第十六話 ゲームならではの方法・その三
奇抜な手段では無いと言ったな。あれは嘘だ。
書いている内に筆が乗ってしまい、予定していた内容を少しだけ変えました。抽象的な表現がありますが、それはまたの機会に説明したいと思っております。
そんな感じの十六話です。誤字、脱字がございましたらご報告をお願いします。
※矛盾した設定を発見したので書き直しました。主に魔法の行使についてです。間違った設定を記載してしまい、申し訳ありませんでした。
俺の新しい装備について話し合いを行った後。
とりあえず、どのような装備にするのか方向性は固まったので、一度休憩を挟んで再度集合する事にした。長時間VR世界にダイブしていると肉体的にも精神的にも疲労するし、現実世界の方でもやらなければいけない用事もあるので、ゲームを中断して現実に戻って来たのだ。
そして食事を取ったり用事を片付けたりして、また時間に余裕が出来たので俺は一足先に《神世界アマデウス》にログインしたのであった。
「……夏休みの間、ゲームばっかやってんなぁ。青春まっただ中の高校生ライフを著しく無駄に使ってる気がする……」
〈銀の大木亭〉に戻って来た俺は、ほとんど客が入っていない店内で一人寂しく呟いた。どうやらムサシやマリーはまだ戻って来ていないようで、現在ログインしているのは俺だけのようだった。
「二人が戻って来るまでの間は暇だし、先にムサシが言っていたアレを片付けてきますかね」
本来なら皆で合流して【アイテム素材】集めに向かう予定だったのだが、先に来てしまったのなら仕方が無い。先に他の用事を済ませる事にしよう。
俺は〈銀の大木亭〉から出発して目的地に向かって歩き始めた。とは言ってもそう遠い場所ではない。最初の街の中にある施設に向かうだけなので、ゆっくり歩いてもすぐに到着するだろう。
大通りを鼻唄を歌いつつ、時にNPCやプレイヤーが開いている露店を確認しつつ歩き続ければ、ものの十分程で目的地に到着した。
「ここがムサシが言っていた〈魔法訓練施設〉か」
俺が目指していた目的地――――〈魔法訓練施設〉は名前の通り、魔法を行使の仕方を教えてくれる、云わば魔法のチュートリアル施設だ。
大抵のプレイヤーは一度はここに訪れて、魔法の使用の仕方を教わる。現実世界には無い”魔法“という概念を実体験と共に教わり、そして戦闘や日常で魔法を普遍的に使用するようになるのだ。
また魔法を教授するだけでは無く、この場所には魔法行使を前提としたチャレンジクエストが大量に存在し、クリアーする度に難易度に応じた報酬が貰えるという腕試しの場でもあるのだが――――その辺りの説明は機会があればするとしよう。
「うお……中は公共施設のロビーみたいだな……。〈クレーテー城〉みたいにファンダジックかと思っていたんだけど……」
早速中に入ってみる。白を基調とした小綺麗なロビーが俺を出迎えてくれる。
中には業務員と思われる同じ制服を着たNPC達が歩き回っていたり、数々のプレイヤーが施設を利用しようと受付で手続きを行っていたりしている。プレイヤーの大半は《魔法使い型》の【クラススタイル】だが、中には《弓兵型》や《盗賊型》、また俺と同じく《騎士型》のプレイヤーも存在している。
「思った以上に盛況だな。まぁ、魔法の使い方を懇切丁寧に教えてくれるらしいから、初心者なら誰もが集うんだろうな」
まだ《神世界アマデウス》がサービス開始してから二週間と少ししか経っていないのだ。βプレイヤーならともかく、まだゲームを始めたばかりの新人プレイヤーは魔法の扱い方が覚束ない事もあるだろう。しっかりと魔法を行使出来るようになるまで、この施設を何度でも利用するのは可笑しな話ではない。
「さてと……魔法の基礎の教習はどこでやってるんだ?」
〈魔法訓練施設〉の中はそこそこ広く、気を付けなければ迷ってしまいそうな程である。この後にもムサシ達と行動を共にする予定があるので、手早く用事を済ませて置きたいのだが、これだけ広いと目的の場所を見付けるのにも一苦労しそうである。
