大義の為に
頭の中で、耳鳴りと鉄の音がする。
酷い音だ。
誰かがリズの頭で、不快なコンサートをやっていたのだ。
揺れる車の中で他の皆は寝ていた。
どうにかして耳鳴りを治そうと、ワインをがぶ飲みして、慰問袋に入っていたチョコレートとクラッカー、萸軍倉庫で見つけた肉詰めの缶詰を食べた。
少しすると、リズの頭の中は戦争という日常へ戻ったのだ。
しかし、少し困ったことが起きた。
ワインを飲み過ぎて酔ってしまったのだ。
スロムまで40kmの地点にて
首都まで100kmを切った時点だろうか、萸軍は徹底した焦土作戦と遅滞戦闘を展開し始めた。
驚くべきに、それまで銃の撃ち方も知らなかった連中が、待ち伏せや陽動と言った、単純だが効果は絶大な戦法を採るようになった。
練度の低い集団が撃ちまくって、此方の注意が引いてる間に、高い射撃技術を持った狙撃兵が、将校や下士官を狙撃するという戦術である。
数日前までパン屋の店主だった人間が、今では立派な戦闘部隊になっているのだ。
そして、脅威が訪れるのは陸だけではない。
空からは、缶切り共(夜間攻撃機)がお休みなさいと、ロケット弾と23mm機関砲を撃ち込んでくる。
たき火をしようものなら、容赦なく消し炭にされてしまう。
延びきった補給線は、我々から温かい食事を奪い、凍てつく寒さは体力を損なわせた。
北上するにつれ、寒さは厳しさを増し、順調だった鷲軍の進撃は停滞し始める。
作戦開始直後は100万の兵と1000を超える戦車に、2500余りの航空機を動員したと言うのに、今ではその戦力の3割を失っている。
逸見はこの状況に見覚えがあった。
だが、見覚えがあったところで、どうにもならないのである。
自分は大隊の指揮官であり、方面軍の指揮官では無いのだ。
例え私が、この世界の歴史を知っていたとしても、結果は変わらないだろう。
私は無力なのだ。
スロムまで25km地点にて
風を切り裂く砲撃と機関銃の金切り声。
修羅場、地獄、そんな言葉では、言い表せない程の凄惨たる戦いであった。
兵士達はヘルメットで地面を掘り、頭を埋める。
濃密な弾幕と空から降り注ぐロケットに、掻き回される恐怖と戦いながら、土を被り泥に這いつくばって進む。
「総員!煙幕が来るぞ!」
砲兵隊が煙幕砲弾を敵味方の陣関係なく、撃ち込む。
「砲兵は何処に撃ち込んでやがるんだ!」
「俺達は味方だ!戦車の支援射撃が出来ないじゃないか!」
逸見は仕方なく突撃命令を出した。
「クソ!戻ったら砲兵隊の連中を殺してやる!」
白い煙幕の中を必死に走る、対戦車塹壕で車両が通れなくなった今、我々歩兵部隊が頼りなのだ。
目の前に穴が見えたので、死に物狂いで飛び込んだ。
すると向こうから、訛りのある声が聞こえてくる。
息をつく暇もなく、銃を乱射して殺す。
逸見が入った穴は、敵の塹壕だったのだ。
機関銃を撃っていた敵兵をナイフで掻っ切ると、交代要員を滅多刺しにする。
機関銃を地面に突き刺して、撃てなくなるようにして、攻撃に戻る。
荒い息遣いで塹壕を進む。
足音が聞こえる。
立ち止まって一呼吸置き、飛び出す。
向こうが驚いてライフルを撃つが、私は撃たなかった。
「リズ1等兵、私だ落ち着け!」
「中佐ですか…」
「そうだ、状況を知らせろ」
「はぐれました」
「はは、そうだな」
「よし、援護しろ味方と合流する」
再び塹壕を進む逸見とリズは、煙幕が晴れず、霧のような環境に居た。
突然横からライフルを掴まれ、揉み合いになる。
敵兵が隠れていたのだ。
「リズ撃て!」
ナイフを首に刺し込まんと、腕力に任せて押しよる萸兵と、それを拒む逸見。
しかし、リズは一向に撃たない。
何故かと思ったが、敵が自分に隠れて撃てないと咄嗟に思い、何とか敵を突き飛ばそうとする。
「slaughterers!」
「訛りすぎて、何言ってんのかわかんねえんだよ!」
次の瞬間、ライフル引き金を引いて薬莢を飛ばす。
相手の顔面に、薬莢が当たり思わずよろける。
足で蹴り上げると、リズへ向かって「撃て!」と叫ぶ。
リズの放った銃弾は、敵の足を貫いた。
「あぁ!」
訛り過ぎて津軽弁に聞こえたが、悲鳴だけは聞き取れた。
拳銃を抜き、2発撃ち込む。
続けざまに4発念に撃ち込む。
弾倉を交換し、腰を下ろす。
「よくやったリズ…よくやった……」
「……………………………」
その後大隊と合流し、防衛線を突破。
遂に、スロム郊外まで到達した。
だがしかし、我々が防衛線で手こずってる間に、スロムはハリネズミとなっていた。
20万の兵士と5万人の市民が、防衛に参加していたのだ。
戦いに参加していなくとも、陣地の構築や炊き出し、工場で軍需品の生産を行っており、約750万人が防衛に協力していた。
更に空軍は、この期に及んで制空権を確保出来ていなかった。
先程の戦闘に参加した師団も、既に損耗率は4割を超えており、全滅の判定を受けた。
部隊の再編成が終わり次第、攻撃を仕掛けるとの事だが、作戦が成功する確率は極めて低かった。
だが、やるしかない。
私の浄化計画を実行する為に、祖国の為に、そして愛するイザベラの為に。
戦争を終わらせるのだ。




