第四話 情報集めの結果
また二週間以上も経ってしまった……。
お待たせしました。第四話です。誤字、脱字がございましたら御報告をお願い致します。
《神世界アマデウス》ログイン二日目。
初日は色々と躓いてしまったが、クエストを確認したりNPCと会話したりと有意義な時間を過ごせた。お使いクエストでGもそこそこ稼ぐ事が出来た。
というわけで、今日もムサシと共にパーティを組む。昨日の内に確かめておいた様々な情報も生かして、今回こそはちゃんとモンスターと戦って勝利したいものだ。
俺はムサシが待ち合わせ場所に指定した〈銀の大木亭〉という酒場へと向かい、先に中で寛いでいたムサシと合流した。
「オッス。おはよーさん」
「おはようなのは良いんだけど……。何を食ってんの、お前?」
ムサシは注文したであろう料理を食べながら俺を待っていた。それは良いのだが、問題なのは食べている料理だ。紫色のソースの掛かった黄色のサラダに、赤色のパンっぽいもの、加えて青色のジュースだ。三原色が眩しい料理はどう見ても食欲が沸いてこない。
そんな料理をムシャムシャと侍みたいな格好の男が咀嚼している様は違和感の塊でしかない。一体、何をとち狂えばこんな料理を注文して食べようと思うのだろうか。
「〈銀の大木亭〉のヘルシーモーニングメニューだ。〈活力草サラダ~アンチポイズンドレッシング~〉に〈ファイアシードのパン〉に〈スウィートスライムジュース〉の三点で、お値段なんと150G! 二時間の毒耐性上昇効果と炎熱耐性上昇効果付きだ」
「へぇ。見た目はあれだけど耐性が上昇するのか。どのぐらい?」
「1.2%」
「しょぼっ!?」
「しかも、大して美味しくない」
「だめじゃねぇか!? なんで食ってんの!?」
「いや製品版になったら改善されてねぇかなー、と思って。改善されてなかったけどな」
「割りとチャレンジャーだな、お前……。俺も人の事は言えないけど」
俺はムサシの向かいの席へと座り対面する。料理は注文しない。朝ごはんはしっかりと摂ってきたし、流石に色鮮やか過ぎる料理を食べる勇気はない。
俺が座るのを確認したムサシは一度食事する手を止めて、メニュー画面を開いて何かしらの操作をした。
「とりあえずは、と…………。ほれ、これを付けろ」
ムサシからプレゼントが添付されたメッセージが送られてきた。こちらもメニュー画面を開いてプレゼントを確認してみる。
「これは……イヤリングか? 耳に付けても騎士鎧のヘルムで見えなくなるぞ」
「お洒落で付けるわけじゃねぇから問題ねぇ。その〈インスタント・メッセンジャー〉は通信機器だ」
「〈インスタント・メッセンジャー〉…………?」
更にメニュー画面を操作して、イヤリングを自身の耳に装備する。騎士鎧のヘルムの中にイヤリングが出現し、耳に装着された感触が伝わってきた。
「アクセサリー類は直接的に攻撃力や防御力を上げる事はできないが、状態異常に対して耐性が出来たり追加の特殊能力を付与したりできる装備品なんだ」
「あぁ、聞いた事はあるな。でも序盤で手に入るアクセサリーは効果が微妙なのが多くて、第二の街で買うまでスルーしていいって攻略サイトに載っていたぞ?」
アクセサリーは一人のプレイヤーが五つまで装備出来るアイテムだ。頭部、腕部、脚部、首、腰にそれぞれ一つずつだ。一概にアクセサリーと言っても種類は多く、頭部に装備出来る物でもイヤリングや眼鏡や髪飾りなどがあり、お洒落としても機能する代物である。
もちろん装備品としての能力もある。主に魔法や状態異常に対する耐性を上昇したり、逆に通常攻撃に属性ダメージや状態異常を付与したりする効果だ。
アクセサリー自体は最初の街にも売ってあるが、値段が高い割には効果が低いらしい。よって無理に買う必要は無く、回復アイテムなどを買った方が良いのだとか。お洒落目的で買うのなら話は別だが、少なくとも俺には関係ないので手は出さなかったのだが。
「これはそこそこ有能だぜ。二組一対のアクセサリーなんだけど、Aの〈インスタント・メッセンジャー〉を装備したプレイヤーとBの〈インスタント・メッセンジャー〉を装備したプレイヤーと遠距離通信が出来るんだ」
