第十七話 憧れの人
お待たせしました。地獄のデスマーチを繰り広げながらチマチマ書いて約三週間。やっっっっと十七話が完成しました。
割りと強行軍で書き上げたので色々と心配です。誤字、脱字がございましたら報告をお願いします。
「いやー、本当にびっくりしたよ。魔法をあんな風に使うなんてね! こうゆーのって発想の勝利って言うのかな?」
「安心と信頼のナギ印の魔法活用法だ。なんなら真似してもいいんだぜ?」
「にゃはははは!! オレは遠慮しておくよ! だって失敗する可能性の方が高いんだもん!」
ファウスト教官から「お見事!」という言葉と共に合格を認めてもらい、魔法の基礎を習得するに至った俺とミケネコ。
俺達は〈魔法訓練施設〉のロビーに降りてきて、そこで別れる事にした。この場所での目的は達成したのでムサシ達と合流しようと思い、また〈銀の大木亭〉に向かうのだ。魔法の練習だけでは無く、素材集めや経験値稼ぎもしなければハイドラには勝てないからな。
一応、ミケネコも引き続きパーティーを組んで一緒に遊ばないかとは訪ねたのだが――――。
『悪いけど、この後にも予定入ってるんだよね。魔法の使い方も把握出来たし、オレも次の場所に向かわなきゃ』
と断られてしまった。まぁ、予定が入っているのなら仕方が無い。もし都合が良い時が来たら、その時にムサシやマリーにも彼女を紹介して共に遊べば良いのだから。フレンド登録も行ったので、必要なら呼び出す事も出来る。
だが、一つだけ気になる点がある。別れる前にその事についてははっきりと問い質しておきたい。
「結局、アンタが何で俺に近付いて来たのか分からねぇままだな……」
「もー、まだ疑ってるの? 本当に単純に興味を持っただけだってば!」
ミケネコはそう言って誤魔化しているが、興味を持っただけで初対面の相手と即パーティーを組もうするのだろうか。魔法訓練を終えた瞬間にパーティーを解消しようとしている点も、やはり何かしらの違和感を感じる。悪意があるわけでは無さそうだが……。
「オレはねー、面白いものを常に探し続けてるんだ。全身を鎧で包んだプレイヤーが〈魔法訓練施設〉の中をウロウロと歩いてたんだよ? そりゃ気になるってもんよ!」
「俺の他にも《騎士型》のプレイヤーはいたんだけど……」
「細かい事は気にしなーい!!」
適当を装ってはぐらかしてばかりいる。別に何かしらの目的があったとしても問題ではないのだが、それでもその真意ぐらいは知っておきたい。これからも一緒に遊ぶかも知れないのに隠し事をし続けるなんて、互いに疲れるだけでは無いのだろうか。
しかしミケネコ本人が言うつもりが無いのなら、無理矢理訊き出すのも憚られる話だ。リアルでも付き合いがある仲ならばともかく、こういったオンラインで対人関係を築くとするならば、誰でも隠し事の一つや二つを持って他人と接するだろう。
ミケネコがどういうつもりで俺に近付いて来たのかは知らないが、その目的はこれから時間を掛けて仲良くなっていき、いずれ本人の意思で語ってくれるのを待つとしよう。
「じゃあ、オレはそろそろ行くね! またいつか会おう!」
「おう!! またな!」
ミケネコはそう言って、手を振りながら〈魔法訓練施設〉より出て行った。後に残った俺もこの場所に長居するつもりは無かったので、さっさと移動し始めた。
「いやー……面白い奴だったな。やっぱりVRでのMMOって最高だわ」
歩きながら、俺はふと思い返していた。《神世界アマデウス》を開始してから二週間の出来事を。
マリーやミケネコと言った好意的なプレイヤーとの出会い。全くタイプの違う女性二人であるが、どちらも自分なりの信念や楽しみ方を見出だしていて、一緒にいて飽きないプレイヤーであった。
