第87話「闇の胎動」
とあるマンションの一室、十数人の男達が集まり会議を開いていた。男達の人種はバラバラであるが、共通していることはその雰囲気である。かなり鍛えられている、ただ者ではないことが素人でも見て取れる。
カーテンは閉め切られており電灯は消されているため、光源はプロジェクターの光のみである。スクリーンには若い男女の画像が映し出されている。
「それでは、ターゲットは鬼越八重、それに鬼越修の二人で良いんですね? ボス」
「その通りだ。銃を持たない相手を捕獲する。実に簡単なミッションだ」
男達のリーダー役らしい白人の男が、部下の質問に答える。リーダーの発言とは裏腹に、部下の男達の顔色は冴えなかった。
「しかしよう。こいつらただのガキじゃないって聞くぜ。それにこの家の主はあの、鬼越鷹次、隣には太刀花則武が住んでんだろ? 行動中に介入されたらただじゃ済みませんぜ」
「それは問題ない。いくら強いって言ったって、それはマーシャルアーツの話だ。銃を持ったチームと戦うのは素人みたいなもんだ。確かにケンドーの試合をするってんなら、俺達はこいつらに手も足も出ないだろうさ。それとは逆ってことだ。それに、鬼越鷹次と太刀花則武は今頃町で酒盛り中だ。戻ってくる前に勝負は決めてしまえばいい」
別の部下、黒人の男の不安にリーダーは回答した。男達は知らないのだが、鬼越修や八重は実戦で命のやり取りを繰り広げた経験があるため、単なるスポーツマン的な格闘家ではない。しかし、リーダーの言う通り銃を持った集団との戦いに関しては経験が浅い。
修は、砲弾の降り注ぐ中戦った経験があるのだが、それとこれとはまた別である。
「では作戦はどうするんですか? 手足は撃ちぬいて良いって言いますが、あまり住宅街で銃声を響かせるのはどうも……」
「それも問題ない。依頼主から化学剤を貰っていてな。これを使えば戦うことすら無くおねんねしてもらって、ミッションコンプリートだ」
リーダーの言葉で、ようやく男達全員に安堵の表情が広がる。男達は幾多の国で、非合法な任務をこなしてきたプロフェッショナルだ。自分たちの実力に自信はあり、これまでも困難な任務をこなしてきた。
だが、プロフェッショナルだからこそ、不安要素はなるべく局限するように心がけている。それに日本では銃器が使いづらいという特性もある。
しかし、依頼主は銃器も、化学剤も、セーフハウスも用意してくれている。ここまでされたなら、依頼達成は確実であろう。それに、報酬も相場から言ってかなり魅力的な額を提示されている。
「じゃ、準備完了次第出発するぞ。もしも鬼越鷹次や太刀花則武に戻ってこられたら厄介だからな」
通常、武道家や格闘家がいくら優れた実力を持っていたとしても、銃火器で武装した訓練を積んだ集団にかなうものではない。それは、武道と銃の技術、どちらが優れているとかそういうものではなく、純粋に相性の問題だ。
それに、本来なら日本において銃で戦うなど出来ないことである。銃が手に入らないのなら銃の技術がいくら優れていたとしても無意味であり、それならば最悪素手でも実力を発揮できる武道をしていた方が役に立つ。
銃火器や化学剤を使用して戦えるというのは、本来あり得ない事であり、だからこそ有利なのである。
しかし、その絶対的に有利なはずの銃火器対して、武道で勝利を収める者も少数ながら存在する。いわゆる達人という者である。
最近は特にその数を減らしていると言われているが、その少ない達人に鬼越鷹次や太刀花則武が含まれており、これまで数多くの闇の世界で非合法な仕事を生業とする男達が撃破されてきた。
そのような達人と対峙するのは、絶対に避けねばならない。
「よし、準備は良いな? 特にマスクは忘れるなよ? 行くぞ」
準備を完了させた男達は鬼越家に向かうべく、マンションを出発した。
手には銃を隠したケースを持ち、身につけた防弾防刃ベスト等の装備品を隠すためコートを着込んでいる。もう初夏だというのに怪しいことこの上ないが、夜であるためギリギリ許される範囲だろう。
勝利を確信している男達はマンションの駐車場に留めてあった車に分乗し、夜の閑静な住宅街に出撃していった。
待ち受ける運命も知らずに。




