第五話 プレイヤー同士のいざこざ・その一
ぎりぎり今年中に第五話投稿! なんの意味も無いですけどね! こんなに遅れてすいませんでした!
誤字や脱字が御座いましたらご報告をお願いいたします。
「あー……。本気で一対一の素手喧嘩してぇ……」
かつての中学時代を思い出し、遠いあの頃に想いを馳せながら、俺はフィールドでひたすらにモンスターを狩っていた。
ムサシの言う通り最初の街周辺ならば〈ビッグベアー〉のような強大なモンスターは出現しないようなので、思う存分モンスター相手に無双が出来る。具体的に言うなら、騎士鎧の防御力を活かしてモンスターの攻撃を受けても『ん? 今、何かしたのか?』あるいは『俺に攻撃を当てるとはな……。だが無意味だ』ごっこに興じている。
「やっぱり〈ビッグベアー〉が異様に強かったんだな……。本当にほとんどダメージを受けねぇし、モンスターの攻撃も遅いし、すげぇ楽にレベル上げが出来るわ」
たまにクリティカル攻撃が発生して雀の涙程度のダメージを受ける事もあるが、〈ポーション〉を使えば一瞬で回復できる。最初の街周辺で戦っている限り、再びデスペナルティを受ける事態にはならないだろう。
ちなみに最初の街周辺に出現するモンスターは〈ファングラット〉〈リーフバタフライ〉〈ブルーウルフ〉の三種類だ。それぞれに『すばしっこい』やら『空を飛んでいる』やら特性があるものの、まとめて戦って多少時間が掛かる程度の強さしかない。状態異常攻撃もしてこない、正に初心者が戦い慣れる為のモンスターと言うべき強さだ。
「おっ。また《鼠の牙》をドロップした。これで三個目だ」
またけっこうな数のモンスターを倒しているので、ドロップアイテムも徐々に貯まって来ている。こういった《~~の牙》や《~~の鱗》と言ったアイテムは総じて【素材アイテム】と称し、武器防具の作成や換金、あるいはクエストの収集品として扱われる。持っていて損は無く、要らなくなったら売ってGに変換すれば良い、便利なアイテムである。
他にもフィールド上の採取(または採掘)ポイントで収集できる【素材アイテム】もあり、こちらは〈ポーション〉などの消費アイテムの材料の元になる。これらは【薬剤調合】のスキルがあれば誰でも自作で消費アイテムを作成できるようになるのでかなり需要が高い。積極的に採取しておく事にする。
「いやー、しかし剣と大楯なんて俺には合わねぇと思っていたけど、使ってみれば中々しっくりくる装備品だな。《騎士型》だから当たり前かも知れないけど…………」
俺は右手に持った両刃剣をぶんぶん振り回す。鉄パイプならともかく刃の付いた凶器なんて振るった事もないのに、一時間ぐらい戦闘をこなしていたら扱い慣れてきた。ゲームだから本物の両刃剣とは色々と勝手が違うのだろうけど、使い易いのは良い事だ。何よりも騎士っぽい戦い方が出来るので使っていて楽しいのがグッドだ。
「さぁて。後十匹ぐらい〈ファングラット〉を狩るとするか……。もう少しでレベル2に上がりそうだし……」
ステータス画面を確認してみると、経験値も大分溜まっているのが判明した。一時間ずっと戦闘を行ってやっとレベルアップするなんて、割りとレベル上げが大変なんだが、文句を言っても仕方ないだろう。
経験値はモンスターを倒して入手するのが基本なのだが、例外として討伐系統のクエストをクリアーする事でも取得することができる。モンスターをひたすら倒すだけではなくて街でちゃんとクエストを受注してこなさないと、レベル上げも余り捗らないということだろう。
まぁ、自分より高いレベルのモンスターを狩るのが一番の経験値取得方法なんだけども。
取り敢えず俺はレベル上げを続行する事に決めた。もうすぐレベル2になるのだし、一区切りつけるのならレベルアップしたタイミングが丁度良いだろう。