逆にマリーを襲っていた暴言暴虐野郎やハイドラと言った敵対者との出会いもあった。
暴言暴虐野郎は今思い出してもムカつくような性格だったが、それでも強敵だったのは事実だ。奴の強さと慎重さには一定の敬意を払いたいものだ。
ハイドラもだいぶ自分勝手な野郎だが、あの強さには正直憧れを抱いた。今はまだハイドラの方が俺よりは強いが、その憧れた”最強“の二つ名は近い内に俺が奪うつもりである。
プレイヤーだけでは無く、現実世界では味わえ無いようなファンタジックな――――それでいて五感から受け取る全ての情報は現実世界のソレと同じような、街やフィールドやダンジョンと言った世界観にも度肝を抜かれっぱなしであった。
風や空気、太陽や火炎の熱、水や氷の冷たさ――――全てが現実と同じなのに、現実では考えられない現象が次々と起こる。作られた仮想空間の中の出来事と理解していても、驚きと興奮を隠す事が出来なかった。
「人と出会い、不思議に触れて、世界を旅する――――その感情を肯定出来たのなら、仮想世界は現実世界と同じになる」
この世界は俺にとっては、最早もう一つの現実世界と言えるだろう。それだけ入れ込んで遊び、それだけ真剣に楽しんでいるのだから。
《神世界アマデウス》を遊ぶ事が出来て本当に良かった。この二週間で培って来た気持ちこそが俺の最大の報酬であり――――これからも光輝く宝として存在し続けるだろう。
……さて。感傷に浸るのも終わりとしよう。俺の《神世界アマデウス》でのプレイ時間はまだまだ15日程しか無いのだ。今まで以上に楽しむつもりだし、これまで以上に様々な事にも挑戦したいのだ。
「さぁて……ムサシやマリー達と一緒に素材集めをしますかねぇ! 首を洗って待ってろよ、ハイドラ!」
まずは最強の竜騎士であるハイドラにリベンジし、勝利する。
その目的を達成する為に、俺は〈銀の大木亭〉に向かって走り始めるのであった。
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「てめぇ! オレが目を離している内に女の子と密室でしっぽり過ごして来ただとぉ!? とんだプレイボーイだな、おぉ!?」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!!」
「な、ナギさん……そんな、はじめて会った女性と…………を、するなんて……」
「魔法の訓練をな!! アンタも全力で話をピンク方面に持っていこうとすんじゃねぇ!!」
早速弄られてしまった。ムサシの事だから〈魔法訓練施設〉での出来事を話したら確実にネタにしてくるとは思っていたが、マリーまでノってくるとは思わなかった。
「ったくよ……マリーちゃんと言い、そのミケネコと言い……お前は本当に女を引っ掛けんのが好きだなぁ……」
「別に引っ掛けてるわけじゃねぇよ……。ただ単に可愛い女の子なら無条件でウェルカムってだけで……」
「そ、そうなんですか……? という事は私も可愛い女の子としてカウントしてくれていると……?」
「気になるのはそこなんだな……」
などと雑談を交えながら二人がログアウトしている間にあった出来事を話す。ミケネコという少女の事、魔法の訓練をした事……。
話していく内にムサシはふむふむと何かしら納得したかのように頷き、マリーは不安そうに表情を曇らせていった。
「……怪しい女の子ですか……。何か悪い事でも企んでいなければ良いのですが……。ナギさんから見てその少女はどんな感じの方でしたか……?」
「そうだなぁ。その名の通り猫のように気ままで好奇心旺盛……のように見えて、割りとしっかりとした目的を持って行動している……て感じだったな。悪意は感じなかったから、イタズラやダーティプレイを生業としている奴じゃあなさそうだが」
