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MAYBE  作者: 汐見しほ
28/29

◇ 7 ◇ 04 許される事と許されない事

 缶コーヒーの中身もなくなり、タバコを吸うのにも気が済んでも、二人とも戻ってこない。少し遅くないかと考え始めれば、落ち着かなくなった。

 恭平は、まだやり残した仕事を思い出したのかも知れない。

 加倉さんは、どうだろう。まさかとは思うけれど、本城君から加倉さんに葉折さんの苛つきの火種が飛んだりはしてないだろうか。

 そこまで考え、ハッと思い出した。加倉さんは薄情だ。

 一見、人当たりの良さげに見えても、冷たく切り捨てる事を平気でする。

 今思いついたままの状況に置かれれば、きっとあたしの事など簡単に切り捨てるだろう。

 切り捨てる要因の一番は、気に入らない事に対してだけれど、面白い事になりそうならば、敢えてその方向へ。本人は考えていないかも知れないけれど向かっている。他人事なら尚更。

 そうなれば、あたしの居場所を葉折さんにバラされる可能性が高い。自然と場所を変えた方がいいと答えが出る。

 移動するのは構わない。と、喫煙室を飛び出してみたものの、扉の前で足を止め、どこに行くのがいいのだろうと考えてた。

 決まらないまま突っ立っていると、かすかながらよく知る声が聞こえてきた。

 少しビクつきながら耳を澄ませば、やはり本城君だ。ハッキリ聞こえなくても、声色からすると本城君としか思えない。なんとも、情けない本城君の声。そして、もう一つ違う声と共に近づいているような気がする。もしかして、葉折さんだろうか。

 グズグズし過ぎてしまった。

 何故、二人が一緒にいるのだろうと思う。けれど、ヤバイと焦りばかりが大きくなり、右往左往してしまう。

 寒いとわかっていても目に留まった扉の先、外の非常階段に出た。

 上に行くべきか、下に降りるべきか。この際、いつも行かない所に行った方がいいだろう。寒さに怯みながら階段の先を見つめた。

 ヒールの音が響かないよう、かかとを階段からずらしてつま先だけで階段を上り、10階の扉の前まで移動した。

 上りの階段は、必要以上にあたしの体力を消耗させ、見つかり追われていたとしたら、あっけなく捕まってしまう程に息が切れている。

 改めて思う。タバコは止めた方がいいかもしれない。その所為だけでなく、運動不足も関係しているかも知れない。健康には自信があっても、体力には自信がない。特に目的があるわけではないけれど、体力は付けた方がいいだろう。これから、忙しくなるのだから。

 切れた息を整えながら、どうでもいい事を考えたついでに、行きは無理でも帰りは、一駅か二駅くらい手前の駅で降りて歩いて帰ろうかと真剣に考えた。実行するかどうかは、疲れ具合に寄るだろうけれど。









 あまり、うろちょろしていると見つかってしまう。だからといって、どこに行けばいいのだろうか。そう迷いながら、左右を確認し後ろも振り返り、非常階段より、いくらも暖かい10階のフロアを当てもなく歩く。

 なんだか、かくれんぼでもしているようで、少し楽しい気分になってきた。会社で何をして遊んでいるのだろうと、自分を戒める気持ちが顔を出し始めても、この状況を楽しみ始めたあたしには、浮きだった気分を沈める事はできなかった。何せ、あたしの今日の仕事はもう終わったのだから。


「本当なのよ。だって、私見たんだもの」


「見たって言われても、伊藤さんと笠原さんって、そういう感じしないし」


「だから、そう見えるように振る舞ってるんじゃないの? 社内では。それでも、イチャついてる様に見えるのよね。それにしてもさぁ、今度は宮内主任に乗り換えるつもりなのかしら。あれだけ、派手に言い合ってたのにね。自分に意識を向けさせる為なら、何でもするってすごくない?」


「けど、それは」


「あ、不倫できるんだから何でもアリなのね、きっと」


「そういうのって、憶測で言わない方が」


「何よ〜。最近は、飯田さんと仲良くしてるみたいだし。あんた、どうしちゃたのよ」


 階段を使い、9階に降りてきた所で人の声がして慌てて10階との間の踊り場まで駆け上がり、身を隠した。すると、誰が聞いているとも構わない様子で、お喋りをしながら歩いてきた彼女たちは、階段への入口に立ち止まり会話を進め始めた。

