「全部あいつらが悪いんだよ」
あいつらとは、我々の敵である連中だ。
何十年か前に中東に現れて、どんどん増殖していったかと思ったら、あの宗教問題が絶えなかった中東を安定化させた連中だ。
何処から来たかも判らず、まるでどこか別の世界からやって来たかのような、そんな連中だった。
アメリカがロシアや中国と睨みあってる間に、その国は発展し攻撃性を増した。
彼らは、核や大型艦艇を製造するが、不思議なことに衛星や諜報員の監視網に引っ掛からず製造した。
そして、欧州侵攻をきっかけに、第三次世界大戦に発展する。
戦略核が宇宙空間で迎撃され、直接的な勝利に導かなくなると、今度は戦術規模での核運用が行われ、核はその抑止力を失い、デカい爆弾に成り下がった。
逸見はそんな世界で数年間、日本国防軍の軍人として軍に従事した。
我々の敵、連中に何処から来たのか尋ねたことがある。
その時連中は、口を揃えて言ったのだ。
違和感に吸い込まれた。
「おい42731番起きろ!」
警棒がドアを叩く音で、現在に呼び戻される。
手足に手錠を掛けられ、8人の他の囚人と共に連れて行かれる。
重厚なドアをくぐると、白い塗装が施された部屋へ他の囚人と一緒に、椅子に拘束される。
映画撮影用カメラを回されながら、気分は?どこか異常は無いか?と確認される。
「えー何回目だ?33回?34回目精神妨害戦闘研究を開始する」
「Mk4を入場させろ」
大きな足音が聞こえる。
その足取りは老人が足をふらつかせるか様に、不安定だった。
鉄と肉の腐乱臭が混ざったような臭いが、部屋を占領する。
「Mk4、42741番の被験者への妨害を開始せよ」
おぼつかない足取りで、気色悪い怪物がヌタヌタと、囚人に近付き、腹に生えた手で頭を掴み呑み込む。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛たすけて」
その怪物は私がよく知っている奴だった。
「次、42767番」
「あ、ぁ、ぁ、ぁ、むぐあぅ…ん・」
体のありとあらゆる部分が拒絶反応を起こし、囚人は幼少期の頃、科学薬品を誤って飲み込んだ時を思い出す。
あの時なたいへんだたなぁ、マラドウナ先生が吐き出させようと水でげきか薬を洗い流そうと必死に……
なんだっけ?
泡を吹き、白目を剥いてアウアウと呻く。
「次42731番」
逸見の頭に無数の腕が手を伸ばし、水晶玉から歪んだ光を放つ。
???にて
気が付くと、ガーベラを殺した部屋にいた。
「逸見いらっしゃい」
声の主は、ガーベラだった。
「久しぶりだね」
「………」
「話したく無いの?つれないなぁ」
1人で楽しそうに茶を淹れるガーベラは、かなり上機嫌だった。
「あ、結婚おめでとう逸見」
「でも全然イザベラと会ってないよね」
「駄目だよそれじゃ、イザベラちょっと寂しそうだし」
こっちの気分そっちのけで話すガーベラに、逸見は質問する。
「私の事を恨んでないのか」
茶をカップに注ぎ、テーブルへ置く。
「そりゃまぁ、殺されたのはカチンと来たけど、まぁ痛くは無かったし」
茶を勧めるガーベラに、要らないと手で答える。
「そう言わずに一杯だけでも」
仕方なく茶を貰い、ベッドに腰掛ける。
ガーベラは隣に座り、私の記憶の中を覗き、思い出話をする。
「あ、でも友達の結婚式に参加出来なかったのは悔しかったなぁ」
「他にも、タペラ(翼竜)が死んじゃったり、デミーを逸見が殺しちゃったりしてさぁ」
これは、悪い夢なのだろうか?
