第90話「生物兵器(猫)」
銃で武装した集団を撃退した翌朝、修は太刀花家を訪れていた。戦いのあらましを報告するためである。
とは言っても、襲撃の後に警官達が応援に駆けつけてくれた時には、師匠の太刀花則武は帰って来ていたため、事情についてはほとんど承知している。
「という訳で、何とか勝利を得ることが出来ました」
一通り戦いの顛末について話し終えた修は、太刀花則武の顔色を窺った。部屋には修の叔父である鬼越鷹次と太刀花則武の娘である太刀花千祝も控えており、修の話を聞いていた。
「ふむ。銃器で武装した、訓練を積んだ集団と戦って、勝利を得られたのは、まあ及第点と言うか運が良かったと言えるかな」
修の話を聞き終えた則武は、ひとまずそう述べた。
「で、お前はどう思った? 楽だったか? それともまずいと思ったか?」
「相手には殺す気がなさそうでしたので、助けられた部分があります。こちらも殺す気が無かったために戦う手段が制限されましたが、制約は相手の方が大きかったと思うべきかと」
修は率直に感想を述べた。
相手は致命傷になるような射撃をすることが出来ず、ロケットランチャーのような広範囲に被害をもたらす武器の使用も出来なかった。そして、修の方も防弾チョッキごとぶち抜けるような強弓による遠距離攻撃の様な攻撃は自粛していた。
お互いに制限下の交戦であったが、どちらがより制限を受けたかと言えば、襲撃者達の側であろう。
現代の兵器を全力で使用された場合、それに抗することの出来る武芸者などほとんどいないのだから。
「謙虚な答えだな。それには同意するが、お前がそう思う根拠を聞かせて欲しい。例えばお前も知っている警察の大久保さんや、防衛隊の中条さんは、それぞれの組織の特殊部隊で勤務していて銃器も使うし、はっきり言って昨晩に襲撃してきた者達などとは段違いに優れた能力を持っている。しかし、外つ者との戦いでは高校生のお前や千祝に頼るしかない。これをどう思う?」
「それは、鍛錬を積んできた技能に相違がある為かと思います。確かに外つ者と戦う時は、私の剣の方が警察や防衛隊の鉄砲よりも頼りになります。しかし、それは単に外つ者に対して銃が効力を発揮しないためで、逆に奴らは刀や弓矢を弱点としているからです」
外つ者と呼ばれている怪物は、刀剣、特に神聖な気を帯びていると言われている物を弱点としており、逆に銃器に対して耐久性が高い。特に外つ者の中でも上位種は例え榴弾砲の一斉射撃で肉片に変えられても即座に再生してくるほどだ。
「そういう訳で、単純な人と人との殺し合いの技術としては、私の方が大久保さん達よりも劣っていると思います」
「ふむふむなるほど。外つ者のような超常的な怪物を倒して、天狗になっているかもしれないと心配していたが、冷静に考えてくれていて良かったよ。これまで武芸を仕込んできた甲斐があったというものだ」
則武は修の答えに満足そうにうなずいた。
武道家や格闘家など、ある特定の戦闘技術を専門的に修練している者の中には、知識不足や慢心からか自分たちの専門外の戦闘に関する事項、例えば徒手の専門家は刀剣に対して、あるいは古武術の専門家は近代兵器に対して甘く見ることがある。
しかし現実は非情である。
ナイフを持った素人の突きは、どんなパンチやキックをも受け止める筋肉の鎧を容易く突き破るし、防衛隊に入隊したばかりの新米が放り投げた手榴弾は、どんな刀の斬撃や矢の飛来を回避する達人をも容易く爆殺することが出来る。
これが人類が人を殺傷するために積み重ねてきた技術の成果なのだ。
素人が使用しても銃器は恐ろしい物なのだ。これを熟練者が使えばどうなるか。その辺の武芸の達人など物の数ではない。
「で、どうする? 相手が何者かはまだ分からない。また襲ってくるかもしれないがどうやって対抗する? 銃器を使った戦いの専門家である防衛隊辺りに訓練してもらうか?」
「いえ、これからも武芸の訓練を、これまで以上に厳しくやっていくのが良いと思います。一応鉄砲とかの知識は身につけるつもりですが」
「ほう? その理由は?」
