死に向かって突撃せよ
100門からなる砲が山を砲撃する。
熱、破片、煙が我々を襲う。
更にそれが止むと、歩兵が前進してくる。
敵の機関銃から、放たれた銃弾が雨のように降り注ぐ。
だが我々にとって、こんなのは何度も経験してきた。
直ぐに迫撃砲と重擲弾筒で応戦する。
たとえ300mからでも、吹き飛ぶ敵兵が見える。
巧妙に隠蔽されたトーチカからMG42の射撃が始まり、10人程の敵兵が、瞬く間に倒れた。
全員が機械のように働いた。
定められた場所から正しい目標に、必要な分だけ弾を撃ち込み、敵を殺傷する。
サレコウベ師団はよく訓練された兵士達であり、実戦を経験した者ならではの、図太さも持ち合わせていた。
敵への情けもない良い兵士だ。
リュディガーが指揮所と呼んでいた場所へ戻ってみると、各員から報告を聴き、今の戦闘で受けた損害、消耗した弾薬を確認していた。
「リュディガー中佐、何か手伝えることはありませんか?」
リュディガーは少し考えると、死体を一ヶ所に集めて、埋めてくれと言った。
逸見は直ぐに取り掛かかった。
20名程の死体処理班を5つ編成し、空になった食料庫へ死体を運んだ。
師団規模の死体が築かれていた為、掩蔽壕の中は、腐乱臭が漂っていた。
蛆や蝿が死体にたかり、死体が虫の住み処となる。
顔が半分になった者を持ち上げようとすると、機関銃についていた兵が怒鳴った。
「おい!そいつはまだ生きてる」
目をやれば、片足片腕の状態で、機関銃を握っていた。
「頼むから連れて行かないでくれ…つれていかなで……」
その男にキキョウが、ブランデーを少し飲ませると、
「うまいなぁうまい」
と、独り言を繰り返した。
拳銃を男の額に押し当て、楽にしてやった。
こんな事を一日中繰り返した。
ガスマスクとゴム手袋を、外し息苦しさから少しでも解放されようと、空気を吸う。
サレコウベの寝床に顔を出して見ると、全員ぐったりと眠っていた。
天井が低くとても窮屈で、犬小屋に入った気分だった。
彼らは、この環境で4カ月耐えた。
ここから、是が非でも帰還しなければ、私は祖国に胸を張っては帰れないだろう。
逸見は、趣向品の入った包みをドアの近くに置き、足早にその場を去った。
2日の朝
リュディガーに案内されて、山の反対側に案内された。
そこには、一面が焼け野原となっていた。
昨日まで存在した筈の森が、全て燃えていたのだ。
「昨日の砲撃で森が焼けたんだ」
「もし俺達がこの山から出ようものなら」
「シュー!パパパパパ!」
「機銃掃射でズタボロにされる」
状況は思ったより深刻で、山の半分を敵が囲み、後退時に隠れ蓑にする筈だった森は、焼けて敵から丸見えとなり、逃げ切ることはジョン・マクレーンが死ぬことよりも難しいだろう。
逸見は、焼け野原となった森を恨めしそうに眺めた。
「まぁ連中も、こんなちっぽけな山に固執する理由はない」
「もう諦めてくれるんじゃないか」
しかし、次の週、タントワ山を戦術爆撃機40機の群れが襲った。
爆弾の衝撃で山が揺れ、天井から砂が落ちてくる。
「今日は一段と激しいな」
「何でこんな場所を攻撃しに来るんだ?」
その疑問を胸に、残り少ない食糧を口に運んだ。