そういう訳で次の獲物を探すべく、周囲を見渡しつつフィールドを歩き始める。最初の街から離れ過ぎると強力なモンスターが出現するので、最初の街の周囲を旋回するように移動する。次いでに採取ポイントがあれば【素材アイテム】も回収しておく。
そうしてしばらくフィールドを散策しているとーー。
「…………い! …………ざけん…………!」
「…………さい! ごめん…………!」
「んっ?」
遠くから微かに人の声が聞こえてきた。余りはっきりとは聞き取れないが、片や男の怒鳴り声が、片や女性の悲痛な声が風に乗って耳に届いたのだ。
気になったので声の聞こえた方向へと足を進める。よろしくない野次馬根性丸出しではあるものの、女性の困ったような怯えているような声がどうしても放っておけないのだ。
最初の街より少しばかり離れ――とは言ってもモンスターの強さが変わらない程度の距離ではあるが――やがて小さな湖に着いた。周囲には特に何も無い、太陽の光を受けてキラキラと輝くキレイな湖だ。現実の世界なら良い観光スポットとなりそうだ。
その畔にて件の声の主が存在した。
「俺の後ろから魔法を放って援護しろっつったけど、攻撃の邪魔すんじゃねえよ! 一体何回言えば分かるんだよ、あぁ!?」
男の方は荒々しさを体現した存在だった。簡易アーマーでは隠し切れない程に膨張した筋肉の塊。身の丈は180cmを軽く越しており、身長に匹敵する巨大な剣を装備している。顔立ちは鷹の眼の如き鋭さと獅子の如き猛々しさが混ざり合った、なんというか「RPGに出てきそうな超強い将軍格の敵キャラ」みたいな男だ。
「ご……ごめん、なさい……。本当に……ごめんなさい………」
対して女性の方は大人しさを象徴した存在だった。髪色こそ金髪ーーというより黄色と派手ではあるものの、若干垂れ気味の目元に飾り気の無いローブ。自己主張の少ないアバターであり、こちらは「引っ込み思案な街娘その1」という雰囲気である。つまり地味な見た目だ。
「《魔法使い型》なら大人しく援護だけしてろや!! 図に乗って命中精度も良くねぇ癖に、俺がモンスターを攻撃してる時に魔法を放つから俺を巻き込んじまうって、なんで分からないんだよ!!」
「ごめんなさい……。でもあの、貴方が直ぐにモンスターに接近するので魔法で援護するタイミングが……」
「俺が知るかよ! どうやったら俺を的確に援護できるのかを考えるのはお前の仕事だろうが!! 俺の動きにてめぇが会わせろや!!」
湖の畔で言い争う二人――――否、男がほぼ一方的に女性を責め立てている。どうやら互いにパーティーを組んでいるようで、連携についての不満をぶちまけているらしいが――――。
(にしても男の方は少し自分勝手過ぎる気がするなぁ。仲間と連携を取らずに一人で戦っているのかよ)
端から聴いているだけなので詳細は分からないが、女性の魔法が男の戦闘の邪魔をしているようで、それで怒っているようだ。
しかし男の言い分に耳を傾けてみると、やれ俺の邪魔をするなとか、やれ俺に合わせて援護しろとか、やれ俺に楯突くなとか、やや身勝手な発言が目立つ。自分から女性と連携しようという気が更々ないようで、あくまで女性を補助としか見ていないようだ。
正直、見ていて聴いていて気持ちの良いものではない。男の身勝手な発言のせいで女性は完全に萎縮してしまっている。可哀想ではあるし、なんとかしてやりたいが……。
(まぁ……。俺が口出しすべきじゃないよな。パーティー内の不和不満はパーティー内で片付けるべき問題だし……)
しかし俺は部外者。彼らとは何の関係も無いプレイヤーの一人でしかないのだ。わざわざしゃしゃり出て介入するのも筋違いだろう。
それに男の言い分は身勝手だが、本当に怒鳴りたくなるぐらいに女性の魔法射撃精度が酷いのかも知れない。あるいは女性とは親密な関係で、あれぐらいの言い争いは良くあることなのかも知れない。自分の憶測だけで横槍を入れるのは、それこそ身勝手な行為だろう。
