表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/59

黒い世界

「いったい何をしたんですか?」


アンナとアンネが住む自宅へ、助けを求めた逸見は疲れ果て、イザベラはその右手を失っていた。


枝分かれした手は損傷が酷く、切断するしかなかったのだ。


「愛の告白ってやつを初めてされた」


「はぁ?真面目に話してください隊長」


「まさか、夜の営みで流行りのエログロ小説の真似事を、やった訳じゃないでしょ」


アンネは露骨に不機嫌になり、軽蔑の目を向けてくる。


「色々あるんだ、いろいろ」


「………分かりました、えぇ分かりましたとも」


「深く追及しませんから、病院でも何処でも行ってください」


「ここでは、野戦病院程度の処置しか無理です」


「分かった…そうする」


すると、イザベラの治療をしてきたアンナが、部屋の奥から出てくる。


「アンネ包帯替えといたよ」


「ありがとうアンナ」


「ほら隊長、彼女と話してきたらどうですか?」


「手ぐらい握ってあげたらどうです」







「調子はどうだイザベラ」


虚ろな目をしながらも、逸見を心配させまいと微笑みかける。


その様はとても痛々しく、それと同時にその微笑みには、喜びの感情が見え隠れしている。


彼女は、私の目の前で自らを弄び、あれだけの痛みを経験しておきながら、心の底から笑っているのだ。


「お屋敷を手放そうと思う」


イザベラは、静かそう言った。


「何でまた急に」


「私の腕がこんなになったから、お金が必要になったの」


「それじゃあ使用人を雇わないとな、男は駄目だぞ」


「じゃあメイドにしましょう」


二人でクスクスと笑いあった。


この世界に来て、初めて良かったと思えた瞬間だった。


ふと、掴んでいたベッドのシーツが、濡れている事に気付いた。


「なんだこれ?水でも溢したのか?」


すると、イザベラは頬を赤らめて、こう言った。


「あの、その…手の甲を刺された時に、体が疼いてしまって、その……一人で…」


「関節を、戻したばっかりの腕で?」


「「……………………………………」」


「…お前は変態さんだな」


長い沈黙は、やがて苦笑いに変わるのであった。









アドラー軍国防省にて


顔にしわを寄せた男達が、紙とペンで無数の計画と作戦を、書き上げていた。


エルマー大臣は、煙草の煙で出来た霧を取り除く為に、窓を開けた。


「なんたってここの連中は、火災が起きる程、煙草を吸いたがるんだ?」


既に、この第7製図室では今週で2回のボヤ騒ぎがあった。


そしてその原因は、二回とも煙草の不始末が原因だった。


部屋には、煙草を吹かしながら、地図に補給線を書き出す者。


煙草を吹かしながら、外国で撮られたであろう、フィルムを暗室で観る者。


煙草を吹かしながら、あれこれ議論する者。


様々である。


「これはこれは、エルマー大臣、ようこそ火災現場の第7製図室へ」


煙草を咥えながら、ふてぶてしい態度で接するこの男は、煙草の男と渾名が付くほど、煙草大好き人間のジーモン中将である。


「中将あまりうるさいことは、言いたくはないんだが、煙草は喫煙室で吸ってくれ」


「善処しますよ、大臣」


「それで?プラン4444の進み具合は?」


プラン4444とは、アドラー軍が計画する短期決戦のユニコッド首都制圧作戦の秘匿名称である。


「はっきり言いましょう無理です」


それもその筈、現在の前線から、敵首都まで実に250kmも離れているのだ。


車両と航空機が不足しており、短期決戦は現実的なプランではなかったのだ。


「そうは言っても、このまま戦争を続ければ、我々は国力の差ですり減らされてしまう」


「向こうには、死に体の王しかいないとでも?」


ユニコッドは、王という絶対的な存在の下成り立っているが、近年その権威を失策によって、失いつつあり、民衆の怒りがピークに達しようとしていた。


それでも、体制が崩壊しないのは、戦時という状況が作り出す敵国への敵対心だった。


「中将!これを観てください」


フィルムを観ていた下士官が、声を上げる。


「中将!これを観てください」







ユニコッド王国王宮にて


「えーでは、ムタ平原を、タール・ソン・ミゲル平原に改名する」


「国王よろしいですか?」


白髭をはやし、玉座にふんぞり返るこの男こそ、ユニコッドの王タール・ソン・ミゲルである。


事もあろうか、この男はこれ以上の戦線後退をよしとせず、何の価値もない場所に、死守命令を出した。


平原を自らの名前に書き換え、更には、他の4ヵ所に、王妃と娘 息子の名前に書き換えた。


戦略的価値はおろか、戦術的価値すらない場所を。


「国王は、戦争を単なる陣取り合戦程度にしか、考えてないようだな」


スコット中将は、会議の後、直ぐに他の将校に声を掛けて回った。


王の命令に反し、後方へ退却する人間を探していたのだ。


しかし、誰も居なかった。


ユニコッド将校の殆どが、家の力と金でのしあがった、無能ばかりだったからである。


叩き上げの下士官と違い、プライドだけはやたらと肥大した連中の集まりだった。


そこでスコットは、秘密裏に軍団を創設する事にした。


誰もが考えもしない方法で






新居にて


逸見夫妻は、近くの街から車で40分掛かる住宅街に家を買った。


家は、2人が生活するには少し広すぎる位だったが、住み込みで働くメイド1人を入れれば十分だった。


家を買ったのは初めてだが、ローン無しの一括払いが出来たのは、とても喜ばしいことだ。


新品の木材で出来た床、白い壁紙に、年季の入った味のある家具。


キッチンには冷蔵庫まで備え付けてある。


動く城が出てくる映画で観たような部屋を、狭くしたような感じだった。


「いい家だ」


「ええそうね」


そう言うと、義手をはめた手で私の手を握ってくる。


包帯を頭や腕に巻き、私に寄り掛かる様は、周囲にはどのように映るだろうか?


そんなことを、庭にいる翼竜を眺めながら考えていた。


「メイドって何時くるんだ?」


「あと何分も掛からないと思うけど」


「そうか、それはそうと、早く荷物を車から降ろさないとな、雨が降ったら敵わん」


結局荷を降ろすのに、2時間も掛かってしまった。


本と銃が予想以上に多く、家具を1人で運ぶのは苦労したのだ。


お茶を淹れて、一息ついてる時に質問した。


「メイドはまだ来ないのか?」と


イザベラは、道に迷ったんじゃない?と軽く言った。


そうこうしてる内に、もうすっかり日もくれ、夕焼けが見えてきた。


家具を設置し、もう食器まで棚に並べてしまった。


するとか、やっとドアをノックする音が聞こえた。


「メイドって時間にルーズなのか?」


「いえ、基本は時間厳守の筈よ」


「紹介所の人間が、新人でも送りつけてきたの、かしら」


鍵を開け、ドアを押すとそこには、夕日の光を浴びて鈍く輝く赤い髪の女が居た。


「遅れて申し訳ございません、道に迷ってしまって」


「申し遅れました、紹介所から派遣された」


「テレーシアと申します」


女の目は、インクのように、真っ黒だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