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MAYBE  作者: 汐見しほ
2/29

◇ 1 ◇ 02 三つの選択肢+α

 だから、タバコ止められないんじゃない。これで、禁煙でもしたら絶対あたしストレスで倒れるな。

 フロアー内は禁煙で、各フロアーごとに喫煙室がある。ガラス張りの部屋に据付け空気清浄機と窓がある。あたしは、いつも座るソファーに座り、そこから少し離れたソファーの真ん中にコーヒーがこぼれないように置いた。まだ、9時少し前、ここには誰もいない。


「はぁ。朝からムカつく〜」


 タバコに火をつけ、煙を見ながらぼーっとしたまま呟いた。

 これは、あたしが悪いのか。

 何か誤解させるような事を言ったんだろうか。そんなはずはない…。

 いったい、制作はどうなっているんだろう。DTP課のアートディレクター、葉折さんにちゃんと指示したはず。その下のデザイナーとオペレーターも打ち合わせに参加してた。

 デザイナーがとんでもないものを作ったとしても、葉折さんの所で止まってるはず。何故、あたしの所に来るまでに何とかならなかったんだろう。しかも、こんなギリギリになって。


「麻美、どうした?」


「あぁ。恭平かぁ」


 あたしは、顔を動かさず目だけで確認した。

 笠原恭平とは、あたしが転職してきた2年前からの友達。同い年で、飲み友達でもある。


 丁度あたしと知り合った頃に恭平は結婚をした。彼のおかげで、男にもマリッジブルーなるものがある事がわかった。その頃には毎日のように、不安や愚痴を聞いていた。


「お前、態度悪いぞ」


「うるさい。恭平に言われたくない」


「それにしても、お前すごいよな」


「何が?」


「お前には、負けるわ」


 そういいながら、あたしの隣に座ろうとするので、置いていたコーヒーを手に持った。いったい、何の事を言っているんだろう。すごいと言われるような事をした覚えは無い。


「だから、何が?」


「俺にキレんなよ」


「別に、キレた覚えはない」


 十分にキレている。

 けど、認めるのが悔しい。

 それを気づかれないようにと平常を装ってコーヒーの蓋を開け、もうぬるくなってしまったコーヒーに口をつけた。

 気づかれてるだろうけど、誤摩化さずにはいられない。


「お前の声、上まで聞こえてたぞ」


「だから?」


 恭平の所属する営業部はこの階の上、8階にある。聞こえたとしても、精々階段の踊り場の所ぐらいまでだろう。

 それにしても、降りてくるって事は、何かこの階に用でもあったんだろうか? そう思いながらも聞くのはやめた。


「俺に当たるなよ」


 そういいながら、あたしの手からコーヒーを取った。


「あぁ〜」


 恭平は、あたしから奪ったコーヒーを飲み、気が済んだのか、あたしに返しながら言った。


「お前、胃壊すぞ。ミルクくらい入れろよ。ただでさえ飲み過ぎだろう」


「人をアル中みたいに言わないでよね。それに、恭平の趣味に合わせるつもりはないから」


「あ〜、飲み過ぎ。もう、ないじゃん」


「まだあるんだろ? 他にも」


 紙コップの中を覗いてみると、もう、3分1ほどしか残っていない。

 恭平は、あたしの抗議など全然聞いていない。


「ところで、なんで恭平があたしに負ける訳?」


「お前、考えてみろよ。俺なんかなぁ…。まぁ、いいわ」


「あのさぁ、ホントやめてくれる? 途中でやめんの」


 あたしの抗議に恭平は、話してやろうって気になったのか、面倒くさそうに話し始めた。


「だからさ、麻美は最強って事。お前に勝てる奴なんていないだろう? この会社に。それどころか、どこにも。この間だって、うちの主任と一戦交えてたろう。コワイもん無しだよな。お前を制御できてんのって、佐崎部長と加倉主任だけだろう」