ということで俺は彼らから離れる事にした。これ以上野次馬として見続けるのは失礼だからだ。後はパーティー内で問題を片付けて終わりだろうし、俺がこの場に留まる必要は無い。さっさとモンスター狩りに戻るとしよう。
そう思っていたのだが――――。
「ちっ…………やっぱてめぇはいらねぇわ。せめて俺に迷惑掛けた分、Gを貰って別れるとするか」
「えっ…………!?」
男は何をとち狂ったのか、大剣を背中から抜き放ち女性にへと突き付けたのだ。女性はいきなり自身に向けられた巨大な凶器に驚き戸惑っている。
「おら、有り金全て置いてどっか行け。そうしたら今まで俺に対して掛けた迷惑は全て水に流してやるよ」
「おいおい……!」
これは最早放っている訳にはいかない。俺は駆け出した。
互いの連携について不満があり、文句を言い合うのはまだパーティー内の問題として納得が出来る。個人個人の問題として処理出来る。
だが、これはやり過ぎだ。うまくいかないからって、不満があるからって、金を奪って切り捨てるなんて真っ当な人間のやる事ではない。自分勝手なんて言葉じゃ収まり切れない、ただの屑野郎の自己中心的な暴虐でしかない。
なにより――――怯えて震えている女性をこれ以上は放っておけない。文句を言われているだけじゃなく、実際に傷付こうとしている女性を見捨てしまったら、俺は男として大事なものを失ってしまうだろう。
「そ……そんな……。ごめんなさい……! 迷惑を掛け続けた事は謝ります……! だから、その、あの……」
「あああ!! うざってぇなぁ! さっさと金を寄越せや!! てめぇみてぇな無能が俺に逆らって良いと思ってんのか!?」
男が焦れたのか大剣を振り上げた。女性をキルして無理矢理Gを奪おうとしているのか、あるいは軽く攻撃して脅しを掛けようとしているのか。
どちらにせよ、その大剣を振り降ろさせる訳にはいかない。
「い――――いやっ!」
女性が反射的に目を瞑り身構える。そんな防御動作も意味を成さずに、容赦なく大剣は女性の脳天にへと振り降ろされる――――。
「おらぁ!」
が、直前で俺が入り込んで大楯を突き出して弾き返した。大剣はそのまま男の体ごと女性より大きく離れる。結果、男は大きく後退して距離を取らざるを得なくなった。
「うおぉっ!? なんだ!? 誰だてめぇ!?」
「えっ…………!?」
男も女性も突然現れた俺という存在に驚き目を丸くした。特に女性は何が起こったのか良く分かっていないようで、ポカンと口を開けて呆けている。
俺は女性を庇うように大楯を構え直して男と相対した。
「いくらなんでもやり過ぎだ! 女から金を巻き上げて突き離すだなんて、てめぇそれでも男かよ!」
男も少しのだけ呆けていたが、俺の台詞を聞いて思い至ったのか詰まらなそうな表情で返してきた。
「なんだよ、正義の味方気取りか? 関係ない奴はすっこんでろ!! 迷惑掛けられた分だけ迷惑料ぶん取って何が悪いんだよ!!」
「悪いに決まってるだろうが! あんたらパーティー仲間なんだろ? なら多少の失敗や迷惑はフォローしてやるべきだろ!? そうじゃなくたって金を奪うことはないだろ!」
「なんで俺がカスのフォローをしなくちゃならねぇんだ? 《魔法使い型》なんて後方から安全に魔法を撃つだけの楽な仕事だろうが。むしろ前線で体張ってる《戦士型》の為に貢献して貰わなくちゃ困るんだよ」
「なっ…………!?」
余りにも酷い言い分に絶句してしまう。なんという自分本意かつ偏った認識なのだろうか。
確かに《魔法使い型》は後衛タイプの【クラススタイル】ではあるが、別に安全というわけではない。全ての【クラススタイル】の中でトップクラスに耐久力の低いクラスであり、雑魚モンスターの一撃でも致命傷となりうる程にHPの少ないクラスでもあるのだ。遠距離から魔法を放てている内は良いが、いざ近付かれると一瞬で倒されてしまうぐらいに脆弱なのだ。