「はい。私の武芸はまだまだ未熟ですので、ここに今までとは違う系統の技術を取り入れると中途半端になってしまうと思うからです。今の抜刀隊の様に、武芸と銃器のハイブリッドを否定するものではありませんし、あれは最初からその道を模索している物ですので、私の状況とは違います」
修が高校生ながらにして警察や防衛隊に頼られる実力を誇っていられるのは、これまでの人生を武芸の鍛錬で塗り固めてきたためである。そこに余計な要素は無い。部活で学んでいる茶道だって精神修養的な意味合いで役に立っているのだ。
しかし、修がいかに武芸に優れていると言っても、まだ修行は半ばである。武芸の習得が今よりも完成した状況になったなら銃器の使い方を取り入れても良いだろうが、今学んだ場合より楽に敵を殺傷できる銃に比重が行ってしまい、どちらの稽古も中途半端になってしまう恐れがある。
それに加えて、修は武の道の先達者である鞍馬という男が、昨晩襲撃してきた男達よりも明らかに強い警察の特殊部隊を武芸で圧倒したのを見たことがある。
同様の事は則武も可能であるはずであり、ならば自分の目指す道はこのまま武芸を極めることであると考えたのだ。
「よし、分かった。今まで以上に厳しく稽古をつけてやるから、それについて来るように。千祝も同じで良いな?」
「はい。お父様」
これまで静かに話を聞いていた。千祝も修と同意見のようだ。
「あの。一つ聞きたいことがあるのですが」
「何だ? 答えられる範囲の事だったら構わないぞ」
話がまとまったところで、修が則武に質問の許可を求めた。
「はい。ダイキチなんですが、あの猫は一体何者なんですか? 私は昨晩の戦いで相手の半数と戦ってかなり苦戦しましたが、ダイキチは同じ位の数を相手にして苦も無く戦っていたのはどういう事なんですか?」
フルコンタクト空手の最大派閥である極真会館の創始者であるマス大山は、本気になった猫とは日本刀を手にしたとしても対峙したくないと、猫の戦闘力を評価したという逸話がある。
しかし、昨晩のダイキチの戦いぶりはそのような次元の話ではない。銃器で武装した集団を全滅させたのだから。
「そのことについては私の口から話そう」
「叔父さん」
修の質問を受け取ったのは、叔父の鷹次である。鷹次が返答してきた時に、ダイキチは鷹次が拾ってきたのだという事を修は今更ながら思い出した。
「ダイキチは、むかしとある組織が研究していた生物兵器なのだよ」
「はい? 生物兵器ですか?」
予想外の返答に修は面食らった。千祝も修と同じ思いのようであることが表情から窺えた。則武の表情は変わっておらず、ダイキチの身の上について既に知っているようであった。
「そうだ。それもただの生物兵器ではない。外つ者の力を取り込んだ生物兵器だ」
「外つ者の力を……」
「その組織は様々な動物で外つ者の力を取り込む研究をしていて、人間でも実験段階だったんだが……」
「だが?」
「私や則武さんが一緒に叩き潰した。その時に連れてきたのがダイキチなのだ」
急に話が飛躍したため、頭が付いていかないが、修は必死にこの事実を受け止めようと思考を回転させた。
「あれ? もしかして、家や道場に遊びに来る野良フェレットや野良犬も?」
「その通りだ。彼らも実験の犠牲者でな。連れ帰って来たけど、ある程度自由にさせている」
ちなみに、野良フェレットなどは存在しない。修にその知識が無かったため、本来あり得ない光景を目にしても疑問に思わなかったのだ。
「もしかして、今回の襲撃はその組織の関係じゃないかしら? ダイキチを回収しようとしていたとかで」
「一応、組織は完全に壊滅させたはずなのだが、もしかしたら残党がいたのかもしれないな。当時に協力していた警察の人間からも、復活や人材が他の組織に流れたという情報は聞いていないが……」
「まあ、この件を知る他の組織があってもおかしくはないから、その線かもしれないな。多分警察とかもそう考えて捜査するだろうさ」
襲撃してきた組織については、特に結論が出なかったが、考えても無駄なので一旦お開きとなった。
修はこの不透明な状況で、自分や自分の周りの人間を守って行けるように、今まで以上に厳しい修行に取り組むことを心に誓うのであった。




