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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第82話「平和な朝(物理的破壊)」

 鬼越修(おにごえしゅう)は、その日夢を見ていなかった。


 というよりも、最近は一切夢を見ていない。


 夢を見ていないなどというと、精神的に何か不調でもあるのではないかと心配されそうな表現であるが、修としては逆に精神的に落ち着いていた。


 何故なら、ここ最近夢に見た事と言えば、邪悪な何かと巨大な剣で戦う夢だったり、100メートルを超える巨人が襲いかかってくる夢だったり、果ては縄文人の族長であるオピポー氏が一族の戦士を率いて戦いに臨む夢等であり、しかもそれは現実に影響を及ぼしていた。


 夢に関係した、()(もの)と呼ばれる怪物が修の周囲で蘇り、それと命を懸けた戦いを演じることになってしまったのだ。


 巻き込まれたというよりも、修が能動的に首を突っ込んだ感もあるのだが、好き好んで生死を賭けた戦いをしたいわけではない。修は武芸者としてもう一人前の実力を誇ってはいるのだが、一応世間的には高校1年生なのだ。


 修が予知夢の様な物を見ることが出来るのは、鬼越家がこれまで外つ者を退治してきた退魔の力を持った家系だからなのかもしれない。


 とにかく、妙な予知夢みたいなものを観ないという事は、外つ者が復活しない可能性が高いと思われるため、修としては気が休まるのである。


 その日も、夢を見なかったことから機嫌を良くした修は、朝の稽古として木刀を振るっていた。


 朝稽古の場所はいつもの修の隣にある太刀花流道場の庭ではなく、鬼越家の庭である。


 何故、鬼越家で朝稽古をやっているのかというと、鬼越家の庭には太い丸太を地面に突き刺した立木があり、今朝はこれを木刀で打つことをメニューとしたからである。


 朝っぱらからカンカンと五月蝿いことこの上ないが、鬼越家の庭はそれなりに広く、また、敷地に生えた木々が騒音をある程度吸収していた。それに周辺の住人にとってはこの位の事は、修が生まれるよりも前から繰り返されてきたことなのでもう慣れたものだし、なによりも騒音発生源の立木に一番近い隣家の人間がこの稽古に参加して、一緒になって乾いた音を響かせていた。


 修と共に稽古しているのは、太刀花千祝(たちはなちい)、修が通う太刀花流道場の長女であり、修の幼馴染の少女である。


 千祝は黒く滑らかな長髪を持った少女で、まるで平安時代の女官の様な雰囲気がある。一見文化的な人間に見え、実際そういった面があるものの、日本人女性の平均身長を遥かに超える長身を誇っており、今は道着や袴で見えないが伝説の女蛮族(アマゾネス)のような筋肉を持っておりプロの武芸者ならそれを敏感に感じ取るだろう。


 もっとも見えないとはいえ、


「キィイエェェー!」


 気迫のもとに立木に向かって振り下ろされる木刀を見れば、その膂力は素人でも感じ取れるだろう。


 振るわれる木刀は素人にはとても見切ることが出来ないし、木刀を打ち付けられた立木からは新鮮な朝の空気を切り裂く音が高らかに響いている。


 修も千祝もかなり熱が入っており、剣が振るわれるたびにその剣気に弾かれた汗が飛び散っている。


「ふう。気合が入ってるな。千祝」


 千祝と並んで立木を打っていた修が、その手を止めて千祝に話しかけた。


「そうね。最近平和だしお父様も帰って来たしね」


 千祝の父親である太刀花則武は太刀花流道場の主であり、修の剣術の師匠である。また、5年前の外つ者との戦いで死亡した修の父親の親友でもあり、それ以来修の父親代わりとも言える。


 5年前の戦いで、古来より外つ者と対峙してきた武芸者が壊滅状態になったため、生き残りである太刀花則武はそれ以来ほとんど単独で外つ者を退治してきた。


 また、それまでの間、警察は壊滅した警察庁抜刀隊を復活させ、防衛隊は対外つ者の特殊部隊を新設しており、対外つ者のエキスパートとして太刀花則武を指導者として招いていた。


 つい最近まで防衛省の特殊部隊は部隊戦力化の最終訓練としてアメリカに訓練に行っており、そこにオブザーバーとして太刀花則武が同行していた。


 この訓練は成功したのだが、太刀花則武の不在の間、復活した外つ者と戦う羽目になったのは修と千祝であった。色々な経験が出来たため、武の道を進む良い糧になったと二人は考えているが、やはり頼りになる師匠が近くにいるというのは気分的に楽である。