だからこそパーティー内での連携が必要不可欠となるのだ。《魔法使い型》のプレイヤーにモンスターを近付けさせない為に前衛型のクラスで足止めすることが重要となる。《神世界アマデウス》において魔法は発動に時間が掛かるものの、威力は相応に高いという特性を持っているからだ。
だというのに、この男はフォローするつもりが全くない。むしろ自身の為に働けと宣っている。前衛職至上主義なのか《魔法使い型》をただのサポーターとしか考えていないのか。どちらにせよ、協調性が全く無い上に《魔法使い型》を見下している。
絶句して言葉が出ないとは正にこの事だ。しかもフリーズしてしまった俺に追い討ちを掛けるように、更に男は言葉を続けた。
「大体、そのカスは仲間なんかじゃねぇぞ? 街で偶然パーティーを組んだだけの今回限りのメンバーだ。使えねぇなら別れるだけだろうがよ」
「今回限り……? フレンド登録していないのか?」
「するわけねぇじゃ~ん、そんなカス女と。素材集めが楽になりそうだったから声を掛けただけだっての。なのにてんで役に立たない、むしろ俺の気持ち良い狩りを邪魔しやがる!! マジでふざけんな!!」
俺は背後にいる女性の方を見る。女性は状況を把握して落ち着いたのか、俺の視線に対して怯えながらも頷いた。
つまり男は街で女性と即席のパーティーを組んだだけであり、別にフレンドでもなければリアル友達でもないわけだ。
「だったら尚更、相手に合わせて行動すべきだろ!! ただ自分勝手に戦ってばかりでパーティー仲間と連携しないなんて、なんでパーティーなんか組んだんだよ!?」
「だからなんで俺が《魔法使い型》に、後衛に合わせないといけねぇんだよ!? しかも連携とか必要ねぇだろうが! 俺一人でモンスターを攻撃して、そいつはモンスターが俺に攻撃しないようにサポートする! そうして戦うのが一番楽だろうが!!」
確かにこの周辺のモンスターはかなり弱いので、わざわざパーティーメンバー全員で攻撃しなくても問題は無い。一人で攻撃しても十分に撃破出来るからだ。
しかし、ならばわざわざパーティーを組む必要は無い。一人で攻撃して事足りるのなら、二人以上は余分な戦力だ。連携を取るという行為を放棄している以上はパーティーメンバーとして女性を連れ回す意味は無いだろう。
男は「モンスターが俺に攻撃しないようにサポートさせる」為に女性に声を掛けたという。つまり自分が一方的にモンスターを蹂躙したいが為だけに、本来なら戦力として不必要な女性を引き回しているわけである。仲間内でもない、見知らぬ女性をただの自身の都合の良い道具扱いしているのだ。
「プレイヤーにだって得意不得意がある。パーティーメンバーはお前の都合の良い道具じゃない。パーティーで動くのなら、パーティー内で互いに支え合って協力すべきだ。それが出来ないのならパーティーなんて組むんじゃない!! 他人に掛かる迷惑を考えろ!! それがオンラインゲームをする時のマナーだろ!!」
「うざってぇなぁ!! 俺に口出しするんじゃねぇ、ゴミ野郎が!! のろまの《騎士型》がでしゃばるんじゃねぇ!」
俺の意見は一方的かも知れない。人様のパーティーの内情に口を出し、人様のプレイスタイルにケチを付ける最低な男かも知れない。周りからしてみれば、押し付けがましい偽善行為なのかも知れない。
けれど、この男よりはマシだと断言出来る。協調性も無く、自らの事しか考えてもいない、こんなろくでもないプレイヤーよりは。
偽善行為で大いに結構。こんな屑野郎を見逃しては置けない、いや置きたくない。他人を見下して女にも手を上げるこの男を放って置いては、俺は人としても男としても生きていけなくなるからだ……!
