兵士よ決断されたし
「約8カ月の交渉の末、我々は停戦協定を結びました」
「プルムトリアを非武装地帯に〜」
病室に置かれたラジオから、戦争の終わりを伝える国営放送が聞こえてくる。
「終わったのかぁ」
アンネは、足にかけられた逃亡防止用の足枷を触りながら、外で飛ぶ飛行機群を眺めていた。
あの出来事の後、工作員は全員射殺、アンネは将校殺しの罪で拘束、病院で療養を受けた後、逮捕となる。
工作員はマフィアとして処理された。
鷲軍正規部隊を相手に8時間以上粘り、ブリタニカとレギオン合衆国製、最新鋭装備を所持していたにも関わらず。
「邪魔するよ」
入ってきたのは逸見だった。
「隊長、まだ裁判所に行かれて無かったのですか?」
逸見は、先の戦争で民間人殺害の嫌疑で、鷲萸両国間で行われる裁判に出廷する事になっていた。
「これが最後になるかも知れないからな、お見舞いだよ」
逸見はニヤニヤしながら封筒を手渡した。
「何ですこれ?」
「アンナのヌード写真、アンナが渡せって」
「なぁ!?」
顔を赤らめて、ぷるぷると震えだすアンネ。
その様子が可愛かったので眺めていると逸見は、アンネの足に掛けられた足枷を見つめた。
「酷い様だな外してやろうか?」
その発言に、近くで座っていた監視役の憲兵が、咳払いをする。
「冗談だよ、それはそうと傷の具合は?」
アンネの傷は思ったよりも深く、生活には車椅子か杖が必須となっていた。
「もうすぐ、隊長と同じ被告人になれますよ」
「おっ運命共同体ってやつか、嬉しいねぇ」
「気持ち悪いからやめて下さい」
皮肉を言い合っていると、時間がやって来た。
「それじゃあもう行くよ」
病室から出ていこうとすると、アンネに呼び止められた。
「隊長、アンナを暫くの間宜しくお願いします」
「あの子、結構寂しがりやなんです」
暫し見つめ合うと、「それは私じゃ無くてイザベラに言ってくれ」と、返事を返した。
鷲萸共同裁判所にて
「被告は嘘偽り無く、正直に答えて下さい」
世界連盟から派遣されたブリタニカ人裁判長が、通告する。
傍聴席にいる人間から、話声も聞こえてくる。
「連中、戦争の時何もしなかった癖に、こういう時だけは、しゃしゃり出てくるんだよな」
「どうせ、アドラーの人間が見せしめにされて終わりさ」
「ユニコッドはブリタニカの自治領だ、肩を持つのは当然だろ」
「大国の代理戦争に巻き込まれたと思ったら、次は勝手に裁判を開いて勝手に罪人扱いか気の毒な話だ」
この裁判所は世界の縮図だ。
ブリタニカは、白衛帝国の大陸覇権を許そうとせず、あの手この手で、白衛帝国の国力と地位を、落とそうとしている。
ユニコッドという海外領地を手放したくはない。
けど戦争は無駄が多い。
一方白衛帝国は、国内で人種による優劣を争っており、自分と同じ肌の色をした人種に味方している。
その結果、帝国は互いの敵に武器を供与する状況となった。
そして私は、今絶賛ブリタニカの白衛帝国弱体化政策の一端を担うことになる。
連中は、私を吊し上げ、あの大陸にいる野蛮人を見ろ!と叫ぶだろう。
「イツミ被告!この報告書の事実は正しいですか?」
「やった事は事実だが、私欲の為にやった訳ではない、伝染を阻止する為にやった」
全ての人間が私に疑いの目を向ける。
「しかし、本当に居るのですか?精神に介入し、人格や記憶を改変する生物など」
「ただの妄言だ、裁判長、被告は精神分裂症を患っていると思われます」
そりゃそうだ、誰も信じない。
世界の誰もが私を、狼少年だと思っている。
「事実を述べろと言われました」
「ふざけるな!君は人の心を持っていない残忍な人間だ」
「人の心?ではお聞かせ願いましょうか?」
「貴国が世界中に派遣している兵士は、一体何処の出身ですか?」
「東大陸で麻薬を売ってその金で紅茶を買うのが、人の心なのでしょうか?」
「私は殺した人間から金品を奪って、その金で紅茶を買えば、裁判で有罪にならずに済みますね」
ブリタニカの検察官が、ペンをへし折りそうなぐらい怒っていた。
「法廷を侮辱している!」
「どうせ私の言った事は書き換えられるんだろ、なら悪役らしい事言ってやるよ、新聞のネタにでもしろ」
逸見は、その場で演説を始めた。
私は、世界を破壊する!
両翼どちらも焚き付けて、国の広場でグルグル走り回らせてやる
人種による優劣を主張し、宗教を弾圧して、収容所に叩き込んでやる
世界中が無意識に、我々の真似をするのだ
君達が、我々を殺戮者だと言うなら、本当に殺戮者になってやる
我々は、北の帝国を内側から崩壊させる
我々は、西にいる肌の白い連中を、皆殺しにする
我々は、東の民族を決起させる
我々は、南の民族を独立させる
我々の行動と警告を、虐殺と言う二文字で表した事を後悔するがいい
恐怖!トトキアの虐殺者開き直る!
