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最後の瞬間まで

逸見は喪服を着たまま椅子に座っていた。


朝から葬儀が続き、疲れで眠っていたイザベラをずっと見つめている。


戦友の死はいつでも訪れる。


友軍の誤爆で死んだ山本、腹を裂かれて死んだ中村、誰にでも死は平等に訪れる。


だが、もう馴れてしまった。


人の死は、あまり引きずらないことが大事だ。


だからキキョウの死も、あまり引きずらないようにしないといけない。


だが、今日は何故か悲しかった。


認識票しか入ってなかった棺を見たとき、あいつを証明する物は、この金属製の板とちっぽけな墓だけだと気付いたからだ。


キキョウとの約束は守れそうになかった。


お元気で、なんて言ったせいだ。


死ねなくなったじゃないか。




アンネ・アンナ宅にて


「アンネ、ちょっとお昼買いに行ってくる」


ベッドに寝転がって、本を読んでいたアンネは、

もうそんな時間かと思い、立ち上がる。


「いいよ着いてこなくて、足怪我したんでしょ」


包帯を巻いた足を見て、アンナは無理をしなくていいと言った。


「大丈夫なの?ちゃんとお店までいける?ハンカチは持った?」


「もうっからかわないでよ〜」


アンナは手をひらひらさせながら笑うと、お皿並べといて、と言って家を出た。


アンネは、足を引きずりながらナイフとフォーク食器を並べて、アンナの帰宅を待つ。


何買ってくるかな?魚がいいな、なんて思っていた。


だが幾ら待っても、その日アンナは帰って来なかった。


流石におかしいと感じ、街へ探しに行くが、何処を探しても見付からなかった。


痺れる脚を引きずって、次の日の昼まで探し続けたが見つからない。


もしや家に帰ってるのではと思い、戻ってみるがアンナは何処にも居なかった。


今ここに居るべき人が居ない。


アンネ仕方なく警察に電話を掛けようと、受話器に手を掛けると、突然電話が鳴り響く。


「アンナ?」


「ゆ、誘拐された」


「は?」


「れ、れいぞうこを見ろ」


アンナの震える声が聴こえる。


「アンナ……今時に」


「お願い早く!」


電話は途切れ、静寂が訪れる。


アンネは、言われた通り冷蔵庫を開ける。


これを開けたら、後悔するとわかっていたのに、ゆっくり開けた。


そこには、一本の人差し指がホルマリン漬けにされていた。


激しい怒りと後悔が襲う。


あの時一緒について行けば!こんな事をした奴を殺してやると。


瓶の近くに、手紙が置いてあった。


これから1時間毎に指を切り落とす。


9時間後にバラバラ死体が、駅前の噴水に飾られる事になりたくなければ、逸見萩を駅で近くの倉庫まで連れてこい。


誰かに連絡すれば、すぐにバレるぞ。


気が動転して目眩を起こす。


頭の中を血液と共に駆け巡る怒りを抑えようと、ガラス窓に頭を打ち付ける。


割れたガラスが、頭を切る事が無かった。


そして、次に訪れたのは恐怖だ。


このやり方は、父親がよくやる手口だった。


「どうして!?どうして!?どうして!?」


「あの時ちゃんと殺したのに!?」


「頭を撃ち抜いた筈なのに!?」


何年も前、この世界に産まれた時母親は、こんなガキの面倒はみられないと言って私を捨てた。


代わりに父親に育てられたが、日頃から暴行を加えられ、便利な労働力として、鞭で叩かれるのが日常だった。


本人は医者だと豪語していたが、実際は医者とは名ばかりの死体解体屋で、色々な部位を切り取って売ったり、剥製にする等の行為を繰り返す人間そんな奴。


だが、転機が訪れた。


14歳なったある日、裏路地でゴミを漁っていると、ある男に会った。


男は、痣の出来たアンネの顔をみるなり、2発の銃弾とリベレーターという名の銃を手渡し、囁いた。


これは解放者と言う名の銃だ。


これで世界を変えてみろ。


そこからは早かった。


死体から爪を剥がしている最中に、頭目掛け撃ち込み、世界を変えてみせた。


それだというのに、こんな仕打ちがあっただろう?


「やらないと……」


M1934拳銃をベッドの下から引き出すと、急いで逸見の所へ向かった。


深夜の為かタクシーは1台も走っておらず、急ごうにも、ここから逸見の住む場所まで、徒歩で8時間掛かる。


足を悪くしたアンネには、到底無理な話だった。


どうすれば?