昨日、少しでも腹を満たす為に、ミミズや野草を若い兵が探しに夜に紛れて繰り出したのだが、銃撃を受け、還らぬ人となった。
暗視装置のようなものを使って、こちらを見ていると考え、夜間でも洞窟陣地から出ることを禁止した。
敵はこの山に、全ての戦力を集中させて来ている。
逸見は、ここがこの戦争屈指の激戦になると予感していた。
2週間後にて
既に定期便と化した爆撃機のエンジン音を、ぼんやりと聞いていたが、普段とは違うエンジンも聞こえてきた。
いつものブレニウム爆撃機のエンジンでは無い、別の音をだった。
ズドーン!と大きな音を立てて洞窟内を揺らし、眠っている者を叩き起こした。
爆発の被害を確認する為に、床から起き上がったその時。
空気の流れを感じたのだ。
風が吹かない筈の洞窟に、風が吹いているのだ。
その瞬間、洞窟内の誰もが悟った。
敵が山に大穴を開けたのだと。
洞窟内で、機関銃弾と怒号が飛び交う。
曲がり角の一つ一つを、手榴弾で制圧する。
ライフルの弾が既に尽きた者は、銃剣か拳銃を手に、白兵戦を展開する。
「各中隊、応答せよ!」
洞窟内で無線が通じる訳も無いが、無線で安否を確認しようと、無線機へ怒鳴る。
「やっても無駄だよ」
リュディガーが、拳銃2丁と手榴弾を持ち、最後の戦いに備えた。
「私はここを死に場所にする」
「リュディガー中佐、一緒に戦えて光栄でした」
敬礼を交わすと、リュディガーは残った部下4名を引き連れ、指揮所を後にする。
stgの残弾をチェックして、銃剣を取り付ける。
薬箱からメタンフェミンを取り出し、2、3錠飲み込んだ。
味方と合流すべく、先を急いだ。
第1中隊、キキョウにて
爆撃によって洞窟内が崩壊し、指揮所へたどり着け無くなったキキョウは、別のルートから隊長を見つけようとしていた。
狭い洞窟内を、拳銃一丁で捜索する。
曲がり角に気配を感じ、「誰だ」と声を掛ける。
「ミカタ!」
と声が帰ってくるので、迷わず発砲した。
こちらの言語を真似したようだが、片言過ぎたのだ。
逃げる敵兵を、後ろから拳銃で撃ち抜き射殺する。
敵の服をよく見ると、ユニコッドの軍服では無かったのだ。
ユニコッドの軍服では無いが、かなり機能的で、そこら辺の洋服屋が仕立てた物では無いことが分かった。
こいつらは義勇兵なのだ。
あまり時間が無い。
キキョウは急いで道を進むが、更に5人の敵兵が道を塞ぐ。
敵は、突然出てきたキキョウに慌て、ライフルを構えるが、キキョウの射撃で仰け反り返る。
死体が道を塞ぎ、身動きがとれなくなった敵を、死体ごと撃ち抜く。
弾丸が死体を貫通し、後ろの3人に命中する。
最後の1人と4体の屍を挟みながら、腕を伸ばし、死体を盾代わりに支えて、互いに銃撃を繰り返す。
キキョウの方が先に弾切れを起こし、装填する暇さえないので、刃渡り15cmのナイフを取り出した。
敵は、このまま撃ってても埒が明かないと思ったのか、死体の足元の隙間から、キキョウの脚を銃撃した。
「あ゛ー!」
後ろへ倒れ、4体の死体が覆い被さる。
敵は弾倉を交換して、死体の上から鼠でも撃つかのように、銃弾を浴びせる。
近付いてきた敵兵に、ナイフで脚を突き刺し、転倒させると、死体を退かして、上から滅多刺しにする。
ピン!