「あれは宮内が悪いんでしょ? あたしの邪魔ばっかりするんだから。いい加減、こっちだって我慢できるわけないでしょう!」


「おい、呼び捨てかよ…」


「あいつは、格下げ。それより、佐崎部長は、なんかわかる気がする。けど…加倉さんに制御されてるつもりはないけど! なんで、加倉さんに? 全部あたしが悪いって言ってんの?」


 何故、加倉さんに。迷惑はかけてる所はあるかもしれない。だからと言って、気にしていない。


「悪いとは言ってないだろう」


「そう聞こえるんだけど」


「まったく。お前、飲み込み悪いな。仕事は完璧なのにな」


「うるさい」


 あー。ムカつく。いちいち、癇に障る事を。

 けれど確かなのは、あたしは、恭平に八つ当たりしてる。ホント、自分でも嫌になる。大人げない。


「おい、それより今日飲みに行かねぇ?」


 なんだ、お誘いに降りて来たのか。

 飲みに誘うという事は何かあったな。それか、ただ単に飲みたいだけか。たぶん、前者だろう。


「残念でした。先約があるんだよね」


「おぉ、彼氏とデート? お前の彼氏、かなりの美形だよな。あれじゃ、誰も敵わねーな」


「昨日、別れた」


「マジかよ? 浮気でもされたか? あのルックスじゃ、女はほっとかないか」


「それはまた今度話す事にするよ。恭平には話してない事たくさんあり過ぎるし」


「俺に隠しごと?」


「何よ、別に全部言う必要ないでしょうに。男の意見を聞きたくない事だってあるし。わぁ!」


 恭平はいきなり、ヘッドロックされた。

 いつもの事だけど、今、されるとは思ってなかったから防御できなかった。持っていたコーヒーをほとんど床にこぼした。


「イタイ!! 恭平やめて!」


 離して欲しくて焦ってはいたけれど、意外に頭は冷静で、タバコも落としてしまった事を床が絨毯じゃなく、タイルなので助かったと考えていた。


「お前ら〜、痴話ゲンカしながらイチャついてんのいいけどなぁ。麻美、やる事あるんじゃないのか?」


 加倉さんから声がかかると恭平はあたしを離してくれた。

 加倉さんにもムカついてるけど、今は少し感謝かな。痛いのから解放された。


「痛い!! しかも、コーヒーもうないしぃ。タバコ落としたしぃ〜」


「麻美、時間は過ぎてくぞ〜。それに、部長とのランチデートすっぽかすつもりか?」


 加倉さんは、あたしにあのひどいリーフとその後の予定を思い出させる。デートは余計。


「あ。そうだ。恭平! コーヒーは、弁償してよ! 買って来て。それから、ソコも片付けて拭いといて」


 そういうと、喫煙室から出た。

 加倉さんと恭平は何か話してるようだけど、どうでもいい。

 それより、恭平のおかげで時間を無駄に過ごしてしまった。早い所、仕事にかからないと。


「先輩、どうしたんです? まだキレてるんですか?」


 春香ちゃんは心配そうにあたしの顔を見ている。供ができるとしたら、こんな子ができたらいいのに。春香ちゃんを見てるだけで和んでしまう。


「大丈夫。恭平にコーヒー飲まれたあげくに、こぼされただけだから。まだ、エスプレッソもラテもあるし」


「そうですかぁ。服汚れてませんか?」


 そう言うと、春香ちゃんはあたしの周りをぐるっと回るりながら、観察する。


「今日先輩白のスーツですから、汚れると目立ちますよね…。あ! ココ」


「え、どこ?」


「ココですよ」


 そういうと、左のスカートの裾をさした。ソコには、コーヒーのシミができていた。


「先輩…。ココはタバコの灰ですか? 擦れて黒くちゃってますよ」


「恭平〜。絶対許さない!」


「あ、加倉主任…」


 喫煙室の方から、加倉さんが帰ってきたようだ。けれど、そんな些細な事に構っていられない。


「ごめん、春香ちゃん。服買ってきてくれる?」


「わかりました。どんなのがいいですか?」


「麻美、どうした? 何かあったのか?」


