◆ 2 ◆ 03 都合のいい女
「あさちゃん、お先な」
佐崎部長が持って来た、とんでもないウェディングプランの兼ね合いで予定を組み直していると、加倉さんに声をかけられた。
「もうそんな時間ですか? 今何時です?」
「7時、13分だな」
「そうですか。お疲れ様です」
「じゃ、明日」
加倉さんは、そう言い残すと帰って行った。オフィスを見回すと、岸君も野田君も帰っていた。本城君は…。
「何やってんの?」
「あ」
「それ、楽しい?」
「いやぁ。腹減ったから、どれから食べようかと思って」
本城君は、デスクの上にお昼に葉折さんから貰ったお菓子をキレイに大きさと種類に分けて並べていた。
「だったら、帰ってもいいよ。まだ仕事残ってるの? 明日でも大丈夫なら置いといていいよ」
本城君のデスクの上を見ると、広げられたお菓子の下には予定を再変更された予定表があった。繰り上がったのか、下がったのか、内容はわからないけれど、微調整が必要な状況が出来たようだ。
その上のお菓子にまた目に入ると、あたしもお腹が減ってきた。
手を思いっきり伸ばして並ぶお菓子の一つを掴むと、本城君は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「とりあえずは、終わってるんっすけど、今日は何も無いし片付けようかと。けど、伊藤さんがそう言ってくれるなら明日にしようかなぁ」
「そうそう、帰れるうちは早く帰った方がいいよ。来週辺りからやってもらいたい事もあるし。コレ一個頂戴、あたしもハラ減り」
「どうぞ。じゃ、今日はあがります」
本城君は、席を立ち帰り支度を始めた。
あたしは、もう少し掛かりそうだ。けれど、春香ちゃんのプレゼント取りに行かないといけない。
本城君は、お疲れ様ですと言い残すと何を思ってか、あたし一人になった課全体を見渡し帰っていた。
一人を実感し、周りの静かさに心地よさを覚えた。
早く帰りたいなと思うと、恭平と約束あったのだと思い出した。お腹が減って、帰るまでお腹が持ちそうにない。今日は、帰りたい気持ちを抑えて、ドタキャンせず付き合おうかという気になった。
降りて来ないって事は、まだ、終わってないのだろう。
上の階に恭平の様子を見に行こうと階段へ向かうと、ちょうど更衣室から出て来た春香ちゃんを見つけた。
「おつかれさま。今日は少し遅くなっちゃったね」
「いえ、コレくらいだとまだ遅いうちには。先輩の様子見に行こうと思ってたんですよ。大丈夫ですか? 今日は早く出て来られてたのに」
「うん、大丈夫。予定組み直したら終わろうって思ってるから」
「それじゃ、お先に失礼します」
「また明日ね」
来たエレベータ、春香ちゃんは乗り込んだ。
春香ちゃんは、きっと大丈夫。他の子達とも仲良くできる日は近いかも知れない。お手洗いから帰って来た春香ちゃんは、あたしに一言だけ、あたしがんばりますからと言った。
たぶん、あの子達に怯えるのはやめようと決めたんだろうと思う。
あの子達も、春香ちゃんの歩み寄りに背を向ける程、嫌なヤツじゃないといいのだけれど。
そう考えながら、閉まったエレベータを見ていると、恭平が降りて来ていた。
「よっ。終わったか?」
「もうちょっと」
「そうか、俺もちょっと片付かなくてさ。8時半くらいでもかまわねぇ?」
「いいよ。大丈夫。終わったら降りて来てよ。先にあたし用があるからそっちを済ませて会社戻ってくるから」
先にプレゼントを取りに行く事にした。あまり待たせても悪い。わざわざ、開けててくれるのだから。
恭平と別れると、コートとバッグを持って会社を出た。
外はさすがに寒い。それでも、やっぱり冬はいいな。
銀行でお金を下ろしお店の前まで来ると、シャッターが降りていて入れる程に少し開いていた。
「こんばんは」
「できてるよ」
あたしに気付いたお兄さんは、本を読むのを止めて小さな紙袋を出してくれた。黒の地にお店のロゴがシルバーの箔押しがしてある。取手の紐も黒で箔押しのロゴがすごく引き立っている。
「ありがとう。待たせてごめんね」