「無線ってわけか? でもそれってメッセージを飛ばせばいいだけの話じゃないか?」
「悠長にメッセージを書いてる時間がねぇ時に役立つんだよ。リアルタイムで遠くにいるフレンドと会話したり、乱戦になった時の咄嗟の戦況報告とかにな」
ムサシの言うことも分かるが、だとしても今のタイミングで渡す必要はあるのだろうか? どうせ今から一緒に行動するのだし、わざわざ高い金を出して買い揃える必要は無いと思うのだが。
「それを使って、今日はバラバラに行動するぞ」
「えっ!? 一緒にフィールドに出るんじゃないのか?」
「昨日、他のβ版のプレイヤー達と情報交換を行ったんだが、どうも気になる事がいくつかあってな……。お前には悪いが、しばらくはそっちの検証をしたいんだ」
まさかの別行動宣言に驚きを隠せない。いや、ムサシにも事情があるのだから一人で行動してもらっても構わないのだが、昨日の今日の出来事だったので面を食らってしまったのだ。
「……何があったんだ? 手伝える事なら手伝うが……」
「いや、お前はこのまま攻略を続けてほしい。つまりレベル上げをして、ダンジョンを踏破して、ダンジョンボスを倒して、第二の街に行く事を目標としてゲームを進めてほしいんだ」
「そりゃ、それが普通のゲームの進め方だから言われずともそうするけど…………」
ムサシは何をしようとしているのだろうか。攻略の本筋から外れた事なのだろうか。βプレイヤーだからこそ気になるナニかがあったのだろうか。
その事について尋ねようとしたら、ムサシに手で制された。
「色々と訊きたい事もあるだろうが、まずは情報をまとめたい。先にお前が昨日の内に調べた事――――お使いクエストの件や転職について教えてくれ」
「むっ……。まぁ別にいいけど……」
俺が行った調査は三つ。『最初から強いNPCを引き連れて行動できるのか』と『初期段階で転職は行えるのか』と『お使いクエストは何度でも連続して受注できるのか』である。
これらはβ版では効率良く経験値稼ぎ・資金稼ぎを行う上で重要となっていた要素であり、製品版に移行する際に修正や変更がされそうな要素でもあった。その為、本当にβ版から仕様が変更されているのか、していたとしてどの程度の変更度合いなのかを調べる必要があったのだ。
ムサシの頼みで昨日の内に三つとも調べておいたので、その結果を今から伝えることにした。
「まず転職なんだが、やっぱりレベル1じゃあどのクラスにも変更できなかった。確かβ版では初期段階でも幾つかのクラスにすぐに変更できたんだろ?」
「あぁ。どの【クラススタイル】であっても、二つか三つは変更先があったんだけどな。それが出来なくなっているのか……」
最初からクラスを変更できてしまうと初期のクラスで遊ぶ人がいなくなると判断しての事だろうか。何にせよβ版に最初からあったクラスは
、また新たにクラスチェンジの条件を探さないといけなくなったわけだ。《双剣騎士》には興味があったのだが、転職の条件が分からない以上は今は諦めるしかないだろう。
「となると他の【クラススタイル】でも初期段階では転職できなくなっているだろうな。《騎士型》だけ転職できないのはおかしいし……」
「やっぱり最初から転職できないのは、β版からのプレイヤーからしてみればキツイ事なのか?」
「オレはどうせ条件を満たさないと転職できない《侍》にしていたから問題ないが、他の奴はどうだろうな……。どのクラスも一長一短だから、最初から変更できなくなったからと言って不自由になるわけじゃねぇとは思うが……」
それでも使い慣れていた、あるいは使いたかったクラスにすぐに変更できなくなっていたのなら、結構なショックを受けるのではないだろうか。変更したいクラスになる為の条件を探す事もゲームの醍醐味ではあるのだが。
「次にNPCを連れ回すクエストがどうなっているのかって話なんだが、そもそもラモラックという奴自体が〈クレーテー城〉にいなかったぞ?」
「えっ? いなかっただと? ちゃんと探したのか?」
「城の隅々、それこそ庭園の端から最上階の見張り台まできっちり確認してみたけど…………」
