◇ 7 ◇ 05 終わりはあっけなく、失念は突然に。
会社を出るとすぐに、ガードパイプに座り片足を引っかけ片足をぶらつかせながらタバコを吸っている恭平が目についた。そんなには、待たせてはいない様子ではあるけれど、意識はここにないようだ。
訴えるような不安定を含んだ表情は、それを誰かに気付いて欲しいと思っているのではなさそうだ。それでも、無意識に押し出される感情は止められないのだろう。そこには、苛つきは感じられない。
そうかと思えば、うつろで何を見ているわけでもなさそうな無表情に切り替わる。いったい何を考えているのだろう。
恭平が何を考えているにしても、いかにも待っているんだと語っている風貌が、少しムカついた。
「帰りたくない」に付き合わせようとしているのにそんな顔をするなと、嫌みたっぷりに言ってやりたい衝動を抑えるのが辛い。けれど、今押さえなければ恭平の不機嫌を誘発してしまう結果になりそうだ。そうなれば、あたしの言う事なんてスルーされるか、話をすり替えられてしまう。
残念ながら今日のあたしは、いつものように気付かぬうちにそれを受けているという事は避ける為、必死に恭平の言葉に気を遣うつもりだ。
条件反射をするのは、わかっていても止められない。何て反応のいいセンサーを持っているのだろう。それを疎んでも褒めても仕方がない。今は目を背けよう。
恭平はこと美希ちゃんの事になると、小心でしかたがない。それは、悪い事ではないのだから、放っておいても構わない。うちの課に寄って行く恭平からはあまりわからないけれど、今の状況はの影響は仕事にもいくらか影響が出ている。それでも、自分の販促物をすっかり忘れているというのは、ミス以前に抜け落ちている。記憶さえない様子。未だ、それを自分の領分だったと認識していない。あれは、うちの課だけの大騒ぎだったのだから、誰も咎めはしないだろう。ただ、加倉さんに何か要求されるか、あたしがいつがそれをネタに恭平をこき使う事があるか、それくらいの事だろう。
それ以外の何かをやってしまっていないかが少し気がかりではあるけれど、大丈夫だと思いたい。
あたしにそんな事を考えさせるとは、恭平もいよいよやせ我慢も限界なのだろう。美希ちゃんの事が気になって仕方ないに決まっている。この件は、あたしが認識できていなかっただけで、大分前から始まっている。なんだかんだと、先週のあたしは恭平の気を紛らわせたかも知れないけれど、それ以上に一人の時間は多かったはず。先週末は休んでいないにしても、世の中が休日の家に帰るのはそれなりのダメージがあったはずだ。
あたし自身スッキリさせて頂く為にも、改めて任務遂行に人知れず恭平に近づきながら意気込んだ。
「お疲れ。明日はどうするの。代休?」
「あぁ、お疲れ。とりあえず、一段落だからな。麻美には悪いけど、今日は終電までは付き合えよ」
恭平は急に吹き上げてきたビル風で乱れた髪を整えながら、予告無く声を掛けたあたしに反応は鈍く、気の抜けた声で答えた。
久しぶりに見るやる腑抜けな恭平。オフィスではないのだから、プライベートモードに頭が切り替わっているのかも知れない。それでも、こんな恭平は、いつ以来だろうかと考えたくなる。
「それは、構わないんだけどね。その前に付き合って。取りに行きたいものがあるの」
恭平の凹み具合など気付いていない風を装い話を逸らしながら歩き出すと、恭平も少し遅れて腰を上げ、だらだらと歩き出した。
仕事が一つ終わった脱力感からなのか、又は美希ちゃんダメージを味わっているのか。社の恭平を知る誰かが今の恭平を見たなら、疲れているのだと前者と認識するだろう。けれど、後者に軍配が上がると見えるあたしの目は、間違っていない。