少なくともミケネコ自身は悪性の人間では無いだろう。演技力は高かったがボロが出やすかったし、隠し事はありそうだが此方を騙すわけでは無いようだった。
恐らくどこかで俺の事を知って、タイミングを見計らって近付いて来たのだろう。俺と関わりを持つ事で何かしらの利益を得ようとしたか、あるいは単純に俺自身を監視しているだけなのか、目的が分からない以上は憶測の域を出ないが。
「ミケネコねぇ……β版でもそんなプレイヤーは見た事無いなぁ。近付いて魔法の訓練を一緒にして直ぐに離れるなんて、何がしたいのか分かんねぇわ」
「お前……なんか納得して頷いていた癖して、何にも知らねぇのか……」
「天才ムサシちゃんでも分かんねぇ事はありますー。どうよ!」
「そんなの自慢するなよ」
こういう事に詳しいムサシもお手上げ状態だった。俺以外のプレイヤーとも交流を持っているムサシならば何か知っているかと期待していたのだが。
「まぁ、分からねぇ以上は考えたって仕方が無い。今はミケネコなるプレイヤーの事よりも、竜騎士ハイドラと戦う為の準備を進める方が大事だ」
「……そうだな。魔法を扱うコツも掴めたし、次の作業に取り掛かるとしますかね」
ミケネコについては一段落してから考えても問題は無い。なのでムサシの言う通り、次の作業――――【アイテム素材】の回収の件について話題を切り替えるとしよう。
とは言っても大体の行動方針はログアウトする前に話し終わっていたので、後は細かい所を詰めていくだけであるが。
「……えっと……確か私とナギさんがパーティーを組んで【アイテム素材】を集めるのでしたね……」
「ああ、そうだ。流石に職業熟練度が20もいってない二人じゃあ第二のダンジョンを探索するのは厳しいからな。ナギとマリーちゃんのレベルが上がるまでは第二のダンジョン手前のフィールドで素材を回収してた方が良いぜ」
「……で、ムサシは別のプレイヤーと組んで第二のダンジョンを進めるんだっけ?」
ムサシはとりあえずさっさと第二のダンジョンをクリアーして先に進み、より良い素材を集める為に第三のダンジョン付近のフィールドへと向かうつもりなのだ。
俺としてもムサシが俺達に合わせていつまでも攻略をストップさせているのは心苦しいし、先に進んてもらうのは一向に構わないのだが……。
「なんか……今更なんだけどよ、第二のダンジョンを一つもクリアー出来ていないのに、その先にある【アイテム素材】を貰って装備品を作るのって、男としてどうなんだろうな……」
「別に卑怯でも何でもないだろ。そりゃ自力で集めた素材だけで装備品を作れたら格好良いだろうけど、そんなのハイドラクラスのプレイヤーじゃなきゃ無理だ。大抵のプレイヤーは自力で集めた素材にプラスして、他人から交換したり買ったりした素材を使って理想の装備を作るんだよ」
確かに都合良く欲しい素材のみを自力回収するなんて時間が掛かり過ぎるとは思うが、それにしたって情け無い話ではないだろうか。格上のプレイヤーに勝てないから他人から色々譲り受けたり交換したりして強くなるなんて、男のやり方じゃないだろうな……。
「オンラインゲームなんだからプレイヤー間でアイテム交換するのはおかしくはねぇさ。いらない物をあげて欲しい物を貰う……互いに利があるんなら誰も文句は言えない」
「そうなんだけど……」
「それでも気になるってんなら、オレがお前に勝ってほしいから【アイテム素材】を渡したと思えばいいぜ。打倒ハイドラはオレの目的でもあるからな……お前がハイドラに勝てるのなら【アイテム素材】の一つや二つ、ジャンジャン提供してやるぜ」
「あ……それは私も同じ気持ちです。私は別にハイドラさんには恨みはありませんが……ナギさんが戦うというのならば、やはり私的には勝利して欲しいです……。仲間内贔屓かも知れませんが、私もナギさんのお役に立ちたいのですよ……」
