01話 魔王さま、お仕事です
「魔王さま、お仕事です」
「嫌だ」
「お・し・ご・と・で・す!」
「い・や・だ!」
とある城の一室。そこで男女が言い争っていた。
「このやり取りも何回目ですか、いい加減聞き分けてくれませんか?」
「秘書、君の方こそ、いい加減諦めたまえ。儂は意地でも働かんぞ」
「働かざるもの食うべからず、ですよ」
「……だからって、本当に昨日の夕食を用意してくれないとは思わなかったよ」
昨日、夕食にありつけなかった魔王は、手に持つ本から目を離して、犯人である秘書に非難の目を向ける。そんなことは知っちゃ事ないという様子で、秘書は魔王が座る椅子の前に大量の書類を、叩きつけるかのように置いた。
「これはなんだい?」
「今日のお仕事です」
「……多くないかい?」
「どっかの魔王さまが働かないので溜まっているんですよ、どっかの魔王さまが働かないので」
「二回も言う必要はないだろう、さすがの儂も傷ついてしまうじゃないか」
「そのわりにヘラヘラしてますけどね」
秘書は文句の代わりに溜息を吐いて、目の前のダメ魔王を見やる。
安楽椅子に腰掛けて本を読む姿は、白髪の髪や伸びっぱなしの髭とあいまって、ただのダメなオッサンである。
百年前以上前から何度も世界を恐怖に陥れてきた魔王像とは、まったくもって重ならない。いっその事、別人と言われた方がしっくりくるくらいだ。
「とにかく、その書類に目を通しといてくださいね。じゃないと、今日の夕食もナシですので」
「おぉ、コワイコワイ。まぁ、気が向いたらしておくよ」
絶対にしないだろうが、内心はそう思いながらも、秘書は自分の仕事をするために魔王の自室をあとにした。
今日も世界は、残念なことに平和である。魔王と勇者の戦いに終止符が打たれてから、早くも百年ほどが経とうとしていた。
魔王の中で燃え盛っていた野望の炎も、何百年と経つ内に弱まり、最後には消えてしまった。
魔王さまは、今日も働かない。だからきっと、今日の夕食もないだろう。