〈クレーテー城〉で受注できるクエストは全てクエストカウンターで発生した――――つまり、通常のクエストの受注しか出来ず、NPCから直接発生するクエストの類いはなかった。念のため〈クレーテー城〉に存在するNPCに片っ端から話し掛けて確認したので、恐らくはNPCを連れ回せるクエスト自体が(少なくとも〈クレーテー城〉内では)消滅しているのだろう。
「ラモラックが連れ回せねぇとはなぁ。これじゃあ、寄生プレイヤー達は《神世界アマデウス》を楽しめないじゃないのか? アイツら強いNPCがいないと自由にフィールド探索すら行えないような連中だし」
「クエストが撤去された原因はそれか…………」
まぁ確かに、最初から強いNPCを連れ回せるのは寄生プレイヤーを増長させるだけかも知れない。そういうクエストはなくなっても当然だろう。個人的にはNPCがVR世界でどのような戦闘を行うのか気になっていたのだが……。
「ラモラックがいない以上はプレイヤーの力だけでレベル上げをしなけりゃならねぇってわけだ。頑張れよ、ナギ。その騎士鎧さえあれば大抵の雑魚モンスターには勝てるさ」
「昨日〈ビッグベアー〉にボロ負けしたんですが、それは」
フィールド探索を行っている最中に、もう二度と〈ビッグベアー〉に遭遇しないように祈るしかないな。あんなに強いモンスターがホイホイ出現するとは思えないが。
「ま、NPCクエストが無くなっているなら仕方がない。何事も自力で行うべきであり、楽な方法で怠けてゲームをするのは良くないという運営からのメッセージと受け取っておこうや」
「そうだな」
NPCを連れ回せなくなっていても、ぶっちゃけ自分には関係無い。β版プレイヤーなら残念に思うのかも知れないが、そもそもラモラックのクエストがどんな内容なのか、ラモラックがどれぐらい強かったのか、俺は元から知らないので残念に思う事すらない。
どうせレベル上げは自分一人か友人と共にやるつもりだったのだがら、別に問題があるわけでもない。あまり気にする必要はないだろう。レベル上げの手段が一つ減った事については認識しておくべきではあるが。
「なら、もう一つの楽な方法である”お使いクエストを連続して回す事での金稼ぎ“について。そっちはどうなんだ?」
「これはなぁ……金稼ぎはとりあえず出来たけど……」
お使いクエストは普通に出来た。ペナルティによって移動速度が低下している俺でも、一日の間で大抵クリアー出来てしまう程の低難易度であり、初心者でも安心して行えるクエストではあった。
問題があるとしたら、それは一つーー。
「クエストを一回行うと、そのクエストが一時的に消滅したんだ。最初は二度と受注できないクエストなのかと思ったんだが、他のクエストを幾つか行うと、また再出現した。他のクエストも大体そうだったぜ」
「つまりインターバルがあるって事か? 時間経過で出現するタイプか、あるいは他のクエストを行うと出現するタイプか……」
どちらにせよ連続で同じクエストを行う事は出来ないというわけであり、クエストを回して金稼ぎをするのは難しくなっている。一日中、様々なクエストを受注してクリアーしまくれば悪くはない金額のGを得る事は出来なくはないが、効率が低いし労力も掛かる。
モンスターを倒して経験値と共にGを得る方が効率は良い。お使いクエストなら金稼ぎをするだけなら十分なのだが、RPGである以上はレベル上げも平行して行うべきであろう。お使いクエストは戦闘が苦手な人向けの金策と割り切った方が良いだろう。
「やっぱりβ版に比べて難易度は大幅に上昇してるみたいだな。楽に冒険を進められる方法は全て規制されて、地道に自分の力量のみでゲームを進めさせたいんだろうなぁ」
「そんなに難易度を上げたらプレイヤーが離れていくんじゃないのか? 金稼ぎもレベル上げも必死にならなきゃ出来ないぐらいなんだし」
序盤で〈ビッグベアー〉並みのモンスターが出現してきたら、大抵のプレイヤーは諦めてゲームを止めてしまうような気がする。少なくとも戦闘を行うのが億劫になってしまうのではないだろうか。
「普通ならそうだろうが、これは製品版だ。β版にはなかった救済措置があるんだろうよ」
