引っ越したい…
越して来て半月だけど、もうヤダこんなトコ。お金さえあったら即引っ越してるのに、貧乏って辛い。
とりまバイト増やそ。
リサイクルショップで買った卓袱台に突っ伏して嘆きながらの脱力。この卓袱台、絶妙にガタつくし地味にデカい。
卓袱台と布団しかない洋室で、存在感が激しい。おまけに、フローリングとの違和感も激しい。
『キャッハー!ゆうたん、天才!!』
ああ、またか。
階下からの奇声にも慣れたが、相変わらずテンションの高い奥さんだよね。ゆうたん、は奥さんのお子さんの名前。
旦那さんが会社員で、奥さんはパート。ゆうたんは3歳だけど賢い子?らしくてお留守番ができるので保育園には行ってないそうだ。
『ゆうたん、ゆうたん、これは?…そっかー、ブッコロリだねぇ!!ブッコロリ、ブッコロリ~!今夜はシチューだね』
いつになくテンション高いなぁ。ブッコロリって何よ?
ブロッコリーのことかな?で、今夜はシチューとか。…今、真夏なんだけどね…?
ピピピピピ
あ、バイト行かなきゃ。窓を締め切ると帰って来た時にうんざりするぐらい暑いけど、二階だからって油断せずに防犯はしっかり気を付けておかないとね。いつ窓から殺人鬼が入ってくるかわかんないもん。
今日は13日でも金曜日でもないけどね。
「あら、こんにちは。お出かけ?暑いから気をつけてね」
「こんにちはー、はい、どうも」
共用スペースでお婆さんとすれ違った。骨と皮しかないようなお婆さんで、夜中に会うとちょっとビビる。
でも、世話好きな凄く良い人。一人暮らしだと余って困るの、って言って食料を時々お裾分けしてくれるから大好き。
「メリーちゃん、今どこに居るのかな?隠れん坊、上手だねぇ」
ハイツの駐輪場に到着したら、一階のオジサンの『独り言』が聞こえちゃった。慣れたから良いけど、これどうなんだろうね。一人暮らしのオジサンが猫撫で声で『独り言』だよ?
せめて、窓を閉めておこうよ、なんて思っちゃうよ。
自転車に跨がって、真夏日を受けてアスファルトに揺らめく蜃気楼を踏みつけるように漕ぎ出した。
「お疲れ様、上がっていいよ」
「はーい。お先に失礼しますねー」
バックヤードに下がって、更衣室へ向かう。はぁ、今日もぐったり。
早朝は別のバイトをして、一旦帰ってからは昼前から夕暮れまでみっちり働いて、今日のバイトは終了。
駐輪場に愛車を置いて、自分の部屋へ向かう。
『メリーちゃんメリーちゃん、今ね、トイレから出るよ』
『キャッハ、玉葱とジャガイモと人参とルーを買うのすっかり忘れてたけどゆうたんは好き嫌いないから良いよね!』
なんか色々と聞こえるけれど、気にしたら負け。いや、別に勝負とかしてないけどね。
「こんばんは、お帰りなさい」
「わっ、あ、こんばんは」
「ところで、私、キレイ?」
「うーん、可愛いマスクですね。じゃ、おやすみなさい」
お婆さん、相当ヒマなんだろうけどさ。夜にあの裂けた口を見せようとするのは止めてくれないかなぁ、あれにはまだ慣れないんだもん。
テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ
部屋に入ってまず、換気。うう、蒸し暑い。これじゃサウナだよもう。
テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ
お隣さん、今日も元気そうで何よりだけど…ウルサイよ?何をどうしたらテケテケと漫画みたいな音が出るんだろ。
シャワー浴びたら窓閉めてクーラーにしよう。朝までテケテケ聞いてイライラするよりマシだし、今夜は熱帯夜になるってテレビでも言ってるもん。
はー、サッパリした。さて、窓を閉めなきゃ。
『フギャアーーーグゴォーウーーー』
あれま、猫の喧嘩かな?それにしてもかなり近く…ハイツの敷地内っぽいけど。
アハハ、ボロいからここネズミとか居そうだもんね、餌が居れば猫も居るか。
さてさて、クーラー入れて、と。晩御飯どうしようかな。んー、作るの面倒だし…食材らしい食材もないし。
少しゴロゴロしたらコンビニでも行こうかな………。
『ゆうたーん、晩御飯よう。キャッハー、今夜は何だと思う?』
あ、ちょっとだけ寝ちゃってた。下の奥さんのお蔭で目が覚めたよ、有り難う。
『キャッハッハー!当たり。ゆうたんは賢いね!そう、今夜はねぇ死チューだよぉ。浮気者の溝鼠野郎は美味しいですかねー?ねぇ、泥棒猫さん。明日はあんたで猫鍋にしてやるよ。キャハッハー、これってある意味、共食いになるのかなー?ゆうたーん、どう思う?ま、いっかブッ殺リしちゃおっと!』
なんか変な事を言ってるけど、ここ最近ずっと暑いし…頭とか大丈夫かな?
