04話 魔王さまと謁見の間
「魔王さま、お仕事です」
「――――」
「魔王さま、寝たふりとは古典的すぎますよ」
「……チッ」
『寝たふりをして部屋に戻ろう作戦』、失敗である。
秘書と魔王は現在、城の廊下を進んでいた。すれ違う部下からの憐れなものを見る目が、魔王にとっては痛かった。
安楽椅子に腰掛けたまま、心なしか体を縮こませている魔王は、晒し者となっている現状を、どうやって脱すべきか考えていた。
一昔前は、溢れんばかりの知性とカリスマで魔王軍を率い、そして世界の三割を手中に収めた昔の魔王にとって、そんな程度ことを考えるのは朝飯前だった。
ただ、昔の魔王にとっては、だ。溢れんばかりの知性とカリスマは、溢れさせすぎたのか魔王の中から出尽くして、もはや残っていなかった。
残ったものは多少は回る脳みそと、過去の栄光だけだ。昔の状態に戻るには、いささか時間がかかるだろう。戻る気もないのだが。
憐憫の目も慣れてしまえば気にはならなくなったし、椅子に座ったまま移動出来るのも悪くはないと思えてくる。うん、ポジティブにいこう。魔王の今日の方針が決まった。
「で、仕事というのは?」
ポジティブになったついでに、ただ座っているだけでなく会話をしようと秘書に話しかける。連れ出されたものの、特に何をするのかは言われてなかった。
ただ魔王城を巡るだけが仕事ではないことくらい、ポンコツの魔王にも分かっていた。
ただ、秘書は質問に答えず、どんどん歩調を速めていく。無視である。
「おーい、聞いてるのかな?」
「――――」
「……流石に来るものがあるのだが、なあ」
「――――」
「一応、儂、これでも上司なんだけど」
「――――」
徹底して無視である。いくら状態異常攻撃が効かない魔王といても、メンタル攻撃は効くのだ。しかも、結構打たれ弱い。硝子のメンタルである。
「そろそろ儂も泣くぞ……」
「――着きました」
魔王が一方的に話しかけている間に、どうやら秘書の目的地に着いたようだ。秘書が立ち止まるのに合わせて、安楽椅子も空中で停止した。
魔王城の中でも一際大きな扉の前、秘書はその扉を見ながら、青ざめている魔王に言った。
「さぁ、これが今日のお仕事です」
『謁見の間』、魔王にとっては二度と見たくない場所。
「――え?」
一瞬で秘書の魔法を解除、自由落下していく安楽椅子に座ったまま魔法を発動。向かうのはもちろん執務室。
秘書が素っ頓狂な声を上げる頃には、魔王は文字通り風となった。突風となった魔王は、勢いそのままに執務室に逃げ込んだ。