 誰かに見つかると、葉折さんがその人にあたしの所在を聞けば、社内中を探し回るのかも知れないと考えたとっさの行動だったけれど、思いもしなかった会話の内容に驚いた。

 本当に恭平との噂が社内に流れていたなんて、まさか自分自身で確認する事になるとは思わなかった。しかも、宮内の事でさえ、ねじ曲げて解釈されているだなんて、噂とはなんと恐ろしいんだろう。

 我が事ながら、あまりに違う解釈に人事のように思えた。

 あたし以外に、「伊藤さん」はこの会社にいる。けれど、美希ちゃんの口から元同僚から聞いたと言う話を聞いていなければ、あたしは完全に他の「伊藤さん」だと思っただろう。


「本当にちゃんと見たの? 誰かと間違えてるとか、よく見えてなかったとか、実は美希だったとか」


「そんなの、見間違えるわけ無いでしょ。美希はあたしの親友なのよ。どうやったら、見間違えるって言うのよ。伊藤さんと美希を」


「親友なんだったらさぁ、何故に噂ばらまいてるわけ? 嫌ね、そういうのって。親友に教えてあげるのは、大きなお世話の親切とも取れるけど、まき散らすのって何か違うんじゃない? 美希ちゃんって、男はまだしも女の見る目ないみたいね」


 葉折さんに見つかるなんて事を気にする事もできずに、勢いのまま噂話に花を咲かせる二人の前に姿を晒した。

 悠長に聞いていたけれど、親友という発言で一気に目が覚めた。そして、腹立たしさが乾きを知らない泉のように勢いよく湧き出た。友達なら、そんな事できるはずがない。それが親友なら尚更だ。


「伊藤さん、あなたは! 何でこんな所に居るんですか!」


 聞き覚えのある声だとは、思った。それが斉藤さんとは思わず、驚きはしたけれど、そんな事に構ってはられてない。


「ウルサイわね。あたしがどこに居たっていいでしょ。それより、斉藤さん。葉折さんに怒られなくていいの?」


 誰だか知らないけれど、美希ちゃんを親友だという子から、矛先を一緒にいた斉藤さんに移した。

 強く出た斉藤さんは、批判でいっぱいの顔から一気に怯み、人事のように視線をそらせた。想像していた通り、痺れを切らせた葉折さんはうちの課にまた来たようだ。

 ここは、9階。どうせ、総務の酒井さんの所にでも行ってきたのだろう。葉折さんの登場で逃げたのだろうと予想がついた。


「で、あなたは何を見たって? 恭平とラブラブでクサイ愛の言葉でもささやきあってるを見たとか聞いたとか。それとも、ラブラブちゅうしてたとか。そうね、あとは、ヤッちゃってるとこ見たとか。でも、どこで?」


「なっ、何なんですか、いきなり。う、噂以上のヒトですね伊藤さんって。人目もはばからずしそうだから、驚く事でも、なっないですけど」


 自棄になっているのか、凄んでもいない目であたしを見据えられているとも彷徨っているようにも取れる視線を投げられ、少し震わせた声で焦っているような、苛立っているような口調で訳のわからないセリフを投げてよこした。

 あれほど斉藤さんに力説していたと思えば、本人と対峙すればこれ程に乱れるのであれば、後ろめたさをいくらかは感じているのかも知れなかった。

 その乱れた姿を晒されれば、ムカつきがいくらか治まってきた。けれど、恨みがましく送る視線は止められれず、睨んでいるかもしれない。無い事ばかりを豪語されたのでは、堪らない。


「も、っもう、止めなさいよ。ハッキリしないんでしょ?」


 一旦は自ら蚊帳の外に飛び出した斉藤さんは、一緒にいた子の腕を引きながら、あたしから遠ざけようとした。けれど、名前を知らなければ、どこの部署かも知らないあたしの対峙者は、それを無闇に振り切った。