さてコンビニへ行こう。あまりムダ遣いはしないように気をつけないとね。
『ハナコ!分かった、俺が悪かったから!次からはダブルロールに戻すから許してくれ!なぁ、頼むよ。開けてくれ、漏れちまうよ!!』
あれま。下の真ん中の部屋の人、珍しく大声出してるけど……察するにトイレットペーパーが発端で痴話喧嘩(?)かな。
で、彼女さんがトイレに籠城でピンチ、と。
一人暮らしの引きこもりかと思ったらリア充かよ、漏れちまえ。
コンビニで福引きしたらアイス当たった!嬉しい!!
上機嫌で帰ってきたけど、冷凍庫に仕舞おうとした時にはもう溶け始めてる。外はまだかなり暑かったもんねぇ。
先に晩御飯を…と思ったらチャイムが鳴った。こんな時間になんだろう。まさか、セールスとか勧誘じゃないよね?
「あれ?えっと、下の子…?」
「うん」
ゆうたんだけで来たのかな?少しだけ開いていたドアを、大きく開けてもファンキーな奥さんは見当たらない。
目の前、より視線は下だ。ゆうたんはまだ3歳、しゃがんでやっと視線が合うサイズのお子様。
「どうしたのかな?」
「ウチの冷凍庫、いっぱいだからお肉、どうぞ」
蚊の鳴くようなか細い声で、ゆうたんが白目の無い目でジィーっと凝視してくる。黒目がち、というか黒目しかないからちょっと怖い。目力凄いね!
「ありがとう。お母さんにもお礼、言っておいてくれるかな?」
「うん」
「お部屋、一人で戻れる?」
「うん」
バイバイと手を振って、玄関閉めたらガッツポーズ。わーい、お肉ゲット。それにしてもゆうたんは静かに歩くねぇ、足音全然聞こえないけど、ちゃんとお部屋に帰れたかな?
さてさて、晩御飯。
テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ…ドゴッ…テケ…テケ……
窓締め切ってるのに、お隣さんが今日はいつもり激しくテケテケしてるみたいでかなりウルサイ。
思わず壁を殴っちゃったけど、これで騒音トラブルとかに発展したら嫌だなぁ。カッとなってやっちゃったけど、根が小心者だから後からビクビクしちゃう。
こういうのって本当にストレスだよ。
早くお金貯めて引っ越そう。うん、そうしよう。明日からまたバイト、頑張ろっと。
晩御飯食べて、アイスも食べた。寝るまで少しだけ携帯でも弄ろうっと。
都市伝説?怖い話?妖怪?あー、そっか夏だもんね。
怖い話の季節だね、風物詩的な。へぇ、どれどれ。
口裂け女にトイレのハナコさん、メリーさん。猫又に火鼠、某ホラー映画のお子様。テケテケ。
ふぅん、知らないのもあるけど懐かしいのもあるねぇ。
ま、お化けとか妖怪よりも『生きてる人間』の方がずーっと怖いけどね!さて、そろそろ寝るかな。
あ、貰ったお肉を流し台に置いたままだったかも!?
あーやっぱり。良かった、思い出して。で、これって何のお肉なんだろ。どれどれ。
「これ、人肉だし!!??」
慌てて口を抑えたけれど、これ…どうすれば良いんだろ…。
死体の処理なんてもう二度とやりたくないし、今だって逃亡生活で困窮してるのに。
ほんと、もうヤダこんなトコ。