「千祝。アレ、試してみようぜ」


「アレね」


 アレとはこの前覚えたばかりの必殺技、左片手一本突きのことである。二人は熟年夫婦のごとく意思が通じあうため、このような指示語だけで言いたいことを理解できるのだ。いや、もしも無言で行動に移ろうとしただけでもお互いの思っていることを理解したことだろう。


 二人の武芸の腕前は達人には流石に及ばないものの、この無言で行われる阿吽の呼吸の連携技は、達人と言えども楽には躱しきれない領域に達している。


 なお、左片手一本突きを覚えたのはつい最近の戦いで、藤田という警備員と共に外つ者を殲滅したのだが、その藤田の必殺技を見て覚えたのがきっかけだ。


 その藤田は、次の週に挨拶に行ったところ現在は存在しない人物だったり、実は新選組の斎藤一が霊となって現れた可能性があったりと、いわくつきの人物であるのだが、その必殺技は実に参考になった。


「はっ!」


「ふっ!」


 二人は鋭く息をしながら立木に突きを見舞う。


 全身の動きによって生じた力を、木刀の先端に集約させた鋭い突きは、正確無比に立木を捉えていき、小気味のいい音を次々と生じさせていく。


 立木は断面が円形であり、当然のことながらその表面は丸みを帯びている。なので少しでも中心から外れたところを木刀で突いてしまうと、力が逸れてしまいこのような綺麗な音は立たないし、何よりも突いた人間の態勢が崩れて怪我をしてしまう恐れもある。


 しかし、二人の動きは全く危なげが無く失敗する様子など微塵もない。そして、その技術の高さもさることながら失敗などを恐れている風は全く見受けられない。


 藤田は左片手一本突きに関して技術的な事は一切教えてはくれず、ただ、相打ち覚悟で刀を繰り出すことのみを教えてくれたので、それを忠実に実行した結果がこれである。


「ねえ修ちゃん。今度は組み合わせてやって見ましょ?」


「お? 面白そうだな!」


 かなりの数を立木に打ち込んだところで千祝は、修に何かを提案した。発言内容は曖昧であり具体性には全く乏しいものの、修は理解しているようである。


 二人は揃って立木から後ろに下がっていき、十数歩は離れたところで立ち止まり、その場で木刀を構えた。


 通常の剣術においては遠すぎる間合いである。


 次の瞬間、


「「ハァァッ! あ……」」


 二人はまるで申し合わせたかの如く同時に気合を発し、その場から姿を消した。


 そして次の瞬間二人が姿を現したのは立木の目の前であり、既に立木に対して左片手一本突きを放ち終えた態勢であった。


 二人が姿を消したように見えたのは、「縮地」という奥義によるものであり、特殊な歩法等によって一瞬で距離を詰めることが出来る。


 この縮地という技はかつて戦った強敵から身をもって盗んだものであり、その汎用性の高さから二人は愛用している。


 縮地と左片手一本突きを組み合わせてやってみようというのが、先ほどの千祝の提案であり、それは見事に成功した。


 縮地による高速移動を組み合わせることで、その突進のエネルギーを左片手一本突きの威力に増加させることが出来るし、何よりも見切ることが難しくなっている。


 もちろんリスクもある。ただでさえ正確に実行することが難しい左片手一本突きを高速移動しながらやらなくてはならないため、失敗する可能性は極めて高くなる。


 しかし、それを撥ね退けて初回から二人揃って成功することが出来た。これは二人の武芸者としての実力が、外つ者との命を懸けた戦いによって磨かれた成果と言えるだろう。


 では、後半のやっちまった感のある声は何なのだろうか。


 それは二人の突きを受けた立木を見れば、一目瞭然であろう。


 二人の縮地からの左片手一本突きをまともに受けた立木は、その上半分がへし折れてしまい、遥か彼方に吹き飛んでしまっている。


 吹き飛んだ先は太刀花家の母屋である。


 吹き飛んだ二つの立木の上半分は、ガラスを突き破ってしまったらしく、ガシャンという音が聞こえてきた。また、フギャアという声も二人の耳に入って来たため、飼い猫のダイキチに命中したのかもしれない。


「千祝! 修! 何処だ?! 出てこい!」


 太刀花家から太刀花則武の怒号が響いてきた。厳つい外見にそぐわず、太刀花則武は基本的に理知的な人間なのだが流石に今回は拙かったようだ。


「とりあえず謝るか……」


「そうね……」


 折角新たな必殺技を編み出した二人であったが、それを喜ぶ暇もなく登校までの長時間、太刀花則武の説教を受けることになってしまった。

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