「はっきり言えば? 何が気に入らないのか知らないけど」


「何ですか。自分のしている事はいい事だとでも言いたいんですか?」


 斉藤さんの行動は彼女を怒らせたようだ。そして、冷えた声でいらだちを取り戻したあたしの発言は、更に怒らせたようだ。

 あたしの登場に焦っていたというのに、開き直ったのか今度は肝を据えた様子で食って掛かってきた。

 一旦は治まりかけた怒りも、まともに対峙する意思を見せられると再燃する。

 それじゃ、付き合ってあげようじゃないの。嫌み合戦でもすれば、あたしの気は済むだろうか。そうは、思えない。だからといって、和解する気にもなれない。


「頭おかしいんじゃないの? 不倫って言うんだから、それ相応の何かを見たんでしょう。だから、例を挙げてみてあげたんじゃないの。頭悪いわね。それくらいの親切、気付きなさいよ。それに、そんな噂広めてるんだから、中身もそれ相応じゃないとねぇ」


「なっ! 何が言いたいんですか!」


「だから〜。何でわかんないの? 頭悪いわね。それ相応の何かを見たんでしょ?それを言えって、言ってるのよ。こんなに補足させる人知らないわよ」


「何が言いたいんですか!」


この子は、頭が悪いにも程がある。それに角目立ててしまった自分が情けない。彼女には日本語が通じてないのだろうか。

 あたしはちゃんと日本語をしゃべってるはず。帰国子女だとでも言うのだろうか。英語でならどうだろう。それなら、英語で伝えるればいいのだろうか。フランス語なら、第二外国語で取っていたから、発音はダメダメでも伝えるだけならできるかも知れない。けれど、何語なら彼女に通じるのだろう。

 なんだか、子供の喧嘩のように思えてきた。それに、伝えるすべを考えてしまった自分自身にも呆れてしまう。

 一気に再燃した火は自己消火した。

 それに、顔を赤くして目の前で騒いでいる対峙者を見ていると、本当にどうでも良くなってきた。


「自分を指名してもらうために、取引先の人に身体差し出してるって、噂も本当のようですね。加倉主任にかなわないからって、そんな事までするなんて」


 落ち着きを取り戻すと力なくため息が出てしまった。

 何とでも言ってくれと、思わずにはいられない。発想自体が間違っているのだから、呆れる以外どうすれいいのだろう。

 指名も何も、あたしが仕事を取ってくるわけじゃない。営業じゃないのだから、受注ノルマがあるわけでもない。第一、仕事を割り振るのは殆どが加倉さん。たまに、佐崎部長からもある。それは、何かあたしの方が都合がいいだとか、何かしらの魂胆があるからだろう。それに、得意先はそれぞれ担当がある。

 たまたま、取れそうな仕事があれば他社から横取りもするけれど、それは営業に返す。あたしの手柄に何てならない。

 コンペもそうだ。協力し合いもすれば、単独で動く事だって。それは話し合うなり、押しつけ合うなりして決めている。

 あたし達は、争って仕事を取り合っているわけではない。ただでさえ、人手が足りないという状況なのだ。他社と張り合いで、横取りするために寝るならまだわかる。ただ、それをすると忙しさに拍車がかかり、あたしのプライベートは壊滅だ。そこまで、会社に尽くす気もなければ、野心もない。それを、加倉さんから仕事を横取りしたくて、なんて言うのはあり得ない。

 企画部の現状をそこまで知らなくても、企画部の人員不足は色々と問題になっている。それでも、熟せているのだから評価をもらえど、こんなおバカさんに嫌みとしてもらう義理なんて無い。

 それを知らないなんて、社内の現状に疎いのだろうか。

 だいたい、加倉さんに仕事で勝ったところで何を得るというのだろう。


「あんたって、どこまで足りないのよ。男におバカ出して、可愛さアピるのならわかるけど、あたしにそんな事したって惚れないわよ。そう言う趣味はあたし持ってないから、他を当たってよ」


「なっ、何がいいたいんですか」


 さっきから、発言する度に同じ事しか言わない。これをおバカと言わず何を言う。

 うんざりして、盛大なため息をついた。これでは、キレたくてもキレられない。おバカさんに毒気を完全に抜かれてしまった。

 斉藤さんも同じ事を考えているのか、もう、あたしがキレる心配を止めたらしい。こちらに興味を示していない視線がそう物語っている。あたし達の後ろを遠くの物をよく見ようとしているような、視線を投げている。