その時、目に留まった建物があった。



5分後……


「おい止まれ!」


青い制服を着た男達が、一斉に発砲する。


「取り返せ!署長の首が吹っ飛ぶぞ!」


アンネが盗んだ車は、パトカーだった。


凄まじい速度で道路をかっ飛ばし、ボンネットがコンロの上の、フライパンみたいに熱せられる。


しかし、3時間程走った時だった。


エンジンから煙が吹き出し、オーバーヒートを起こす。


「クソ!こんな時に!」


道路の脇で立ち往生していると、乗用車が1台向こうからやってくるのが見えた。


アンネは道路の真ん中に立つと、道を塞いだ。


車は急停止すると、中から人が降りてくる。


車を止められ、えらく怒っていた。


「貴様なんのつもりだ!」


運転席から降りてきた男は、軍服を着ていた。


「将校の車を停めるとは、貴様ただで済むとは思うなよ!」


アンネは運転手が目を離した瞬間、運転手の脚を撃ち抜いた。


「貴様ァ!!!何を」


「うるさい!」


地面に倒れた男を蹴りあげると、今度は後部座席に乗っていた将校へ窓越しに銃を突き付け、降りろと言った。


将校が、ゆっくりとドアを開けようとしたその時、ドア越しに拳銃を撃ち、アンネを撃った。


狙いが不正確だった為銃弾は外れ、逆にアンネの怒りを買い、反撃で全弾撃ち込む。


将校は動かなくなり、車には無数の弾痕が残る。


将校の死体を車から引きずり出すと、また車を飛ばした。


結局たどり着いたのは、5時間後の夕暮れ時になった。


車を逸見宅の前に停め、拳銃の弾倉を入れ替え、なに食わぬ顔で玄関のチャイムを押す。


「どちら様でしょうか?」


家からメイドが出てくる。


「私は逸見中佐の部下であります」


「緊急の要件でお伺いしました、中佐はどちらに?」


「ご主人様は出勤中です」


きっと陸軍の基地に違いない。


「どうもお邪魔しました!」


アンネは車に乗り込むと、陸軍基地へ向かった。


その様子を、2階から覗き見ていたイザベラは電話を取ると、ある所へ掛けた。


「ああ、私ですちょっと確認したい事が」




陸軍基地 逸見のデスクにて


大隊が壊滅した後、独立大隊は解散になったが、再結成の計画を練っていた。


ダミアン大将は、できる限り支援すると言っていた。


私はまだ戦い続けなければならない。


手探りでコーヒーの入ったコップを取ろうとした結果、床に叩きつけられ、脳味噌が弾け飛ぶようにコップは割れた。


ペンを置き、割れたコップ片付けるのが面倒で、じっと眺めていると、廊下から足音が聞こえる。


足を引きずるような音が部屋の前で立ち止まり、ドアをノックする。


「どうぞ」


部屋に入ったきたのは、血まみれのアンネだった。


「隊長…ちょっとそこまでご足労願います」


拳銃を突き付け、逸見を脅す。


「拒否権はないようだな」


逸見は、素直に従う事にした。





とある倉庫にて


「時間だぞ」


男が腕時計の時間を確認すると、指をワイヤーカッターで切断する。


「ん゛〜゛〜゛〜゛〜゛〜゛」


アンナの指が切断され、残るは人差し指一本だけとなった。


「本当に目標はくるんですか?」


一般人と同じような服を着た集団が、20人程度集まっている。


無論民間人では無く、正体は武装したブリタニカ工作員だ。


差し迫った脅威でない限り、こうした直接的な行動に出ることは、稀だった。


必ず痕跡が残り関与を勘づかれてしまうからだ。


そうまでしてやるということは、余程の人物なのだろう。


「来ました、黒のボドゥセ、ナンバーは軍用」


「出迎えろ」


倉庫の扉を開き、車を中へと招き入れる。


「手を挙げたまま降りてこい」


出て来た男女に手錠を掛けて、椅子に座らせる。


東洋系の男が「最悪だ」と言う。


暗がりから姿を現したのは、今回の作戦立案者であり、伝説のブリタニカ工作員S80であった。


「また会ったな」


「アガナ以来だ、この老いぼれめ」


「アガナの後も随分と殺し回ったそうだな」


机に置かれた新聞には、逸見が関与した村で虐殺について書き出されていた。


「何故だ?そんなに殺すのが好きなのか?」


質問された逸見は、苦笑した。


「馬鹿言うな、私は人を好き好んで殺したのに覚えはないぞ」