もしかすると、恭平自身、そのダメージ具合に気付いていないかも知れない。恭平はそう言う気持ちには、鈍い。何せ、逃げるのが上手い。今回は忙しさに逃げたに決まっている。何か行動を起こせばいいものを忙しさに紛れて怠り、ついでに拒否られる事に、メゲるのが嫌で宙ぶらりん。早く何か行動を起こせよという気持ちも強いけれど、美希ちゃんは恭平を避けていたという事実がある。少し二の足を踏んでいただけと、少し恭平を養護したくもなった。拒否されるのは神経の太い人間にも少なかれ堪える事は間違えないのだから。
そういえば、マリッジブルーの正体が何なのかも気付かずに独りブルーに突入していた。あれをそのままにしていたら今頃はどうなっていたのだろう。逃げれば逃げるほど、認識がおかしくなっていた。いつか、今回の事とまとめて冷やかしてやろう。前回は押しとどめてあげたのだから、今ならそれを楽しむ余裕が恭平にできているのではないかと思う。それは、今日無事に関係を修復できたのであればの話になるだろう。
恭平の中では、自分は悪くないと凝り固まっていた気持ちもそろそろ、溶け始めているのではないかと思う。ダメージの深さがそうあたしには見える。
「あ、行きすぎるところだった。ちょっと、待ってて」
一駅近く歩き続け通り過ぎる少し手前だった。
恭平と雑談をしながらも、笠原家のゴタつきを考えているとお座なりになっていた、何処に向かっているかを思い出した。
早速、店員に名前を告げると頼んでいたものは既に用意してあり、会計を済ませるだけだった。
「お待たせ」
「何だよ、それ」
「プレゼント」
「誰かの誕生日か?」
「違う。はい、どうぞ」
恭平にそう言いながら受け取りやすい位置に突き出した。けれど、あたしとアレンジされた花たちを唖然と見比べているだけで、反応がない。ほんの数十秒程度だろうけれど、その反応にいい加減ウザくなり、強く押しつけた。
「ありがとうは?」
「何だこれは。今日何の日だ?」
やっとの事で受け取った恭平は、胡散臭そうにじっとりとこちらを見据えている。彩りを添えてあげているのに、それは不愉快極まりない。それでも、しっかり視線を受け止めるとスマイリーよろしく微笑んでやった。
「壮大な喧嘩のクライマックス記念日。ハッピーエンドかどうかは、恭平次第。ありがとうって、言いないさい」
せめてもの嫌み返しだ。伝わるかは定かではないけれど、気味が悪いと思わせた事は間違いない。
「何で、麻美に礼言うんだ?」
「バカ。貰ったら、ありがとうでしょう」
「あ、ありがと?」
恭平は「オレンジ中心に見ているだけで明るく元気な気持になれそうな」と注文したアレンジメントされた花が入った透明で襠の広いラッピングバッグを覗き込みながら不信感たっぷりにそう答えた。
オレンジは、美希ちゃんの好きな色。それはもちろん、恭平も知っているだろう。知らないと言うなら、もう二度と美希ちゃんに会えないようにしてやる。
「このまま、真っ直ぐに帰りなさね。美希ちゃんお家でお待ちかねよ。それから、変な意地はならないで、美希ちゃんの言う事を静かに聞いて和解しなよ。そんでもって、恭平も悪いんだから謝らせるまえにゴメンってちゃんと言って。絶対に、先に謝らないとダメ!」
「なんで、家にいるって知ってんだよ」
口を挟ませないように一気に捲し立てた。恭平は、それが終わるのを待っていたようで、口を閉じた途端にふて腐れながら口を開いた。
拗ね始めの恭平は、なんだか可愛い気がした。ちょっと拗ねている程度から本格的な不機嫌が顔を出してくる前に、それを招く発言は遠慮した方がいいだろう。色々と、突っ込みたいところが盛りだくさんだけれど、思いとどまった。
「それはね。あたしが、千里眼持ってるから。とりあえず、それ持って早く帰りなさい。細かい事は、気にしないでいいのよ」
「お前、何をやらかしたんだ?」
「いいから、帰れって言ってるでしょう。っていうかさぁ、恭平はあたしが行動起こすとまず、何したんだって聞くわけ? 春香ちゃん達もだけどさ」
「そんなの、したからに決まってるだろうが。それ以外あるのか? 麻美の行動には、弊害があるのが常。思い当たる節があるだろう」
「あたしをどういう解釈してるの。失礼な」
