第十話 東の茸の森・そのニ
ダンジョンボスとの戦い、開幕です。ちょっと短いですが、ご了承下さい。
誤字、脱字がございましたら、ご報告をお願いします。
《神世界アマデウス》にはそれぞれ第一から第四までのランク付けされたダンジョンが複数存在する。最初は第一しか挑めないが、ダンジョンを攻略する事で一つ上のランクのダンジョンに挑めるようになるのだ。
第一のダンジョンは四つあり、それぞれにダンジョンボスという主が存在する。
〈ノース・ゴーレム・マウンテン〉の頂上に君臨するは、古代自律機動兵器の成れの果て〈剛力巨岩兵 ギゴーレム〉。
〈サウス・アクア・フォール〉の深淵に潜むは、幾万年も存続し続けた伝説の水棲生物〈軟体老生種 オルドクラーケス〉。
〈ウェスト・リザードマン・ヒルズ〉の砦を防衛するは、数多のリザードマンを従えし武将〈炎熱蜥蜴将軍 フレイド〉。
そして、今回俺とマリーが挑む〈イースト・マッシュルーム・フォレスト〉の奥地に鎮座するは、生態系を踏み潰す猪の王〈猛角猪笹王 ボアガッシュ〉。
これらの四体の内、一体でも討伐出来れば第二のダンジョンへ挑む権利を得て、今まで封鎖されていた道や場所が解放されるのだ。新素材やら新装備なども自力で入手出来るようになる。
《神世界アマデウス》は基本的にそうやって順繰りに上のランクのダンジョンを目指して冒険していくのが目的のゲームであるのだ。
「いやー、僅か三十分でボス部屋まで辿り着くなんて……。マジでマリーが居てくれて助かったぜ! 〈ブラックウルフ〉を次から次に焼いてくれたから、急所攻撃からの即死コンボを食らわずに済んだよ」
「いえ、こちらこそ……。ナギさんが私の苦手なモンスターを率先して引き付けてくれたおかげで、私も安心して詠唱が出来たのです……」
ダンジョンボスが居る場所は”ボス部屋“と呼ばれている。例え、ただの空き地で壁も天井も無いような場所でも、頑なに”ボス部屋“と呼称される。わざわざ細かに分けて呼称するのも面倒なので仕方がない。
そしてボス部屋に入る道や扉の前は、必ずモンスターが出現せず侵入もしてこない《安全ゾーン》になっている。たまにフィールドやダンジョンの中にも《安全ゾーン》に設定された場所があるが、ボス部屋の舞絵は固定して必ずこうした一休み出来る場所になっているのだ。
無事にボス部屋に辿り着く事が出来た俺とマリーは、この《安全ゾーン》でアイテム整理や回復を行いつつ、ダンジョンボスの攻略に向けてのミーティングを行っていた。
「とりあえずは俺がボスのタゲを取り続けるから、マリーはボスの背後から魔法をバンバン撃ってくれ。ヘイトがマリーに溜まって攻撃対象がマリーに変更されたら、俺が攻撃してタゲを戻すまでマリーは逃げに徹っするんだ」
「挟み撃ちの形にするわけですね。ボスが広範囲状態異常攻撃を使ってきたらどうしますか?」
「全力で距離を取る。その後、ボスがどちらを攻撃対象にしてくるかで、互いのどちらが攻撃するかを決めよう」
職業熟練度は互いに10。第一のダンジョンを攻略する推奨レベルは超えている。しかし《騎士型》と《魔法使い型》でバランスは取れているが、二人だけのパーティーであるので片方に攻撃が集中しないように気を付けなければならない。互いに攻守を交代しつつ、効率良く攻撃と回復を行わなければ、ダンジョンボスを倒す事は難しいだろう。
俺がボスの攻撃を受け止めつつ、マリーが攻撃する。ボスがマリーに攻撃対象を変更したら、一度俺は回復してからボスに攻撃を加える。この繰り返しを基本として、後は臨機応変に行動すれば良いだろう。ダンジョンボスの行動パターンはあらかじめ攻略サイトで調べてはいるが、不測の事態が起きないとは限らないのだから。
「ダンジョンボスはかなりの強敵だが、俺達なら十分に撃破できる相手だ。無理な行動や攻撃はせず、常にボスを挟み込むように立ち回るんだ」
「……はい、分かりました。立ち回り方は十分に理解しました。後は実践あるのみですね…………!」