 それを見て、益々どうでも良くなった。もう帰りたい。そう思いながら、また自然と盛大なため息が出た。もう、項垂れるしかない。


「ダメだなぁ。あさちゃんに喧嘩売るなら、その後の覚悟を決めてからじゃないと。その後の方が怖いんだからさ」


 聞こえた声に少し驚いて、振り返ると真っ暗になった。何が起こったのかわからない。


「あさちゃんも、早く帰らないと。笠原、下で待ってるってさ」


 あたしにこんなまねをするのは、加倉さんしか居ない。それは、声からもハッキリする。けれど、驚いて身動きが取れなかった。

 少しずつ現象を把握に努めると、何かに覆われているのがわかった。

 それを引きはがそうにも、押さえられていて引っ張れない。しかも、ぐちゃぐちゃと頭を乱されている。それは、短くなった髪には大ダメージで、きっと静電気を帯びてバチバチになるはずだ。

 段々と、イライラしてくる。渾身の力を込めて、引っ張るとあっさりと目の前が明るくなった。ちょど、押さえつけられている手が離れたようだ。

 手に残った物を見ると、あたしのコートだった。


「何するんですか! 加倉さん遅いんですよ。早く来てくれてれば、こんなおバカさんに遭遇する事無かったんですからね。明日のランチ奢ってくださいよ! ついでに、デザートもです!」


 そうだ、加倉さんが休んだ日だって大変だったんだから、少しぐらい奢ってくれてもいいんじゃないだろうか。私物を取りに行ってもらったぐらいの事で、借りを返したと思われたくない。恩を売ったのはあたしだけれど、この際どうでもいい。


「そりゃ無いんじゃないの? 折角、パシって来たっていうのに。まぁ、デートのお誘いならいつでもいいけど」


「それは、それです。ありがとうございます。だからって、髪ぐちゃぐちゃにしないでいいじゃないですか!! しかも、デートって何ですか。脳にカビでも生えましたか?」


「はいはい。文句言わない、睨まない。眉間にしわばかり寄せてると、取れなくなるぞぉ。いいのか?」


 加倉さんは、当たり前のように両手であたしの髪をなでながら、静電気を追い払い元に戻した。けれど、髪が乱れたのを助長したのではないかと思われる。後ろからか、横からの髪なのかわからないけれど、目の前には髪の毛しか見えない。


「良くないですよ! 誰がそうさせてるんですか?! もう、触らないでください」


 加倉さんの手を払い、手に持っていたコートを押しつけ、手櫛で髪を整えた。

 まったく。何を考えているんだろう。普通に考えれば、そんなやり方だと余計に乱れるとわかっているだろうに。絶対に、わざとだ。


「あ、キミは明日から、背中に気をつけた方がいいよ。あさちゃんに、報復されるから。前からでも同じだけどな」


「それって、あたしがこのおバカさんを刺すとでも言いたいんですか。加倉さんの元カノ軍団じゃあるまいし、一緒にしないでください。それに、報復ならもっと手の込んだ事しますよ。あたし、そういうの考えるの好きですから」


