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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第83話「TRPGへの誘い」

 その日の昼食時、修と千祝(ちい)は非常に飢えていた。


 朝の稽古で新必殺技を開発したものの、その結果家の一部を壊してしまったため、二人の師匠、千祝の父親にして家の主である太刀花則武に登校直前まで説教されていたので弁当を用意できなかったのだ。


 いつもなら千祝が重箱に料理を詰め込んで持ってきており、基本的に2000キロカロリー程度は摂取している。


 一般的な成人男性が一日で摂取するのが約2000キロカロリー程度、競技により差があるもののアスリートで約5000キロカロリー程度であるため、修や特に女性である千祝にとってこのカロリー摂取量は通常ならメタボまっしぐらどころか早晩病気になって死んでもおかしくはない。


 ただし、二人は日頃の猛稽古により摂取した膨大なカロリーを消費しているため、至って健康である。


 なお、力士の1日に摂取するカロリーは約8000と言われており、二人の摂取カロリー量はこれに比べたらまだまだである。また、二人は高校1年生としてはかなりの長身と筋力を誇っているが、体形は一般的な力士のような、いわゆるアンコ型ではない。


「まさか、パン屋が売り切れているとは……」


 八幡学園には毎日昼になるとパン屋がやって来て、弁当を持参していない生徒に販売しているのだが、二人がたどり着いた時は既に売り切れていたのだ。


 日頃弁当しか食べていなかったため、すぐに売り切れてしまうことを知らなかったためゆっくりしすぎていたのである。


「ねえ。せめてお茶を飲んでおなかをまぎらわせない?」


「それだ! 思いっきり抹茶を濃くすれば、結構いけるかもしれないぞ!」


 二人は重い足取りで茶道部のある和室に向かった。ゆっくり朝食をとる時間もなく、おにぎりを1つしか食べていないため力が入らない。


「中」


「かるた?」


 空腹すぎて二人の言葉は片言になって来た。


 一応、修が「中に誰かいるな」と言おうとしたのに対し、千祝が「かるた同好会あたりが練習しているんじゃない?」と返そうとしたのである。


 周囲から見れば何を言っているのか分からないだろうが、二人はこれだけでも十分通じ合っていた。


 和室は二人の所属している茶道部の活動場所であるのだが、専用の部室という訳ではなく、かるた同好会や書道部も活動場所としている。かるた同好会は百人一首の大会が近いはずなので、昼でも練習しているのではないかと考えたのである。


 考えたのではあるが、激しい空腹に襲われている二人にとってはどうでも良いことなので、さっさと扉を開けて中に入った。

 

 棚から必要な道具を取り出すと手早く湯を沸かし、完全に沸騰することを待たずに二人で茶を点て始めた。


 練習用の安物の茶碗に大量の抹茶をぶちまけ、なみなみと湯を注いで茶筅でかき混ぜた。抹茶の量が多すぎるためほとんど固形物に近く、どろりとしたペースト状に近いと言われている濃茶を遥かに凌ぐ粘り気の物体が完成した。


 最早、お茶というよりもねるねるねるねに近い代物であり、千利休がこれを見たら怒りのあまり二人を絞め殺すか憤死してしまうかもしれない。


 その味、食感、匂い、舌触り、それらに加えてカフェインのあまりの多さ等、最悪の代物であったが今の二人にとっては腹にたまれば何でも良かったため、その強烈すぎる味はかえって満足感を生み出した。


 このような輩でも、茶道を3年以上やっているというのだから世も末である。


「ふ~♪ 生き返るわね♪」


「生きる喜びというものが全身を駆け巡っているようだな。多分、断食の後に乳粥を食べたお釈迦様もこんな気分だったったんだろう」


 上機嫌で罰当たりな事を言っているが、恐らく間違いであろう。


「あれ? 中条とふ、ふ、ふ、舟生(ふにゅう)さんなにやってんの?」


 茶?を飲んで人心地ついた二人は、同じ部屋に見知った顔ぶれがいるのに気が付いた。一人は同級生で茶道部に所属している中条という男子生徒だ。以前不良に絡まれているところを修に助けられたことがある。


 もう一人は、同じく同級生の舟生であり、なぎなた部に所属している女子生徒である。中学時代に全国制覇した剛の者だが、千祝になぎなたの授業で敗れた事などから敵視する傾向がある。


「なにやってんのって、そっちこそなにやってんのよ。急に無言で入って来たと思ったら、暗黒物質を生成し始めて、びっくりしたわよ」


 舟生の返答からすると、修達の奇行は最初からずっと見られていたようだ。


「腹が減ってたんで、茶を食べに来たんだよ。そっちは何やってたんだ? 昼食を食べているようじゃないし、茶道の練習をしているわけでもないし」


 中条と舟生の前には弁当箱や茶道具などは無く、代わりに紙や本が散乱していた。どうやら何かを紙に書きこんでいたようである。


「これは、今度のプレイのためのキャラ作成を……」


「茶室プレイ?」


「あ~そういえば、この前ラブホテルの前で会ったよね。そういうことか」


「違うわよ!」


 中条の言葉を遮り、茶室プレイなどという謎の罰当たりな言葉を作り、勝手に納得する二人に対して舟生が怒りの言葉をぶつける。


 ちなみにラブホテルの近くに中条と舟生がいたというが、その場にいたのは偶然であるし、何よりもそのラブホテルに入って行ったのは修と千祝の方である。殴り込みであったのだが。


「そうじゃなくて、TRPGのキャラクターを作ってたんだよ」


「TRPG?」


「あ、聞いたことがある。サイコロを使ってやるRPGだろ? 父さんの部屋でリプレイっていうのを呼んだことがある」


「そう、それ!」


 TRPGとは複数のプレイヤーが登場人物を操作し、その役を演じて遊ぶゲームの事である。一般にRPGというと、コンピューターゲームのRPGを思い浮かべることが日本においては多いと思われるが、TRPGはコンピューターのプログラム等によらず、定められたルールに基づいてサイコロを振ったりしてゲームを進行する。この際、ゲームマスター等と呼ばれる進行役が、シナリオを作ったり、プレイヤーが操る以外の敵や味方キャラを受け持ちシナリオを進行したりする。


 歴史的にはコンピューターのRPGより、TRPGの方が古くから行われている。


 日本ではコンピューターのRPGに比べてマイナーな存在であるため、曲がりなりにも知っている修を見つけられたことを中条は喜んでいる。


「鬼越君達も、一緒にやってみないかな? 実は今日やる予定だったんだけど、他の人の都合が二人ほどつかなくなってさ。このままだと足りなくて今日は中止にするしかないんだ」


 修と千祝は考えた。この日は、部活もないし太刀花流道場での子供の部もないため、夜になるまで暇である。色々な経験をしてみるのも良いかもしれない。


「よし、それじゃあ折角だから混ぜてもらおうか」


「私もね」


 結局二人ともTRPGに参加することにした。このところ命のやり取りが続いたため、気分転換に丁度よいと思ったためであった。 

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