何かが外れる音がする。
敵の手には、手榴弾が握られていた。
第1中隊、リズにて
脳を凄まじい激痛が襲う。
チョコレートは、もう残っていない為、頭が痛くてしょうがないのだ。
壁に寄りかかりながら移動するが、赤ん坊の方が速いレベルだった。
空腹と頭痛、そして吐き気がリズを襲っていた。
「何でもいいから食べたいなぁ…」
そう思うと、先程から顔でぶらぶらと振り子のようにぶら下がる物があることに気付いた。
鬱陶しいと感じ、ぶら下がってた物を引き抜くとそれは飴だった。
耐え難い飢餓に我慢出来ず、口に飴を放り込んだ。
丸くてぶよぶよして、しかもざらざらとした突起があった。
「塩味かな…」
飴を暫く舐めていた時だった。
「隊長は何処に居るかな?」
「分からない、多分指揮所に居ると思う」
この声には聞き覚えがあった。
部隊内で、数少ない女性兵士のアンネとアンナだ。
「こっち…こっち……こっちにいる…」
掠れた声で仲間へ呼び掛ける。
「リズ一等兵!」
声が届いたのか、アンネ駆け寄ってくる。
しかし、アンナはその場で立ち止まり、何か見てはいけないものを見たような顔をしていた。
アンネは困った顔をしている。
なんでそんな顔するのかな?リズは疑問に思った。
「どおしたのぉ二人ともぉ……」
「あぁ…この飴…見付けたのぉ……」
「あげないよぉ……でもこのあめへんなのぉ…」
口から飴が転がり落ち、喋りやすくなる。
「いくら舐めても減らないんだよね」
アンネは転がり落ちた目玉を拾い上げると、こっち舐めててと言って、一口フレーバーのカカオソース味を、リズの口に放り込んだ。
「わぁ…チョコレートの味」
リズは肩を担がれて、運ばれて行く。
何時の間にか、頭痛は止み、海を漂ってるような気分に陥る。
リズは壊れたのだ。
「ねぇリズの目くっつくかな」
「無理だと思う、破片が突き刺さって使い物にならない」
第1中隊、逸見にて
息遣いが聞こえる、stgをそっと構え、角を飛び出す。
「キキョウ大尉!」
死体を退かして、脈があるかどうか確かめる。
「キキョウ大尉!聞こえるか返事をしろ!」
キキョウは首を動かすと、
「敵が陣地内に突入、損害不明、味方との連絡途絶……」
「そんな事はどうでもいい!直ぐ軍医に診て貰うからな!」
キキョウを持ち上げようと、肩を持ったその時、腕を掴まれた。
「隊長お元気で」
キキョウは、そのまま動かなくなった。
「わかった、報告ご苦労、下がっていいぞ」
敬礼をすると、その場を去った。
その足取りは重くて速かった。
予め決められていた集合地点に集まったのは、オイゲン、リズ、アンネ、アンナ、ハールマンを含めた計31名だった。
「残ったのはこれだけか」
300あまり居た大隊は、その数を減らし、小隊規模にまで減少していた。
「これより、この地域から脱出を図る」
逸見の発言に全員が狼狽えた。
「どうやって?」
「穴を掘れとでも言うんですか?」
「そうだ!穴を掘れ!道を駆けろ!」
「やるしかないんだ!やるしか…」
全員が、絶望に立たされたその時だった。
空で無数の戦闘機が、ドッグファイトを始めたのだ。
「今日の朝に物資を投下した、味方戦闘機だ!」
「今しかない走れ!!!!!」
31人の兵士達は、必死に走る。
ただ命の為に、ただ祖国に帰る為に、ただ愛する者に会うために。
「ハント隊全機へサレコウベの仇をとれ!」
過去に何度も墜落したパイロットの中には、サレコウベ師団に救助され、何度も命を助けられた者がいた。
戦闘機隊は、その恩に報いる為に、全滅の知らせを受けたサレコウベの仇を撃つべく、烈火の如く攻撃を繰り返した。
「走れ!走れ!」
右からやって来た敵兵をstgで薙ぎ倒し、左からやって来たハーフトラックを、パンツァーファウストで粉砕する。
何人もの戦友が、敵に撃たれ地に伏せる。
そして助けを求める事もなく言い放つのだ。
「先に進め!」
「生き残れ!」
「俺は大丈夫だ!」
何故、こんな平地を走っているのに、弾が当たらないのかは分からない。
だが、我々は進むしかないのだ。
どうせいつかは死ぬ運命なのに。
滅びゆく運命なのに、進むのだ。
「進め!前進しろ!死に向かって突撃だ!」