そもそも《魔法使い型》でも無い俺が〈魔法訓練施設〉に来た理由は、俺もマリーのように魔法を覚えて使用する為の事前準備だ。
ハイドラに対抗する為に必要な要素の一つとしてムサシが上げたのは、攻撃魔法を習得して牽制に使う事であった。
『《神世界アマデウス》は剣と魔法のファンタジーという世界観で成り立っているゲームだ。なら、格闘や剣の腕前だけじゃなく魔法を活用してPVPをしたって問題ねぇさ。
とは言え、魔法が得意なタイプでも無い【クラススタイル】のお前じゃ、ドラゴン系統の素材を使った鎧を身に纏っているハイドラに大したダメージは与えられないだろう。せいぜい魔法の衝撃波で相手を吹き飛ばして体勢を崩す……そんくらいの事しか出来ないだろうよ』
……とムサシは言っていた。それについては俺も同じ考えなので、こうして早速魔法を使い方を習いに来たというわけだ。
俺が現状、職業熟練度を上げて自力習得が出来る魔法は三つある。
一つ目が熟練度20で覚える単体回復魔法《白光の治癒》。
二つ目が熟練度35で覚える広範囲回復魔法《白光の治癒渦》。
三つ目が熟練度50で覚える広範囲防御魔法《隔絶の空間障壁》。
回復魔法二つと防御魔法が一つ、しかも防御魔法に至っては「魔法効果の対象者の防御力を五分間・60%上昇、対象者の全状態異状耐性を五分間・20%上昇」という破格の効果を持っているという、全体的には防御に優れた魔法ばかりを習得出来る。普通のパーティープレイなら十分過ぎる程に有能な魔法であるだろう。
が、残念ながら現在欲しいのは攻撃魔法なのだ。単体回復魔法ならばハイドラ戦では活用できるかも知れないが、一騎討ちに置いて広範囲サポートの魔法は余り意味を成さない。仮に頑張って覚えたとしても、使用する機会は訪れないだろう。
攻撃魔法を自力習得出来ない以上は〈魔法の書物〉で覚えるしか無い。〈魔法の書物〉は最初の街でも販売されているが、シャレにならないぐらいに高い品だ。装備品を新調する分の資金も用意しなければならないし、金策も考えなくてはならないだろう。
…………とにかく、攻撃魔法を覚えて使うにしても俺も魔法については初心者だ。だからこうして専用の訓練施設に訪れて魔法の使い方を習っておこうというわけである。
最低でも基礎ぐらいは習得して帰りたい。コツは現職の魔法使いに訊けばよいので、とりあえずは魔法を淀み無く使えるところまでは頑張って覚えたいところである。
そう言うわけで魔法の基礎を教えてくれる場所はどこかと〈魔法訓練施設〉内を歩き回り、時に案内掲示板とにらめっこつつ数分間ぐらい探し回り。
ようやく〈魔法行使・初級編〉と書かれた部屋にたどり着いたのであった。と言っても部屋は一つだけでは無くて、一つの階層に何十個もの同じ訓練用の部屋が存在するのだが。複数のプレイヤーが一度に受ける事ができるようにしているのだろうか。
「ここかぁ……。じゃあ早速訓を受けるとしますかね」
俺は適当に空いている部屋の扉に手を掛けて開けようとした。
と、その時――――。
「ねぇ、そこの全身装甲のプレイヤーさん」
「うん?」
不意に横から声が聞こえてきた。
視線を声のした方に向けて見ると、いつの間にか一人の女性プレイヤーが俺の真横に佇んでいた。
オレンジ色の髪を後ろに一括りにした小柄な女性だ。黒のタンクトップに迷彩色の半ズボン、二の腕まで覆うオープンフィンガーグローブに探険用のシューズと、どこか活動的な印象を受ける装備を身に付けている。腰に装着しているアーミーナイフがその印象を一層強くしている。
勝ち気につり上がった眼を俺に向けて、女性プレイヤーは好奇心に満ちた声で俺に話し掛けて来た。
「アンタも魔法の訓練を受けに来たの? だったらオレと一緒にやらない?」
「はぁ?」
一緒にやらない、て……魔法の訓練をだろうか? 何故、見知らぬプレイヤーが俺と一緒に訓練をやりたがるのだ? というかそもそも、訓練って一緒に出来るものなのか?
