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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第92話「新陰流からの客人」

 エアガンの連射を回避するという修行を開始してから、しばらくしての事である。


 いつのもように対()(もの)の任務を持つ、警察や防衛隊の特殊部隊の男達が太刀花道場に集まって激しい稽古を重ねていた。


 当然、修や千祝(ちい)も高校生ながら外つ者と戦う使命を持つ者であるため、共に稽古に励んでいる。銃器を使用しない武芸ならば二人の方が特殊部隊の男達よりも上だ。


 この日は、道場の主で千祝の父親でもある太刀花則武(たちばなのりたけ)の指示により、体の向きを前後反転させる稽古だけを一時間ほど延々と繰り返している。


 太刀花流は剣、槍、棒、薙刀、手裏剣、柔術等多岐にわたる流派であり、様々な技の稽古がなされる。ただ、道場の主である則武の関心事項が優先されるため、時々このような稽古が成される。


 以前にも延々と正拳突きをしたり、正座のまま移動する稽古などで一日が終わることがあった。


 延々と片足を軸にした反転運動を繰り返したことで、足の親指の付け根に痛みを感じてきた辺りで道場に来訪者があった。


「すみません。こちらが太刀花道場でよろしいでしょうか?」


 来訪者は穏やかな様子ながら良く通る声で尋ねてきた。


 いつものパターンなら、ここで道場を訪れるのは道場破りの青山某であるため、予想が外れた修と千祝は拍子抜けして顔を見合わせた。


 青山某は実力では修や千祝を上回るものの、毎回毎回一般的には卑怯と言われかねない手段で病院送りにされている。修と千祝は道場に誰かが入って来た瞬間、入って来た人物をどのように撃退しようかと反射的に考えてしまったのだ。


 どうやら、入って来たのは道場破りではなさそうだ。


「私は心身新陰流の葉山長介(はやまちょうすけ)です。師の伊部鉄郎(いべてつろう)の紹介で参りました」


 道場に入って来た葉山は則武の前まで進むと、手にしていた手紙を手渡した。


「なんと。伊部先生が亡くなったのか」


「はい。先週のことです。連絡できずに申し訳ありませんでした。亡くなる前に師から何かあった時は太刀花先生を頼れと言われていましたのでこの通り参りました」


 葉山は則武の旧知の武芸者の弟子であるということを言葉から判断した修は、葉山のことを観察した。


 葉山は修と同じか少し上の年齢の様に見える外見である。


 身長は修の様に190センチを超える程の巨体ではないが、日本人としては十分長身とよべる背丈である。それほど肉がついているようには見えないが、かなり絞り込まれた肉体をしているように見える。


 そして、その佇まいからかなりの達者であることは、道場に入って来た時から修と千祝は感じ取っていた。


 だからこそ、最初は道場破りの青山と錯覚したのだ。


「千祝、修、こちらに来なさい」


 手紙を読み終えた則武が、二人を手招きして呼び寄せた。


「こちらは葉山長介君、俺と親しかった心身新陰流の伊部先生のところで学んでいて、今大学1年生だそうだ。若いがかなりの腕前だそうで、()()の前にここで学んでいくそうだ」


「実戦というともしかして?」


「そうだ。外つ者と戦うつもりらしい。伊部先生もそうだったようにな」


 太刀花道場はただの道場ではない。人の世を影から脅かす異形の怪物である外つ者と戦う男達が集う場所だ。5年前の戦いでそれまで外つ者と戦ってきた主要な集団である武芸者達が、太刀花則武のような例外を除いて戦死してしまった現在、外つ者と戦えるだけの技術を教えられる場所は限られているのだ。


 どうやら伊部道場は太刀花道場と同じく、数少ない対外つ者の技術を学ぶことの出来る道場だったようだが、残念ながら主の死亡で無くなってしまったという事なのだ。


「心身新陰流は、柳生新陰流の流れをくむ流派で、伊部先生は心身新陰流の長い歴史の中でも有数の使い手でな。俺も若い頃はかなり挑戦したものだが、結局負け越したままだ」


「いえいえ、今やり合えばどうなるかは分からないと、先生はよくおっしゃっていました」


 修と千祝は会話から、伊部は則武と比べてかなり高齢だったのだろうと察した。老いで体力の衰えた者と、まだ中年で体力、気力ともに衰える気配の無い則武では、たとえ技術に差があったとしても若い方に軍配が上がるかもしれない。


「ところで、君が鬼越修君だね? あの抜刀隊で最強と言われた鬼越鷹正の一人息子で、もう強力な外つ者を退治しているとか? これからよろしく頼むよ」


 葉山は右手を差し出して、修に握手を求めてきた。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。外つ者との戦いで分からない事は教えてあげますし、逆に色々剣のことで教わることもあるかもしれません」


 修は差し出された右手を握り返した。すると、意外なほど強い力が修の右手に加えられた。やはり、外見からは想像できないほどの筋力を、激しい鍛錬で身につけたのだろう。


 修はここで舐められてはいけないと思い、逆に強い力で握り返した。すると、葉山も更に強い力で握り返してきた。常人の手なら握りつぶされて大惨事だったかもしれない。


「何やってんだか……」


 千祝は若い男二人の、意地の張り合いを目の当たりにして嘆息した。


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