そう言いながら、方向を変え少し先の地下鉄の入り口に向かって背中を押した。恭平は、ウダウダと何かをボソリと言い続けていた。聞き取れないけれど、これから真っ直ぐ帰ってくれれば、そんな事はどうでも良かった。
「何でもいいから、帰りなさい。そしてあたしに感謝なさい」
「そうだな、言う事聞いてやるか」
「何故に上から発言? 感謝しなさい、感謝よ」
恭平は笑顔を見せたものの、不服そうな顔も見せながら帰って行った。
ふぅ〜っと肺の空気を押し出し、どうしてもっと素直になれないのだろうと思ってみたりしてけれど、自分ならと考えれば納得するしかない。
どちら側だったとしても思考を止めるしかない。考えたくない。幸い、我が事ではないのだからそれも許されるだろう。
何にしても、一段落が見え気が抜けた。
恭平との関係は、心地よい。それは、誤解を招くという意味では、紙一重。だからといって、壊れて欲しい関係ではない。外聞が邪魔なのは間違いではないけれど、それを無視するには大きな力を持ち過ぎている。なんて抗いにくいものだろう。
「連絡くれるんじゃなかったけ?」
気が抜けた上に、ボーッとしていた所に現れたのは、奢るとまで宣言したのにも拘わらず、すっかり連絡さえも忘れてた相手だった。
「はぁ? あぁ!」
声を掛けられた事も姿も目で認識しているはずの昌弥に驚いた挙げ句、素っ頓狂な声を慌てて返してしまった。
「申し訳なさそうには、見えないけど?」
「すみませんでした」
流石に見えないだろう。驚いた方が先行していた。素直に謝るしかないのは、明白。申し訳なさより、この人には謝ってばかりだと思い出すともう自分の間抜けぶりが面白くさえ思えてきた。
「いいよ。怒ってるわけじゃないし。それより、新しい彼氏? 誕生日か何かとか。今正に告白してたとか」
冗談を言っているようにも聞こえなければ、そんな様子もない。あたしは、昌弥にとってどういう人に映っているのだろう。
好きな人ができたから、和也と別れたのだと思われているのだろうか。そういえば、そこの所をこの間つつかれなかった。あたしなら興味津々の所だけれど、人によって面白がり所は違うのだから考えても仕方がない。
「妻帯者にそんな恐ろしい事しないわよ。それは、どうでもいいんだけど、さっきの彼と一緒にいるとこ見て、やっぱりそう見えるの?」
「そう見ようと思えば、見えるし。見ないでおこうと思えば見えない。結局は、それなりに親しそうにしてれば、どっちにも解釈できるんじゃない?」
「確かに。そうね」
尤もな意見を最も適切な言い回しで当たり前な事だと言われれば、あたしのセリフが間違いのように思えた。
「やっぱりって言う辺り、誰かに言われたって事だね」
「はい。その通りでございます」
あたしの話した事をあたし以上に的確に把握し、あたしに言い訳さえさせようとしない。昌弥本人がそれを自覚しているかどうかは別としても、これは何なんだろう。誰かさんに説教されているときの気分に似ている。
こうなると、何も言えなくなる。条件反射的に、罪を認めて償うすべを探さざる得ないような、何とも言えない後ろめたくもない事にも狼狽えさせられ、反論さえする気力を奪われる。
言葉遣いに声、姿形さえ違うというのに昌弥がヒロ君に思えてきた。『何を言っても、無駄だよ』感があたしの目の前で漂っている。
「麻美って図星指されると、そんなになっちゃうんだ?」
「いえ、そういう訳では……無いとは、思いますけど」
もう、こうなるとあたしは後ろめたさだらけで、俯くしかない。目なんて合わせられない。あたしの目線の先には、昌弥の靴。今日は、スニーカーなんだなと現実逃避しながら一駅歩くのを止めて、時間を作ってたまにでも走ろうかなとも考えた。考え始めれば、新しいスニーカーをかわいい系のではなくかっこいい系で買ってみようかと考えが進み、止められなくなっていた。
「どうかした? 何か今日は面白い事になってるけど、何かあったとか」
