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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第3章 ワイラ編
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第80話「刀身乱舞」

 ワイラを倒す秘策である黒曜石の細石器を携えた千祝が、修達の戦っている展示室に戻ってきた時、ついに勝利を得ることが出来ると修達は沸き立った。


 しかし、ワイラはその修達の士気の高揚を敏感に感じ取ったようだ。その戦意の原因である千祝の方向に向き直る。今まで戦ってきた相手である修を無視してでも、千祝を抹殺するつもりのようだ。


 その巨躯からは想像がつかないほどのスピードで移動を開始し、千祝に接近していく。しかも単純に直線的に突進するのではない。もし、単なる超速の突進ならば、より高度な高速戦闘である「縮地」の奥義を実行することが出来る武芸者との戦いを繰りひろげてきた修と千祝にとって、対処することは容易いだろう。


 しかし、ワイラの動きは複雑であり上下左右、壁や天井を活用して駆けまわる立体的な物であり、修と千祝でも目で追いかけるのがやっとだ。他の抜刀隊の隊員達では見極めることは出来ない。


 今の今まで、このような切り札を残していたワイラに対して、修は内心舌を巻いた。()(もの)に知性があるのか判断しにくいのだが、人間に対する悪意とそれを実行することができる知性はあると修は思った。


 ワイラに切り札の技を使われてしまった修達だが、二人は実のところそこまで驚いていなかった。以前戦ったヤトノカミの黒い炎やダイダラボッチの100メートル級の攻撃に比べたらこの程度何ほども事もない。(ジェネラル)級のヤトノカミやダイダラボッチとそれよりも下級である(ベヒモス)級のワイラでは、やはり格が違うのだろう。脅威には違いないのだが慣れと言うものがあるのだ。


 展示室の空間を所狭しと乱舞しながら迫りくるワイラに対し、千祝が細石器を構えて迎撃態勢をとる。千祝が得意としているのは刀や薙刀なのだが、専門外の武器であっても棒状の物なら刀の代わりとしてある程度は使いこなせる。


 このまま千祝がワイラと交錯し、黒曜石の細石器をワイラの体内に叩きこめば勝利をもぎ取ることが出来る。そう勝利を修と千祝が確信したその時、予想外の事態が起きた。


 ワイラが跳び回りながら身の毛のよだつ咆哮を千祝に向かって放ってきたのだ。それは、新館で交戦した時に発した咆哮とは次元の違う代物で、以前は完全に耐えきった修も思わず身が竦むような力を有していた。

 

 ワイラの咆哮の威力が高まったのは、以前は追い詰められて傷だらけの状態だったので弱かったのかもしれないし、当時よりも短時間で戦闘能力が進化した影響なのかもしれない。


 そして、その咆哮を指向性をもって浴びせられた千祝は(たま)ったものではなかった。前は何の影響も受けなかったが今度は身が竦み上がって力が抜け、折角構えた細石器を持ったままだらんと腕が垂れ下がった。


 完全に無防備な状態である。


 抜刀隊の隊員達は、もちろん今回も咆哮の影響で動けないし、修も距離的に助けに入るのは難しい。


 千祝を失ってしまうかもしれないという恐怖が修の心の底から湧き上がり、なすすべもなく押しつぶされてしまいそうになる。外つ者の邪気により異界化した空間では特に、人間の負の感情を倍増させるためだ。


 絶体絶命のその時、修は握っている刀、「虎徹」から何か温かいものが流れ込んでくるのを感じ取った。それは弱気になった修を鼓舞し、戦いへと駆り立てるようなものであった。