「大丈夫。今、帰り?」
「それが…、まだなんだよね。これからまた、会社に戻るの。終わると思ったんだけどね。もっと早くに抜けてくれば良かったんだけど」
仕事を始めてしまうと自分の世界に入ってしまう。そして、時間がわからなくなる。
「大丈夫だって。さっき、片付け終わったとこだから。お姉さん、仕事忙しいんだな。ところで、お姉さん名前なんて言うの? 俺、昌弥。名刺渡したい所だけど、発注するの忘れてて。間に合わなかったんだよな」
「あたし、麻美。ところで、今日の売り上げはどうだった?」
初日にしてはまぁまぁだったようで、あたし以外にも売れたみたいだ。
「けど、お姉さんが一番貢献してくれたよ。って、なんて呼べばいい?」
「麻美でいいよ。とくにニックネームあるわけじゃないし」
「俺も昌弥でいいよ。今度、食事でも行かない? セレブ買いしてくれたし。還元するよ」
そういえば、今日も値段も見ないで同じ種類のものを買った。
「いつも、同じのとか同じ種類のとか買うの?」
「そうかも。特に服は気に入ると違う色で同じデザインの買うかな。あと、全く同じのも。だって、汚れたりすると、悲しくなるし」
「もしかして、麻美ってお嬢様?」
「どうだろう。不自由はなく育ってきたけど。それより、おいくらですか」
今頃、値段が気になってきた。まぁ、5万以内であって欲しい。それしか、下ろしてきてないからだ。もう少し下ろしてくれば良かったかも知れない。
昌弥はニッコリ微笑んで値段を告げる。
財布の中からお金を出して支払った。
財布の中身だけで足りて安心したけれど、下ろした金額だけでは足りなかった。会社に帰る前に、もう一度銀行に行った方がよさそうだ。
「どうぞ今後ともご贔屓に」
「やだ」
「うそぉ。マジで……。だから、還元するって言ったじゃん」
「それじゃ、いいとこ連れてってもらわないとなぁ」
「了解。いいとこ探すよ。木曜とかどう?」
「いいよ。今ぐらいの時間なら多分大丈夫かな。仕事長引くと、ドタキャンするかもしれないけど」
今週は、会社帰りにお出かけ多い。今日で2日連続だ。
「じゃ、コレ。俺の携帯番号ね。ドタキャンするなら連絡くらいくれよな?」
そう言うと、メモに番号を書いて渡してくれた。
「わかった。じゃ、そろそろ帰らないと」
「じゃ、木曜に」
お店を出ると早足でオフィスに戻った。
まだ、予定を組終えてない。早く終わらせないと。
恭平が終わる予定時間まであんまりない。仕事の予定を考えながら、銀行に行くことも忘れずに会社に戻った。
オフィスに着くと、朝並みに人が少なくなっていた。うちの課はあたしだけだし。今朝と同じだ。
帰りながら組み立てた予定を忘れないうちに書いておかないと。
スケジュール帳に組み直した予定を書き込んだ。
本城君には、来週と言ったけど、明日から取り掛かってもらおう。当日までの手配をまず任せてみよう。コレさえ完璧にクリアしてくれると先が楽しみになってくる。
「コーヒー買ってくれば良かったな」
手に取った空の紙コップを見ると虚しくなってきた。
ふと、うさぎのコースターに目が行くと、さっき受け取った春香ちゃんへのプレゼントを思い出した。
いつ渡そう。当日まで置いておくのもいいけど、ビックリプレゼントにしよう。春香ちゃんの誕生日には、まだかなり早い。
明日、渡そう。
早速、バースデイカードを作る事にした。
恭平はまだ降りてこないみたいだ。その間に、作ってしまおう。
「おーい、麻美」
恭平がフロアの入口から呼んでいる。まだしばらくは来ないと思っていたのだけど。
「早かったね」
近づいて来た恭平に少しだけ待ってもらう事にしたけど、カードを作る時間がない。あまり待たせるのも悪い。そう思い、雑貨屋さんで買ったポストカードにメッセージを書いた。
恭平は、大人しく本城君のデスクに座っり置いたまま帰っているお菓子の山を不思議そうに見ていた。
「おまたせ。行こうか。どこ行くか決めてるの?」
「特に決めてない。腹減ったし、食えるとこ行こ」
二人で会社を出ると、歩きながらどこに行こうかと話し合った。と言ってもあたし達が行くのは限られる。