「……つーわけだ、ナギ。オレやマリーちゃんにこんだけ期待されてんだから、無様に敗けるわけにゃあいかないよな?」
「……そうか」
俺だけで無くムサシも暴れ回るハイドラを倒したいと思っている。そして出会っては無いが、他にもハイドラに理不尽にキルされたプレイヤーも大量にいるだろう。
プレイヤーの大半はハイドラへのリベンジを諦めてしまっているだろう。奴の強さは尋常では無い。一方的に切り刻まれてまともな戦闘すら行えずに、泣き寝入りしか出来ないプレイヤーだっているはずだ。
そういった人達の全てがハイドラ討伐を夢見ている訳では無い。しかし理不尽な暴虐に怒り、不条理な襲撃に憤るプレイヤー達がいる以上は、ハイドラは一度キルされなければならないだろう。
別に皆の為にハイドラに挑むわけでは無いし、最低限のマナーすら破っている奴に制裁を加えてやりたくて行動しているわけでも無い。
ただ単純にそんな他人の痛みを無視するムカつく野郎に、泣き寝入りする奴の気持ちや俺達の怒りを分からせてやりたいだけである。
「大体、てめぇの悩みもハイドラを倒せなきゃ無意味なんだよ。後悔するにしたって、まずはハイドラに追い付けるレベルにまで強くなって、最強をぶっ倒して、そしてその後に考えるべき話だ」
捕らぬタヌキの皮算用という言葉がある。やってもいない事の結果についてあれこれ考えてしまう無意味さを揶揄した諺だ。
確かにハイドラを打倒してもいないのに「こんな方法で勝利しても……」と悩むのは可笑しな話である。まずはハイドラを一度ぶっ飛ばして色々なしがらみを精算してから、改めて自分自身が納得できる方法で決着を付ければ良いだろう。
「……分かった。なら俺はごちゃごちゃ考えずにハイドラに勝つ事だけに専念しよう」
「それが良いぜ。余計な事を考えてたら、お前のめちゃ小さな脳みそは直ぐにパンクするからなぁ。猪突猛進で突き進んだ方がお前らしいぜ」
さらりと毒を吐きつつも肯定の意を示すムサシ。コイツなりに俺を応援してアドバイスしてくれているだろう。感謝の念が湧いてくるが、俺を馬鹿にしているのも事実なので言葉にはしないでおこう。
「よし! じゃあグダグダ考えんのは終わり! 皆でそれぞれの役割を果たそう!!」
という事で確認も終わったので行動に移すとしよう。いつまでも〈銀の大木亭〉で話し合っていても仕方がない。せっかくVRゲームにログインしているのだから、やはり身体を動かさないといけないだろう。
「おう、そうだな。オレもそろそろダンジョンに向かうとするかぁ。待たせている奴らもいるしな」
「……ではムサシさんとは一度お別れですね……。また後日会いましょう……」
「あぁ、また会おうな」
そう言ってムサシはひらひらと手を振りながら店から出て行った。待たせている奴らとは、恐らくこれから一緒に第二のダンジョンを攻略する為のパーティーメンバー達の事であろう。本当に顔の広い男である。
残った俺とマリーも移動する準備を始める。俺達は【アイテム素材】に奔走しなければならない。レベル上げも兼ねて二人でフィールドを探索すれば、互いに有益になるアイテムも手に入るだろうし、ゆっくりしているわけにはいかないのだ。
「うっし。じゃあ俺達も行こうぜ、マリー。まずは〈レッドストーン・バレー〉付近のフィールドで狩りだ」
「はい、分かりました……。よろしくお願いしますね……」
俺達も〈銀の大木亭〉を出発し、最初の街の通りを歩き始めた。
目的地にたどり着くまで時間があるので、マリーと雑談でもして暇を潰す。マリーとはまだ知り合って一日と少ししか経っていないのだ。もっとマリーの事を(失礼にならない範囲で)知りたいのである。
