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熱くて堪らない

イザベラ・シラー様へ


イザベラ様が現在所有しているお屋敷は、歴史的価値が極めて高く、また家具や美術品の中には、アドラー国王政時代の物品も含まれております。


しかし、老朽化が激しく専門家によりますと、あと10年以内に補修工事を行わなければ、お屋敷が崩壊する恐れがあるとの事です。


アドラーの歴史を後世に伝える為にも、寄贈のご検討をよろしくお願いいたします。


※寄贈の際には、文化省からささやかな謝礼と、賞状を授与させて頂きます。


文化省より




「だ、そうだ」


イザベラに手紙の内容を話していた逸見は、役人の手紙から滲み出る(早く屋敷を手放せ)という思いが、ひしひしと伝わる一部を読み、手紙の主への呆れてた態度でイザベラに言った。


そして当の本人は「そう」と、しか返さなかった。


「なあイザベラ、君が金に興味が無いことは知っているが、これはチャンスなんだぞ」


「戦時中にこんな手紙が来るってことは、向こうが文化省は屋敷を使って何かをやりたがってるんだ」


「これから、食料品や趣向品が手に入りづらくなるなるんだ」


「お前が好きな、砂糖ジャガイモパンやワインだって食べられなくなるんだぞ」


「金と名誉があれば、今後戦局が怪しくなっても、生活に困ることは無いんだ」


この長い話で得られた回答は、


「そう」


だった。








アドラー国内のとあるレストランにて


「ようこそ同志アデリーナもとい、テレーシア」


「歓迎に感謝する同志ミハエル」


出す飯が、不味くも旨くもないレストランの地下に、招かれた諜報員アデリーナは寒気を感じていた。


記憶の中に、地下への嫌悪感があったのだ。


白衛帝国に来る前、アデリーナは帝国から船で、何週間も掛かけてたどり着くような土地にいた。


街の街頭で、歌や世の中の出来事を、面白おかしく話す街頭詩人が、ある日突然、民族の優位性を主張し始め、故郷は1日にして、ディストピアに変貌した。


家族と着の身着のまま家を飛び出し、宛もなく大勢の人達が、トンネルを避難所にした。


地下に大きな時計塔が埋まっていて、辺り一面を人が埋めつくし、天井から滴り落ちる雨水を巡って、100人余りが争った。


やがて迫害者達がやって来て、全てを破壊したのだ。


「アデリーナ?」


ミハエルの呼び声によって現実に呼び戻された。


「ミハエル?ごめんなさいちょっと嫌な思い出が」


「お前大丈夫か?」


「大丈夫じゃなくても、やらないといけないでしょ」


「あぁ、そうだな………本題に入ろう」


「実は、アドラー軍のとある左官が婚約したんだ」


「それは、おめでたい限りで」


「で、私は結婚祝いに鉛弾を送ればいいの?」


「とんでもない、フィリップ・ラガーの小説じゃあ無いんだ」


軽口を叩くアデリーナに、ミハエルも軽口で返す。


「夫婦のメイドとして忍び込んで貰いたい、要は監視だ」


「急な話だこと」


「もう、手は回してある」


「ほらさっさと支度しろ、ダワイ!ダワイ!」







イザベラの屋敷にて


「戦地から戻って来たのに、あまり嬉しそうじゃないのね」


イザベラが突然口を開いた。


「そうか?私は君に会えて嬉しいし、弾丸が飛び交う戦場に居なくてほっとしてる」


「そう、でも貴方苦しんでるじゃない」


「は?」


「誰か死んじゃった?」


「何を言ってるんだ?」


逸見は警戒状態に入り、ナイフを鞘から抜き出し、いつでもイザベラを無力化出来るよう準備した。


「貴方は何故、狂ったフリをしてるようなフリをしているの?」


「狂ったフリのふり?馬鹿な、そんなことはしちゃいないし、ましてや狂ってすらいない」


「本当は分かってるんでしょ、自分がやってることが間違ってるってこと」


「間違ってると分かっていてもやめられない」


「貴方は行き過ぎた行いや、狂信的な思想が最終的にどう社会に作用するか知ってる筈」


