溢れる水
「是个日本兵!射他」
竹藪の中を全速力で駆ける。
「HQ聞こえますか!どうぞ!」
無線は、反応しない。
竹に当たった銃弾が跳弾し、嫌な音を奏でる。
後ろへ向かって小銃を乱射しながら、後退する。
すると撃ってる途中で、動作不良を起こした。
薬莢が熱で溶け、薬室にくっついたのだ。
「うそだろ!」
小銃を放棄すると、力一杯走り続けた。
竹藪を抜け、広い道へ出たその時だった。
大きなシルエットと、頭に叩き込んだ、兵器の写真が一致する。
「99式戦車!?」
眩い光と共に、目にも止まらぬ速さで、砲弾が発射される。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「それで?君達のお父さんとお母さんは、何処へ行ったの?」
キキョウ大尉が、優しく尋ねる。
子供達は、パンと食器に注がれた、スープの缶詰に夢中だった。
「よし、もう一度聴くよ、お母さんとお父さんは、何処に行ったのかな?」
「おじさんだれ❓」
キキョウは笑顔を浮かべながら、家の外に出ると、シャイセ!と、叫んだ。
「いつから俺達は、機械化子守り大隊になったんだ?」
肩をすくめ、現在の状況を皮肉った。
見かねた逸見は、チョコバーを取り出した。
「よし、皆これが何か分かるかい」
子供達は、目を輝かせながら「チョコレート!」
と、叫んだ。
「そうだ、チョコレートだ」
「お父さんとお母さん達が何処に行ったのか当てたら、これをやろう」
「もりのおしろ!」
「お城?」
「うん、もりのおしろ」
「ねずみいろのやつ!」
「みずがいっぱいでる!」
逸見は、チョコバーを全部子供にやると、直ぐに軍人の顔に戻った。
「水が出るネズミ色の城」
「何か分かるよな」
キキョウとアンナが顔を合わせ答える。
「「ダムですか?」」
「その通り!」
地図を取り出し、ダムの位置に印を着けた。
「連中は子供以外を全員徴用した、何故か?」
逸見の質問に、キキョウとアンナがうーんと唸り、答えを出す。
「大体そういう時は、労働力を欲してる時ですな」
「ダムにバリケードでも、建てるつもりでしょうか?」
「いや、バリケードを建てると言うよりも、壊すと言った方が正しいかもな」
このダムの下流には多くの橋が存在しており、その中には、戦車を渡らせる事が可能な橋がある。
兵站を支える上で重要なルートが幾つもあるのだ。
しかし、その大部分は鷲軍の手に落ちており、破壊しようにも、手が無かった。
しかし、ダムが崩壊したらどうだろう?
十数の橋は人工の波に飲まれ、鷲軍の進撃は止まり、橋を越えた味方装甲部隊は孤立する事となる。
逸見は、直ぐに萸軍の目的が分かったのだ。
「それなら上層部は、何故この事態に対処しようとしないんだ?」
「いや、おそらく対処はしようとしてるんだろ」
単純に機動力が足りないのだ。
上層部の図面には、ダムが爆発される前に、たどり着ける部隊が存在しないのだ。
いや、居なかったのだ。
「ダミアン大将、貴方が我々に、こんな任務を与えた理由が分かりましたよ」
「総員!ダムへ向かうぞ!」
指示と共に、一斉に慌ただしく動き出した大隊は、作戦の命運を懸けた戦いへ繰り出す。
「ああ、ちょっと!子供はどうしますか!」
「2、3人ぐらい部隊から残しておけ!だが第2中隊からは出すなよ」
「女児の頭部解体をやった殺人鬼と、妹とヤったペドフィリアが居たからな」
ダムにて
「そっちを持て!いくぞ1,2,3!」
木箱に入った爆薬を、老人と若者が持ち上げる。
「子供達が心配だ、家に残したままなんだ」
「貴族の連中は昔からそうだ」
「突然やって来て、訳も言わずに手を貸せと言ってくる」
「10年前の飢饉の時もそうだった、パンの一つも与えてくれは…」
「そこ!話をするな!」
「ヘリーガ大佐、全部隊配置につきました」
「ご苦労」
へリーガの目には、周辺地域から徴用した、民間人の姿があった。
「民間人を使うのは、反対だったのだが……」
「地方軍から高級将校がでしゃばって、勝手やったみたいです」
「機密保持がなってないな。その将校に伝えてやれ、お前は大馬鹿野郎だってな」
すると部下はヘリーガに笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、どうせ死にますから」
「さぁ、もう行きましょう、連絡機が来てます」
2人が、その場を去ろうとしたその時だった。
「そこを動くな!」
両手を上げ、ライフルをぶら下げた男が1人、歩いてくるのが見えた。
ここは王の命令によって軍が占領している!」