「救済措置って?」
「いや知らんけど」
「適当かよ!」
まぁ、確かに強いNPCを連れて行けなくても金稼ぎが多少難しくなったとしても、努力次第ではゲームを少しずつ進める事はできるだろうし、元からVRゲームが苦手な人はそもそも《神世界アマデウス》をやろうとは思わないか……。
「逆に訊くがな、ナギ。お前は《神世界アマデウス》をつまらないゲームだと思うか? 敵がクソ強くて金稼ぎも楽じゃない、難易度が高いゲームだと?」
「いや全然? むしろ神ゲー」
「だろ? あくまでもバランスをとって丁度良い難易度になっただけなんだよ。β版をやった事のあるプレイヤーからして見れば残念な仕様変更も、ゲームを長く遣り甲斐のあるものとしていく為の措置とも思えるもんだしな」
なるほど。ただ単純にβ版での難易度が低かったから、単調にならないようにする為に色々と手を加えたというわけか。
確かに頑張らないと経験値稼ぎも金稼ぎも芳しくはないが、それだって一時的なものだ。レベルを上げればモンスターだって倒し易くなるし、スキルを取得すれば効率的にゲームを進める事が出来る。一切の戦闘行為をする必要は無いとは言えないが、苦手な人でも工夫すれば十分に突破できるようにはしているのだろう。
「それに――――難易度を上げただけじゃねぇ。他にも色々と面白い追加要素があるみたいだぜ?」
「追加要素? それはお前が他のβプレイヤーと〈銀の大木亭〉で交換して手に入れた情報か?」
「応よ」
ニヤリ。とムサシが口角を吊り上げる。どうやらとっておきの情報らしい。抑えられない興奮が自分に伝わってくる。どれ程の凄い情報なのだろうか。
「どんな追加要素だ?」
「女性キャラクター(プレイヤー、NPC、モンスター全て)の乳揺れ度合いがβ版に比べて四割増しだ」
「しょうもねぇ! でもその話kwsk」
ムサシらしい下らない話なのは分かる。でも悔しい、興味を持っちゃう。男の子だもん。
「これはその筋のソムリエが教えてくれた情報なんだが、詳しくはまた後で話すからそこの女性プレイヤーさん冷たい目で見ないで下さいおねぇげぇしますだ!!」
だが、代償は高くついた。ちょっと離れた席に座っていた女性プレイヤーに襤褸屑を見るような目で睨まれてしまった。別にMでもなんでもない俺達は心に多大な傷を受けながら、全力で許しを請うのであった。
「よしムサシ。外でこうゆう話をするのは止めておこう。俺達の精神が持たないから」
「イエース、ザッツライト」
何とか女性プレイヤーからの睨む攻撃を防ぎ切ったが、ムサシが結構なダメージを受けてしまった。侍アバターの癖にエセ外人みたいな口調になってしまっている。
しかし、ムサシの無駄なメンタルリカバリー能力なら大丈夫だろうと判断し、構わずに話を続ける事にした。
「えーと、他になんか良い情報無いのか?」
「β版にはなかったクラスやらスキルやらモンスターやら装備品、アイテムなら既に確認されているが、特に話すまでもねぇな。新設した《神世界アマデウス》の攻略サイトで確認した方が早いだろうよ」
ただ――――と、ムサシは少しだけ勿体ぶってから続けた。
「実は【マイスキル】にオレがどうしても欲しい奴があるんだが、それがソロでやらないと取得出来ないものなんだよ……」
「ソロって……パーティーを組まずにか? なんてスキルだ?」
「まずは【孤独なる勇猛】という……ソロでモンスターを50体討伐した者に与えられるスキルで、全ステータスがほんのちょっぴり上昇するという効果だ」
「全ステータスが……。取得条件は難しくないけど、そんなに有能なスキルじゃない気がするんだが……」
全ステータス上昇というと破格なように見えるが、しかし上昇比率によっては他のスキルに劣る可能性も出てくる。ほんのちょっぴり、なんて表現からして大した上昇量ではないのだろう。
というか、そもそもムサシの《剣士型》は前衛物理職で、SPDが高いがVITが低いのが特徴だ。素早く動き回り、低い防御力を回避で補う【クラススタイル】だ。すなわち、防御と魔法を棄てている。