「その意気だ。ダンジョンボスを倒して、俺達を馬鹿にしているプレイヤー達の鼻っ面を砕いてやろうぜ!」
「……へし折るだけじゃないのですね……」
第二のダンジョンに行けるのならば、経験値を効率良く稼ぐ事が出来る。ステータスさえ上がれば【装備重量制限】の戒めからも解放されるはずだ。そうなれば地雷プレイヤー扱いは受けずに済む、妙な噂の信憑性も大きく落ちる。良いことづくめだ。
「っしゃあ! 行くぜ、マリー! 猪笹王だかなんだか知らねぇが、ぶっ倒してポークステーキにしてやろうぜ!」
「はい! あ、でも私はステーキよりもポン酢炒めで頂きたいです」
「いや、そこら辺はどうでもいいから!」
きっちりとミーティングを行い、士気も上げた所で、いよいよ俺達はボス部屋へと入っていく。
レベルは十分に上げた。回復アイテムや装備もばっちり準備済み。作戦も立て終わった。後は全力を尽くしてダンジョンボスを倒すだけだ。 絶対に勝てるという確証は無いが、負ける気もさらさら無い。いくら強大なモンスターであっても必ず倒してやる。
――――と意気込んでいたのであったが、ダンジョンボスの姿を見た瞬間にそんな思いは消し飛んでしまった。
〈イースト・マッシュルーム・フォレスト〉のボス部屋は中心に巨大な樹木がある円形状の部屋――――というより空き地である。《安全ゾーン》より草木で狭くなっている獣道を掻き分けて進めば、このボス部屋へと辿り着ける。
俺とマリーがボス部屋に侵入した際に真っ先に目にしたのは、部屋の中心に堂々と生えている巨大樹――――と、その根本に鎮座している毛むくじゃらの何かだった。
俺達が部屋へと入り切った瞬間に、それはのそりと動き始めた。丸まっていた体を膨らませ、閉じていた眼を開き、強靭な四肢で大地を踏みしめている。
地獄に吹く死の風のような吐息を口から漏らす。頭部から生える二対の角は俺の身長程の大きさを誇る。爛々と輝かせている瞳は、まるで日本刀に鈍く反射する月の光の如く。
「……予想以上にでけぇ……!」
「大型のバス以上の大きさですよ、これ……!?」
背中から生えている茸の存在を加味しても、それを猪と称するには大き過ぎた。カバやら象やらと言った思い付く限りの現実の動物よりも更に大きいかも知れない。
大きさから放たれる威圧感は、それだけでこちらの戦意を微塵に砕いてしまいそうだ。それほどまでにそれは余りにも強大な存在であり、こちらは余りにも小さ過ぎる存在であったのだ。
これがこの森の生態系の頂点に立ち、同時に生態系を踏み潰す猪の王。
〈イースト・マッシュルーム・フォレスト〉のダンジョンボス――――〈猛角猪笹王 ボアガッシュ〉の威容である。
「…………っ! ビビっていてもしょうがねぇ! 作戦通り俺がアイツの攻撃を引き付ける! マリーは後ろに回り込め!」
余りの巨大さに驚いて呆けてしまったが、ここは既にボス部屋の中。いつボスが攻撃してきてもおかしくな無い危険地帯だ。
俺はマリーに手早く指示をし、すぐさまボスの注意を引く為に接近する。〈ボアガッシュ〉の視界に常に映るようにしつつ、左側に回り込むように移動する。
「……! は、はい…………!」
逆にマリーは右側に移動する。こちらは〈ボアガッシュ〉の視界から外れるように素早く行動する。すると〈ボアガッシュ〉の眼に映るプレイヤーは俺しかいなくなるので、俺の移動した方向に体を向ける。
こうする事で俺に攻撃を向けつつ、マリーは丁度ボスの背後に移動出来るのだ。俺にのみ巨大な角と敵意を向けているのは、正直生きた心地がしないのだが、これにより挟み撃ちは完成した。
『ブゥオオオオオ!!』
俺やマリーが攻撃を仕掛ける前に〈ボアガッシュ〉が大きく動き始めた。俺に巨大な角を向けて突進攻撃を仕掛けてきたのだ。
その動きは鈍重。【装備重量制限】のペナルティを受けている俺と同じぐらいの速度しか無い。けれど圧倒的な巨体が猛然と突っ込んで来る様は、恐怖以外の何者でもなくて――――。
「どわぁぁぁぁぁぁ!?」