タブロイド紙を読んでいたオイゲンが、隊長らしいな、と笑いながら言う。
逸見の家に集まったアンナとオイゲン、ヴァイアーの3人が、テーブルを囲んでいた。
「隊長はブリタニカに送られるそうだ」
「何でそんなことを?」
アンナがステーキを、切りながら疑問を呈する。
「ブリタニカ人ジャーナリスト殺害容疑もあるらしい」
「だが俺の記憶では、そんな奴見た覚えはない」
オイゲンは、パンを齧りながら、アンナの疑問に答える。
「沙汰から見ればただの無差別殺人だが、こっちからしてみれば、選別もきちんとしてた」
「マニュアルもあったしね」
多少のコラテラルダメージがあったと言えど、ある一定の観点から見れば、大隊は適切に目標を排除していた。
だが世界はそうは思っていない。
狂ったように暴れ回り、妄言を繰り返し、幻聴と妄想を頼りに生きる "人間"の生命が余程大事らしく。
そいつらが、一般人に危害を加えたとしても、責任能力の欠如で無罪もしくは軽い刑罰を受けるのみ。
患者は伝染する、健常者の精神を破壊し、社会活動を妨げる。
有効な治療法が確約されておらず、正に死ななきゃ治らない状態である。
そして隔離施設に閉じ込めたり、処分したりすれば、何も知らない人権屋共が騒ぎ立てる。
奴らの世話をしたことも、奴らの被害を受けたこともない連中が、宣教師のように大衆へ語る。
全くもってクソである。
「隊長はこの後どうなると思う?」
「良くて終身刑だろうな」
「ブリタニカの刑務所は、ユーバよりマシだってアンネが言ってたよ」
「あいつ何でそんな事知ってるんだ?」
「アンネは昔、革命戦士やってたんだよ」
「赤の鎌槌って言う宗教」
赤の鎌槌の歴史を語るには、今から450年前に遡る必要がある。
元々は農民や大工が、高い税収に抗議する為に作った集まりだった。
ある時緑色の変わった服を着た男が、マドゥグズ主義というものを主張し始め、その後王政を僅か1年でひっくり返した。
しかし、マドゥグズと言う人間を崇める余り、宗教になったというらしい。
「でも半年も経たない内に辞めちゃったみたい」
曰く、少しでも宗教観に疑問を持てば、粛清対象になる険悪な雰囲気が合わなかったのだ。
「で、アンネとはそこで出会ったの」
アンナは転移させられてからの1週間、何も食べれず町をさ迷い、倒れた所を赤の鎌槌教会に拾われた。
しかし、粥一杯を食べる為に誓約書を書かされ、逃げることが出来なかった。
こうした悪質極まりないやり方で、信者を増やしていったらしく、他の宗派から厄介者扱いされている。
「アンネが一緒に逃げようって言ってくれた時は、凄く嬉しかったなぁ」
遠い目をして思い出に浸るアンナは、横目にヴァイアーは、提案をする。
「なぁ、逸見を救いだすことは出来ないか?」
「そんな事言われてもな」
「武器も無いし」
「オマケに空中艦艇の護衛付きだろ」
首を斜めに傾け唸る一同の前に、イザベラが分厚い資料を置いた。
「何ですかこれ?」
ヴァイアーが資料を捲ってみると、そこにはブリタニカ軍刑務所襲撃計画と書かれていた。
「命を投げ出す覚悟があるならやってみない?」
その瞬間、ここにいた3人は、自らの人生を左右する計画であることを悟った。
世界中から追われ、どこかの国で隠れながら暮らす生活が待ってる。
「俺は降りる、家族の為に何人も殺して刑務所に入った」
「もうこれ以上、家族と会えなくなるのは嫌だ」
そう言うと、オイゲンは3人が座っているテーブルに、もう1つだけ置かれた空のグラスへワインを注ぎ、その場を後にした。
「私はやる」
「その代わりアンネも連れて行く」
空のグラスにワインを注ぎ置く。
「俺は逸見の友だ、だからやるよ」
空のグラスにワインを注ぎ置く。
「では、深淵を覗くメンバーが決まった所で」
イザベラ、アンナ、ヴァイアーの3人と、持ち手のいないグラスと乾杯する。
そして死んだ仲間達に献杯
リズ・ニューサイラン?にて
「ころしてくれるっていったじゃないですか」
新聞の一面を見たリズは、脳を憤慨させた。
「どおしてどうして?」
「あたまがいたい」
2つの人格は、互いに干渉しあい。
一方に凄まじい負荷を掛けていた。
リズの脳は、隣部屋から発せられる騒音を常に浴びている。
耳元で常時、金切り声や奇声を上げられ、精神を病みつつあった。
「このおとなんとかしてくれ!」
壁に頭を打ち付けて頭を破壊しようとする。
だが、もう一人が邪魔してくる。
耳を削ぎ落とそうとしても、心臓を止めようとしても、酒を飲もうとしても、邪魔してくる。
だから、殺されるしか無いのだ。
リズは、逸見の家に招待されていたのだが、もう一人が邪魔して来て行けなかったのだ。
大隊メンバーが何をしようとするのかは、分かっている。
自分もそれに参加するのだ。
だが、もう一人が邪魔してくる。
だから、拉致って貰うのだ。
部屋のドアが蹴破られ、3人の男が顔を出す。
「よく来てくれた!」「来ないで!」
麻酔銃を、撃ち込まれそのまま深い眠りにつく。
「リズ上等兵、昇格おめでとうございます」
「12時間後にまたお会いしましょう」
そう言われると、リズは楽器ケースに仕舞われた。