「何かというか、軌道修正できたと思えば、一段落が来て、そしたら事をややこしくする人が出てきて、明日は明日の風が吹くんだなぁと、思ったところで忘れてたた事が出てきたり。まだまだ忘れてる事があるような気もするしで、あたしは何から片付けたらいいんだろうって、事になってるのが現状だと思う。たぶん……え、あぁ。何でもない」
頭の中がスニーカーに占められ、耳に入った問いかけにバカ素直に頭が瞬時に切り替わった。ふと、今日を振り返ってしゃべり出しているのにも驚いて、取り繕うにもズダボロ過ぎた。
疲れているのだろうか。今、そんな気はちっともしていない。ナチュラルハイかもしれない。
それにしても、自分には理解できても自分以外が理解できているのかわからない事を言ってしまっている自分が恥ずかしい。変なヤツだろう思われそうだ。
「何だかわからないけど、とりあえず、俺片づけたら?」
忘れていた手前、あまり適当なところへ行くわけにもいかず、電話を一本入れてみた。丁度、予約のキャンセルが出ているからと返事を貰い、とりあえず一安心した。
「こんなところに、こんなお店があったなんて知らなかったよ」
「ちょっと、見つけにくいから。1階とかだと店構えでわかるけど、ここ2階だし」
キャンセルが出ていなくても、何とかして貰っていたところだけれど、何とかなって良かった。
スタンディングエリアを抜け、ソファー席に通され少し落ち着いたところで、あたしの動揺もいくらか落ち着いてきた。
定番のモスコミュールに口を付けながら、ちらちらと昌弥を伺っていたあたしは、挙動不審極まりなかったと思う。けれど、怒っている様子がない事が確認できると、調子が戻ってきた。
「麻美さん、お久しぶりです」
「こんばんは。そんなに来てなかったかな?」
「1か月ぶりくらいでしょうか。お忙しかったんじゃないですか? 美佐子が連絡がつかないと騒いでましたけど」
「あぁ。そう言えば、土曜にメール来てたのに返信するの忘れてたわ。暴れてた?」
「はい。それは、それは恐ろしい事に」
「あらら。三島さんに八つ当たりさせちゃった? そんなに急用ってことじゃなかったと思うけど。そう書いてても、そうでもなかったのね」
「まぁ、いつもの事ですから」
「帰ったら、電話入れてみるわ」
「そうして頂けると、大変助かります。宥めるのもそろそろ限界なので」
ところでと、三島さんは連れの昌弥に視線を走らせた。
これは、紹介しないとダメなのか。話をそれた事に喜んだあたしは、美佐子に余計な詮索をされたくなかったのにと落胆した。美佐子は、和也の存在があっても男友達と居るだけで、ある事無い事を考え走る。あたしが、女友達が極端に少ない事をより面白可笑しく解釈して、その度に面白がるのだから質が悪い。
「こちら、友達の旦那さんの三島さんで、ご近所さんになるんじゃないかな、2ブロック先のシルバーショップの本城さん」
かなり適当に紹介すると予想に反して、三島さんは去っていった。元々、三島さんは美佐子に強要されない限り、見えない詮索をしてこない。話の持って行き方が、上手いから余計な事を言わされてしまう。けれど、戸田山さんではないのだから、構える事はないのだ。あたしを構って遊びはしないはず。
「友達の旦那さんって言ってたけど、学生時代の友達?」
「そうなの。美佐子は、日本画専攻してたんだけど、サークル同じでね。特に仲が言い訳じゃないけど、切れない人っているじゃない? そんな感じ。けど、嫌いと気が合わないとか変な意味じゃなくてね。さっきの話しようじゃ、きっとスランプなんだと思う3ヶ月後に個展するみたいだから、テンパってるのかも」
「じゃぁ、三島さんと美佐子さんって結構年が離れてるんだ?」
「そうでもなくて、5つ違うんじゃなかったかな。三島さんって、しっかりしてそうに見えるでしょ。頼れそうな人じゃない? だから、年よりも老けて見られてる。確かにそうなんだけど、ある意味違うのよ。激しくて、できる所と抜けてるところとが。ちなみに、美佐子はあたしの2つ上」
