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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第93話「対決! 道場破り(6回目)」

 太刀花道場に、心身新陰流の剣客である葉山が通う様になってすぐの事である。この日も、夜の大人の部の稽古で、警察や防衛隊の特殊部隊の隊員達と、修や千祝(ちい)は一緒に稽古していた。


 葉山も一緒に稽古しているが、現在のところ特殊部隊の隊員達と剣を合わせており、修と手合わせはしていない。修が空気銃の弾を回避する修行をしながら観察したところ、かなりの実力者との印象を強めた。


 もし戦ったとしたら、どちらが勝つかは分からない。


 そのように稽古を重ねている時、太刀花道場に侵入者が現れた。


「たのもう!」


 道場破りである。


 しかもいつもの彼であり、もう6回目にもなろうかという状況である。


 道場破りの無遠慮な声に、道場の中にいる者達の視線が集まった。いつもなら修や千祝だけで対応しているのだが、今日は違う。


 ここに集っているのは、戦闘技術では日本でも有数の実力を誇る、警察、防衛隊の特殊部隊の精鋭たちだ。彼らは武道の腕前では修や千祝には及ばない。しかし、現代に想定されている戦闘では武道とはその一分野に過ぎず、銃器、爆発物、隠密行動など総合的に見れば修達よりも上であろう。


 そんな男達の視線である。もしこの様な場所に足を踏み入れてしまったならば、強盗やテロリストでもごめんなさいをするしかない。


 しかし、この道場破りは違う。


「一手御指南願おうか!」


 最早物理的な圧力に近い精鋭達の視線など、気にも留めずに勝負を申し込んで来る。


 これは、相手の実力を感じ取れないような未熟者だからではない。この程度切り抜けられると確信しているからなのだ。


 この道場破りは青山というのだが、その剣技は修や千祝を圧倒する実力を備えているのだ。


「あの。今夜は太刀花先生はいないんですが」


 修の言葉の通り、今夜はこの道場の主である太刀花則武は不在である。修の叔父も一緒に出掛けているため、()(もの)関連で何か動きがあったのかもしれない。


「それならそれで構わん。この場にいる者だけで我慢するとしよう」


 青山の言葉に道場内の男達が騒然とする。警察も防衛隊も、それぞれの任務を果たすためには厳しい訓練を積んでおり、強さというものにはこだわりを持っている。


 もちろん、強さといってもこれは単に個人の力だけではなく、組織としてのものが重要であるのだが、やはり男の本能的なものとして個人としての強さは重視される。


 ましてや、特殊部隊という選ばれた男達にとって強さとは、彼らが厳しい任務に赴くために依って立つものである。その彼らの実力を軽く見るような言動は、命知らずと言えよう。


「じゃあ、お前が満足するまでやってやろうじゃないか。俺は元々これが得意だから()()()を使わせてもらうが、卑怯とは言わんよな」


 防衛隊の特殊部隊の新人である大塚が、前に進み出ながら言った。彼は最近まで野戦特科部隊で大砲の指揮をしていたが、外つ者と偶然戦う羽目になり、適性があると認められたので転属してきたばかりである。


 そんな彼が手に持つのは、ライフルの形をした木製の棒である。


 これは銃剣道で使用する木銃で、長さは166センチであり青山が持つ木刀に比べて幾分長い。


 青山は以前道場破りに訪れた時、リーチに勝る薙刀を操る千祝に負けたことがある。このことを知っていた大塚はこれの再現を狙ったのである。


「構わん。やるぞ」


 過去のトラウマを抉るような作戦であるが、青山は気に留める様子は無かった。道場の中央付近まで悠然と歩みより、木刀を構えて勝負開始を促した。


 修としては別にどっちでも良いので、すぐに進み出て試合開始の合図をする。


「グワァ!」


 勝負は一瞬で片が付いた。縮地と呼ばれる青山の流派が得意とる奥義で、目にも止まらぬ速さで間合いを詰まり、大塚は一撃のもとに打ち倒されたのだ。


 リーチの有利さを活かす余裕は無かった。


 道場内がざわざわと少し騒がしくなる。青山の実力を目の当たりにした男達が驚きの声を上げたのだ。


 彼らが縮地の技を見たのはこれが初めてではない。修や千祝は青山から奥義を盗んで習得しており、彼らの前でよく使っている。しかし、本家本元の実力は修達の比ではなかった。より洗練された縮地の威力を目の当たりにして驚きに包まれている。


 そのような中で、警察官の大久保だけはある程度落ち着いた表情をしている。何故なら、彼は以前青山の流派の奥義を極めた達人と戦っており、より完成度の高い縮地と立ち会っているからだ。


