§1 巣立ち(1)
1
教室の窓から外を眺める。ここからの景色を見るのも今日が最後だ。遠くにそびえ立つ山々、近くを流れる川、そんなものが全て、今までよりも美化されていた。
「おはよー!」
いつも通り三人揃って登校してきた。ちょっとおとなしめの男子一人に明るい系の女子一人、そして体育会系&学級長の女子一人である。普段は、僕を含めて四人で登校するが、今日は張り切ってしまっていて、自分だけ早く来てしまった。
「いやー、もう今日で最後か」
突然、真が珍しく感慨深そうに呟いた。
「にしても、凄くない?四人全員が三年間同じクラスだったのって。いったいどのくらいの確率なの?榊原くん」
明里も三年間を振り返るようなことを言い始めた。
それに対し、真は一秒で即答した。
「六四分の一」
早い! 僕は改めて感心した。そして、こいつはやっぱり天才だと思った。
真は普段は穏やかなのであまり目立たないが、実はかなりの実力者だ。あまり言いふらすと不味いので、ここだけの話、真は模試で常に上位だし、何度も一番をとっている。かといって、学校の勉強だけできる訳ではなく、運動以外は大体できるし、普通に優しい奴だ。気配りも万全。何故モテないのかわからない。もしかすると、まだまだ隠している力があるのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すというし。
とにかく思うのは、こいつと友達で良かったということ。何よりも、これまでにいろいろと助けられてきた経験がそう思わせている。
明里も貴子も、同じ意見だといった表情だ。
続々とクラスメイトが登校する。でも、いつもとおはようの重みが違う気がした。なにしろ今日でここに来るのも最後。
僕ら四人も全員別々の高校に行く予定だ。まあ、合格発表は明日だからまだ行きたい高校に行けるかは決まっていないのだけども。
2
クラス全員が揃ったみたいようで、。担任の田島先生が教室に入ってきた。
「ええ、皆さん今日はご卒業、おめでとうございます。今日という日を、こうして、このような最高の仲間と一緒に迎えられたことが何にも替えがたいだと思います。一年間、短い間でしたが、本当にありがとうございました」
そう言い終わると同時か、あるいは言い終わらないうちに、先生は感極まって泣き始めてしまった。
しばらくして、聞きなれた声が聞こえた。
「先生の気持ちは分かりますが……先生には気をしっかりともって、明るい顔で送り出して欲しいです」
こういうことを言うのはいつも貴子の役割だ。貴子は周りに気配りができる、頼れる良きリーダーである。当然、皆からの信も厚い。
「そうだな……せっかく今日はみんなの門出だというのに……申し訳ない」
先生も良い人すぎる。いや、良い人すぎて逆に困るくらいだ。しかし彼は、正直者は馬鹿をみるというように、決して楽な人生ではなかったらしい。でも、こういう人ほど社会に評価されてほしいと思う。もっとも、先生は人から評価されなくても、周りが幸せならそれでいい、というタイプの人だから、それで構わないらしい。
「それでは今日の流れを説明します。まず、……」
というような先生の説明が始まった。こういう類いのものは大体何とかなると思うので、先生の話を右から左に聞き流しながら、ボーッと窓の外を眺めてみた。
まだ桜は蕾だったが、今にも咲きそうであった。
――僕は今まで、どういう生活だったのだろうか。周りとうまくやれていたのだろうか。
「……という流れになります。最後の一日、全員で素晴らしいものにしましょう‼」
「はい!」
色々考えている間に説明が終わったようだった。
そういえば三年間、長かったようで短かったような……、と感慨深く思った。特に、一年と二年の間など、あっという間だった。必死だったのだろう。
思えば、ほとんどのことを四人でしてきた。大きなことも、小さなことも。周りに助けられることも多かった。大変なこともあったけど、あいつらのおかげで無事、中学校生活を過ごせた。
ありがとうな――。
しかし、これからは親しい人は少なくなる。そう思うと、僕はどうしようもない不安に駆られた。
3
「卒業生、入場!」
体育館の扉が開く。
壮大な音楽が流れる。
卒業生の入場が始める。
ここまでは去年や一昨年と同じだ。
違うのは、拍手する側から、入場する側になったということ。ただそれだけのはず……と自分に言い聞かせていた。でも、想像していたよりも緊張した。
この学校に思い入れなんてない。なのに、何故緊張する?
この三年間、大変だった。辛かった。時々いいこともあったけど、それでも嫌なことが多かったはず。なのに、何故?
2017/06/29 細かな修正