「なのにどうしてそんな極端な考え方ばかりするのか」


「答えはちょっと複雑」


貴方の抱える問題は、誰にも問題視されて無いんでしょうね」


「だから事態を大きくさせようと、敢えて大袈裟なことをしようとしてるんだわ」


「だから、わざわざ浄化作戦の記録を残してるんでしょ」


イザベラは、作戦記録が記載された資料をテーブルの上に置いた。


悪戯好きな小悪魔のように。


「私って人脈はあるの、最も協力者の顔は一度も見たことが無いけど」


白銀の髪をかきあげながら、小言を言うように、自らの力をほのめかす。


「でも、そこまでする理由はなあに?」


「誰かにそう躾られた?違う貴方はそういう類いの人ではない」


「じゃあなにか、貴方が創設した特殊監査強襲浸透部隊またの名を、ガーベラ隊」


「私が知ってるガーベラって単語、お花しかないのよね〜」


「貴方はそんな趣味してない」


「私が聞いたことのある話だと人名に、お話の名前を使う国も、あるそうよ〜」


「だからピンと来たの〜誰かが〜死んじゃったんじゃないかって」


「きっと貴方がやってる行為は、ガーベラって人への償いなんでしょうね〜」


「自分がやってる事、患者の虐殺は間違っている」


「このままだと確実に、自分と同じ人間が出てくる」


「でも社会は、無関心」


「どうする?誰もが注目して、無関心では居られなくなる状況を作り出さないと犠牲者が増える」


「貴方は常に、歴史という最高の教科書を手本にする」


「歴史から最も話題になる出来事を、参考にしたんでしょうね、逸見萩」


イザベラが、今までで一番長く話した瞬間だった。


そしてまた微笑みながら、お茶を飲み始めた。


「今の小説だったら、括弧が多様されまくっただろうな」


この長話に対し、逸見は軽口しか叩けなかった。


「このご時世に、理性的に人を殺すなんて狂ってるわ」


「自分の感情表現全てが、演技だと思ったことない?」


「私は、人間らしく居られてるだろうかとか思わない?」


「試してみましょ、テーブルの上に置いた右手に、猛毒の薬があるの、もう片方の手にはナイフがある」


私は、この瞬間悟った。


こいつは、私を試してるのだと。


そして、いつものように微笑みながら囁くのだ。


「確かめてみて」


毒を飲み込もうと、右手を上げた瞬間、逸見はナイフで、イザベラの手を串刺しにして、テーブルの下からナイフを持った左手を、蹴りつけた。


すると今度は、串刺しになった右手をそのままスライドさせて、ナイフから引き抜いた。


枝分かれした右手を口元に持っていき、毒薬を飲み込もうとするイザベラ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」


獣のような声で、イザベラの自殺を止めようとする逸見。


テーブルはひっくり返り、食器が割れ、貴重な趣向品が、ぶちまけられる。


鉄の匂いを漂わせ、イザベラの血液が、床という皿に添えられてゆく。


ソースをかけられた二匹の海老が、皿の上を跳ねる何度も何度も跳ねる。


華奢な体から想像もつかない程の力を見せつけ、今にも自分の心臓を、素手でえぐりだしそうな力だった。


逸見はこのままでは埒があかないと、イザベラの肘の間接を、逆方向に折った。


「う゛う゛う゛う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


泣きながら、痛みに耐えるイザベラを、見てこっちまで泣きそうになった。


やっとイザベラが、動きを止め、涙を流しながら、動かなくなった。


そして部屋に響くのは、二人の息遣いだけとなった。


逸見は質問した。


何で、そこまでやってくれるのかと、イザベラはこう言ったのだ。


「貴方を愛しているから」


その時私は、この激しい動きから来る熱さではなく、別の熱情を感じたのだ。


とても熱くて堪らない。

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