俺は疑問と疑念を込めた視線を少女に送った。すると少女はおどけたように肩を竦めた。
「おっと、コワイコワイ。そんなに睨まないでよ~。ただオレは《騎士型》の癖に魔法を訓練しにきたアンタに興味を持っただけなんだからさぁ。別に疚しい事なんてこれっぽっちも無いよ~」
「うーむ、怪しい。実に怪しいぞ、このロリ」
「ロリは純粋なんだよ? ままま、これも袖が触れ合った縁と思ってさ。オレと一緒に訓練やろうよ」
袖が触れ合った覚えは無いが、少女は破顔して俺の周囲でうろちょろと回り続ける。どうやら少なくとも、俺に興味を持ったというのは本当らしいが……。
明確な目的の見えない少女ではあるが、害は無さそうだ。訓練の邪魔にならないのなら別に一緒に部屋に入っても問題は無いだろう。
「……まぁ、ちんまいとは言え女性プレイヤーと一緒に訓練出来るなら、役得と考えるとするか……」
「そーそー。こんな美少女とお知り合いになれるなんてラッキーな機会は二度と来ないよ? 今がチャンスだって!」
ニヒヒと笑う少女を見て俺は頷いた。
「いいぜ。一緒に訓練を受けよう。ただし条件がある」
「ん~? 条件? オレに?」
「ああ、そうだ」
怪しい少女に対して俺は一つ条件を付けたい。これはこの少女と一緒にいる上で重要な事であり、今後も知り合いとして関係を持ち続けるとしても必要な事なのだ。
ニコニコと笑う少女を見据えて、俺はその条件を口にした。
「――――一人称が俺や俺の親友と被ってるから変えてくれない? 紛らわしいから」
「いやそんなこと!?」
少女が笑みを崩して驚愕しているが、これは重要な事なのだ。ただでさえ一人称が「俺」のプレイヤーが多いというのに、こんなロリっ子まで「俺」とか言っていたらゲシュタルト崩壊しそうだ。というか俺が盛大に混乱してしまうだろう。
「私、アタシ、ワタクシ、我、余、某、拙者、自分の名前とか色々あるだろ? とりあえず好きなのを選んで変えてくれ。話はそれからだ」
「いやいやいや!? もっと他にあるでしょ!? 俺の後ろに立つなとかさ! 俺の邪魔はするなとかさ! それはを差し置いて一人称を変えろっておかしくない!?」
「俺は真面目ですー。オレっ娘とか求めて無いんでチェンジをお願いします」
「ぜっっっっったいふざけてるでしょ!?」
少女が慌てたように捲し立てている。その様子を見て俺は少女への警戒レベルを下げる事にした。
「……とまぁ、ふざけないのはこれぐらいにして」
「やっぱりふざけ――――違う! ふざけてないのかよ! どんだけ一人称を変えて欲しいんだよ!」
「うんうん、ようやく”素“を出してくれたな」
俺の呟きに少女はピタリ、と動きを止めた。ぎこちないロボットのように俺を改めて見直したのだ。
元から演技みたいな態度をしていたのでカマを掛けてみたのだ。ただのロールプレイヤーならばそんな態度でも構わなかったのだが、どうにも怪しい雰囲気――――もっと言えば腹に一物を抱えたような雰囲気だったので、こうして仮面を剥がしてみたのである。
「で? なんで俺に近付いて来たんだ? 偶然目についた……ってわけじゃないんだろ?」
「……何を言ってるか分からないね。オレはさっき言った通り、アンタが《騎士型》だったから興味を持っただけだし? それ以上の意味は無いよ~」
少女は若干取り乱したようだが、直ぐに元の調子に戻ったのか、先程と同じように人懐っこい笑みを浮かべてはぐらかしてきた。凄まじい演技力の高さだ。
とは言っても彼女が怪しいのには変わりは無いのだ。ロリっ子に相応しい態度を見せたところで目的が不明瞭なままでは、俺も警戒したままの状態で過ごさねばならなくなる。それはとてつも無く面倒な作業であり、出来ればしたくない事柄だ。
「……話せないような事なのか。じゃあ別にいいや。一緒に訓練をやろう」
「えっ……!?」