 虎徹に励まされた修は、その心の底から湧き上がってきた溢れんばかりの闘志をそのまま解き放ち、口から裂帛の気合と共に解き放った。


「キィイエェェー!!」


 修の放った気合は二つの効果を生んだ。


 一つ目は、金縛りにあったように動けなくなった千祝と抜刀隊の隊員達を、その委縮した心を激励することで恐怖から解き放った。


 二つ目は、強烈な気合を叩きつけられたワイラが、それまで縦横無尽に跳び回っていたのに、まるで蚊取り線香によってぽとりと落ちる蚊のごとく力を失って床に落ちた。


 気合は武の基本であり、剣道でも初心者は大声で気合を出す練習をすることもある。また、稽古や試合でも上級者は気合だけで下級者をすくみ上らせてしまうこともある。


 今、修が気合によって起こした現象はそれが極端な効果をもって現れたものなのだ。


 さて、修の気合によって立ち直った千祝達は、このチャンスを逃さなかった。


 虚脱状態から復帰した千祝は、構え直すことなくそのまま細石器を握った左手を突き出し、目の前に落下したワイラの体に深々と叩きこんだ。


 その攻撃は、科学博物館の戦いで老剣客の藤田が見せた左片手一本突きを彷彿とさせる鋭さであった。また、直前まで虚脱状態にあったため、武における奥義の境地である脱力を疑似的に作り出すことが出来た事もこの効果を生んでいる。


 千祝に左片手一本突きを食らったワイラは体を反転させ、千祝から逃げようと再度移動を開始した。


 千祝が差し込んだ細石器の木の棒はすぐに抜け落ちたが、木の棒に埋め込まれていた黒曜石の小さな刃はワイラの体内に残った。


 結果、ワイラは急いで逃げようとするのだが、動くたびに体の中に残った黒曜石の刃が邪魔をするのか、鈍い動きにしかならない。


 修達の目論見通りである。


 そして、その隙を抜刀隊の隊員達は逃さなかった。


 指揮をする大久保の号令の下、一斉にワイラに向けて殺到し、手にした国立博物館所蔵の名刀の数々をワイラめがけて突き刺していった。


 先ず、6人の隊員が当初から携えていた、童子切安綱、三日月宗近、大包平、来国光、定利、石田正宗が叩きこまれる。展示物である関係から、刀身のみであるため滑って手を傷つけてしまう恐れがあったのだが、これらの名刀はワイラの弱点であったため、その固い表皮を容易く突き破ったため隊員の手が傷つくことは無かった。


 手にした刀身を突き刺し終えた隊員達は、近くに用意してあった別の刀身を拾い、再度突き刺していった。


 大般若長光、安家、貞宗等々の第一陣に劣らぬ名刀の数々がまたもや突き刺さり、ワイラは苦痛の悲鳴を上げた。

 

 「オペレーション・ヨシテル」は室町幕府13代将軍の足利義輝が、名刀の数々を取り換えながら戦ったという逸話にちなんでつけられた名称だが、足利義輝もたった一体の相手にこれだけの名刀を使用することは無かった。


 これだけの名刀が乱舞するのは空前絶後と言えるだろう。


「やったか?」


 次第に苦痛の呻きさえ発さなくなったワイラを遠巻きにして、修達は警戒を崩さずに取り巻いた。


 修達が見守る中ワイラは動きを止め、ついにはその姿を消してしまった。外つ者は死ぬとその姿を雲散霧消させる。恐らくワイラを討伐することに成功したのだ。


 修達の勝利を称えるように、ワイラの体に突き刺さていた刀身達が床に落ち、カランカランと甲高い金属音を立てた。


「やったな」

 

 修は安堵の声を漏らしながら千祝の方を見やった。千祝も修の方を見ながら静かに微笑んでいる。


「やった! やったぞ!」


「俺達にも勝てるんだ!」


 修と千祝は静かに勝利を噛みしめているが、抜刀隊の隊員達の喜び方は尋常ではなかった。


 何故なら、真に外つ者を退治する力を持った先代抜刀隊が全滅したことにより、新しく編成された彼らは、常に先代との実力の差に悩み続けていたのだ。


 外つ者の下位種は彼らで何とかなるのだが、上位種は以前は武芸者の生き残りである太刀花則武が、最近は則武の弟子である修と千祝が葬っており、彼ら自身の手で倒してのは今回が初だったのだ。


 眠らない都心においても本来静寂なはずの夜の博物館の中、かれらの喜びに満ちた凱歌がいつまでも響いていた。


 

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