第84話「対決! 道場破り(5回目)」
その日の放課後、修達は太刀花道場に集まっていた。昼に約束した通りTRPGをするためである。
昼間に約束した時は学校の和室を使う予定だったのだが、かるた部が大会に向けた特訓をすると言うので追い出されたので場所を変えたのだ。
今回のTRPGに参加するのは、昼間に約束した時にその場にいた修、千祝、舟生、中条、そして太刀花家のすぐそばに住んでいる那須である。
那須は以前修と千祝が香島神宮で外つ者を退治した時に助けた女性である。そしてそのすぐ後に安全の確保等の観点から修と千祝の通う八幡学園に転校し、修達の家のすぐそばに引っ越してきている。
これだけ要素を上げると、この作品の主人公たる修とのフラグが立ちそうに聞こえて来るが、修に近づく女性は幼馴染の千祝が排除していくため、フラグなど立ちそうな雰囲気は無い。
「ダイスは6面体を3つでいいんだよね?」
「そうだよ。3つ同時に振って出た目の合計が目標値よりも小さければ成功、更には極端に小さい数字なら大成功でクリティカル、逆なら大失敗でファンブルだよ」
修と千祝は午後の授業中にこっそりルールブックを読んでいたので、基本的なことは把握しているのだが一応ゲームの進行役、GMである中条に確認した。
「よーし、それなら父さんの部屋から取って来たこのダイスが唸るぜ」
「それ何なの? なんか重そうだけど……」
「真鍮製のダイスですよ。かっこいいでしょう?」
那須の質問に対して修がどこか自慢げに答えた。
修の取り出したダイスは6面体であり、これだけなら一般的なサイコロと変わりがない。特異な点としてはその材質であり修の答えた通り真鍮製であった。確かに重量感と独特の光沢がありダイスが好きな人なら1つは欲しくなる品物である。
「じゃあもうそろそろ始めましょうか。私のキャラはこの盗賊っぽいやつね?」
「うん。まあこのゲームだと明確に職業としては決まってないけど、一般的なゲームでいう所の盗賊の技能を持っているね。鍵開けとか罠解除とかが得意なキャラだよ」
キャラクターの割り振りとしては修が戦士、千祝が盗賊、舟生が魔術師、那須が神官戦士である。
「それじゃあ始めよ……」
「たのもう!」
ゲームを開始しようと中条が声を上げた瞬間、それは道場の入り口の方から発された声によって阻まれた。
道場破りである。
この道場破りは青山某と言い、もう今回で5回目の来訪となる。今まではその全てで撃退に成功している。
撃退に成功しているというと弱そうに聞こえるが、実際はそうではない。青山は鬼一流剣術という流派の武芸者であり、その基本的な実力は修や千祝を上回っている。特に「縮地」というほとんど瞬間移動するような技は脅威であった。
ただ、これまでの戦いは武器にハンデがあったり、罠に引っかかったり、彼の必殺技への対応策が事前に練られていたり、飼い猫のダイキチにタコ殴りにされたりと、半ば場外戦術で敗北しているだけなのだ。
決して侮って良い相手ではない。
「あ、お久しぶりです」
「怪我は良いんですか?」
「いや~おかげさまでって違う! 俺は道場破りに来たんだ!」
「もちろん知ってますよ」
自分たちの実力を上回る道場破り、それは本来脅威となる存在であったが修と千祝はどことなく和やかな反応であった。
以前二人は鞍馬という武芸の達人と相対した。彼は鬼一流剣術の達人であり青山の先達にあたる。
鞍馬との戦いを通じて現代における武芸者の悲哀と外つ者との戦いの厳しさを、二人は思い知ることになった。そんな経験があるため、道場破りなどどこか無軌道な行動をしている青山の事を鞍馬と重ねて見てしまうのだ。
「で、今日も木刀による一対一の勝負でいいんですか? 言っておきますが、看板を賭けるとかはなしですよ」
「それで構わん」
当たり前の様に決闘の準備を進めていく二人と青山に対して、こういった展開に慣れていない部外者の中条達は驚きのあまり言葉を発することも身動きをすることも出来なかった。
しかし、例外がいた。
「む? そこの女、何をしている?」
部外者の中の例外、それは舟生であった。彼女は道場の隅に積まれていた畳を道場の中央部に敷き詰めようと畳を抱えていた。
「えっとそれは~」
答えづらそうに舟生は口ごもっった。
「あの。舟生さん、畳の罠はもうやってるんでもう効果ないですよ?」
「えっ? そうなの?」
以前に道場破りの際、畳に仕込んだ釘によって青山は負傷し、得意の高機動戦術を活かすことが出来なくなったのだ。
畳に釘を仕込むというのは道場破り対策としてはそれ程珍しくはない。
しかし、中学時代なぎなたで日本一となったとはいえ、一般の女学生である舟生が何故道場破り対策を知っているのか修達には分からなかった。
「舟生? ああそういえば5年前に滅んだそんな名前の薙刀道場があったらしいな。女、そこの死にぞこな……ぐふっ」
舟生の名前に反応した青山の発言で、舟生の顔色が少し変わった。が、青山の発言は言い終わる前に途中で遮られた。
修と千祝が投げた真鍮製のダイスが青山の額と喉仏を同時に捉えたのだ。
「ちょっと無神経な言い方なんじゃないかしら?」
「千祝、もう聞こえてないぞ」
修は素早く青山の呼吸と脈拍を確認する。命に別状はなさそうで、それほど酷い怪我でもない事を確認し終わると、道場の隅に青山を運んでいき楽な姿勢で寝かせた。
以前撃退した時はタクシーで病院に送り出したのだが、今回はそこまでの負傷ではないとの判断だ。
「さあ、ゲームを始めましょう。……どうしたの? 舟生さん」
「いえ、何でも」
ゲームの開始を促す千祝は自分に対する舟生の視線に気が付いた。
舟生は以前に修に接近しようとしていると誤解した千祝により、得意のなぎなた勝負で手ひどく打ち負かされていた。そのため、千祝に対して軽い恨みを抱いていたのだ。
しかし、今日この場で青山の無神経な発言に対して千祝が怒りを見せた事で、その恨みは解消されたのである。
もっとも、それを素直に言えるほど素直ではなかったのだった。