わざわざ全ステータスを上昇させても、元から低い防御、魔法関係は改善されないだろう。それならばいっそ、攻撃、速度上昇系のスキルを獲得した方が良いのでは? と思うのだが。
「確かにな。でもオレがこのスキルを手に入れたいのは、何も能力を上げたいだけじゃねぇんだよ」
「はぁっ?」
【マイスキル】とは基本的にはステータスを上昇させるか、特殊な付与効果を発動させる為のものだ。それ以外の目的に取得したいなんて、一体どういう意味なのか。
「このスキルの情報をくれたプレイヤーもNPCから訊いた情報だから、どこまで正しいか分からねぇとは言っていたが、それでも俺は【孤独なる勇猛】を手に入れたいんだよ」
「そのスキルに何かに凄い秘密があるのか?」
「あぁ。【マイスキル】には上位のスキルもあってな。同じ効果でも上位のスキルの方が倍率が高いんだよ」
ムサシが例として上げたのは【一刀両断】のスキルと【天地両断】のスキルの話だった。
【一刀両断】は50体のモンスターを斬撃系統の攻撃でHP満タンの状態から一撃の元に討伐すると取得出来るスキルであり、効果は「超低確率でボス属性モンスター以外のモンスターを即死させる」というもの。
【天地両断】は【一刀両断】のスキルレベルが最大(10)の状態で、それから更に追加でレベルが自身と同じ、もしくは上のモンスター500体討伐すると取得出来るスキルであり、効果は「低確率で一部のボス属性モンスター(ダンジョンボスやイベントボスなど)以外のモンスターを即死させる」というものだ。
当然【天地両断】の方が取得が難しいが強くなっているーーというより、実質【一刀両断】の上位互換スキルであり、効果がより良い高く広くなっている。また、この二つのスキルは空きがあれば同時にセットが出来るので、更に高い効果を得る事が出来るのだとか。
「【マイスキル】のレベル上げは基本的にはセットするだけで良いんだが、取得した時と同じ条件を満たし続けた方が経験値が多く入るんだ」
【一刀両断】ならば、常にモンスターを斬撃で瞬殺し続けた方が良いというわけだ。
「そして【孤独なる勇猛】にも上位スキルがある。それがどうしても欲しいんだよ。その為の準備として、まずは【孤独なる勇猛】手に入れる必要があるんだ」
早めに【孤独なる勇猛】を取得しておき【マイスキル】にセットしておけば、その分だけ経験値が無駄なくスキルにへと行き渡る。ソロで行えば尚更だ。今日はバラバラに行動したいと言っていたが、これが理由の一つなのだろう。
「上位スキルねぇ。なんてスキルなんだ?」
俺が尋ねるとムサシは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて、喜色満面の笑みを浮かべて答えた。
「【天下無双】――――ムサシに相応しいスキルだと思わねぇか」
「…………そういう事か」
天下無双。
是即ち、天の下に存在する生命体の全てと比較して、彼の者に並び立つ者は無し。双つと現れず、ただ孤独にして孤高なりて。
彼の剣豪にして兵法家である〈宮本武蔵〉を称える言葉にして、比類無き強さの証。ようは二人といない才能の持ち主であるという事。
ムサシ――――この〈宮本竹蔵〉は宮本武蔵を意識してアバターを作成している。俺と同じく形から入ってゲームをするタイプだ。日本史上でも強さの代名詞とされ、分かり易い「最強」の二文字を表している歴史上の偉人に、ムサシは憧れを抱いてアバターを作成したのだ。
だからこそ、ムサシは宮本武蔵に近づきたい。あるいは宮本武蔵をトレースしたい。まずは称号だけでも宮本武蔵と成りたいと思うわけであり、故に【天下無双】のスキルを手に入れたいのだろう。実用性は度外視して、あくまでも宮本武蔵に相応しい称号として身に付けていたいのだろう。
「まぁ、というわけでな。理由は他にも色々あるが、まずは【天下無双】のスキルの取得の為に【孤独なる勇猛】を手にしたいんだよ。しばらくは一人で行動したいんだ。お前には悪いんだけどよ…………」
「いやいや、俺は別に良いぜ。そんな格好良いスキルなんだ、早く手に入れたい気持ちはよぉーく分かる」