「まった! ルールを変えよう!」


 大久保が進み出て提案する。その手には空気銃が握られている。


「こちらはこの空気銃で君を撃つから、それを回避して攻撃すると良い。完全に躱せばそちらの勝ち、出来なければこちらの勝ちだ」


「良いだろう」


 これは、以前に青山の兄弟子である鞍馬という達人と、真剣勝負した経験を活かした大久保の結論である。鞍馬は複数の実銃で連射されてもその全てを回避することが出来た。しかし、大久保が見たところ青山はその域まで達していない。つまり、この勝負方法なら十分勝ち目があると踏んだのだ。


 銃は剣よりも強いなど、当然のことかもしれないが、こういった道場の場では中々そういう発想は出てこないものだし、思いついても言い出すことは出来ない。」


 しかし、その様な不利な条件でも鞍馬は余裕の表情で受け入れた。ハンデがあるから負けても問題が無い、と言った風情ではない。勝つつもりの表情である。


「じゃあ、それでやろうか。……はじめ!」


「グワァ!」


 勝負はまたしても一瞬でつき、青山が勝利した。


「待った、もうちょっと離れて始めないか?」


「別にいいぞ」


 今度は防衛隊の中条が、大久保よりも離れた位置に立って勝負を申し出た。


 先ほどの勝負での間合いなら、修や千祝でも特殊部隊の男達に勝利できる。ならば修達では勝てない位の距離をとれば勝てると踏んだのだ。プライドもへったくれも無い作戦だが、こういう時は勝利に徹するのも一つの手である。


 そして、それでも青山の余裕は変わらなかった。


「ああ、その距離だと俺では中条さんに勝てませんね。なるほどね。じゃあいきます。……はじめ!」


「グワァ!」


 勝負はまたしても一瞬でつき、青山が勝利した。


 その後、特殊部隊の男達は更に距離を離したり、2丁拳銃で乱射したり、最終的には一個分隊で戦ったりしたが、いずれもあっさりと青山に敗れ去った。そして全員が倒れ伏した。一応彼らを庇っておくと、実銃を使ったり、罠を用意したりと全力を出せば勝利可能なのだが、道場ではそうはいかないのだ。


 青山がやって見せた事は、最近修が修行しても上手くいかなかったことである。それをいとも簡単にやってのける青山の実力に対して、修は内心舌を巻いた。


「それではもうそろそろ、俺がやりますか」


「いや、ここは私に先にやらせてもらいましょう」


 前座が退場したところで、真打登場とばかりに修が戦いの舞台に出ようとしたところ、先に進み出る者がいた。


 心身新陰流の剣客、葉山である。


「良いんですか? 貴方は客人だから、戦わなくても構わないんですよ?」


「いえ、これから先、外つ者との戦いに身を投じようという立場です。戦いから逃げていてはいけないと思いますから」


「何をごちゃごちゃやっている? どちらが先でもいいからかかってこい」


 修の見たところ葉山の実力は修と同程度である。恐らく総合的には青山に及ばないだろう。客人である葉山が道場破りに怪我をさせられてしまうかもしれない事態を避けるため、勝負を止めたのだが葉山には覚悟が既に決まっているようである。


「じゃあ、いきますよ。……はじめ!」


「グワァ!」


 今度も試合開始の合図とほとんど同時に、悲鳴が道場内に響いた。しかし、今度の悲鳴の主は青山である。


 修と千祝は見た。目にも止まらぬ速さで迫る青山の木刀を、葉山は視線も動かさずに最小限の動きで回避して、すれ違いざまに切り上げて顎を打ち据えたのだ。


 並みの技量ではない。


「なるほど。新陰流の(まろばし)という訳ですね」


「その通り。良く分かったね」


 修の問いかけに対して、葉山は素直に返事をした。


 転とは新陰流の極意である。内容としては自分のことをボールのように見立て、自由自在に転がるように対処するという事である。


 これだけでは何のことか分かりづらいが、要は相手がどのように攻撃してこようが、それに対して自然に対処できるという事であり、ある意味究極の後の先であると修は理解している。


 つまり、縮地の様に人間離れした奥義を使える青山や修達と比べて、葉山は総合的に実力で劣るかもしれない。しかし、剣の戦いに限定すれば互角以上の実力を発揮できるのだ。


「実に面白い勝負でした。今度是非手合わせしましょう」


「良いでしょう。……しかし、この惨状はどうしよう?」


 葉山は道場を見回しながらそう言った。道場のそこら中には、死屍累々と気絶した男達が転がっている。


「タクシー、何台必要かしら?」


 その後、負傷者の救護に追われ、念のため皆タクシーで病院送りにしたので、本日の稽古はこれまでとなった。




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