「そういや、マリーは攻撃魔法をガンガン使えるクラスになりたいんだっけ?」
「はい……私は綺麗で見惚れるような魔法を華麗に使いこなせるような……そんな魔法使いに憧れているんです……」
有名な漫画やアニメなどでは、魔法というものは大抵見栄えが良く派手に演出される。その方が分かりやすいし、読者や視聴者の心を掴みやすいからだ。
マリーも恐らくは心を掴まれてしまった者の一人なのだろう。輝く光や燃え盛る炎を自在に操り、華麗に戦い抜く魔法使いの姿に感銘を受けたのだろうと予測できる。俺もそういった格好良いものに靡きやすい性質なので、その気持ちはよく分かるのだ。
しかし、ふと別の疑問も浮かんでくる。
「でもよ、別に攻撃魔法じゃなくても、広範囲に影響を及ぼすような魔法なら大抵派手で綺麗なんじゃねぇか? なんでわざわざ攻撃魔法に拘るんだ?」
「あ……えっとですね……」
俺の質問に少し答え難そうに、顔を赤らめてモジモジしながらどもってしまうマリー。
「あぁ、いや、すまん。答え辛いのなら無理に答えなくても良いぞ」
「……いえ、別にそういうわけでは無いのですが……ちょっと恥ずかしいというか……」
「恥ずかしい?」
どういう事なのであろうか。確かに十代も後半になろうとする人間が魔法使いという空想に憧れるのは恥ずかしいかも知れないが、ここはゲームの中――――仮想空間世界なのだ。夢に描いた姿を真似てアバターをカスタマイズしたところで、何ら恥ずべき事は無いだろう。
俺はマリーの返答を待った。するとマリーは困ったような苦笑を浮かべながら話し始めてくれた。
「……その……私って友人や家族からも言われるのですが、凄く気が弱く引っ込み思案で人見知りする性格なのです……」
「うん、知ってる」
出会ってから一日と少ししか経ってないが、それぐらいは把握している。
「それで……その性格は私もどうかと思ってまして……なんというか、変えたいなぁって……」
「……変える、か」
「はい……目立ちたいわけでは無いのですが、もっと普通に他人と接する事が出来るようになりたいのです……」
マリーは確かに大人しい性格ではあるが……俺としては気にする程の事では無いと思う。いざとなれば自身の意見をはっきりと伝える事が出来るし、俺やムサシとも直ぐに仲良くなれるぐらいには社交性があるのだから。
まぁ、こういった悩みは他人の評価よりも自分自身が納得出来るかどうかが重要なので、マリーが改善したいと思うのならば否定せずに手伝おうとは思っているのだが。
「だから……攻撃的な魔法を使っていれば積極的になれるのではないかと思いまして……」
「いきなりぶっ飛んだ結論にたどり着いたな……」
「……いえ、ほら……他人に向けて攻撃するのに比べたら、他人と会話するのなんて楽だと思いませんか……? だから攻撃魔法を平然と使いこなせば、他人と接するのにも平然と出来るのではないかと……」
「あー、まぁ……どうなんだろう?」
少なくとも他人と話すのが億劫で暴力で何でも事を進めようとする奴らは中学時代に腐る程見てきたが……。
「それに……私が憧れているのは、とある漫画の魔法使いなのです……」
「とある漫画?」
「はい……その漫画のヒロインで……ちょっと横暴な態度が目立ちますが、格好良くて誰かの為に戦える女性で……攻撃的な魔法のみを使って強敵を次々倒していくのを読んで……そんな風に私も成れたらなぁって……」
「……なるほどね」
漫画のキャラに自身を重ねたいというわけか。アバターを自由にカスタム出来るVRゲームだからこそ出来る発想というべきであろう。
俺も昔読んだ漫画に登場した《騎士》というものに憧れて、格好良さを感じて《騎士型》を選択した身だ。その気持ちには大いに共感が持てる。
「……そして、その気持ちを一層強くしたのは……ナギさんのおかげでもあるんですよ……?」