出来ればしたくないし、面倒なので追及しないようにする。彼女がどのような目的で俺に近付いて来たのかは知らないが、まぁ所詮は一プレイヤーでしかないのだ。悪意があったとしても大した事は出来ないだろう。本当に煩わしくなったら、その時に改めて対処をすれば良いし。
それに過程はどうあれ、こういった面白いプレイヤーとフレンドになれるのは大歓迎だ。せっかくのオンラインゲームなのだから、様々な個性的なプレイヤーとは仲良くなりたいのだ。
「あ……あー、うん。分かってくれて何より。そうそう、深い事は考えずに一緒に楽しく魔法の訓練をやろうよ。ほら、パーティーメンバーなら同じ部屋に入っても同時に訓練を受けれるからさ!」
またしても呆気に取られた少女であったが、直ぐに気を取り直してパーティー申請をしてきた。素晴らしい演技魂だ。リアルでは演劇部にでも所属しているのだろう、多分。
さて、パーティー申請を直ぐ様受け入れて彼女とパーティーを組むことにする。これにより二人で同時に魔法訓練を行えるらしい。
「あ、そうだ。自己紹介をしておこうよ。オレは《盗賊型》の〈ミケネコ〉っていうんだ。よろしくね」
「ミケネコか。俺は猫ならアメリカンカラーが好きな〈ナギ〉という男だ」
「それどこのキャップ?」
こうして俺はどこか不思議な怪しさを持つ少女――――〈ミケネコ〉とパーティーメンバーとなった。
そしてそのまま俺とミケネコは魔法の基礎を受ける為に一緒に部屋の中にへと入って行ったのであった。
―――――――――――――――――――――
「えー……という訳で、私が魔法行使の基礎を教える魔術師〈ヨハン・ゲオルグ・ファウスト〉です」
部屋に入って受付を済ませて更に奥に進むと、どこか暗い雰囲気を纏った初老の男性が俺達を出迎えてくれた。このNPCが教官のようだ。
部屋は外からでは分からなかったがかなり広大で、部屋の最奥には木でできた的が複数用意されていた。現実世界で例えるならば、射的訓練場のようなイメージの部屋である。
「えー……本来の私の専門分野は錬金術なのですが、この度神様によって新たに『魔法訓練施設の教官』という役割を頂きましたので、こうして専門外ですが魔法基礎全般も請け負っているのです」
「割とどうでも良い情報だにゃー」
俺の隣でミケネコがつまらなさそうに呟いた。失礼な反応だとは思うのだが、俺もこのファウストなる人物の専門分野については興味が無いので彼女に同意して黙っておく事にする。
「えー……それでは長々と話していても無意味なので、早速魔法の使い方を教えますね。まず第一に――――」
ミケネコの呟きには反応せずに、ファウスト教官は魔法の使い方について丁寧に説明してくれた。かなりの長話になったが、魔法を使用する際の心得や注意点については大体把握できた。
ちなみに魔法の使い方についてざっと説明するならば、以下の通りだ。
・魔法はMPを消費して発動する。使用する為のMPが足りない場合は不発に終わる。
・魔法は《詠唱》という呪文を唱えて発動する。スキルによって詠唱を破棄して行使する事も出来る。
・詠唱を破棄した場合は代わりに行使する魔法の名前を宣言しなければならない。
・魔法は以上の過程を踏まずに行使しようとしても不発に終わる。
・魔法の射出方向、行使方向は手にした武器の先を向けた方向となる。素手の場合は掌から射出、行使される。よって魔法を使う際は武器や掌の角度を気を付けて行使しなければならない。
・魔法の起動は詠唱から始まる。スキルによって詠唱が破棄される場合は魔法名の宣言して起動する。とにかく口に出さないと始まらない。
・魔法は一定以上の声量を持って発動するかどうかの判定が決まる。かなり高らかに宣言しないと発動しないので、小声のプレイヤーは特に注意が必要である。
つまり、魔法は何にしても大声で詠唱やら宣言をしなければ発動できない力というわけだ。魔法を使っているという感覚を解りやすくする為にこういった仕様になっているのだとか。
