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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第88話「恐怖! ニャーゴイルの罠」

 銃器で武装した男達が鬼越家に到着した時、既に日が変わろうかという時刻であり辺りは夜の静けさに包まれていた。周辺は閑静な住宅街であり、街灯はそれほど多くなく、隠密行動するのには良好な条件がそろっている。


 もっとも、静かすぎると少しの物音でも響き渡り、暗すぎると少しの光の反射も目立ってしまうので、良いことばかりではない。しかし、それらは訓練された兵士を相手にする際に重大な考慮事項となるものであり、相手が高校生ならばあまり影響はない。


 路上に車を停車させた男達は、ほとんど音を立てることなく下車すると、鬼越家の塀を素早く乗り越えた。道具を使うことなく手足のみを使用して乗り越えており、彼らの能力の高さを伺わせる。


 塀から飛び降り、鬼越家の敷地内に音もなく着地した男達は懐から野球ボール大の物体を取り出すと、素早く鬼越家の縁の下に向かって放り投げた。


 縁の下に転がり込んだ物体は、しばらくすると真っ二つに割れて無色透明の気体を噴出し始めた。


 気体の正体は特殊な催眠ガスである。非常に強力な威力があり、気密性の低い日本家屋なら屋外で発動しても内部に効果があることが実験の結果から分かっている。


 男達の捕獲ターゲットである鬼越八重も鬼越修も、このガスによって深い眠りに誘われているはずだ。これは、二人がいくら武芸者として強かったとしても、一般人と大して変わることがない。


 そして、男達は全員がガスマスクを装着しており、ガスの影響を受けることは無い。


 ターゲットを無力化していざ突入、といったところで異変が起きた。


 男達は普段の任務での習性として何かに身を隠す様にして行動する。なので、鬼越家の庭に点在する木々に寄り添うようにして体を隠そうとした。


 その中の一人が太い丸太の様な物で身を隠そうと近寄った瞬間、地面に体がめり込んだのだ。一気に頭まで地面に埋まってしまう。


「!?」


 残された男達は予想外の事態に驚愕する。それでも声を立てないのは、流石プロといったところだろう。


 男達の内数人が仲間の消えたあたりに集まり、捜索を開始する。そして、地面に不審な穴が開いているのを発見した。即座に穴を掘り返して拡張して仲間を引きずり出す。残りの男達は四周に対して銃を構え、警戒を続けている。


 引きずり出された男は全身が粘性のある謎の物体で汚れていたが、幸い意識があるようであった。ガスマスクが謎の物体で覆われているため呼吸が苦しそうであったので、仲間たちはすぐにマスクを外してやった。


「う? むがぴひゃふ……」


 折角助け出されたばかりの男であったが、マスクを外された直後に妙な悲鳴を上げて昏倒してしまった。庭のこの位置は催眠ガスの効果範囲外であるため、男達には何が起きたのか見当がつかなかった。


 この時点で男達には幸運と不運がそれぞれ存在していた。その要因はいずれもガスマスクによるものである。


 幸運とは、仲間が気絶した原因の影響を受けなかったこと。


 不運とは、隠密を要する作戦が既に失敗していることに関して気が付けなかったことだ。


「くせえんだよ、この馬鹿どもが!」


 鬼越家の2階の窓が開き、怒声と共に文鎮が飛んできて、それにぶつかった男達の一人が呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。


 声を上げて文鎮を投げつけたのは鬼越修、男達のターゲットの片割れである。


「な、何故起きているんだ? 奴は化け物か!」


 通常の生物なら深い眠りに落ちているはずの者が、元気に動いていることに対し、流石のプロ集団も驚きの色を隠すことが出来ない。


 ガスマスクで外気を遮断している男達は気付くことが出来なかった。今、鬼越家の敷地内には凄まじい臭気が充満しており、安眠するどころではなかったのだ。


 男達は知る由もないのだが、彼らが空けてしまった穴の底には、キビヤックを作ろうとして失敗してしまった腐臭を放つ肉塊が存在するのだ。


 催眠ガスの効果を打ち消すほどの刺激臭をキビヤックだった何かが放っているのか、はたまたキビヤックだった何かが催眠ガスを中和する物体になっているのかは定かではない。


 ただ、確かなのは催眠ガスによる隠密作戦が完全に瓦解したことである。


「ニャーン」


「ね、猫! うわ!」


 男達が立ち直る前に追撃が行われた。いつの間にか男達に近寄って来た鬼越家の飼い猫のダイキチが、穴の近くで立ち尽くす男の足に体当たりし、腐肉の埋まる穴に叩き落したのだ。


 まるで妖怪「すねこすり」のごとくである。


「構わん。撃て! 猫は殺しても構わん!」


 隠密の作戦が失敗したことを悟ったリーダーは、部下に発砲を許可した。銃器を使わない近接格闘で、武道の専門家である鬼越修達を捕獲できるとは思えないための判断である。そして、捕獲対象でない猫は生かす理由は無かった。


「ニャニャーン」


 馬鹿にするような鳴き声を上げて、ダイキチは男達に背を向けて逃げ出した。男達半数はダイキチを追いかけた。


「ど、どれだ?」


 ダイキチを庭の隅に追い詰めたと思った男達は困惑する。ダイキチが逃げた庭の隅にはダイキチに似た猫の像が数体置いてあったのだ。像は写実的に作られており、即座にどれが本物か判断することが出来なかった。


