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当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
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第99話「ニクジンの伝説」

 伊部鉄郎は廊下に付している修と千祝に近づいて行ったが、途中でふと歩みを止めた。


「ほう? これは中々しぶといな。峰打ちとはいっても手加減をした覚えはないのだが、まだ意識があるか」


 伊部鉄郎が言う通り、修達は体を痙攣させ、少しずつ体を起こそうと藻掻いている。その瞳に宿る闘志には陰るところはない。


「さて、お前たちが回復する前に叩きのめすのは容易いが、それも味気ない。折角だから儂がこうして冥土から蘇った経緯を教えてやろう。何せお前たちときたら元気だとすぐに襲い掛かってきて、会話をする余裕がないからな」


 伊部鉄郎はひとまず戦いを中断するつもりの様で、だらりと刀を垂らした姿勢になった。


 新陰流には無形の位という、一見無防備だがその実いかなる攻撃ににも対応できる構えがあり、今の伊部鉄郎の姿勢はそれに似ている。だが、修や千祝が苦痛で歪んだ視界で何とか観察したところ、無行の位とは違う隙だらけの姿勢にしか見えない。本当に話をするつもりで、余裕を見せているのだろう。


 そして、今の伊部鉄郎が隙だらけだからと言って、攻撃を仕掛けたとしても勝てるとは限らない。伊部鉄郎ほどの達人なら、隙だらけの姿勢から戦闘態勢に戻ることなど朝飯前だ。肉体は弛緩しきっているが、気は臨戦態勢を保っている。


「お前たち、ニクジン……そうさな、漢字で書けば肉の人と書くが、そういう存在を聞いたことあるか?」


 伊部鉄郎が語るところによると、ニクジンとは次の様な怪異である。


 慶長14年(1609年)の、まだ江戸幕府が出来て間もないと言っても良い時代の事である。


 時の天下人である徳川家康は、数年前に征夷大将軍を退き、駿河国の駿府城に居住していたが、ある日その駿府城に異変が起こった。駿府城の中庭に突如、子供のような形で、手はあるが指は無い、()()と表現すべき外見の存在が出現したのだ。


 そして、残っている記録によると、徳川家康は肉人を城の外に追い出す様に命じたため、家臣はそれに従い追い出したのだという。そして、後にこの話を聞いた薬学に詳しい学者は、肉人の事を中国に伝わる「(ほう)」ではないかと推察し、これは食べれば多くの力を得る仙薬となったのにと悔しがったという事だ。


 ここまでは妖怪話好きの間には、良く知られている話である。しかし、伊部鉄郎が語るには、この話には裏があるのだという。


 それによれば、肉人は人間に仇をなす()(もの)の一種だというのだ。そして、実際には追い出したのではなく、徳川家康の指揮のもと武勇に優れた兵たちが、何とかこれを退治したのである。


「まあ、そういう事だが、ある程度予想はついていただろう? 各地に残る妖怪の伝承は、実は外つ者の存在が形を変えて言い伝えられていたって事を。そういえば、この時ニクジンと戦った武士の中には太刀花家の先祖が居たらしいな。まあ本題とは関係の無いことだが。それでニクジンの話に戻るが……」


「ニクジンを食べると驚異的な力を得るというのは事実だったという事だろう?」


 ゆっくりと膝立ちの姿勢から起き上がりながら、修は自分の考えを口にした。


「そう。その通り。察しが良くて話が早い。そんなお前達ならこれが何を意味するのか分かるだろう?」


「あなたはニクジンの肉を食べて蘇った。そうなのでしょう?」


「その通り。通常なら殺された外つ者は跡形もなく消滅する。それは戦った事のあるお前達なら知っているだろうが、特殊な方法により残すことが出来るのだそうだ。それを儂は口にしたという事だ」


 外つ者の肉を口にするなど、その恐ろしさを目にし続けてきた修と千祝にとって、おぞましく、あり得ないことにしか思えない。だが、実際にこうして目の前の老武芸者は黄泉の国から舞い戻り、外つ者と同様の気を纏っている。本当の事だと信じるしかない。


 修達よりも遥かに多くの戦いを経験してきた伊部鉄郎は、そのあまりに多い戦いによって感覚が麻痺してしまったのかもしれない。


「その、ニクジンの肉の出処は何処なんだ? あなたがわざわざ見つけ出して処理したとは思えない。俺たちを何処かへ連れて行くと言っていたが、そこがこの事態の現況なのか?」


「そこまでは言えん。しかし、すぐに知る事となるだろう。儂がお前たちを連れて行くのだからな。さあ。もう回復したようだし、お喋りはこれまでだ


 伊部鉄郎が再度歩み寄ってくる。刀はまだぶらりと垂れ下がったままだが、もはや弛緩した姿勢ではない。無行の位に移行しており、もはや隙など欠片も見当たらない。


 あと十数歩で伊部鉄郎が一足一刀の間合いに入ってくるが、とても敵うとは思えない。


 もはやこれまでかと玉砕覚悟の攻撃を修と千祝が仕掛けようとした時、屋外の方から幾つもの銃声が響いてきた。同時に気合に満ちた怒声も聞こえてくる。


「ほほう。援軍か、運のいい奴らだ。再建されたという抜刀隊か、それとも防衛隊が新しく作ったという特殊部隊か。まあどちらでも良い。相手になってやろう」


 敵が増えて一転窮地になったはずの伊部鉄郎は、不敵に笑うだけであった。



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