毎度の事ながら、このお店は騒がしい。その分、誰が何話してるかなんてわからない。結局、あたし達は無国籍料理の居酒屋に入った。ご飯もお酒も普通で、無難なお店だ。
二日も連続でフレンチのランチだったあたしは、おいしいのもいいけど、普通のモノがそろそろ食べたくなっていた。
「あたし、二日連続三食全部外食だなぁ」
「お前、リッチだな」
「うらやましい?」
「別に」
恭平はそんなことより、お腹が空いてるようで、ドリンクリストより先にメニューを見始めている。
「何にする? って、お前って頼まないよな」
「だって、何でもいいんだもん。選んでよ」
恭平と一緒だと面倒なので注文はお任せする。
恭平は、ドリンクの注文を聞きに来たお姉さんに続けて料理も注文し始めた。
「そんなに食べれるの? お腹空いてるからって頼み過ぎじゃない?」
「大丈夫。時間はあるしな。ゆっくり食べればいけるだろう」
タバコを出しながらそう言うと、火をつけ始めた。
「もしかして美貴ちゃんに逃げられた?」
「バカ言うなよ! あっちの母親が風邪引いて大変だから帰ってるだけだよ」
「なんだ。つまんない」
あたしもタバコを取り出そうとバックを漁った。
やっと見つけた箱の中には、三本しか入っていない。けれど、買っておいたのが見つかって安心した。
「麻美、今日は何やったんだ?」
お店の中が暑くてジャケットを脱ぎかけた時、恭平にしみじみ言われてしまた。
もしかして、昼間のがもう噂になってるとか。
「何のこと?」
恐る恐る聞いてみた。身に覚えがあるだけに、聞きたくないような気もする。
「それ、コーヒーにしては色ついてないよな」
「何?」
恭平は、あたしのワンピースの肩と胸の間辺りを指し、何やったんだ? とまた聞いてきた。
「あぁ、コレ? ちょっとね…」
あたしは、春香ちゃんの涙を思い出してブルーになった。
シミになってしまっているのはきっと、生地のせいだろう。普通ならもう、消えててもいいはずだ。
「どうした、調子狂うなお前がそんなんだと。彼氏と揉めて汚したのか?」
「違うよ。会ってないし」
和也の事が出てきて、ドッキとしたけれど安心した。
昼間の子達が何か噂を流したのを聞いたのかと思った。言えるわけないがないだろう。あたしに負けた事を宣伝するようなものなのだから。
「コレの事は、聞かないで。恭平に嘘つきたくないし。いつか、話せるかもね」
春香ちゃんの涙の跡を擦りながらそう恭平にお願いした。
「わかったけど、お前大丈夫か?」
「うん。あたしはね」
そろそろ、話題を変えたい。あたしの事なら何でも言えるのに。
「で、なんで別れたんだ?」
恭平、そこに来るか。
恨めしく思う。それでも、春香ちゃんのことを聞かれるより、ずっとその方が話し易い。
「実はさ、和也はどう思ってたか知らないけど。あたし達、7年も前に別れてるんだよね。この関係、説明するの面倒だからさ、彼氏って言ってただけ。で、その関係も日曜に清算したって所かな」
恭平は、あたしの告白に言葉が出ないようで、タバコの灰が落ちそうになってるのに黙ったままだ。
「マジで?! あんなに、仲良かったし。ていうか、ラブラブに見えたけど」
灰を灰皿に落とすと、今まで恭平は静かだったのにいきなり声のボリュームが上げた。
それに驚いて、怯みかけた。
今まで、話してはいなかったけれど、恭平に隠す事はない。事実だけではなく、自分の思っている通りの事を話そうと決めた。
「そうなの? けど、付き合う前からあんな感じだったんだけど。付き合い始めてから何が変わったって訳じゃないし、セックスするかしないかだけかな。それって、ラブラブなの?」
外からはそう見えてたんだ。
意外な事を言われ、何がラブラブなのかわからなくなってきた。
「当たり前だろう。いつもお前の事気にしてたし、俺のに手を出すなオーラ出してた」
「何それ?」
当事者が感じている事と、外から見えいる様子は全然違ようだ。
「いつだったか、8月の終わりだっか。バーベキューしに行ったじゃん。俺と美希の連れと、あの時確か本城と葉折さんもいたよな」