 ガスマスクの目のガラス部分を通して見るため、視界が悪いのが災いしているといえる。また、赤外線式の暗視装置でも着けていれば即座に見破れたかもしれない。


「どれでもいい。全部撃て!」


 一瞬迷ったものの、全部壊してしまえば同じだと判断した男達は、銃口を猫の像に向ける。


 しかし、その一瞬の迷いが命取りとなった。


「ニャッシュ!」


 猫の像の一体が突然動き始め飛び掛かり、男達が引き金を引くタイミングを与えずにその頭を殴り倒していった。像が動き出して襲い掛かる様は、まるでファンタジー物語に出て来る怪物のガーゴイルの様であった。


 ガーゴイルは悪魔の像だから、さしずめこの猫の像の怪物はニャーゴイルといったとことだろうか。


 刹那の後、ダイキチを追って来た男達は地に倒れ伏した。意識を失う前の彼らは、目の前にいる猫がまるでライオンの様に巨大で恐ろしく見えたのであった。


 そして、ダイキチを追わずに残った男達は、鬼越修との戦いに備えて木々に隠れ、銃を構えていた。


「いいか! 前に出るなよ! いくら相手がマーシャルアーツが強くたって、銃にはかないっこないんだ! 接近させなければこっちのもんだ」


 リーダーは部下に対して自信たっぷりに指示をした。逆に言えば接近されたならばかなりまずい状況なのだが、そんなことはおくびにも出さない。これも士気を保つためである。


「来たぞ! 手か足を狙え!」


 1階に降りて来た修を発見したリーダーは、即座に発砲の命令を下す。


 発砲は散発的に行われた。男達の持つ銃器は連発が可能なものであるが、それを一気に撃ち出すようなことはしない。矢鱈に連射するのは素人や新兵のすることであり、熟練した彼らは十分に狙って引き金を絞るのだ。


「うおっ」


 男達の一人が驚きの悲鳴を上げる。声を上げた男の胸には一本の黒い金属の棒が生えていた。いわゆる手裏剣である。


 修が銃弾から逃げ回りながら隙を見て放ったのである。手裏剣は銃弾よりずっと遅いが、夜の闇に紛れて飛来したために全く気が付くことが出来なかったのだ。


「しっかりしろ! 防弾チョッキは通ってないだろ?」


 リーダーは叱咤の声を投げかけた。確かに手裏剣は防弾チョッキの半ばほどまで刺さって止まっており、体には到達していない。手裏剣の威力ではこれが限界であろう。


 男達の士気は修の反撃によって逆に高まった。


 修は銃撃を警戒して接近することが出来ない。そして、遠距離攻撃の手裏剣では威力が小さすぎて効果がない。つまり、修には反撃手段がないのだ。


 もしかしたら、鬼越家においてある弓矢なら、防弾チョッキを貫通してダメージを与えることが出来るかもしれない。しかし、この銃撃の中で弓を使うには余裕がなさすぎる。


 そして、男達は知らないが、修は「縮地」という一瞬で相手との間合いを詰める奥義を身につけているが、銃弾を回避しながら接近するような効果は無い。もっと熟練した達人ならそれは可能なのだが、修はそこまでの武芸者ではまだないのだ。


「よーし。落ち着いて行けよ……な、何だ!?」


 勝利を確信した男達は、目の前に信じられない物を見た。


 人の身長ほどもある丸太が回転しながら飛来してきたのだ。ぶつかればただでは済まないだろう。


 「死」が唸りを上げて迫って来たため、男達は恐怖のどん底に叩きこまれる。


 幸い速度は無いため頭を低くして回避し、事なきを得る。男達の後ろの方で丸太が何かにぶつかった大きな音が響いており、それが彼らの心胆を寒からしめた。


「あ、危なかった……」


「それはこれからだ」


 後方で暴れ狂う丸太を見ながらつぶやくリーダーの前に、突如として巨大な影が現れた。


 鬼越修、男達が捕獲に来た対象である。


「いつの間に? あっ!」


「そう、お前らが呑気に丸太を見ている隙にだよ!」


 修が放り投げた丸太、それは速度が遅く、回避しやすく、しかもそれほど命中精度の良いものではないため、威力に反して実はそれほど脅威になるものではなかった。


 しかし、音を立てて迫ってくる目に見える「死」を、注意することなく対処するなど出来ることではない。


 そして、男達が丸太に注目している隙をついて、修は縮地によって一挙に接近したのである。


「う」


 リーダーが射撃の命令を下そうとした瞬間、それを言う間を与えずに修は強力なボディーブローを放った。


 リーダーは「撃て」と言い終えることなく、意識を失い膝から崩れ落ちそうになった。それを修が支える。


 リーダーを失った男達は困惑した。修の体はリーダーの体でほとんど見えない。今、撃てばリーダーごと撃ちぬくことになってしまうだろう。


 そして、その躊躇は命取りとなった。


 修はリーダーの体を持ち上げると、男達に向かって放り投げた。巻き込まれた何人かがリーダーの体を支えきれずに倒れてしまう。


 その隙をついて間合いを詰めた修は、男達の急所に拳や蹴りをお見舞いする。まだ混乱から立ち直れない男達は、なすすべなく壊滅してしまった。


「ふうっ」


 襲撃者の最後の一人を倒した修は、一息つきながら額に浮かぶ汗を手で拭った。


 結果的には完勝である。しかし、実際は偶然が重なった薄氷の勝利である。


 隠れやすい障害物で落とし穴に敵を誘導したり、ニャーゴイルなどの罠、これはつい先日に遊んだTRPGでやられたことを試してみた結果である。


 もし、罠を仕掛けていなかったら敵に気が付くことなく敗北していただろう。


 また、男達は修の手足を狙って射撃していたが、もし体全体を狙われていたら、恐らく勝てなかっただろう。


 修は紙一重の勝利を得られたことに感謝し、襲撃者達を拘束し始めるのだった。

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