§7 悪夢(一郎)
§8とセットでどうぞ。
1
夜、夢を見た。昔の夢だった。思い出したくない、辛い過去の。
2
僕は二度、転校を経験した。一度目は親の都合で、二度目は……辛くなったから。何が一番辛かったのかは未だにわからない。
きっかけは小学六年生のときに起きた。
ある日、突然、
「春休みになったら引っ越すのよ」
と親から告げられた。
僕はそこそこ落ち込んだ。なぜならまあまあいい時間を過ごせたと思ったからだ。
* * * * * * * * * *
「赤井一郎くん!」
「はい!」
* * * * * * * * * *
近頃、人という生き物は常に成長し続けているのではないかとよく物思いに耽る。あくまでも、その成長が著しいのが若いうちである。だからこそ、今、昔を振り返ってみれば、それは今の自分よりも未熟で且つ大きく成長する前の存在を見ていることになるので、多少のことならば、少しほほえましく思える。あろうことか、あんな中学の入学式ですら美化されている。それどころではなく、あの頃の自分をかわいい(ここでの「かわいい」は親が子をかわいいと思うような、かわいさである)と思える。人のこころとは、何と難解なのだろうか。
あの頃の、入学した頃の僕は、この世の不条理など何も知らず、この世は希望で溢れかえっていると思っていて、まるで夢を見ているかのようだった。
あの頃は何も知らないで幸せだった。あのまま一生を過ごしたかった。しかし、そうはさせてくれなかった。
一年の頃のことはあまり考えたくない。心の中でまだあれを過去と捉えられない自分がいる。故に、もう少し落ち着いてから振り返りたい。
悪夢にうなされて起きた朝はバッドモーニングだった。しかし、落ち込んでばかりもいられない。今日は人生を左右する大切なことがきまる日だ。
発表は十二時半。さっさと朝食を済ませ、あの桜の木のT字路へ行こうと思った。
3
家の扉を開けると、満開の春が僕を待っていた。
心地よくて眠ってしまいそうなあたたかい風。きれいなスカイブルーの空。さんさんと輝く太陽。そして、小鳥のさえずり。道端に目をやると、色とりどりの草花。全てが春を、今日という日を祝福しているようだ。
僕は思わず深呼吸してしまう。
そして、そんな自分にも笑ってしまう。よくもまあ、こんな感じになれたなあ。感謝。
着ていくつもりだったコートを玄関に丁寧に畳んで置き、スキップして家を出た。
心に余裕があることのありがたさを感じる。こんなに豊かな自然も、今までの僕では絶対に感じることの出来なかった感触だ。
しばらくの間、僕は春を満喫しながら桜の木のあるところへ向かった。
そこには、明里がいた。
そこには、明里がいた。
続いては明里編です。