思わず飛び退いてしまった。大楯で受け止めて動きを止めるつもりだったが、絶対に無理だと刹那で理解した。そもそも自分の何十倍もでかい相手に正面からぶつかる事自体、勇気がいるだとか技量がいるだとか以前の問題である。
〈ボアガッシュ〉は特にこちらを追撃する事は無く、猪突猛進という言葉を体言するように、俺がさっきまで居た所を角で突いて通過していった。こちらの動きに合わせて突進攻撃の軌道を修正しなかった。
幸いにも〈ボアガッシュ〉の動きは単調である。防御は最終手段としてとっておいて、回避を主体に行動した方が良いだろう。あんな巨体にぶつかられたら、それだけでHPが消し飛んでしまいそうだ。
『業火よ、穿て! 業火よ、穿て! 業火よ、穿て!』
大慌てで回避をした俺に対して、離れた所にいるマリーは悠々と攻撃していた。単純に火力の高い魔法――――〈灼熱の業火〉を連続して放っている。ボスのHPを削れる時に削っておこうという考えか。
〈灼熱の業火〉を当てる場所は〈ボアガッシュ〉の背中に生えている茸である。別に弱点では無いのだが、あの部位を破壊すると状態異常攻撃を封じる事が出来るのである。なので高威力の魔法で一気にダメージを与えて、厄介な攻撃をしてこない内に封印しようというわけだ。
『ブオオ!!』
しかし、ボスにダメージを与えればヘイト値も溜まってしまう。〈ボアガッシュ〉は体を反転させてマリーに向けて大角を向ける。次はマリーに対して突進攻撃をするつもりなのだろう。
「させるか!」
俺は〈ボアガッシュ〉の側面より両刃剣を振るう。相手が突進する前にダメージを与えてタゲを再びこちらにへと移動させるのだ。
〈ボアガッシュ〉の体をとにかく斬る。これだけの巨体だと頭を狙うのは難しいし、上に生えている茸を斬るのも不可能だ。脚を集中して攻撃し転倒させるのが一番良いのだが、残念ながら〈ボアガッシュ〉の四足の脚は角や牙ほどでは無いが相当に硬い。《戦士型》並の攻撃力があるのならともかく、俺はそうでは無いので普通に体に攻撃するしか無いのだ。
『ブオオォォォ!!』
〈ボアガッシュ〉は一瞬だけ俺に視線を向けたが、俺の攻撃に構うことは無く、マリー目掛けて走り出した。タゲをこちらに向けるのに失敗してしまった。
「マリー! 慌てる必要は無い! 冷静に避けろ!」
「は、はい…………!」
だが〈ボアガッシュ〉の動きは遅い。《魔法使い型》は貧弱ではあるものの、足は遅くは無いのだ。例え【装備重量制限】のペナルティを受けていたとしてもボスの突進を避けるのは容易い。
〈ボアガッシュ〉を十分に引き寄せてから横に移動する。この単純な作業で突進は回避できる。マリーもボスと衝突する寸前で横に跳んで見事に回避した。
「よし……! 次はこっちの番だぜ!」
〈ボアガッシュ〉に追い付いた俺は、再びボスに攻撃し始める。マリーならばヘマをしない限りはボスの攻撃を避け続ける事が出来るだろうが、ボスの攻撃を一撃でも食らえばアウトだ。なるべく攻撃はタンク役の俺に集中させた方が良いだろう。
『ゴアアァァァァ…………!!』
ギロリッと〈ボアガッシュ〉が明確に俺の方へと眼を向けた。ヘイトが溜まり、マリーから俺に攻撃対象を変えたのだろう。振り向き様に牙を叩き付けるように俺にへと振るって来た。
慌てずにバックステップで回避。次いで〈ボアガッシュ〉が顔をこちらに向けたので、遠慮無く顔面を思いきり切り裂く。〈ボアガッシュ〉の弱点は顔面なので、そこそこのダメージが期待出来るはずだ。
『業火よ、穿て! 業火よ、穿て!』
そして十分に距離を取ったマリーが再度、魔法攻撃の嵐をお見舞いする。先程と同じような光景が繰り広げられる。
『ブオオ……!』
それに対して〈ボアガッシュ〉は背中の茸を大きく振るう。紫色の茸の胞子が周囲に広がり、俺の頭上より降り注いで来たのだ。
「おっと、やべぇ!」
全力で後方に下がり回避する。胞子が完全に消えるまでは〈ボアガッシュ〉に近づいてはならない。胞子の色から考えて、恐らく当たってしまったら毒状態になってしまうだろう。