「へっ? 俺?」
いきなり俺の名前が出て来て驚いてしまった。俺がマリーにどんな影響を与えたというのか。そもそも影響を与える程、彼女と長い時間を過ごした覚えは無いのだが……。
「……私がヘマをして男性プレイヤーを怒らせてしまい、キルされそうになった時……ナギさんは颯爽と現れて私を護ってくれました……」
「それは……最初に会った時の話か? でも俺は大した事してねぇぞ?」
確かにあの時はマリーを護る為に暴言野郎との間に割って入った。しかし俺がした事なんて大楯で攻撃を防いでいたぐらいで、止めを刺して決着を付けたのはマリー自身である。俺は特に役に立ってはいない。
しかしマリーはそう思っていないようで首を横に振った。
「いえ……ナギさんは私を助けてくれました……無視しても誰からも文句は言われないのに、身体を張って私を護ってくれました……」
キラキラと輝く笑顔でそう答えるマリー。俺は自分自身の信念に従って行動しただけなのだが、マリーは感銘を受けたようだった。何か此方が気恥ずかしくなってきてしまう。
「凄く格好良かった……誰かの為に剣を振るい、誰かの為に前に出て護る姿に……私は第二の憧れを抱いたんです……」
「……つまり、あれか。俺みたくなりたいと? ムサシとの会話を聞いてりゃ分かると思うが、俺はただのチンピラ気質だぞ? 多少は大人しいってだけで本質はあの暴言野郎と変わらねぇさ」
あの男は清々しいぐらいに自分勝手だった。俺はその在り方が気に入らなくて喧嘩を売っただけであり、相手側からしてみれば俺の行動も気に入らないものだったであろう。
結局のところであの戦いは互いの意見の押し付け合いだっただけだ。俺が勝ったから結果的にマリーは救われただけで、その根底にあった主義主張はとても胸を張って誇れるようなものでは無いのだ。
「俺は正義の味方になったつもりは無かったし、相手側の事情を省みるつもりも無かった。漫画の主人公やヒロインのように誰かの為に戦ったとしても、それは俺が助けたいと思った奴だけに適応されるものだ」
マリーが憧れているヒロインの在り方は万人の為に戦える者。
俺が憧れているのは自分の信念を貫き通せる者。
似る部分もあるだろうが、前者は大局を重視して事を運ぶのに大して、後者は個人を注目して事を為す。大まかな方針が違う以上は両立は難しいだろう。
「暴言野郎と一緒にされたくはねぇけど、自分の考えを最優先にして他人を省みないのは俺も奴も同じなんだよ。だからマリー、俺に憧れんのは止めておいた方が……」
俺はそう言ってマリーの表情を伺った。そして瞠目した。
彼女は浮かべていた表情は、つい先程までと何ら変わらない――――曇り無きキラキラした笑顔だったからだ。
「――――その強くて逞しくて、それでいて他人の為を思って行動できる姿に憧れたんですよ」
マリーの決意は変わらない。否、変えるつもりは最初から無いのだろう。
彼女が憧れているのは俺の方針や思考では無く、俺の戦っている姿そのものなのだから。
「貴方もそのヒロインも同じです。誰かの為に戦える姿こそ私が求める在り方……だからこその攻撃魔法なのです。私も貴方達のように誰かを、自分が護りたいと思った人を護れるようになりたいと思ったから……」
例え自分勝手な信念であっても、例え他人を省みないような行動原理であっても。
それでも誰かを助ける為に戦いを挑み、誰かを救う為に立ち向かえるのであれば。
恐らくはマリーは憧れを抱き、同じ姿にさせ為る為に行動するだろう。彼女は内気で臆病な自身を変えたいと思っているのだから。
「だからこそ私は貴方を応援して手助けしているのです……。自分を変える第一歩として、憧れた人を助けてあげたいって思って行動しているのです……」
