第95話「こちら警察庁抜刀隊当直です」
「はい。こちら警察庁抜刀隊当直です」
その夜、当直勤務についていた警察庁抜刀隊所属の永田は、不意に鳴った電話の音に緊張しながら出た。
夜に緊急の電話がかかってくるなど、警察にとっては日常茶飯事であり、警察官の常として永田も交番勤務を経験している。それに比べたら現在の勤務場所での電話の頻度は大したことが無い。
ただし、頻度が少ないことは、必ずしも事態の軽重に影響する訳ではない。むしろ、この抜刀隊にかかってくる電話の本数は少ない分、そのどれもが重大な意味を持っているといっても過言ではない。
しかも、かかってきたのは特別回線であり、これで連絡できる者は限られている。電話機のディスプレイには、太刀花道場の名前が表示されている。太刀花道場の主である太刀花則武は抜刀隊の外部協力者であり、武芸の師匠である。これまでは外つ者に対する緊急出動で手を借りるため、こちらから連絡することが主であり、あちらから電話がある事は稀であった。
一体何があったというのか。
「もしもし。こちら太刀花道場の鬼越修ですが、現在道場の周りが異界化した気配があります。おそらく外つ者関連の事象が起きています。こちらでも対応しますが、応援を寄こしてください。それに太刀花先生にも連絡をお願いします」
永田は自らの嫌な予感が的中したのを確信した。電話の主の鬼越修という少年は、高校一年生ながらに屈強な肉体を持ち、優れた武芸を習得している。永田とて抜刀隊に選ばれた猛者である。学生時代に剣道の全日本大会で準優勝の結果を残しており、生半可な腕前ではない。と言うより、抜刀隊に選抜されるのはその位の技量が最低ラインであるのだが。
そして、鬼越修は未だ高校生であるが、武という分野に関しては、永田の遥か上を行っている。剣道の試合なら永田が上であり、十本やったら九本は間違いなく勝てるだろう。しかし、何でもありで戦うのなら、勝てる気はしない。更に、永田にとって有利なはずの剣道の試合であったとしても、それですべてが決まる一本勝負なら、十分の一の勝機をその一回の勝負で発揮し、勝利をもぎ取る事だろう。
また、永田が対外つ者討伐の任務で駆り出された、上野の博物館における戦いでも鬼越修はその実力を如何なく発揮していた。彼の協力無くして永田達抜刀隊の勝利は無かっただろう。永田の上司にあたる大久保はもう少し前から共に戦った事があるので、彼の戦いぶりをよく褒めていたが、実際目の当たりにして心の底から納得したものだ。
抜刀隊の一隊員である永田から見た鬼越修は、その様な人物である。
加えて言えば、鬼越修と常に行動を共にする少女である太刀花千祝も、同程度の戦闘力を有しており、男の修ならともかく女子高生にまで、武の道で完敗しているのは少しだけ情けなくなるが、高校一年生の少女が百九十センチ近い長身と、化け物じみた膂力を発揮しているのを見ていると、逆に可笑しくなってきさえする。
彼らとは持って生まれたモノが違うのだろう。
そして永田がその様に評価している鬼越修の連絡であるから、例え高校生からの話であっても、その内容を疑う事は無かった。
鬼越修の言った「太刀花の周囲が異界化した恐れがある」は、普通なら狂人の戯言か悪戯の類だろう。しかし、永田の抜刀隊としての経験やこれまでの鬼越修の実績から、信用に値すると判断できた。
むしろ、これまで鬼越修が大久保を通じて抜刀隊に通報してきた内容は、「夢で巨人が出てきた」とか、「縄文人が外つ者を封じた土偶がラブホテルで闇取引されている」とか、完全に意味不明なものであった。しかし、これまでそれらの通報は全て事件解決に繋がっているのだ。以前の通報内容に比べたら、今回の内容は至極まともと言えるだろう。
「了解しました。すぐに応援を向かいますから、なるべく安全を確保するように行動してください。下手に攻勢に出ないように。いいですね?」
「分かりました。なるべく守りに徹します。あと一つ気掛かりな事があります。最近亡くなった心身新陰流の伊部先生の亡骸が行方不明になったそうです。もしかしたら上野での戦いで、ハチ公の剥製や茶道具に外つ者が取り憑いて襲ってきたように、今回もそうなのかもしれません。だとすれば、その恐ろしいさはハチ公の比ではありません。十分注意して来て下さい」
そう言い終えると通話が終了した。
鬼越修の言い残した言葉に、永田は戦慄した。
武芸の達人の遺体に怪物が取り憑いて蘇るなど、普通は一笑に付すべき妄言である。しかし、これまで妄言に限りなく近かった鬼越修の提言は、全て的中していた。しかも、先日の戦いでは鬼越修の言う通り、動物の剥製や器物を媒介として外つ者が出現したのを目撃している。あり得ないことではない。
また、外つ者が出現したのと同時期に、抜刀隊の先人であり既に故人となったはずの藤田五郎――新選組の斎藤一が現れ、鬼越修達の戦いに手を貸していたことも判明している。
藤田五郎と同様、武芸の達人である伊部が外つ者と化したのなら、一体どれだけ強力な存在になるものなのか。それを思うと永田の心底に恐怖がこみ上げてくるのだった。