大声で発動する以上、魔法を使っての不意討ちや暗殺はかなり難しいらしい。故に《神世界アマデウス》において魔法は高威力で広範囲を攻撃する手段として認識されているとかなんとか。
閑話休題。
「えー……では説明も大体済みましたので、次は実際に魔法を使ってみましょうか」
さて、長話が済んだら次はいよいよ実践する時だ。
ファウスト教官が懐から取り出した赤色の本を開いて、ぶつぶつと何事かを呟いた。すると赤色の本が光と共に消滅し、次いで俺とミケネコの体が赤い光に包まれた。
[〈爆裂する一矢〉を一時的に習得しました。魔法訓練が終了すると自動的に消滅します]
「一時的にかぁ……。魔法は自力で手に入れなさいっつー運営のお告げかね」
どうやら訓練用の魔法を一時的に覚える〈魔法の書物〉だったようだ。これで俺も〈爆裂する一矢〉を行使する事が出来るようになった。
「えー……ではどちらからでも良いので、覚えた魔法を使って奥にある的を一つ以上破壊してみて下さい。この訓練の間だけMPの消費が無くなるので、何回でもチャレンジしてもよろしいですよ」
そう言ってファウスト教官は木の的を指差した。MPの消費が無いのはありがたい。気兼ね無く何度でも魔法を放てるのだから、満足するまで訓練を行う事が出来るのだ。
「なーなー。ナギさんや。最初はオレがやってみてもいーい?」
と、ここでミケネコが俺に何故か上目遣いでお願いしてきた。特に順番なんて気にしていなかったので、先にやらせてあげる事にする。
「ん? 別にいいぜ」
「ありがと! じゃあ早速……」
ミケネコは数歩程前に出ると腰に差してあったアーミーナイフを取り出して的に向けた。
ここから的まで約10メートル程。普通に小石を拾って投げる分なら十分に当てる事が可能な距離だが、魔法の場合はどれぐらいの命中精度を誇るのかは分からない。そこはプレイヤーの腕の見せ所という事だろうか。
『火炎よ。外敵を貫く一矢と化せ!』
ミケネコや俺が一時的に覚えた〈爆裂する一矢〉はマリーも使用していた、初期段階で覚える魔法の一つだ。火炎が真っ直ぐに飛んでいき、着弾と同時に爆裂する単純だが強力な攻撃魔法と記憶している。
つまり、射出角度さえ気を付けていれば〈爆裂する一矢〉は真っ直ぐに飛んでいくので、風や重力を気にせずに放つ事が出来るのだ。
ミケネコが詠唱を終えるとアーミーナイフの先から火炎が生まれ、的に向かって一直線に飛んでいった。
弾丸の如く射出された魔法は見事に的に直撃し、爆発と共に的を木っ端微塵に砕いた。
「おー……お見事です。初めて魔法を使用したとは思えない程、素晴らしい射撃精度ですね」
「ふふん。それほどでも無いよ」
ファウスト教官が感嘆の声を上げてミケネコを褒める。ミケネコも満更でも無い様子で得意気にアーミーナイフをくるくると弄び、ニヤニヤと嬉しそうに笑みを浮かべていた。
実際にミケネコの魔法行使の手際は見事であった。構えた武器の先端を一切ブレさせる事も無く、火炎を射出する時の熱量や反動にも慌てる事が無く、的に対して最後まで狙いを定め続けていた。
普通は詠唱をしたと同時に武器の先端に火炎が出現したら、分かっているとは言え多少は狼狽えるだろうに、まったく動じる様子が無かった。ファウスト教官の言うように初めて魔法を行使したとは思えない程に軽やかに魔法を扱ってみせたのだ。
「じゃあ次はナギの番だね。カッコ良いところを見せてよ!」
ミケネコは踊るように回りながら俺に近付き、パシパシと背中を叩いてきた。なぜかやたらと俺に期待を掛けているようだが……。
「うーん。期待を裏切るようで悪いけど、俺はこういった射的みたいな事はあんまり得意じゃないんだよな……」
少なくとも一発二発で魔法の射出を成功させる自信は無い。だからこそ魔法訓練なんてものを受けに来たのだから。
