表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
当世退魔抜刀伝  作者: 大澤伝兵衛
第4章 ニクジン編
101/111

第97話「太刀花家の戦い①」

 修達は迫りくるノッペラボウの群れを迎撃し続けた。


 修の扱う強弓から放たれる矢は、ノッペラボウ達を複数まとめて射殺し続けたし、数に任せて矢を突破した者共も、千祝と葉山の操る薙刀と刀に切り伏せられていった。


 千祝は元々修との連携が抜群であり、お互いに無言で最適の行動をとる事が出来る。そのため、修は落ち着いて弓を引き続ける事が出来た。


 また、今回が初陣となる葉山も修との連携はいまいちだが、彼の剣の技量そのものは修や千祝を上回る。修や千祝が敵を減らしているおかげで複数を相手にすることが無く、その力量を十分に発揮できる状況だったので問題なく敵を屠り続けた。敵が異形の怪物とはいえ、本気で生物を切り捨てるのは初めての経験のはずだが、その動きは普段の稽古と変わることが無い。


 危なげなく敵を殺し続ける三人の様子は、戦っているというよりも、障害を処理していると表現した方が的確化もしれない。


 迫り続けるノッペラボウを処理し続けていた三人だったが、不意にノッペラボウの襲撃が途切れた。だが、()(もの)特有の邪悪な気配は消えることなく、逆に強まっているのを感じた。


 破壊された玄関の向こうから、ゆっくりと人影が一つ姿を現す。先ほどまで襲ってきたノッペラボウは、全身がつるりとした皮膚を丸出しにしており、顔は目も鼻も口も無かった。


 だが、今姿を現した存在は、白装束を身にまとい腰に刀を差し、目も鼻も口もあり、長い白髪が頭部を覆っている。棺桶から出てきたばかりにしか見えない服装や、武装はともかく一見すると普通の人間だ。


 そして、修達はその顔に見覚えがある。


 心身新陰流の道主であった伊部鉄郎その人である。


 修と千祝は、二人の師である太刀花則武と交流がある伊部を、写真で見たことがあったし、葉山は伊部の弟子である。修と千祝はともかく葉山が師の顔を見間違えるわけが無かった。


 しかし、伊部はすでに死んでいるはずなのである。それが、ゆっくりと、しかし着実に歩を進め、三人の方に歩み寄ってきた。


「せ……先生」


 死んだはずの師が動いているのを目の当たりにし、葉山は流石に動揺が隠せないようだ。上手く言葉を発することも、近寄ることも出来ない。


 葉山ほどの感傷が存在しない修と千祝は、動けない葉山を尻目にそれぞれの行動を開始した。


「でやぁぁー!」


 千祝が薙刀を構えて突撃する。女性ながらに伊部を上回る長身で、裂帛の気合が込められた突撃は常人なら対応する事すら出来ずに切り伏せられてしまうだろう。千祝の突撃に対し伊部は落ち着き払っているのか、特に反応することなく歩みを進める。


 高速で突進するさなかで、千祝は不意に首を横に傾げた。そしてその直後、先程まで千祝の頭があった空間を矢が通過した。修が放ったのである。


 千祝の突撃で隠されながら発射された矢は、千祝の顔のすぐ脇を通過した後、伊部の額に向けて迫った。完全なる不意討ちであった。


 しかし、これに対し伊部は全く動じることは無かった。抜く手も見せず抜刀すると、精妙に刀を振るって矢を切り払ったのである。


 以前修達は、武芸の達人である鞍馬という男と対峙した際、同じような戦法で攻撃をした。その時は躱されてしまったものの、相手は態勢を大きく崩すことになった。この時使用していたのは拾い物の、修にとっては軽すぎる弓であった。それに対し、今回使用したのは修にちょうど良い強弓であり、千祝との連携もさらに洗練されたものであった。


 これを伊部は苦も無く防いでしまったのである。態勢は全く崩れたところが無い。鞍馬も達人であったが、二人の師である太刀花則武よりも少し下の年代であった。伊部は老いにより衰えたとはいえ太刀花則武を上回る剣豪であったと聞く。達人中の達人の剣技をとはこれほどのものかと修達は戦慄した。


 だが、千祝の突撃は止まらない。止まることなく伊部に迫り、薙刀を鋭く突きだそうとする。この一撃は普通の武芸者なら反応すら出来ないか、防ごうとしても勢いに負けて弾き飛ばされてしまう威力が込められている。


 更に千祝の攻撃はこれに留まることは無い。薙刀が伊部に届かんとする直前に鋭く息を噴き出した。呼気に乗って数本の細い棒が飛んでいく。


 含み針である。卑怯なイメージが付いている武器であるが、武芸十八般に含まれることもあるれっきとした武芸の一つである。もちろん通常の試合で使う事は推奨されないが、生死を賭けた戦いで躊躇する必要は無い。


 含み針が伊部の眼球目掛けて殺到する。これだけで死んだり戦闘不能になることは無いだろうが、視力に影響を受ければまともに戦う事は出来ない。含み針に気付かず攻撃を受けてしまえばおしまいだし、仮に気付いて防御しようとしても目に攻撃を受けているという恐怖から、本能的に大袈裟に防御してしまうものだ。そうなった場合本命の攻撃を不十分な態勢で受けることになり、これまた勝負が決まってしまうだろう。


 しかし、伊部はそうならなかった。少し身を低くすると、刀を構えなおして千祝の突撃を待ち構えた。眼球に向けて放たれた含み針だったが、伊部が姿勢を低くしたために刺さった箇所は額になった。含み針そのものは威力が非常に低い。多少の痛みはあったかもしれないが、命中したのが額では何の威力も発揮しなかった。毒でも塗ってあれば別かもしれないが、口に含んで発射するという特性からそれは出来ない。この辺り似た武器である吹き矢とは少し違う。


「戻れっ!」


「んっ!」


 伊部の隙の無い防御を見ていた修は即座に退却の指示を出し、もう少しで刃を伊部に届けることが出来るだけの間合いに迫っていた千祝も、素直にその指示に従って後方に下がった。


「悪いな。もう少しで攻撃できそうなところを下がってもらって」


「いえ、多分言われなくても退いていたかな。あれだけ奇襲を重ねても、全く問題なく捌いてしまうんだもの。攻撃しても届くことは無かったわ」


 修は退却してきた千祝と、軽く言葉を交わす。二人とも思いは同じようだ。おそらく口にしなくてもこれ位の意思疎通は出来ただろう。ただ、異常な連携を見せる二人とは違う男が一人いた。


「ちょっと。なんでいきなり攻撃するんですか? 伊部先生が現れたのですから、話し合うとか他にも方法はあるでしょう」


 修と千祝は顔を見合わせた。二人とも本能的かつ何の疑問も持たずに攻撃を仕掛けたので、論理的には考えていなかったのだ。


「えーとだな。あの気配からして、伊部先生は外つ者に取り憑かれて動いている。以前も死体や器物に取り憑いた外つ者と戦った事があるが、完全に外つ者に操られていた。意思疎通が可能とは思えない」


「だから、相手が戦う準備を整える前に攻撃を仕掛けたの」


「そうは言っても……」


 修達がひねり出した理屈を聞いても、葉山は納得しきれていない様子である。そして、太刀花家に高らかな笑い声が響き渡る。


「はっはっはっ。貴様ら面白い奴らだなぁ。流石、太刀花の教えを受けた者たちだ」


 声の主は、死んで外つ者に取り憑かれたはずの伊部鉄郎であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