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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第104話「師弟対決」

 伊部鉄郎と向かい合った葉山は、驚くほど落ち着いた様子だった。


 伊部鉄郎の実力は、その弟子である葉山が一番良く知っており、勝ち目など最初からないのは良く理解しているはずだ。


 また、今の伊部鉄郎は老いによる衰えも無く、外つ者の力を得た事による人外の能力も身につけている。つまり、葉山が知るよりも更に強力な存在になっているのだ。それは、本来伊部鉄郎に迫る達人である太刀花則武が、修と千祝の協力を得て戦いながら、それでも敗北した事ではっきりしている。


 武芸者として最高峰の技術と、人類の規格を超えた能力を持つ肉体。これ等を兼ね備えた伊部鉄郎は、もしかしたら史上最強の武芸者となったのかもしれない。


「葉山よ。まさかこの儂とやろうと言うのか? 多少剣術が得意というだけで、この生死を懸けた闘争の世界に踏み込んで来ると言うのか?」


「その通りです。先生。生前の先生からは、外つ者との戦いという、この世界を守る大切な使命は伺っておりませんでした。しかし、外つ者退治という使命を受け継がなければ、流儀を受け継ぐ者として不十分。先程は、初めての命懸けの戦いを前に怖じ気づきましたが、覚悟は決まりました」


「笑止! 儂がお前に外つ者との戦いについて教えなかったのは、いくらお前に剣技の才があったとて、命懸けの闘争には適性が無いと見抜いたからよ。そして、それは武芸の本質に関わる事。つまり、お前は流儀の深淵には至れていないと言う事だ。その認識の甘さを、身をもって思い知るがよい!」


 言い終わるやいなや、伊部鉄郎は鋭い斬撃を葉山に向かって放った。その両脇に長い刀身が深々と突き刺さったままとは思えない、強烈な一撃である。万全な状態の修や千祝でも、これを受けられるかは五分五分といったところだろう。


 しかし、この一撃を葉山は易々と弾いただけでなく、すぐさま反撃を返した。修や千祝なら防御出来たとしても、すぐに攻撃に移るのは難しく防戦一方になるだろう。葉山の技量に修と千祝は目を見はった。


「ぬう」


「早く、準備を急いで。そう長くは持たない」


 その言葉に突き動かされるように、千祝は倉庫に向かって走り出した。まだまだ太刀花家の倉庫には、名刀が多数保管されており、これらを持って来て三人がかりで挑めば、動きの鈍ったままの伊部鉄郎を倒すことも夢ではない。


 また、修は伊部鉄郎に斬られた太刀花則武を引き摺って少し戦いの場から離隔し、血止めのための応急手当をする。鍛え抜かれた筋肉も、達人の強烈な斬撃には抗う事が出来ず、深々と切られているが、骨には達していない。やはり、修と千祝の突き刺した刀により、動きが阻害されて本来の動きが出来なかったためであろう。


 修は着ていた服を使って傷口を抑えるようにしてきつく縛り、血が溢れ出すのを少しでも食い止めた。


 この作業が終わるまでに約数十秒が経過した。作業に一区切りついたところで余裕がひとまず生まれ、葉山と伊部鉄郎の戦いに目を転ずる。数十秒というのは短いようで長い。武芸の達人を相手にしたならば、普通なら十数回殺されてもお釣りがくるくらいの時間がある。


 葉山もかなりの剣の使い手ではあるが、達人の域には達していない。


 だが、修の目に映ったのは、伊部鉄郎を相手に互角に抗う葉山の姿であった。もちろん、実力差があるのはどうしようもないため、完全に押されているのは一目瞭然だ。しかし、致命的な一撃は必ず受け流し、すぐさま反撃に移る事で防戦一方には決して陥らせていない。


 修の見た所、葉山がやっているのは、彼の流儀である心身新陰流の通常の戦い方である。後の先により相手の剣を封じる剣であり、これを高度に実施しているに過ぎない。武芸には、殺し合いに特化した様々な技があるが、その様な要素は何も含まれていない。ある意味学生がスポーツとして剣の試合をするのと同じ感覚で、達人と渡り合っているのだ。


 その恐るべき剣技に修は舌を巻いた。


 そして、外つ者との戦いに加わらせる事をしようとしなかった、生前の伊部鉄郎の気持ちも少し理解出来る様な気がした。


 武芸とは、その根本に殺し合いという血生臭いものを抱えている。武芸の様々な素晴らしい技術は、これと向き合うことで発展してきたのだ。だが、技術の発展が進むと、殺し合いの事を意識せずとも技術を向上させる稽古方が生まれて来るし、殺し合いを考えなくとも純粋に剣技が上達する者も現れてくる。


 その様な者が現れた時、武芸者としてどうすべきか?


 武芸者は外つ者と戦い、人々の安寧を守るという使命を引き継いできたという視点では、この役目も当然引き継がせるべきと言える。本来武芸の技術向上とこの使命は不可分であるからだ。


 しかし、怪物との殺し合いと言う使命を念頭に置かずとも、純粋に剣技を磨き上げた若者を目の当たりにした時、その様な者を修羅の道に引き込むことを躊躇したのであろう。伊部鉄郎は。


 本当なら、老いて往年の実力が発揮できなくなっても、弟子に任せる事で人々の平和を守ると言う使命を達成する事が出来るため、多少未練はあったとしても、致命的に尾を引くことは無い。しかし、伊部鉄郎は、それが出来なかったことで、自分自身がいまだ戦わなければならないという思いに駆られたままの状態で寿命が尽きてしまい、そこを外つ者に付け込まれたのであろうと修は推測した。

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