そもそも俺が会得したい魔法は牽制に使う魔法であって、狙いを定めて放つような魔法では無いのだ。今回の訓練はあくまで基礎を習う為に行っているだけであり、ミケネコみたいに華麗に的を吹き飛ばせるようになりたいわけでは無い。
「まーまーまー。試しにやってみたらいいじゃない。案外オレみたいに一発で成功させる事が出来るかもよ?」
「そりゃ、やるにはやるけど……いや、いいや」
ミケネコが俺に掛けているハードルを下げる事は出来なさそうである。それならば気にせずに魔法の訓練をし続ける方が有意義であろう。他人の前で格好悪い姿は晒したく無いので、気合いを入れて行う事にするが。
「よーし……やるぞ……!」
俺も両刃剣を構えて的に向けて詠唱を開始する。
まぁ、一発二発外れても恥では無いだろう。十発以内に収めて成功させれば、結果として上々と言えるだろう。まずは様子見で魔法を放って感覚を掴むとしよう。
…………そんなふうに思っていた時期が俺にもありました。
「あー……貴方には絶望的に魔法の才能が無いようですね……」
「凄いよナギ! このファウスト教官の台詞って滅多に聴けないレアなものだって、攻略サイトに書いてあったよ!」
「わーい、全然嬉しくねぇよ!!」
もう十発以上は魔法を放ち続けているのに一向に的に当たる気配が無い。きっちり狙いを定めて魔法を行使しているのだが、武器の先端を揺らす事無く支え続けるのは思った以上に難しいのだ。
もう一度詠唱をして魔法を放つ。魔法は一直線に的に飛んでいく――――ように見えて微妙にズレた位置に着弾する。的の真横や真上とかには当たるのだが、ギリギリの所で狙いが外れてしまうのだ。
「クソッ……! リーチの長い上にそこそこ重量がある両刃剣じゃあ、こうして射出して放つ魔法とは相性が悪いってわけかよ……!!」
両刃剣は近距離で真価を発揮する武器だ。敵対者を”斬る“為に造られたこの武器は、”線“の動きを元に攻撃パターンを構築して攻めたり防いだりするのが基本なのだ。”点“で攻撃する場合は直接突き刺せる距離に存在する敵に対して行動するべきなのである。
これが魔法を放つ事に重点を置いている杖や、元から射撃が基本戦術となる弓や銃ならば、狙いを付けるのにこれ程の苦労を掛ける事は無いだろう。
「でもさ、その両刃剣がナギの武器なんでしょ? それを持って魔法の訓練を受けに来たって事は、両刃剣を主体として戦いつつ魔法も織り混ぜて行動と攻撃の幅を広げたい……そういう考えで来たんじゃないの?」
「まさしくその通りだ。せめて牽制くらいには使えるようにしたいんだけど……」
「じゃあ頑張るしか無いよね~。どれだけ相性が悪かったって両刃剣がアンタの武器である事には変わり無いんだし、真っ当に魔法を扱えるようにしないと話にならないんじゃない?」
痛い所を突いて来るがミケネコの言う事は正しい。武器を捨てて素手で戦うという選択肢もあるが、ハイドラが使用するハルバートのリーチを考えると素手だとどうしても懐に入り辛くなってしまう。故に両刃剣を主体とした戦法を変える事は出来ず、魔法も両刃剣から放つしか手段が無くなるのだ。
「…………」
焦る気持ちを抑えるべく、大きく深呼吸をする。こういう時に感情に身を任せたまま訓練をしても良い結果を出せない。一度気分を落ち着かせて、状況と状態を確認して、失敗し続けている理由を何故かと自分自身に問うのだ。
(まず何故当たらないのか。狙いがギリギリ逸れてしまうからだ)
解りきっている事象でも自問自答する事で、その性質と結論を明確化する事が出来る。明確化した事を更に自問自答する事で、失敗した理由をより詳しく調べる事が出来る。
それを繰り返していけば足りないところや間違っている箇所を把握でき、補ったり対応したりする為の手段もいずれは思い付く事が出来るのだ。
(では何故逸れてしまうのか。両刃剣の先端が中々定まらないからだ。
定まらない理由はなんだ? 剣の長さに俺の技量が足りてないからか? 剣の重さに俺の筋力が追い付いていないからか?)