幸いにも〈ボアガッシュ〉は胞子を撒き散らしている間は、他の攻撃をしてこない。胞子を回避すれば少しだけ余裕が出来る。
「マリー、MPの残量は大丈夫か!?」
「んくっ…………はい! 今、MP回復を行いました……。相変わらず砂糖をそのまま水に溶かしたような味です…………。」
「よし余裕そうだな!」
深呼吸をして調子を整える。焦りを抑え、驕りを消して、高揚感のみを身体中に巡らせる。
二人だけでも戦える――――俺はそう確信した。
未だにこちらはノーダメージ。作戦も滞りなく順調に効果を発揮している。〈ボアガッシュ〉の動きにも十分対応が出来ているし、余計なヘマをしなければ致命的な事態にはならない。
焦らずに慌てずに、マリーの魔法攻撃を主軸とした戦法で〈ボアガッシュ〉のHPを削っていく。何も問題無く戦闘を進める事が出来る。今の所はこのまま戦っていくのだ。
(だが、問題があるとするならば、この先――――)
しかし、それだけでダンジョンボスを倒せる訳がない。こんなワンパターンな戦い方で撃破出来るほどに、ボスは優しくは無いのだ。
これが普通のアクションRPGならば、敵の行動に合わせて攻撃パターンを構築すれば良いだけの話だ。だがVR世界である《神世界アマデウス》では、攻撃パターンを定期的に構築するのは難しい。故にその場の状況に合わせて対応を変え続けなければならない。常に気を張り巡らして、瞬時に状況の把握と対応をしなければならないのは、相当な労力を必要とする。
加えて――――ダンジョンボスにはもう一つ、一筋縄では倒せない重要な要素があるのだ。
それは〈ボアガッシュ〉のHPを半分程削った時に起こった。
『ゴアアアアアアアッッ!!』
「っ――――! 来たか……!」
遠距離から魔法攻撃を浴びせ続け、近距離では俺が囮となり攻撃を引き付けて戦っている最中。
〈ボアガッシュ〉が突然、天に向かって大声を上げた。次いで、全身に赤黒い禍々しいオーラを纏い始めたのだ。
「これは……攻略サイトに書いてあった《狂想化》という現象ですか……!?」
「恐らくな!」
《狂想化》。
ダンジョンボスのHPがある程度少なくなった際に発生する、ようは第二形態に移行する行為だ。凶暴状態とも称されるが、とにかくダンジョンボスがパワーアップする特殊状態の事を指す。
この状態に移行すると、攻撃力が上昇して行動速度が若干上がる。更にそれぞれのダンジョンボス毎に違った、様々な能力を行使し始めたり新たな攻撃を繰り出して来るようになる。
「マリー、突進の速度が速くなるからな! 気を付けろよ!」
「ナギさんも……範囲攻撃には注意して下さい……!」
俺は一度距離を取って――ただし、相手のターゲッティングが外れない距離で――大楯を構え直し、マリーは再びMP回復用のポーションを飲んだ。ここからはダンジョンボスの本領発揮だ。一瞬たりとも気の抜けない戦いとなる。
『ブギャアアアア!!』
〈ボアガッシュ〉が凄まじい咆哮を放つ。声音が衝撃波となって周囲の空気を震わせる。喩えようの無い雄叫びが森林に響き渡る。
そして、大角を俺にへと向けて突進攻撃を開始した――――のだが。
「ちょっ……早!?」
先程とは明らかに違う速度に眼を見張る。攻略サイトでは『若干攻撃速度が上がる』と記載していたが、若干どころか相当な速さに上昇しているのだ。予想外の速度に驚いてしまい、回避行動を取るのが遅れてしまった。
「ナギさん!?」
「くっ…………そ、があああああ!」
避け切れない――――と判断した俺は前面に大楯を構えて真横にスライドする。
瞬間、まるで大型のバイクが衝突したかのような衝撃が腕に突き刺さった。〈ボアガッシュ〉の大角が大楯にぶつかったのだ。
「っ――――ああああああああああ!」
まともに食らえば一瞬でHPが持っていかれてしまう。真正面から踏ん張って耐え抜くのは不可能。
ならば、真正面から耐えなければ良いだけの話――――!