死んだ筈の人間が、自分のやった事を評価するのは、実に奇妙だ。
「ねぇ逸見、貴方を私が死んでも悲しくさせてくれなかったのは、この世界の住人のせい?」
逸見には確信があった。
この世界に呑み込まれる直前、違和感を感じた。
連中も同じ事を言っていた。
違和感を感じた、と。
そしてこちら側、私が元々いた世界で、戦争の引き金を引いたのはこの異世界側の住人だ。
連中は異世界人なのだ。
「間接的にだが、そうなるな」
飲み干したカップの中を覗き、何も入っていない存在を見る。
「じゃあさ、破壊してよこの世界」
ガーベラは静かに、囁く様に言う。
「私は貴方を許す、貴方の世界は数え切れない人を殺された」
「それに比べれば、私1人ぐらいじゃ勘定が合わない」
ガーベラ逸見をベッドに押し倒し、誓いを立てさせる。
「だからお願いこの世界を地獄に作り替えて、私を殺したこの世界を呪って、貴方と私に与えた苦痛を、この世界に与えて」
地獄、それは死霊達の行き着く場所。
そして罪人に裁きを下す場所。
ガーベラは、それを創れと言った。
たかだか人間の分際で、神ならぬ人間が創り出せと言うのだ。
「わかった」
逸見は禁断の契約に同意する。
何の迷いもなく、何の躊躇もせず、汝の一切の望みを捨てて放つ。
「そう言うと思った」
ガーベラは優しく微笑む。
「楽しみにしてるからね」
悪魔との契約が今交わされた。
「それはそうと」
ガーベラは、逸見へ馬乗りになりながら、服を脱ぐ。
「どおせ時間はあるんだし、貴方がイザベラとやったことを、楽しみましょ」
しなやかで肉付きの良い身体が触れ、イザベラの繊細で細い身体とはまた違った良さがあった。
「貴方の記憶で感じたんだけど、イザベラってあんなに冷酷なのに行為の時は、ベッドシーツを握って我慢してるの可愛いと思うのよね」
暫くして、ベッドが上下に動き始めた。
現在にて
怪物は突如、雄叫びを上げ、周りにいた研究員と警備を投げ飛ばした。
「!あ゛や!ひゃ!あ゛や!ひゃ!ひゃ!」
頑丈な防御扉を、叩き破り、鎮圧しに来た部隊を蹴散らす。
怪物が暴れて、拘束具が外れる。
近くで、くの字折れ曲がった看守から散弾銃と鍵を奪い取ると、残りの5人を解放する。
「ありがとう!お前は命の恩人だ!」
涙目になりながら、強面の男達が逸見に感謝する。
逸見は囚人に鍵を預けると、出来る限りの囚人を解放しろと言った。
鍵は囚人から囚人への手へ渡り、刑務所にいる数百人の囚人が、決起する。
「今宵は祭りだ!殺人者、強盗犯、逃亡者、裏切り者、誰だろうと自由になれるチャンスだ!」
「生きてこの刑務所から逃げ出してやれ!」
怪物は、次々と警備を突破する。
鍵の掛かったドアを破壊し、看守を蹴散らす。
まるで、脱出のルートを抉じ開けているように。
「囚人が武器庫を占領した!」
「鎮圧部隊を呼べ!」
刑務所は大騒ぎとなり、警報が鳴り響く。
逸見達は、怪物が抉じ開けたルートに沿って、外へ脱出を図る。
「止まれ撃つぞ!」
しかし今、囚人にその言葉は通用しない。
散弾が看守腹へ命中し、臓物を撒き散らす。
「クソ!」
拳銃の応射が来る。
刑務所内では、あちこちで銃撃戦が発生し、最早看守だけでは、手に終えなかった。
「急げ!急げ!」
外へ向かって囚人が急ぐ中、大盾にヘルメットを被った鎮圧部隊が、囚人の前へ立ち塞がる。
攻撃を加えるが、散弾や拳銃弾では盾を貫けず、反撃で打ち返される。
「闇雲に撃つな馬鹿共!跳弾が当たるだろう!」
鎮圧部隊は、盾の隙間からカービン銃で撃ち込み、引っ込める。
という、連携の取れた攻撃で、囚人側の数を減らす。
対して囚人側は、寄せ集めの烏合の衆のためか、馬鹿撃ちを繰り返していた。
「馬鹿共め!いいか俺の合図で火力を集中しろ、右から3人目の盾を積極的に狙え」
狭い一本道から一度下がり、体制を整えてから反撃する。
「3つ数えたら撃つぞ!0今だ!」
集中砲火を浴びた盾要員はよろめいた。
その瞬間を見逃さなかった、囚人側の自然に決まったリーダーは、盾の隙間を縫って命中させた。
総崩れを起こした鎮圧部隊は、囚人によってなぶり殺しにされた。
刑務所の外にて
既に刑務所は鎮圧部隊よって取り囲まれ、ネズミ一匹逃げ出せない厳重な包囲だ。
装甲車2台にライフル中隊が、密集隊形で展開している。
囚人相手には充分だった。
そう囚人相手には。
「あ゛!!ーー!!ーー!!ーー!!」
雄叫び?絶叫を上げ、怪物が、凄まじい勢いで突進する。
装甲車がひっくり返り、ブリタニカ兵士がぺしゃんこになる。
「なんだこいつは!?」
その場にいた誰もが恐怖し、誰もがその醜悪な姿に、目を背けた。
警備兵達は、何の為に配備されているか解らなかった対戦車兵器を持ち出し、今この時に使うのだと、悟りながら撃ち込む。
巨体から想像がつかない程、俊敏に砲弾を避ける。
逸見達は、兵士達が怪物へ釘付けになっている間に、刑務所の外へ向かって走る。
外は雪景色が広がり、こんな状況でもなければ、雪合戦でも楽しめたであろう。
雪の中を、薄い囚人服で震えながら走る。
指先は冷たくなり、靴下を濡らしながら走る。
「くそ!最近走ってばっかりだ!」
すると、雪の中に一筋の希望が芽生える。
列車が大カーブで速度を落とし、ゆっくり走っているのだ。
「飛び乗れーーー!!!」
列車の貨物に飛び付き、追ってから逃げる為の希望に乗り込む。
「さあ!掴まれ」
差し出された手を取り、映画さながらのアクションを見せる。
列車の荷物にぐったりと寄りかかり、ため息をつく。
「よう大丈夫か東洋人」
「あぁ……大丈夫だ、あんた名前は?」
「モーガンだ、仲良くしようぜ」
握手を交わすと、起き上がり、刑務所の方へ目をやる。
怪物はまだ暴れており、刑務所から黒煙が上がっている。
「さよならガーベラ」
再びガーベラへ別れを言うと、着替えがないか列車を列車の中を移動する。