美佐子は大学の先輩だけれど、あたしにため口を強要し、あたしと同じ年だと言い張った。そんなちょっとのサバを読まなくてもいいのにと思う。思い切って、5つとか10とか言ってもいいと思う。その当時だと、高校生又は中学生になってしまうけれど。
このお店を立ち上げるまでは、三島さんは商社に勤めていた。けれど、何を思ったのか、突然ダイニングバーを始めたいと言い出した。何も手を着けることなく退社してしまう始末で、流石の美佐子も困惑して泣きついてきた。たまたまとはいえ、今の仕事を始めていたので、飲食店専門の開業プロディーサーやフードコーディネーターを紹介した。店舗関係も、叔母のつてがあったので、何とかなった。それ以外の必要ツールはデザインを含め、経費節減の為にあたしと美佐子が手分けをして制作した。
本人には、そんな気はなかったのかも知れないけれど、最初に話を聞きに行った時には、あまりのビジョンの無さに落胆したのを今でも良く覚えている。資金だけは立派に用意していたのと、資格マニアだった事が救いだった。
仕事の中身となると、三島さんは本領を発揮して打ち合わせからオープンまで驚くほどスムーズだった。しかも、経営自体も上手くやってのけている。お陰で、このソファー席を予約するのは至難だ。スタンディングエリアも盛況。表だった看板もないのにだ。リピーター率も高い。
そんな話をしていると、バッグの中から携帯の振動が聞こえた。噂をしていたので美佐子からかと思えば、美希ちゃんからだった。恭平は、そろそろ家に着いた頃だと、思えば不安がよぎった。慌てて、昌弥に断りを入れると電話に出た。
「どうしたの? もしかして、また喧嘩になっちゃたとか」
「いえ、違うんです。恭平帰ってきて無くて。あたしは今、家に着いたんですけど。麻美さんには、あたしから言いたくて。あれから、母に病院に連れて行ってもらたんですけど、妊娠してました」
「えっそうなの? おめでとう。それは、おめでたいんだけど、恭平より先にあたしが聞いちゃっていいの?」
「いいんですよ。だって、悔しいんですもん。ついでに、名付け親とかにもなってくださいよ」
「それは、どうかと思うけど。迷ってる名前が出てきたときには、協力するわよ」
とても嬉しそうにそう言ってのける美希ちゃんに、これはもう大丈夫だなと安心した。恭平が帰ってきたらしく、今度また遊びに来てくださいといそいそと電話を切られてしまった。本当に、心配する必要はなくなったようだ。
安心しきって携帯をバッグに戻そうとした時、また携帯が振動を始めた。ディスプレイを見ると、圭吾からだった。そして、報告をするのを忘れていた事を思い出し、血の気が引いた。
「ゴメン、連絡するのわすれてた」
「おまえな……。俺に仕事して欲しくないのか」
「ゴメンって。そんな事ないし。オファー入れたのあたしだし、そんな事あるわけ無いじゃない。お願いします。やってください」
「おぉ。やっとその気になったか。手間が省けたな」
一瞬何を言っているのかわからなかったけれど思い当たると、ハッとして全否定した。大人しく、料理に手を着けていた昌弥はその勢いに目を丸くしていた。それに気付くと、恥ずかしくなった。この電話は早く切るに超した事はない。
「なんだよ。こっちは、今が都合いいんだけど。お前の会社の近くに来てるし」
「そんな事言われても、もう会社出てるし。三島さんのとこ来てるから、明日資料をメールで送るわ。まだ日程詰められるほど進展無くて」
「麻美が合わせるっつたんだろう? とりあえず行くから」
答える間も無く、強制終了されてしまった。どうしようもなく、慌てながら携帯を見ていると昌弥が何事かと訪ねてきた。事の詳細をかいつまんで話すと、クスクスと笑い始めた。何が可笑しいのか、さっぱりわからない。
「まぁ、いいんじゃないの? 一度に片付けられて」
「何の事?」
「忘れられてた俺と、忘れられてたカメラマン。解決だろ?」
あたしには、そう簡単にいくのかわからない。圭吾には引っかき回されそうな気がする。ただ、頭が痛いだけだ。