「とにかく、金を奪う必要は無いだろ? ここできっぱりと別れて互いにもう関わらない。それで良いじゃねぇか」
「はっ! これだから《騎士型》は! 脳味噌までのろまなのかよ?」
「…………」
《騎士型》が動きの遅いクラスなのは認めるが、脳味噌の出来とは関係ないだろう――――と突っ込みたかったが、ここは抑えておく。本筋から外れた話をしたくはない。
「いいか? ソイツは俺の狩りを邪魔した。役にも立たなかった。貴重な時間を浪費させたんだぜ? 詫びとして金を貰うのは当然だろうがよ?」
「邪魔をしたんじゃなくて、お前が全てのサポートを無視したんだろ? 一方的にサポートを要求しといて、てめぇはこの娘に何も返さねぇのかよ!?」
「さっきも言ったけどよ。《魔法使い型》のカスは大人しく前衛を支えてりゃいいんだよ。それしか能が無い癖して、連携だの報酬だのを要求するほうが間違ってんだよ!!」
男は俺の背後でおどおどしている女性へと視線を向けた。怒りと侮蔑の込もった視線を受けて、女性は怯えて一歩後退りをした。
「分かるよな、クソ女!? てめぇみたいな奴は俺に奉仕だけしとけば良いって事ぐらいはよ!? まさかお前、俺の言っている事がおかしい――――なんて言わねぇよなぁ?」
「そ……それは……」
男の言葉に女性は俯いてしまう。恐くて何も言い返せないのか、あるいは女性自身も男に遠慮してしまっているのか。女性は返答に窮してしまっている。
そんな女性に俺は告げる。
「言いたい事、言うべき事は口に出すべきだ。恐いのなら俺が壁になってやる。遠慮してんのなら俺が代わりに言ってやる」
怯えている女性にこの状況は辛いのかも知れない。相手は視線だけでこちらを殺そうとしているかの如く睨み付けてきているのだ。乗せられた怒りの感情は、この大人しい女性にとっては突き付けられた刃物にも等しいのだろう。
だが、俺がこの男に何を言っても無意味だろう。反省もしない、妥協もしない、自分の意見こそ至高と思っているのだから、所詮は第三者でしかない俺では水掛け論にしかならない。
俺が出来るのは女性の盾となって、女性の真意を男に伝える事だ。女性の口からだろうが俺の代弁だろうが、とにかく女性が男に対して何を思っているのかを伝えなければならない。
男の言う通りにするのなら俺も退こう。それが正しいと言うのなら、俺はもう関与出来ない。男の傍若無人ぶりを放っては置けないが、パーティー内で決着した事柄に首を突っ込む事は出来ない。女性を助ける為に割って入ったのに、女性の意に反した事をするのはそれこそマナー違反だからだ。
だが、男の弾劾するのなら。あるいは男の言う通りにはしたくは無いと言うのなら、俺は――――。
「《魔法使い型》だとかは関係ない。役に立ったか、邪魔をしたのかは関係ない。アンタがどうしたいか、どう思っているのかをコイツに伝えるんだ」
「《騎士型》ののろまの言う事なんざ無視しろ!! てめぇは黙って金だけ渡せば良いんだよ!!」
「…………俺は関わった以上は全力でアンタを護るとする。だから、俺が護ってやるから、言いたい事を言ってやるんだ」
押し付けがましい善意だ。これも一方的な要求だ。途中から入って来て話を乱しに乱しての言い草だ。男の言う通り、無視されてもおかしくはない。俺は俺の信念に従って女性を護ってあるが、女性にとっては知った事ではないものなのだから。
女性はしばらく俯いていたが――――やがて決心したのか、顔を上げて男の方へと向いた。
まだ怯えているのが分かる。戸惑っているのが分かる。恐くて仕方が無いのが分かる。
「…………確かに貴方の言う通り、私は役に立ちませんでした。結果だけを見るならば、私は貴方の邪魔しかしていませんでした……」
男に同調する言葉、謝罪の言葉を聞いて、男の口角は吊り上がる。自分の意見こそが正しいと言わんばかりに。