すると男は、似合わないシルクハットの帽子をとると、咳払いをして話した。
「落ち着きたまえ兵隊諸君」
「私はただの銃を持った善良な一般市民だ」
「もっとも、市民かどうかは疑問だがね!」
突然、男の後ろから銃弾が飛んできて、萸軍兵の頭を吹き飛ばしてゆく。
「大佐!」
部下がへリーガを庇い、銃撃を受ける。
「リム!すまない…」
へリーガは屍を越え、連絡機へ向かう。
戦闘はガーベラ隊が優勢であった。
熟練兵の多くを初戦で失った為、会計係や軍楽隊、臨時徴兵枠で、構成された部隊しか残されていなかった。
捨て駒となった兵士達は、死守命令に従い蹂躙されるか。
降伏し、捕虜収容の義務が生じた鷲軍の進行速度を下げるかの、どちらかだった。
そして、彼らの犠牲が生み出した僅かな時間が、萸軍を建て直す時間を作り出したのだ。
「怯むな進め!」
高級将校が、物陰に隠れる兵を殴り付け、空へ向かって拳銃を撃つ。
萸軍兵士は完全に逃げ腰となり、最早勝敗は決したかに思えた。
しかし、次の瞬間不思議な事が起きた。
1人の兵士が剣を抜いたかと思うと、無数の銃弾を弾き返したのだ。
違和感を覚えた両方の兵士は、射撃を辞め、1人のイレギュラーを見た。
イレギュラーは、堂々と立ち顔に巻いた布を取り払った。
そいつは女だった。
整った顔立ちに金髪の髪、典型的な女騎士です、とでも言いたそうな顔だった。
「我が名は、アリス・ルドベキア」
「そちら側の代表者は名乗り出よ」
互いに顔を見合せ、どうする?という顔になった。
「よし、キキョウお前行け」
「え゛?」
「俺が行ったら、狙撃されるかもしれないだろ」
渋々前に出たキキョウに、アリスと名乗る女は質問した。
「先程の騙し討ちのようなやり方!」
「貴様達は、戦いの掟を忘れたのか!」
なにを言ってるんだこいつ?という疑念を胸に、キキョウは返答した。
「言っている意味がよくわからないのだが、まさか戦いの掟とか言う、廃れたものを遵守しろと?」
「その通り!」
その瞬間、数名が吹き出した。
「ちょっと何あの子頭大丈夫ですか」
喉を鳴らしながら笑うアンネに、お前よりは大丈夫だろう、と言うのをぐっと我慢して逸見は言う。
「見た目も頭もお嬢様なんだろうかな」
「なぁ、この場合どうやって、この場を治めるんだ?」
「確か……双方の代表者が、決闘するっていうのが取り決めだった気がします」
「へぇ〜」
逸見は立ち上がると、九五式軍刀を持ち出した。
「キキョウ下がれ、ここは私がやる」
「危険です、ここは誰かに」
「心配するな、ああいう頭がお花畑なお嬢様には、鉄拳を食らわせるのが一番だ」
「あぁ…そういうことでしたら」
アリスの目の前に立ち、逸見は軍刀を鞘から抜き、利き手ではない方で刀を持ち、利き手を腰に置いた。
「名はなんと言う」
「伊庭義明だ」
咄嗟に偽名を言う。
両者が剣と刀を構える。
アリスは目を見張った。
逸見の持っている刀よ刀身が、見えないからである。
当人の腕は大したこと無さそうだが、持ってる武器は一級品だと悟った。
両者が共に睨み合う。
呼吸を整え、いざ斬りかからんとした時、逸見は拳銃を凄まじい速さで取り出し、発砲した。
弾は、予想通り弾き返される。
「貴様!」
その刹那、後ろから音を立てて、急速に接近する物体があった。
パンツァーファウストである。
アリスはこんな遅い物叩き斬ってやる!と思い、そのまま刃を、ロケットへ入れた。
その瞬間、信管が作動し、爆薬が彼女のプライドと共に、炸裂する。
爆風で吹き飛ばされたアリスは、そのままダムの上から叩き出され、川へ落ちて行った。
「見物はこれまでだ!」
「降伏せよ!そうすれば国際法に乗っ取って、丁重に扱ってやる!」
こうしてダムは鷲軍の手に落ちた。
住民は解放され、元の居場所に戻り、高級将校は銃で脅され、大量の情報と引き換えに、自分の命を保証して貰った。
「何故人助けみたいな事をやったんですか?」
アンネの質問に逸見は、こう答えた。
「住民の反感を買えば、我々は侵略者として記憶され、連中はパルチザンとして、我々に牙を向くだろう」
「そして、解放軍がやって来た時、連中は笑顔とパンをばら蒔きながら言うぞ、侵略者を追い返せってね」
「意外です、私はてっきり虐殺が性癖な、ジェノサイド人間だと思ってました」
「酷い言われようだな」
「心配するな、私は虐殺なんてしてないぞ」
その時、その瞬間、アンネは化け物を見るような目で、私を見つめた。
「あれはただの害虫駆除さ」
薄ら笑いを浮かべる逸見に、アンネは自分が罪人であることを忘れて、逸見に恐怖した。