体を大きく回転させる。大楯を巻き込むように、衝撃を受け流すように、高速で独楽の如く回転させる。
〈ボアガッシュ〉の体表を転がっていく。目まぐるしく変わって行く景色。自信の身体中に走る少なくない威力、圧力――――!
その全てを回転を持ってして消滅させる。威力を分散し、受けるダメージ量を大きく減らす。
――――やがて。
〈ボアガッシュ〉の巨体が真横を通り過ぎる。
俺は足に力を込めて身体の回転を止める。ぐらつく視界を頭を叩いて無理矢理治す。
HPを半分近く奪われてしまったが――――なんとか窮地を脱出する事が出来た。
「ナギ――――え、えぇっ!? 今、ぶつか………えぇっ!?」
遠くでマリーが驚いている声が聞こえる。俺自身もこの土壇場であんな回避方法を成功させた事に驚いている。というか、無事に生き残っているのが奇跡なぐらいだ。
「ふぅーー……。昔、バイクにぶつかられた時は失敗したが……経験が活きたな! 東丘中のマサキの野郎に感謝しねぇとな……」
「いや……バイクでぶつかられ……!? 失敗って……事故……!? というか、マサキ……誰ですか……!?」
マリーが混乱の極みにいる。まぁ端から聞いたら意味不明な話だな。俺が昔、かなりの不良だったのは知らないだろうし。ムサシならば直ぐ様鋭いツッコミを返してくれるのだが。
ちなみにマサキというのは中学時代に闘った、東丘中学校の不良達のヘッドだ。一度タイマンの殴り合いで俺が倒したのだが、後日お礼参りでどこからかパクって来たバイクで突っ込んで来たのだ。あの時は流石に死ぬかと思った。というか、病院送りにされた。
「マリー! 呆けてる場合じゃねぇ! 次、来るぞ!」
しかし、マリーが混乱していても、俺が過去を思い出していても、ボスは待ってはくれないのだ。〈ボアガッシュ〉は次にマリーに対して突進攻撃を仕掛けたのだ。
「えっ……!? きゃあ!?」
慌てて体を投げ出し、転がるように紙一重で回避したマリー。あと少しでも回避が遅れていたら、そのままHPを持っていかれたであろう。
マリーは地面を転がり続けて距離を取ろうとしている。〈ボアガッシュ〉はマリーに再び照準を合わせて追撃しようとしているが、そんなことはさせない。
「オラ! こっち向け、デカ豚!」
『ブォォォ!?』
両刃剣を鼻に突き刺してダメージを与える。〈ボアガッシュ〉も急所への攻撃は無視出来ないのか、俺にへと体を向けて牙を振り回してきた。
俺は大楯で牙を防ぎながらマリーに呼び掛ける。
「マリー! 攻撃速度が上がっても、攻撃方法が変わった訳じゃねぇ! アンタなら十分に避ける事ができる速度だ! 冷静に、さっきまでと同じように、遠距離から魔法を浴びせ続けるんだ!」
「は……はい……!」
土くれだらけで何とか立ち上がったマリーは頷き、再び魔法の詠唱を開始した。狙うは背中の茸、その一点のみだ。
マリーは大丈夫そうなので、俺は目の前の〈ボアガッシュ〉に集中する。移動速度の遅い俺は、よほど気を付けて行動しないと攻撃を回避し切れないのだ。一瞬でも〈ボアガッシュ〉の行動を見逃さないように、気合いを入れ直して相対する。
「よし――――! 行くぜ!」
ダンジョンボスの残りHP、およそ半分。
怒濤の後半戦が幕を開けるのであった――――。
次回で〈イースト・マッシュルーム・フォレスト〉編は終わる予定です。パワーアップしたダンジョンボスの猛攻を凌ぎ切れるのか……。
期待しないでお待ち下さい!(ファッ!?