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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第1章 ヤトノカミ編
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第6話「謎の男の接触」

 夜の部の稽古が終わり、大人達が皆酒盛りに繰り出した後、修は疲れを癒すために太刀花家の縁側で涼みながら缶のコーヒー飲料を飲んでいた。練乳入りなのでとても甘ったるいが、だからこそ稽古後の疲労を回復させるのにはちょうど良いと思い半ば習慣化している。五年前までは千祝(ちい)より低かった身長が追い越す事が出来たのも、稽古による適度な運動とその後の栄養補給によるものだと考えていた。


 集団戦闘の稽古は他の門下生に圧倒的な力の差を見せつける結果となった。稽古の内容は挟み撃ちにしたり二人で連続攻撃を仕掛けたりと色々やったが、これらは当然息が合わないと成功しない。更にタイミングが合わないと逆に仕掛けた方がお互いの武器で傷つけてしまったりする危険がある。


 これを修と千祝は声も出さず、目も合わせずにすることが出来る。これは師匠の則武にも出来ないことだ。当然、門下生達は上手くいくはずもなく、当初は息が合わずに各個撃破されたり、同士討ちしたりと酷いありさまだった。ただ、終盤は改善されてきて、掛け声でタイミングを合わせたりすることで様になってきてはいた。


「どんどんど~ん♪ うどんがど~ん♪」


 台所の方から千祝の妙な節をつけた即興の歌が聞こえてきた。

 道場破りを病院送りにした時には不安そうな顔をしていたが、内心では勝利したことを嬉しく感じていたのかもしれない。


 人を病院送りにしておいて機嫌が良くなることは一般的には褒められたことではないかもしれないが、武道家同士の尋常な勝負だったのだから武術家の世界の価値基準としては問題ないだろうと修は考えていた。


 武道家同士だから構わないというのはあくまで修の思いであって、師匠ならどう考えるのか、他の流派の先生方ならどう考えるのかは分からない。ただわかるのは今日の夕飯がうどんであるということだけだ。


 そんなとりとめもないことを考えながらコーヒーを飲んでいると、ふとあることを思い出した。


「あの道場破りの流派、師匠の知り合いにいなかったっけ?」


 実力主義の武道界にも仁義はある。交流関係にある流派に対して道場破りをしに来るのは普通なら考えにくい。実力を試したいなら素直に申し込めば試合をすることは出来るのだ。


「修―。御飯よー」


「今行くよー」


 中々まとまらない考えは、千祝の声とおいしそうな夕飯のにおいに妨げられた。


「ま、いっか」


 修は結論の出ない思索を止めると食卓へ向かった。




「うどんだとは思っていたけどね。まさかこれとはな」


 食卓に到着した修を待っていたのはざるに盛られた通常の三~四倍の太さがあろうかといううどんだった。一本うどんと呼ばれるものであり、時代小説に出てきたりする。


 千祝は五年前に母親を失って以来太刀花家の台所を預かっており、料理なら基本的になんでもそつなくこなす。ただし、時々ネットや本で仕入れた知識で変わった料理を作り上げる。バターに衣をつけて揚げるフライドバター等はその一例で、名前から想像できる通り明らかに健康に支障をきたす代物であった。


 味は中々よかったのだが。


 また、修の叔父が世界中を探検しているため、妙な食材を持ち込んだり妙なレシピを吹き込むことがあり、こちらの方が危険度が高い。


 今も修の家の庭にはイヌイットが作るキビヤックという料理を作るためにアザラシが丸々一体埋まっている。


 これらの今までの事例からすれば今夜の一本うどんは珍しいだけであり、ゲテモノ料理ではない。また、千祝はどんな料理でも味付けで失敗は基本的にしない。


「一本うどんなんてどこで手に入れたんだ?自分で打ったのか?」


「通販よ。食べてみたかったでしょ?」


 修は時代小説をよく読むので一本うどんが出てくる話を読んで一度は食べてみたいと思っていた。


「しっかし太いねー。食べてみよう」


 修、千祝、則真、八重の四人が揃ったところで、夕食が開始される。飼い猫のダイキチはライフサイクルが違うため待たない。


 初めて食べる一本うどんは、讃岐うどんのようにコシを追求したものではなく柔らかく打たれていた。この太さでコシが強かったら食べにくいこと請け合いであるから、当然であるともいえる。


「私、明日の朝ごはんのパンを買い忘れてたから、今からコンビニに行ってくるわね。後片づけをお願い」


 一本うどんを10杯ほど平らげたあたりで、千祝がそんなことを言い出した。


「あ、俺も一緒に行くぞ。一人だと不用心だし、今日は帰り道であれがあったからマンガ買うのを忘れてたんだ」


 そういう訳で、食器の後片付けは則真と八重に任せて、修と千祝は連れ立って夜の街に繰り出すことにした。




 出かける二人は、稽古着から普段着に着替えている。一点、普通と違うところがあるとすればそれは二人の履物である。二人とも下駄をはいていた。それも普通の下駄ではない。


 先ず、千祝は脚力向上のため鉄下駄をはいていた。ガランゴロンとうるさいことこの上ない。


 また、修は木製の下駄であるが、その下駄の歯は一本であり、通常のものよりも相当高い、一本下駄と呼ばれるものであった。これは、一本下駄がバランスを鍛えるのに最適であるとの千祝の勧めによるものである。


 なお、千祝の本当の意図は、修の身長を一本下駄でかさ上げすることにより、千祝の180センチを超える長身を目立たせなくすることが真実であるが、それは秘密であり、修はバランス強化のためと信じ切っている。


 こんな格好で行動しているから、周辺の住民には太刀花道場の二天狗とか影で呼ばれている。この上なく怪しいが、周辺の住民は二人の風体にすでに慣れているため問題は発生したことはない。


 というわけで、不用心だからと修が付いていく必要は特になかった。


 どちらかというと二人の方が不審人物に分類されるのが適当であろう。一般人なら関わり合いになりたくない手合いであり、昼間に修が叩き伏せた不良三人組も、もしもこの格好で話しかけたなら速やかに退散したであろう。


「そこのお二人さん」


 しかし、危険人物であることが明白な二人に話しかけるものがいた。


 街灯に照らされて浮かび上がるその男は、シャーロックホームズが着ている様な形状をした黒いマントに身を包んでおり、二人に負けず劣らず怪しい格好だ。


「お若いのに武の研鑽を積んでいるようですね。バランスの悪い下駄も、重い下駄も、そんなことを感じさせない足取りですよ」


「……」


 修達は、急に話しかけられて返答に詰まる。男の口ぶりからして武の鍛錬を積んでいるようではある。修達の直感は、昼間の道場破りなど問題にならないほどの力を目の前の男から感じ取った。


「昼間に不良たちを退治したのは、実に見事。無暗に実力行使することなく助けを呼び、素手でほぼ確実に勝つ実力がありながらそれに頼るのではなく、周囲にある道具を活用する細心さ。慢心してもおかしくない力量を持ちながら、実に素晴らしい」


「見てたのか?」


 戦っていた修も、実はそれを陰から見守っていた千祝も全く気が付かなかった。


「何より称えるべきは、それほど親しくもない者を見捨てることの出来ない義侠心。これは、真の武人として何よりも大切なものですから」


「あなたは一体?」


「その心がけを決して忘れずに、近く必要とする時が訪れますから」


 それだけ言うと、黒マントの男は闇に消えていった。修も千祝もその行方を追うことは出来なかった。


 この後、買い物を済ませ家に帰る間も、男の言い残した言葉が頭から離れなかった。

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