「…………お金を払ってお詫びをするべきかどうかは、正直私には分かりません。それだけの失敗をしてしまったのか、お詫びをするべきなのか、私に判断する事は出来ません…………」
「あっ? するべきかとかじゃなくて、てめぇはさっさと金を渡せばーー」
「黙っていろ」
男を逆に睨み付ける。この男がどれほどに胆力があるのかは知らないが、こっちは中学生時代は喧嘩三昧、啖呵三昧の日々だったのだ。視線に乗せる殺気の濃さには自信がある。
案の定、男は息が詰まったかのように閉口してしまった。殺気に面を食らっているようだ。
女性の言葉はまだ続く。
「…………でも、今日会ったばかりとは言え、貴方はパーティーの仲間。迷惑を掛けたのなら謝るのは必然ですよね。ごめんなさい、貴方の邪魔ばかりしてしまって…………」
女性は深々と頭を下げた。自分に非があると認めたのだ。男の言い分は正しいとして謝罪したのだ。
しかし、女性の話はこれでは終わらなかった。
「…………けれど私の行為が迷惑であり、邪魔になっていたと言うのなら、貴方にも謝ってもらいたい事があります」
「……はぁ?」
訳が分からない、と言わんがばかりに男は呆けた声を出した。何故謝罪した相手が自分に対して謝罪を求めるのか理解が出来ないようだ。
「…………私が邪魔になった、役に立たなかった。だから私になんと言っても構いせん。でも、この人の事を馬鹿にしたことは謝って下さい。私にでは無く、この人自身に対して謝って下さい」
そして俺も驚いてしまった。女性は自身よりも、俺が悪く言われた事に対して憤っていた。
その事実に俺も呆けてしまう。何故か女性は俺に対する暴言に怒りを見せていたのだから。
「な、なんでだよ? こののろまのゴミ野郎をなんて言おうがてめぇには関係ないだろうが!?」
「私は貴方に罵倒される事をしてしまったのかもしれません! でも、この人は私を護る為に割って入ってくれた人です! 貴方に迷惑を掛けた訳では無く、ただ指摘してくれた人なのです! あくまでも最後の判断はこちらに委ねてくれました! なら、この人が貴方に罵倒される謂われはありません!」
女性は先程の控えめな態度からは考えてられないほどの激情を表した。自分の事では無く、他人が馬鹿にされた事に対して憤激したのだ。
「だから、貴方が私のした事で謝罪を求めたのなら、貴方もこの人に対して行った迷惑行為について謝るべきです!! 私からGを要求するのは当然だとしても、この人に暴言をぶつけたのは貴方の身勝手なのですから!!」
「意味分かんねぇ事を言ってんじゃねぇ!! コイツも同罪だ!! 《騎士型》の癖に俺に生意気にも意見したゴミ野郎だ!! むしろ俺に楯突いた事を謝るべきだろうがよ!!」
「この人は貴方の仲間でも奴隷でもありません!! 迷惑を掛けてしまった私は怒られても仕方がありませんが、彼は貴方と同じプレイヤーなのですよ!? 貴方のやり方に対して口出ししたとしても、貴方が彼を貶める理由にはなりません!」
女性は男をキッと睨み付ける。その目尻には涙が浮かんでいた。男に意見するのが恐ろしいのだろう。それでも気丈に男を見返し続ける。
「――――Gなら払います。悪い事をしたと言うのなら、それに対するお詫びを求めるなら、私は従いましょう。けれど、貴方がこの人に謝罪をしないのなら、私も貴方には従いません。自分に掛けられた迷惑には賠償を要求するのに、自分が掛けた迷惑をすっとぼけるなんて、そんなのおかしいからです!!」
どこまでが迷惑か。どんなものが邪魔か。それは人それぞれの感じ方によって変わる。巧くサポート出来なかったから、どう思うのかは人の自由である。