 あれほど、小賢しいく騒いでいたというのに、静かになったおバカさんを不思議に思い目を向けてみると、真っ赤な顔をしてなんだかしおらしくなっていた。

 もしかして、この子は加倉さん狙いなんだろうか。


「あ、そう言えば斉藤さん、嵐は去った。本城に押しつけたからもう安全だからさ。今日は疲れただろう? 慌ただしかったしな。就業時間過ぎてるし、後は明日でいいだろう」


「そ、そうですね」


 斉藤さんは、気まずそうに相づちを打つと隣で大人しくなった、おバカさんに一緒に帰ろうかと誘い、ボケーッと加倉さんに視線を走らせるのを止めさせた。

 わかりやすいヤツめ。加倉さんに押しつけたコートを取り返し、ふと思い出した。


「ちょっと、加倉さん。あたしの伝言今頃伝えてるんですか?」


「え? 伝言って何なんですか?」


 斉藤さんは、いぶしかし気味の表情を遠慮無くあたしに向けてきた。

 あたしは、悪くない。伝えていない加倉さんが悪いのだ。それは、加倉さんに向けて欲しい。

 あたしに後ろめたい事はない。8階の喫煙室で加倉さんに伝えた伝言を今更ながら、もう一度斉藤さんに伝えた。


「抑も、伊藤さんが制作部にさっさと行ってくださっていれば良かったんですよ」


「あたしは、忙しいの。オフィス出た後、本城君に会ってその後は、宮内に呼び出されたし。あたしが遊んでるみたいに言わないでよ」


「遊んでただろ」


「遊んでません」


「どっちでもいいです。もう、失礼します。あ、それと伊藤さん。あんまり朝早く来ないでください」


 斉藤さんは、春香ちゃんより早くあたし達のけんか腰の会話に慣れたようで、文句を続けようとしたあたしに割り込んできた。

 それは、適応性の高さを感じさせる。もしかすると、これが災いしているのかも知れない。おバカさんに適応してしまった結果が、春香ちゃんへの八つ当たり的態度だったのかもと思う。

 実際、あたし達と仕事をするようになってからのこの数日で、春香ちゃんへの態度は、一変している。友達を間違えると、とんでもない方向に向かってしまうかも知れない。斉藤さんの場合、よく言えば、適応性が高い。けれど、流されやすく個性が埋没していると言える。


「なんで? いいじゃない。早くても」


「何時間働くつもりなんですか? おかげで、こっちは一日の仕事量がキャパ超してるんですよ」


「そんなに多くないと思うけど。そうね、明日、その辺も話さないとね。午前中に処理できる物はして、午後一番からミーティングに当てましょ」


 明日の予定を少し変えた方が良さそうだ。帰りながらでも少し考えた方がいいだろう。企画部の月例会議だってある。午前中は加倉さんがいない。あたし達までミーティングに入ってしまえば、取り残された岸君と野田君はかわいそうな事になってしまう。


「斉藤さん、ついでにもう一つ忘れてたんだけど」


 コートを羽織ろうとしたところで、言葉を掛ける事なくあたしを手伝ってくれながら、階段で8階に下りようとしていた斉藤さんを加倉さんは止めた。

 他に、何か伝言を頼んだだろうか。何なのか、気になり加倉さんの方に振り向いた。


「えー!?」


「これ、俺のだから笠原に貸してもやらないから。その辺はよろしく」


 信じられなかった。

 何を考えているのだろう。

 元々、加倉さんを少しは理解しているつもりでいた。けれど、そうではなかったのかも知れない。

 だからといって、許されるのだろうか。

 誰が許せと言おうが、あたしにはその気にはなれない。

 平気で親友と呼ぶ相手の噂をばらまくおバカさんを前にして、あり得ないだろう。

 気が付くのが遅れたあたしも悪いが、それ以上にあり得ない行動に出た加倉さんには制裁を準備しなければならない。次にどんな噂を流されるかは簡単に予想がつく。迷惑極まりない。

 いくら何でも、社内でキスできるなんてどういう神経をしているのだろう。ここは日本だとわかっているのだろうか。人目を憚ってならば、ラブラブ真っ直中のカップルだとあり得るかも知れない。けれど、これはあり得ないだろう。事実、あたしは今まで所属した会社でそんな所は見た事がない。この会社でもそうだ。

 誰が何と言おうとあり得ない。

 加倉さんを突き放し、彼女たちに目を向ければ固まっていた。

 あたしも固まってしまったけれどエレベータホールから人が流れてきたのが目に入り、まだ加倉さんが持ったままのあたしのバッグを引っつかみエレベータホールに平静を装い全てを無視して足を向けた。

 幸い、エレベータはこの階で止まっていて乗る者を待っていた。ボタンを押すと、すぐに扉は開いた。そして、乗り込み迷うことなく閉まるのボタンを連打した。

 全くの一人になると、明日の噂が頭の中を飛び交った。

 憂鬱倍増。

 宮内なんて、比ではない。恭平との噂なんて吹っ飛んでしまうだろう。

 何だか、今週はとてつもなくハードなのではないだろうか。先週の憂鬱が嘘のように軽い気がした。

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