「惚けるな!じゃあそこに書いてある記事はなんだ!まさか人間じゃないから殺してない、とでも言うのか!」


「ご名答、あんたクイズ番組に出たことあるだろ」


軽口を叩く逸見に苛ついたのか、殴り役の男が顔面に向かって1発殴る。


「なんだよ!ジョークすら分からないのか?お前絶対モテないだろ」


更にもう1発殴られる。


「あぁ分かった!分かったから殴るのを止めてくれ」


S80は、悪いことをした子供へ語り掛けるように話す。


「私は君を哀れだと思っている」


「君のような人間は、親の愛情を真摯に受け止めず、ただ自分の欲望を満たす為に、破壊を繰り返しているのだろう」


「私は毎日親に感謝しながら勉学に励み、教会に通い、信仰を深めていたと言うのに」


説教を始めたS80へ逸見は、また軽口を叩く。


「俺だって信仰深いぞ、糞が漏れそうになった時には、全力で拝み倒してるぜ」


今度は腹を殴られる。


「腹は結構来るから顔にして……」


「不愉快な男だ、そうやって人生を棒に振りながら過ごしてきたのだろうが、少なくとも、この倉庫の中では通用しないぞ」


「あんたと話してると、小学生の時の教師を思い出すよ、部活動費横領したって聞いた時は、腹抱えて笑ったな」


すると、また顔を殴られる。


「そこら辺の要望叶えてくれるの?」


「話はここまでだ」


「これから、貴様を然るべき所へ連れて行く、長生き出来ると思うなよ」


S80は袋を逸見の頭に被せると、車に詰め込もうとする。


「女2人は始末しろ」


アンナとアンネの2人へ銃口が向けられ、引き金が引かれようとした。


「伏せて呼吸を整えろ!」


空気を切り裂き、滑空する大きな影が倉庫の上へ現れた。


ガシャーン!と大きな音を立てて倉庫の屋根をぶち破り、翼竜が姿を現す。


ガーベラの飼っていた竜を、救出部隊として抜擢したのだ。


竜はS80を尻尾でぶっ飛ばし、アンナとアンネついでに、逸見を咥えると直ぐに空へ飛び立つ。


竜を預けていた施設が偶然倉庫の近くだった事で、この計画が実行出来たのだ。


しかし、強引な作戦だった為か、外で待機していた工作員の重機関銃をまともに受けてしまう。


その受けた傷が致命傷だったのか、竜は徐々に揚力を失い最後に逸見達を庇いながら、地面に激突する。


この翼竜、ガーベラから名前すら訊いておらず、全くと言っていいほど、世話も交流もしてない私の為に、ここまでやってくれたのだ。


「ガーベラが?まさかな」


竜に縛り付けていた銃を回収していると、車のヘッドラインが、こちらに近づいてくる。


アンナをアンネと逸見の2人で支えると、地下鉄へ逃げる。


まだシャッターが開いて居なかったが南京錠を破壊し、強引に地下鉄へ侵入する。


アンナをベンチに寝かせ、迎撃の準備をする。


「アンナ……遅くなってごめんね」


「追っ手が来るぞ、アンナを連れながらじゃ逃げられない」


「ここで迎撃する!」


アンネの手に目をやると、震えていた。


あれほどの修羅場を潜り抜けてきた女が、震えているのだ。


「アンネしっかりしろ!」


「アンナはお前が守らなきゃ駄目なんだ!」


「中尉!」


凄まじく顔色が悪い、アンネに少しでも戦場の感覚を取り戻させるべく敢えて、階級を呼ぶ。


「了解!中佐殿!」


「よし、その調子だ。私が陽動を掛けるから、お前は線路から撃て」


複数人の足音が聞こえる。


逸見は、柱に隠れ攻撃の機会を伺う。


追っ手の工作員達は、隙を一切見せずに短機関銃を構え、前進する。


「このゴミカス共め!」


大声をあげ、こちらに注意を向ける為に発砲する。


乱射した弾が、工作員の脇腹に命中する。


被弾した工作員を、もう一人の工作員が襟元を掴み、ズルズルと引きずり後退する。


そしてお返しの弾丸が、雨あられのように降り注ぐ。


盾にしているコンクリート製の柱が削れてゆく。


線路とホームの段差を利用して、隠れていたアンネが背後から敵を撃つ。


首元に命中し、噴き出す血液を抑えながら倒れ込む。


すると8人に数を減らした敵は、すぐさま4人にチームを分けて、2人が制圧射撃を行い、もう2人が距離を詰める戦法を取った。


「クソ!隙がない連中だ」


天井にあったライトを撃ち、怯んだ所でガバメントを連発しながら、突撃する。