「そう言えば行ったね」
恭平とその奥さん美貴ちゃんとは、ダブルデートもたまにしていた。和也は人見知りもしないし、忙しくなければ出掛けたがる。
あたしが出掛けると言えば、着いてくる事が多い。そのおかげで、何の説明も無くして、ダブルデートに自然になっていた。
「本城と葉折さんは、お前の彼氏見たくて着いて来たんだぜ」
「そうなんだぁ。別にそんな大層なもんでもないのに」
「大層って、あれを大層と言わずに何を言うんだよ。普通なら、見せびらかして自慢するだろう、あんだけカッコよかったら」
あたしは、和也のこと第一印象は最悪で、嫌な感じだった。何故、仲良くなったんだったか、遠い昔で忘れてしまっている。
確かに、ルックスはいいのかも。加倉さん程ではないにしても。
「あん時、俺もわざわざ言ってなかったし。和也が彼氏だって。俺の連れに、お前狙ってたのが何人かいたんだぜ。でさ、お前に近付こうとして、撃沈。和也気付いたんだろうな、きっと。それに、美貴の友達も和也狙ってたぜ、これまた撃沈だよな。和也の行動には」
そういえば、あの時、やたらとまとわりついて来ていた。そんな事、全く気が付かなかった。
たまにだけれど、和也は子供みたいに甘えてくる事があったから、特に気にしてなかった。そんな魂胆があったなんて、思いもしなかった。
「そういう事は、早く言ってくれないと。そしたら、もっと早くあたし達切れてたかも知れないのに」
他の誰かの事を夢中になれるくらい好きになれてたら、和也とはこんなに長引かなかったかも知れない。でも、ここまで時間がかかったのは、あたし自身、和也から離れられなかったからかも。好きだったのは確かだ。
それじゃ、何故、あんなに離れないといけないって思ったんだろう。
疲れたってのもある。それに、辛かった。限界が来ていたのだろう。
漠然としか思ってなかった答えが、今確定された。もっと早く気付けば。もっと早く、答えに辿り着いてれば。
今さらそんな事はもういい。
けれど、恭平に言ったばかりの言葉を思い出した。付き合う前と何が違うのか。セックスするかしないだけという事になるのならば、あたし達は、別れていいなかったという事になるのではないだろうか。
それは少し、違うような気がする。付き合うってどういう事なんだろう。
いくら考えても、今は何も解決しそうにない。
「でもさ、男って勝手だよね。取られるのはイヤで、その割には、こっちには全然伝えてもくれないしさ。しかも、自分は何してもいいんだから」
そこまで言うと、タバコに火をつけた。
平気だと思っていた。昨日は大丈夫だったはずなのに、今頃気が滅入ってきた。
「そうだな、確かにそれは言えるかもな。なかなか難しいところあるからな、言葉にするのもな。それに、嘘っぽくなる時だってあるしな。態度でってのも、いまいちな」
恭平にしては、まともな意見が返って来た。
ここはふざける所はないと、思ったのかも知れない。
「いつも言葉とか態度とかに出せって、言う訳じゃないよ。ただ、ポイント押さえてくれればいいだけなのに」
「そんなの、簡単に言うなよ」
恭平はあたしの要求が難しいことのように言うが、そんなに難しい事なのだろうか。
あたしは、そうは思わない。
相手をちゃんと見れてたら、その時何をすればいいのかわかると思う。
確かに、タイミングが伴わないと、事態はますますマズイ状態なる事もあるかも知れない。
そう考えると、難しい事と言う定義は成立する。
けれど、努力しないとどうにもならない。
和也はある意味、タイミングを逃してなかった。現にあたしは離れられずにいたのだから。
なんだか、あたしの発した言葉と導き出される結論が矛盾し始めている。酔ってきたのだろうか。
目指す所さえわからなくなり始めている。
「ただ、安心させて欲しいだけなのに。なんていうか…。漠然とだけど、いい加減どうにかしたかったって言うか。何が言いたいのかわかんなくなって来た」
「おい、それって…。違うんじゃないか?」
「何が?」