マリーは照れたような表情を浮かべて、けれどはっきりとした口調で話を続ける。
「ハイドラというプレイヤーさんには悪いのですが……私はナギさんに勝ってもらいたいので、ナギさんに肩入れしているのです。……これも貴方が言うには他人を省みない自分勝手な主張でしょうね……」
「いや、そんな、ことは――――」
そんなことは無い――――という言葉を伝える事が出来なかった。
マリーのその思いは俺にとってはありがたくて、とても助かる事なのは確かだ。マリーが憧れている理想……誰かを護り誰かを助けるという在り方は尊いもので、何一つ間違ってはいないのだから。
だが――――それを結果的に否定しているのは俺自身である。他人を省みないで行動しているのは間違っていると言ったのは俺なのだから、当然の帰結だ。マリーの理想は俺や仲間にのみを差すものであり、敵対者や障害物を打ち倒してでも達成するべき事である。
故に俺はマリーを肯定する事も否定を覆す事も出来ない。マリーの在り方は正しいのに、他でも無い俺の信念が邪魔をしているのだ。
「……ふふ。困った顔をしなくても大丈夫ですよ。イジワルな事を言ってすみませんでした……」
「――――アンタは正しい事を言ってるんだから、別に謝らなくても良いんだよ……」
「かも知れませんね……けど困らせたのは事実なので……」
マリーはクスクスと笑って謝罪した。俺にはそれがとても心地よいものであった。何となく赦されたと思ったのだ。
「……まぁとにかく。私はナギさんが勝っている姿を見たいが為にナギさんの手助けをしています。そうしていれば、いずれは自分の望む理想にたどり着けると信じているからです……」
だから――――とマリーは天を見上げて、頭上に輝く太陽にへと手を伸ばした。
「……私はナギさんに習って、ヒロインに習って、私の信じたい道を歩んで行きたいと思っています。ナギさんを助けたいと思うのもその一環なのです。誰かを護れる自分に成りたい……自分を変えたいからこその選択なのですよ」
「…………そうか」
――――マリーは確かに気弱で大人しい性格だ。
けれど俺はマリーを弱い人間だとは思わない。彼女は自分の信じた道を歩くだけの度量と意志の強さを保持している、立派で正しい人間なのだから。
彼女の思いは、憧れは、眩い太陽のように輝く綺麗なものだって、俺のような人間でも理解出来た。
「…………えっと……な、なんか勢いに任せて色々と恥ずかしい事を言ってしまいましてね……。そ、それじゃあナギさん、早く目的地に向かいましょう……!」
マリーな恥ずかしくなってしまったのか、顔を再び赤らめて早歩きで先に進んで行ってしまった。少々くさい事を言ってしまって俺と顔を合わせ辛くなったのだろう。
俺はそんなマリーの後ろ姿を見て、一つの決意を固めた。俺に憧れている彼女の思いに報いる為に、俺は絶対に成し遂げなくてはならない事があると覚悟を決めた。
「……こりゃ二度と敗けるわけにはいかないなぁ……」
ハイドラだけの話ではない。彼女が俺に憧れているというのであれば、格好悪い姿を見せる訳にはいかなくなったのだ。マリーを願いを叶える為の支柱として在り続けるには、俺がマリーの理想で在り続けなければならないからだ。
ならば俺は敗ける事は許されない。全ての勝負事に於いて、心を折って挫けるわけにはいかない。何もかも諦めてしまう屈する事は一番格好悪い敗け方だからだ。
女が自分に憧れたと言った。なら男としてその想いに応えるのは当然の義務であり、最低限の意地でもあるのだ。
格好良い自分で在り続ける為にも、俺はこれより始まる苦難を想像して気合いを入れるのであった。
次は数日程時間が進みます。
いきなりハイドラとのリベンジマッチの始まりとなります。期待はいつも通り、しないで下さい。