血飲み子
ここに来て最大の難所が現れた。人間の血を飲むだなんて!
人生初の挑戦だ!でもわくわくはせずに俺は緊張で震えていた。
血が運ばれてくる。俺は震える手でグラスを取る。
目の前には例の血がたっぷりと入れられたグラスがある。
まるで地獄の血の池のようにドロドロで、深い赤色だ。
「ほら、早く飲め。鮮度が落ちるだろう」
女はぐいぐいと俺に血を飲むことを進めてくる。
人間でいう、未成年に酒を進めるおじさんのようだった。
「ほら・・・腹、減ってるんだろう?飲めって。死んでしまうぞ」
あぁ、この人は善意で俺に血を分けてくれたのだ。確かに今は血が足りない。
全く持って有難いことだ。でも・・・
飲めそうにない。何というか、体が拒否している。
生まれてからずっと(食べ物以外は)人間らしい暮らしをしていたせいで情が沸いてしまったのかもしれない。
暫く悩んで数十分、とうとう俺はグラスを口に近づけた。
緊張と嫌悪より、空腹が勝ったようだ。
口に入れて、舌で味わい、飲み下す。
初めて飲んだ人間の血の味は、やっぱり鉄臭くてまずかった。
女はほっとしたようにため息をついた。
俺は別の意味でため息をついた。
「やっぱりおいしくない・・・」
「お前、よほど両親から深い愛情をもらったんだな。」
「なんでわかるの?」
「そうでないとこれをまずいなんて言えないから」
彼女は自分のグラスをこつんと指ではじいた。
「愛情を知った吸血鬼はな、人間の血なんかまずくて飲めなくなるそうだ。その代わり薔薇の生気だけで生きることができるようになる。お前もそのクチだろう?」
俺は頷いた。
「そうか・・・お前が羨ましいよ。私もそんな風に生きてみたかったものだ。」
「生きればいいじゃない!その・・・今からでも、愛情はきっと知れるよ!」
「いや、無理だ。」女は即答した。「・・・無理なんだ。」
俺は女の言動に何か影の様なものを感じたが、その影が何なのかについて、終ぞわからずじまいだった。