俺ならば連携を取ろうともしなかった方にも非があるとして、あっさりと赦したであろう。《神世界アマデウス》が開始してまだ二日目なのだ。失敗はして当然だと思うし、それをフォローするのもパーティーメンバーとしての義務であると思う。
しかし、男は何もかもを無視して結果だけで謝罪と賠償を要求した。課程や本人の心境、腕前、自他の行動をまったく省みずに、ただ『役に立たなかったから、邪魔になったから』という部分だけを叩きつけて、自分の主張と道理を通そうとした。
どう思い、どう行動するのかは自由である。俺には俺の意見があり、男には男の意見があり、女性には女性の意見があるのだから、擦り合わせて互いが納得できるのなら何も問題は無いだろう。
だが自分の主張を押し付けたいのなら、自身の主張に従うべきだ。男が「迷惑を掛けたのだから金を払え」という主張を通そうとしているのなら、男が他人に迷惑を掛けた場合は同じ事をするべきなのだ。都合良く「ただし、自分自身は例外とする」という事では済まされないのだ。
女性は男の主張に従う姿勢を見せている。自分に非があり、男に対して申し訳ない気持ちがあるからだ。
だが――――それは男の道理が正しい場合のみの話だ。もし男が自分だけ責任を逃れて、俺に謝罪もせずに一方的に金を巻き上げようとするのなら、男の主張は矛盾したものとなり、男の言い分には何一つの正しさが無くなるだろう。
男の意見、行為がおかしいのなら従う必要は無いのだ。元から男は他者を見下し、自分勝手かつ明らかに理不尽な事を押し付けているのだから。正しさを失ったのなら男の言葉に意味は無く、意味が無いのなら女性が金を払う必要も無くなるのだ。
まぁ、要するに女性が何を言いたいのかと簡単に説明すると。
『理不尽かつ自分勝手な人には、ましてや無意味に暴言を吐く人には従いません!!』
という決意を男に宣言したわけである。
この女性の反撃に男はどう思い、どう返したのかと言えば。
「この……!! 《魔法使い型》のカス女が!! 俺に楯突いて調子に乗ってんじゃねぇ!!」
怒髪天を衝く勢いで叫んだ。怒りをあらんかぎりを込めて、女性に牙を剥いたのだ。
「大人しく従ってりゃ良いもんを……!! 俺はてめぇより格上だ!! てめぇみてぇなカスなんかと違う、正真正銘の強者だ!! 《戦士型》はのろまのゴミ野郎や後ろからチマチマ魔法を撃つしか能のねぇカスに比べて、攻撃力もスピードもHPも高いクラスなんだよ!! お前らなんか相手にすらならない絶対的な存在なんだよ!!」
あまりの怒気に女性は「ヒッ」と怯えて、更に後退りする。気丈に振る舞っても根は弱気なのだろう、男に対する恐怖心は未だに衰えていないのだ。足はガクガクと震えて、目尻には溢れんばかりの涙が溜まっている。
だからこそ、ここからは俺の出番だ。この娘の盾として男からの暴力を防ぐ為に、俺は大楯を強く握り直す。
「格上だぁ? 【クラススタイル】に大差はないぞ? 全てが一長一短の特性を持っている。そんなことも知らないのか?」
大体、男の言っている事は間違っている。少なくても俺はそう思う。【クラススタイル】に多少の相性はあれど、優劣は無い。男の言い分は前提からして間違っていると断言できるのだ。
「あぁ? まさかてめぇ、俺に勝てるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ? 《騎士型》のゴミ野郎が、俺を上回るとでも言うのか!?」
「上回るかどうかは分からねぇけど、負ける気もしねぇな。お前みたいに一方向からしか物事を見れない奴には、な」
俺も人の事は言えないが、相手も相手だし言い切ってしまう。少なくともこの男が絶対的な存在なんてこれっぽっちも思えない。
《戦士型》は男の言う通り、STRとHPが伸び易い上にSPDもそこそこ高いクラスだ。前衛職の中では《剣士型》と同じく純正の物理アタッカーと称されている。