考える。考える。考え続ける。
時間を掛けて考える。焦らずに一つずつ問題点を潰していく。
「…………? どうしたんだろ……。急に黙っちゃって……」
ミケネコが困惑した声を上げるが無視する。ミケネコには悪いが、今は少しだけ考え事に集中させてもらう。
(技量も筋力も足りていないのであれば、別の手段で補うしかない。筋力はステータスを上げれば解決するけど、技量に関してはお手上げ状態だ……。悠長に技量を上げる特訓なんてしていたら、ハイドラに引き離されちまう)
というか魔法を的に当てる技量を上げても、ハイドラとの戦いでどれぐらいに役に立つのだろうか。いっその事、射出するタイプの魔法では無い魔法を覚えて使った方が早いのでは無いか。
(俺は《騎士型》のプレイヤーなんだ。魔法の力はあくまで補助と考えて、やはり近接戦闘での立ち回りを主体にした方がずっと良い。
……だが、まともに魔法を的に当てる事すら出来ないのに、魔法を補助に使うなんて出来るのだろうか?)
下手な魔法なんて使っても自分の隙が大きくなるだけだ。使うのならば確実に魔法を当てて、最低限の効力を発揮出来るような……相手の隙を作り出すような使い方をしないといけないだろう。
しかし離れた場所にある的に対して咄嗟に狙いを定めて魔法を放つなんて、熟練者でないと無理ではないだろうか。
止まった的にすら満足に魔法を当てる事が出来ないのに、動いている相手に対して魔法を確実に当てるなんて、そんな事どうやれば――――。
「……いや違う。魔法を放って当てる、という前提がそもそも間違ってるんだよな……」
「あれ? 魔法の基本的な使用方法を否定し始めた?」
考え方を変えよう。どうすれば魔法を確実に当てる事が出来るのか、ではない。どうすれば魔法を有効利用出来るのかが重要なのだ。当てる当てないなどの命中精度の話はこの際置いておく。
攻撃魔法を補助として使うには――――牽制として使用する際は近距離戦で使うしか無い。でないと俺の強みを生かせないからだ。攻撃手段の乏しい遠距離で戦闘を行っても、まるで意味は無い。
しかし魔法を近距離で使うと自分を巻き込んでしまう可能性が高い。自身の魔法攻撃の余波に行動を阻害されていては、牽制すらままならないだろう。
武器の先端から放たれるという特性。近距離で生かす為の方法。魔法の余波に巻き込まれない為の対策。あるいはその余波すら利用する為の手段。
以上の観点より考えられる俺流の魔法活用の仕方とは――――。
「…………そうか。つまりは魔法を当てるというより、魔法をぶつけに行けば良いのか――――」
「なんか頭の悪いこと言い始めた!? どゆことよ!?」
とりあえず、一つだけだが方法を思い付いた。
成功率はかなり低いだろう。魔法を真っ当に使用するよりリスキーな代物……あるいはゲテモノとなるだろう。
だが、俺に合った戦い方ではある。少なくとも的当てみたいに魔法を射出して行使するよりかは戦闘に活用出来ると自負する。この方法ならばハイドラの隙を作り出す事も出来るだろう。
だとしたら、後は実践あるのみだ。何度かやってみてしっくり来るようであったら、そのまま戦法として組み込んでしまえば良い。利用出来なさそうならその時はまた別の手段を考えれば良い。
そう決まれば行動に移すべし。ここは〈魔法訓練施設〉。訓練する為の的は大量にあるのだから。
俺は的を見据えて両刃剣を握り締める。そして腰を落として――――。
――――しばらくして、訓練室内に爆音が鳴り響き閃光が迸った。
「……………………………………うっそーん。そうやって魔法を使うの?」
俺が行った魔法攻撃方法に度肝を抜かれたのか、後ろで事の推移を眺めていたミケネコが間の抜けた声を上げた。
かくして俺は常人から見れば目を剥くような方法で魔法の訓練を終える事が出来たのであった。
次回はハイドラへのリベンジマッチ……の前のちょっとしたインターバルになると思います。まだミケネコやらマリーやらと会話するんじゃよ。
予定は変わるかも知れないので、ご了承していただけたら幸いです。