§8 悪夢(明里)
初の女性視点。難しい。
1
夜、夢を見た。昔の夢だった。思い出したくない、辛い過去の。
2
私は何度も転校を経験した。多くは親の都合で、でも一回だけは……辛くなったから。何が一番辛かったのかは分かってる。分かっているからなおさら辛い。
きっかけは小学六年生のときに起きた。
ある日、突然、
「春休みになったら引っ越すのよ」
と親から告げられた。
私はかなり落ち込んだ。なぜならあの人とさよならしなくてはならないからだ。反論したけど聞き入れられなかった。大人とは、何とも身勝手なのかとこのとき私は初めて思った。
私が彼にそのことを伝えたとき、彼は予想通り落ち込んだ。どうか、どうか彼が私のことなんか忘れて、いい毎日を送ってほしいなんて必死に祈っていたのも、懐かしく感じる。
それからの一年間は、とにかく辛かった。まだ、思い出せるほど気持ちの整理ができていない。覚えているのは、何度も吐いたこと、彼に手紙を送ったこと、そして彼が今よりとてつもなく遠いところに行くことが決まった後で彼が私に会いに来てくれたこと。
特に、彼が会いに来てくれた時のことは、今でも鮮明で、心の奥に、壊れてしまわないように大切にしまってある。しかしまだ、このことを思い出とすることを受け止められず、拒絶する私がいる。そのことが、今でも私をそれも今日、きっぱりと忘れて、未来へと歩み始めたいと思う。
そう思って起きた朝は、とても複雑な心境だった。
昼食を食べながら、突然、あの桜の木のところへ行くという発想がおりてきた。
3
家の扉を開けると、満開の春が私を待っていた。
心地よくて眠ってしまいそうなあたたかい風。きれいなスカイブルーの空。さんさんと輝く太陽。そして、小鳥のさえずり。道端に目をやると、色とりどりの草花。全てが春を、今日という日を祝福しているようだ。
私は思わず深呼吸してしまう。
そして、そんな自分にも笑ってしまう。よくもまあ、こんな感じになれたなあ。感謝。
着ていくつもりだったコートを玄関に丁寧に畳んで置き、スキップして家を出た。
心に余裕があることのありがたさを感じる。こんなに豊かな自然も、今までの私では絶対に感じることの出来なかった感触だ。
しばらくの間、私は春を満喫しながら桜の木のあるところへ向かった。
桜……か。刹那、今までのことが走馬灯のように思い浮かんだ。
「私は……何を……」
そして私は、いつになるかわからないが、次、一郎くん、いや、いっくんに会ったときに全てを打ち明けようと決めた。きっと彼なら……と思った後、再びあの時のように拒絶されるのではないかという恐れが私を襲った。しかし、私はひるまなかった。いや、ひるみたくなかった。だから、自分に必死に、大丈夫、私は成長したんだと言い聞かせた。
「よし。大丈夫。私は成長した」
そう言った後、顔を上げると、そこにはいっくんがいた。
そう言った後、顔を上げると、そこにはいっくんがいた。
さて、どうなることやら……