が、反面INTとMPは最低値である。魔法攻撃や状態異常に弱く、絡めてを使われると一転して窮地に陥り易いクラスなのだ。良く言えば近接戦闘最強クラスだが、悪く言えば超脳筋の単純アタッカーでしかないのだ。
ゲームの序盤である現在なら、なるほど男の言う通り《戦士型》は最強とも言えるかも知れない。モンスターも弱いし、状態異常も大した事は無いからだ。
しかし、それは対人戦闘では通用しない理論だ。力押しやぶつかり合いだけがPVPの全てではない。相手の不意を突き、隙を突き、弱点を突くのもまた戦略であるのだ。
男は知らないのか無視しているのか分からないが、その点をまったく考慮していない。仮に《魔法使い型》と《戦士型》が戦った場合の勝率は半々であろう。《戦士型》は一撃当てればほぼ勝ちが確定し、《魔法使い型》も魔法さえ唱える事が出来たら一方的に攻撃できるのだから。
だから何度でも言おう。男が格上の存在かつ絶対的な存在なんて事は、絶対に有り得ないと。
「てめぇ……!! でしゃばって割って入った上に、俺に楯突いてよぉ……! 覚悟は出来てんだろうなぁ!」
男の怒りは頂点に達した――――否、天すら突き抜けてしまったようだ。大剣を大上段に構え、此方にいつでも突進できる体制に移行した。即ち戦闘体制になったのだ。
「もう面倒くせぇ!! てめぇらをまとめてぶち殺して金を奪えば済む話だ!! 土下座して靴を舐めても、もう赦さねぇからな!!」
「短絡的だな……。だけど分かりやすくて良いな」
男は意見を曲げない、俺も意見を変えない。男は詫び金をどうしても欲しい、俺は女性をどうしても助けたい。互いの意見は平行線で交わる事は無く、どちらも妥協しないし折り合いを付けない。
ならばやることは一つしかない。男は自らが格上だと証明して力ずくでこちらを支配する、俺はその認識を木っ端微塵にぶち壊しす。単純で原始的な解決方法――――喧嘩で片を付けるだけだ。
「あ、あの……!? 貴方が戦う必要はありません! わ、私が彼と話を着けます……! だからわざわざPVPなんてしなくても……!!」
「いや、悪いんだけど…………俺も俺でアイツの言い草にはムカついてんだよね。ああも見下されて馬鹿にされて、ずっと黙っておくわけにはいかねぇんだよ……!」
女性は男には従わないと言った。女性も男と戦い意見を押し通す権利を持っているが、それは俺も同じだ。後から入って来た身で悪いけれど、ここまで事態を引っ掻き回してこの状況にまで発展させてしまった責任もある。だから女性よりも先にこの男と戦い合うのだ。
「俺にもプライドがある。女に暴力を奮って、格下をひたすらに馬鹿にするコイツを見過ごせない。一発ぶん殴らないと気が済まねぇ……!!」
「あの……。結局暴力で解決してしまったら、あの方と大差ないのでは……? あ、いえ、その気持ちは私的にはとても嬉しいのですが……!」
男の語り合いなんて結局そんなものよ。帰結して単純な強弱関係になるのだから。
「つーわけで言わせて貰うぜ。金が欲しいのなら、この首を落としてからほざけ!」
「始めからそうしとけば良かったなぁ!! てめぇらみたいなカス共と話合うのが間違いだったわ!! もろともにぶっ殺してやるぜぇ!!」
その会話を皮切りに。
男は猛牛の如き勢いで走り出し、俺は大楯を前面に構えて突進した。
《神世界アマデウス》において、最初のPVPがここに切って落とされた――――。
こんなに遅れてしまってすまない……。これも12月のイベントパレードによる弊害なんだ。毎週釣り大会があるから……! 第七章と最終章が面白過ぎるからチクショウ……!
新キャラの名前は次回に……。というか話し合いだけで終わった今回。VRMMOとはなんなんでしょうね、という突っ込みは無しの方向で御願いします。