「クソ・・・また、傘パクられた」
どしゃ降りの雨が降る夜、男は歩いていた
「これで5回目か?なんで100円ちょいのビニール傘がこうも盗まれるんだよ・・・」
頭の中で何度も愚痴をこぼす
だが、男にとってこんな出来事など序の口に過ぎない
週休1日。朝から夜遅くまでクソみたいに安い給料のブラック企業で働かされる毎日。上司からは、嫌な仕事ばかり押し付けられ、己のストレスを毎日男に罵声と共に発散される毎日
更に、唯一の休日はワガママで金遣いが荒く、いろんな男に尻を振りまくるクソ女の彼女とデートと言う名の拷問に付き合わされて1日が終わる
(何で俺あんな女とまだ付き合ってんだろうか・・・いや、向こうに付き合ってる認識はないか。俺はただの運転手と財布だろうからな)
スマホの待ち受けに映る美女(彼女)を見つめ溜息を吐く
「うわぁ!!!!!」
男の全身を水しぶきが襲った。鈍い痛みが全身に響く
両手の掌は擦り剥け、男の体は見事に大きな水溜りにダイブしていた
--躓いて転んだのだ
視線の先に、ピース姿でスマホの待ち受けに映る美女(彼女)が、びしょ濡れの液晶画面から笑っていた
「・・・・・・クソ女が」
男はそのまま水溜りの中へ顔を沈める
何なんだ俺の人生って・・・・・・
擦り剥いた両手を強く握り締める
痛みやびしょ濡れの全身の事など気にならない
「死ぬのって、どんな感じなんだろうな・・・やっぱり苦しいのかな・・・出来れば、楽に逝けたらな・・・・・・」
24歳の若き青年。
大きな瞳を持ち、中性的でスタイルも細身
普通に見れば容姿端麗な男は、その外見だけでもこの先たくさんの選択肢と楽しい道が歩めるはずだ
だが、男は今その生涯を閉じようと心から思った
ただ雨に打たれながら、水溜りの中で横たわる冷え切った体
周りに人の気配は無く、永遠に降り続ける雨の音だけが響き渡る
「寒いな・・・それにもう・・・なんか疲れた・・・・・・」
大きな瞳は、ゆっくりとその瞼を閉じていく
全身の力も一気に抜けていく
「もう、どうでもいい・・・・・・」
--肌に何かを感じる
柔らかくて、温かい。全身が何かに優しく包めれる様な感覚だ
まるで天国へと導かれる様に、光が差し込んで来て・・・
「あ!気がついた?」
「・・・え?」
男は、パンツ1枚の姿で横たわっていた
いや、そんな事より、自分の上に跨る下着姿の女性にただただ目と思考が向く
「あのね!すっごい体冷たかったんだよ?全身もびしょ濡れだったし、意識も無くなってて、運ぶのちょっと大変だったんだからね?」
「え・・・いや、ちょっと待って!ま、まず、何で俺・・・ってか君はなんでそんな格好をしてるんだ・・・!?」
「え?体がすっごい冷えてたから、人肌で温めてたんだけど?」
分けが分からん
パンツ1枚で横たわる男と、下着姿で上に跨る見知らぬ女性
一体どうやったらこんな状況に陥るのか?男は脳をフル回転させるも、余計に分けが分からなくなるだけだった
ただ、結果として分かるのは、目の前の女性に自分が助けられたという事実だ
「と、とりあえず・・・助けてもらったみたいで・・・そこは、あ、ありがとう・・・ございます」
少し照れながら、男は感謝の言葉を伝える
「いいえ!あ、でも助けたのは私だけじゃ無いから、その人にも言ってあげてね!」
その瞬間、ドアの開く音がした
「おやおや。どうやら、男前さんは目が覚めた様じゃな」
「あ、ドクター!ちょうど良かったわ!」
眼鏡に白衣、白い髪と髭を生やした、まさに絵に描いた様な老人が部屋へと入って来た
「気分はどうかね?」
患者に話しかける様に、老人は男の肩に手を置いた
男は、さっき下着姿の女が言っていた、もう1人の人物がこの老人の事だとすぐに理解した
「あぁ・・・はい。ぼちぼちです。あの、ありがとうございました」
礼には及ばんよと、老人は笑みを浮かべて返す
女性も、何やら嬉しそうに笑顔を見せていた
だが、それ以上にその胸(おそらくGカップ)が、男の視線と思考を少し邪魔する
「さて・・・」
ビクっと男はすぐさま女の胸から視線を戻す
「君は、あんな所で何故倒れていたんだ?正直、今にも死を受け入れるような状態に見えたんだがね?」
男は一気に、表情が冷める
そうだ。俺はあの時・・・・・・
「・・・・・・まぁ、無理に答える必要はないさ。余計なことを聞いてすまなかったね」
老人はゆっくり歩を進める。そして、先ほど自分にした様に女性の肩へ手を置き、満面の笑みの表情で叫んだ
「――ついに見つけたぞ!我らの希望となる最強の男を!!!!!」