「お前が、逃げたんだろう?」
確かにそうかもしれない。
恭平は、ビールを飲み干すと、いつになく真剣に先を続ける。
「どうして、そんな事になったんだよ。お前等さ、短い関係でもないだろ。大体、そんなにすれ違ってるようにはどうしても思えねぇし」
「やっぱり、あたし逃げたのかもね」
あたしは、出て来た料理をつまみながら、恭平に話していなかったことを話した。
和也の浮気が本気に。それからの和也の態度。そして、あたし達の訳のわからない関係について。
和也は、あたしの事も手元に置いておきたかったらしいって事は、わかっていた。
和也からすればあたしの予想外の行動で、相手の彼女にバレた。
そして、彼女を選んだ。
あたし達は、同棲を解消。
あたしは引っ越し、転職をした。和也は実家に帰った。それが、5年前。
けど、それから間もなく彼は突然戻ってあたしの所に来てた。
そして、あたしを抱こうとする彼に聞いてみた。彼女はどうしたの、あたしと同じ思いをさせるつもりなのかと。返って来た言葉は、別れた。
その時は、もうどうでも良くなっていた。自分がどうしたいのかも、わからないでいた。
今になって考えてみると、たぶん。彼女とは別れてなかったと思う。
今は、どうかはわからない。
たぶん、返ってくる度に他の彼女と別れただとか、同時進行だったりしたんだろう。
詮索するのは止めた。詮索しなくても勘は働く。それをあたしは今まで、無視し続けて来た。
ただ、和也と一緒にいる時は、その事を楽しんでいた。
どうして嫌いになれなかったんだろう。今でも嫌いになれない。
今まで、繰り返されてきたあたしの葛藤と別れの繰り返しを恭平に話していると、自分でも信じられないくらい自分を冷静に見る事が出来た。
恭平は、あたしが話している間口を挟まずきいていた。何とも言えない複雑な表情をしている。
早智子にもココまで話してない。
何故だか、恭平だとちゃんと話せた。
「おまえって、都合のいい女」
コレで全部だな、もう話す事無いと思っていると、恭平が口を開いた。
全く言葉が出なかった。
都合が良かったんだ。あたしは。
それもそうだ。連絡を欲しがる訳でもなく、ただ彼を受け入れているだけのあたしだ。
これを都合がいいと言わずに何と言う。
今までは、こんな関係に満足できていた。
あたしは和也に何を求めていたんだろう。いつの間にか、いろんな感覚が麻痺していたのかも知れない。
それが、出来なくなった。
漠然と思っていた、離れなければと言う思いは、ここから来ていたんだろう。
「そう、かもね。気付くの遅すぎる」
そう言うのがやっとだった。泣きたくなって来た。後悔してるわけでは無い。
一番認めたくなかった事を言われた事で、自分の想いが虚しくなって来た。
そして、恭平の一言にその想いがどういうモノなのかもわからなくなって来ている。
「けど、麻美だけじゃなくて和也も離れられなかったんだろうな。俺もわかる気するわ」
「ちょっと、ダメよ。美貴ちゃんにあんな思いさせたら、あたし許さないから」
睨みながら言った。恭平がそういう器用なことができると思っているわけではない。目の前にいる、友達がそんなことを望んでいるのかと思うと、怒らずにはいられない。
「絶対にダメ」
言ってしまった後、涙が出て来た。恭平の前で泣くつもりなんて無かった。
最初の別れを決意した時の痛くて仕方のない、とんでもなく開いた傷の痛みを思い出した。時が癒してくれてたはずの傷が疼き出した。
もう、終わったのに。ちゃんと別れたのに。
「おい、泣くなよ。そんな事するつもりは無いから」
感情制御できない。うまく隠してる人は、どうやってるんだろう。あたしには、出来ないようだ。
修行が足りないのかな。
「ごめん」
「わかった、飲んどけ! 連れて帰ってやるから。ついでに、明日遅く出ろ。コアタイムには間に合うように起こしてやるから」
その言葉通り恭平は、大量に飲酒したあたしを送ってくれた。そして、ベッドまで連れ行ってくれた。
次の日、ちゃんと電話で起こしてくれた。
そして、初めて午後から出社した。