防弾アーマーに弾を防がれ、致命傷にはならないが、あばら骨を何本も折る大怪我を負わせると、接近して短機関銃を強奪して、回り込んできた敵を素早く処理。


工作員を肉壁にしながら、手榴弾を投げつける。


爆発と同時に、肉壁にしていた工作員の腹へ短機関銃を連射。


更にあばら骨を砕く。


悶え苦しみ敵に止めを刺すと、全ての手榴弾をアンネの方へ投げ付ける。


「アンネ伏せろ!」


ホームで爆発した手榴弾は、線路側にいたアンネに当たらず、敵だけを殺傷する。


合計10人を仕留めたが、まだ10人残っていた。


短機関銃をリロードして、再び来る敵に備えようとした時。


1発の銃声と共に、アンネが倒れた。


「アンネ!」


続いて5発の銃声、しかし敵の姿は見えない。


「まさか跳弾で狙ってきてる!?」


物陰に隠れ、トリックショットを決めてきたS80を探す。


「出てこい若造!」


物陰からチラリと覗くと、気を失ったアンネを人質に、待ち構えていた。


「女を死なせたくなかったら武器を置け」


逸見は渋々武器を置いた。


S80は拳銃をホルスターへしまうと、素手でやろうと言い放った。


「早撃ちだと結果は目に見えてる」


「自信過剰だな、後悔するぞ」


「それはどうかな」


目に止まらぬ速さで打ち込まれる拳を前に、逸見は防戦一方となる。


「どうした若いの!肉弾戦は苦手か!」


脳、腕、腹、足、の順に重い一撃を繰り出してくる、S80。


「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」


S80へ組み付き、持ち上げ地面へ叩き落とす。


「効かんなぁ!」


そのまま背中へ肘を落とされ、呼吸が一瞬止まりかける。


持ち上げられ、セラミック壁へと叩き付けられ、足で頭を何度も蹴りつけられる。


「なんだそんなものか?」


煽てられ、朦朧とする頭でただ闘争心だけを便りに、突進を仕掛ける。


しかし、そんな攻撃はかわされ、ゴミ箱でボールを打つが如く、叩かれ脳震盪を起こす。


「あ゛あ゛ぉ゛ぉ゛あ゛ぁ゛」


意識が薄れ、声が出せなくなる。


S80の足へしがみつくと、骨まで噛み砕く勢いで噛みつく。


手羽先をしゃぶるように噛みつくが、振り払われ鼻へ一発お見舞いされる。


S80は拳銃を抜き、逸見の眉間へ狙いを定めた。


「無様だな」


撃鉄が起き、最後の瞬間が訪れようとしていた。


「こっち゛をミ゛ロ゛!」


直後、手榴弾とナイフで武装したアンネが、自爆攻撃を仕掛ける。


だが、早撃ちによってそれも砕かれる。


手榴弾を持っていた手を手首ごと撃たれる。


次に腹をそして足を。


だがそれでもまだ立っている。


次は胴に3連射。


「ご゛ろ゛す゛ぜっだい゛ごろ゛す゛!!!!」


その迫力は、地獄よりももっと下から這い上がってきた得体のしれない何かだった。


「クソォ!化け物共め!」


アンネへ6発の弾丸が突き進み、肉を抉り、神経を貫き、臓器を破壊する。


アンネは遂に倒れてしまった。


S80は弾を一発だけ装填し、逸見を捉える。


「終わりだぁ!!!!!」


パンとリボルバーの銃声にしては、軽い音が聞こえた。


S80は顔をゆっくりと動かす。


そこにアンナが立っていた。


リベレーターでゼロ距離から射撃したのだ。


「あんたは人差し指に負けたんだ」


S80は、その瞬間永遠なる眠りについた。






「アンネ…アンネ……しっかりしてよ…」


「…………………………………………………」


「目を覚ましてよ!!!!!!!!!!!」


またやってくる足音。


ズタボロのアンネ。


指を切り落とされたアンナ。


もう、戦う力は残っていない。


最後を覚悟する。


さぁ、来るぞ死がやって来るぞ





ダダダダダダタ!!!!!!!!!!!!!!!


この布を切り裂く様な音は、聞き覚えがある。


MG42だ。


駆け寄る鷲軍兵士達


担架で運ばれるアンナとアンネ


微笑みかけるイザベラ


これが夢でないとするなら


私達は助かったのだ。

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