ぶっちゃけ俺も欲しくなった。宮本武蔵に憧れているわけではないが、天下無双とか字面からして格好良いし強そうだ。小学生並みの感性だとは思うが、是非とも【マイスキル】にセットして眺めておきたいものだ。
その為には俺もソロで行動する必要があり、ムサシの目的とも利害が一致する。互いにバラバラに動く事で丁度良いゲーム進行が出来るというのもおかしいが、ソロでモンスターを討伐しないといけないので仕方ない。
「何事も形からだ。そりゃ効率とか効果とか高い方が良いけど、ゲームを楽しむのなら自分が納得してプレイしたいからな。格好悪い姿で冒険してちゃ形無しだぜ」
「ナギ……。キモいアバター使ってる癖に格好付けやがって……」
「キモくても楽しんで遊べれば大勝利よ! 顔を隠したら問題無いしな!」
だから、ムサシと別行動を取るのは問題ない。俺は俺の役目があり、ムサシにはムサシの役割があるのだから。
「ならオレは一旦ログアウトして、攻略サイトに情報を書き込んでくるわ。一時間ぐらいで帰ってくるから、それまでフィールドでレベル上げでもしといてくれ」
「そうだな……。他にやる事が無いし、そうするか。また〈ビッグベアー〉に当たるのは嫌だけど……」
流石にレベル1のまんまではろくに攻略も冒険も出来ない。またデスペナルティを受けるのは嫌――――というよりモンスターに倒されるのは勘弁して欲しいが、経験値を稼がないと話にならない。ここは覚悟してフィールドに出て戦うしかないだろう。
「そんな騎士にアドバイス。モンスターの出現範囲が大まかにだが判明したぜ。〈ビッグベアー〉はダンジョンに近づくと出現し易くなるみたいで、最初の街周辺ならβ版と同じモンスターが出現するらしいぞ」
「えっ!? もうそこまで調べたのかよ? 早いなぁ」
「廃人ゲーマーを甘く見たらいかんぞ。もうダンジョンの攻略に取り掛かっている奴らもいるぐらいだ。ボヤボヤしてると置いてかれるぜ」
「生き急ぎ過ぎてるだろソレ……」
しかし、確かに良いアドバイスだ。あの強大なモンスターが現れなければ、俺の騎士鎧の防御力なら優位に戦闘を行えるはずだ。相変わらず【装備重量制限】によるペナルティは受けているが、段々と慣れてきたので昨日よりかはマシに動けるだろう。
「じゃあ、俺はフィールドに出発しますかね」
俺はそう言って席より立ち上がった。ある程度の情報交換と今後の方針についての話し合いは終わった。ならば、後は行動あるのみだ。昨日の雪辱を果たし、気持ちの良い初勝利を得る為に戦いに向かうのだ。
「おうよ。オレも再ログインしたら〈インスタント・メッセンジャー〉で連絡するから、何か訊きたい事があったら存分に頼ってくれ」
「あぁ、そうさせて貰うぜ。じゃあ、また後でな」
そうして俺は一足先に店を出てフィールドへと向かった。目指すは完全勝利、ムサシにバカにされないぐらいの立ち回りの練習だ。早く【装備重量制限】を解除出来るぐらいのVITにまでステータスを上げて、この常時鈍足状態から脱却したいものだ。
「……あれ、そう言えば……」
ふと思い出す。先程のムサシとの会話中に気になる箇所があり、しかし指摘するのを忘れていた部分があった事を。
特に聞かなくても不都合は無いが、しかし少しだけ引っ掛かる場所。
「結局、ムサシが気になるいくつかの事ってなんだったんだ?」
一つは【孤独なる勇猛】を取得する為とは分かったが、あの口振りでは他にも気になる事があるみたいな意味も含まれると思ったのだが、それについては何の説明も無かった。一体何だったのか……。
「まぁ、別に良いか。その内教えてくれるだろ」
しかし俺は気にしない事にした。説明するまでもない、あるいは説明しても意味が無い事だったのかも知れないし、ただ単純に忘れていただけかもしれない。わざわざ尋ねる必要もないし、必要が出てきたらムサシから教えてくれるだろう。
俺は頭の中に生まれた疑問を振り切って、改めてフィールドにへと向かう事にするのであった。
――――後々この疑問が大きな意味を持つとも知らずに。
これだけ時間掛けて全く話が進んでいないという事実。一体何をしているんでしょうかねぇ、自分。
次回は新キャラを出す予定です。
もっと早く仕上げたいなぁ……。