「何でもありませんよ。ごめんね、春香ちゃん。埋め合わせするからね」


 デスクに戻ると、一番大きい引き出しに入れておいたバックを取り出す。そういえば、銀行に行ってないからお金ないや。カードでいいか。


「このカードでお願いね。サイズ知ってるよね? 春香ちゃんセンスいいから、任せるよ」


「あさちゃん、お金持ち〜」


「はいはい、なんとでも」


 そういえば、気にしたはなかったけど、加倉さんは「麻美」と呼んだり「あさちゃん」とあたしの事を呼ぶけど、使い分けてるのか? そんな、器用な人でもないから、たぶん、気分だったりするのかも。


「あ。開き直った」


「今日は先輩、危険信号です。主任、もう止めてくださいね。とても、危険です」


「おお。わかった」


 もう、無視! ムシ!。

 それより、後90分くらいで上げないとなぁ。デスクの上には春香ちゃんが、制作部から取ってきてくれた素材のCD-ROMが十枚ほど置いてあった。


「こんなに、持ってこなくても。まぁ、いいかぁ」


 たぶん、どんなものを持ってきたらいいのか、見当はつけていても、どれを選んだらいいのかわからなかったのだろう。

 時間もないので、急いで作業に取り掛かった。

 あたしは、集中してしまうと周りと時間がわからなくなる。周りはもう既に別の世界。黙々と没頭して作業を続けた。


「おはようございます。……。いと…うさん?」


「お、本城来たか。ちょっと来い」


「どうしたんですか? 伊藤さんに無視されました…。僕、何かしたんでしょうか?」


「いや、お前じゃないから安心しろ。ちょっと、お前らも聞け。野田、岸。今日は…。気をつけろ……」






 自分のするべき事に集中た。買ってきたコーヒーが全て無くなった頃、出来上がったリーフをとりあえず、出力してみる事にした。

プリンターの所に取りに行こうと立ち上がると、春香ちゃんが遠慮がちに声をかけてきた。


「先輩」


「うん?」


「あの、そろそろ着替えた方がいいと思うんですけど」


 あたしは、ハッとして腕時計を見た。時計の針は、11時5分を指していた。


「もうこんな時間。ごめんね。気づかなくて」


 急いでプリンターの所に向かい、出力されたリーフに一通り目を通した。急いで、立ったまま直しが必要な所にチェックを入れた。


「本城君、来てる?」


 本城直弥、彼はあたしのアシスタント。散々、佐崎部長にお願いしてたアシスタントで、営業部から去年こっちに移動して来てくれた。あたしが本城君を指名した訳じゃないけど。


 本城君は、営業一課で恭平を手伝ってたから、顔はよく会わせていた。すごく人当たりが良くて、角が立つ事も、彼が言うと…何故か角が立たないから不思議。そのせいか、場の雰囲気を読まずに発言する事もある。

 あたしが言うと、トゲが刺さりまくり。本当に得してると思う。見た目は普通に年相応24歳でも、年より遥かに幼い性格。


「あ。はい! いますよ」


 本城君は手を上げて、自分の存在をアピールしてる。近くにいたのに全然目に入っていなかった。


「悪いんだけど、コレ文字校お願いできる? えっと、原稿はどこだっけ?」


 あたしは、本城君にリーフを渡すと、原稿を探した。


「あ、いいですよ。先週のですよね。僕、原稿は一通りコピーとってありますから」


「エライ! さすが本城!」


「伊藤さんの言う事は絶スっから」


「ごめんね、お願いする。ちゃんとできてたら、ご褒美あげるからね」


「え、マジすっか?」


 そのしゃべり方止めて貰えないかな。敬語も敬語に聞こえない。


「先輩、そろそろ時間ですよ」


 春香ちゃんは、見た事のないショップの紙袋を手に焦っている。


「あ、そうそう。ありがとう」


 紙袋を受け取るとすぐに更衣室に向かった。


「先輩、ちょっと待ってください」


 春香ちゃんあはあたしの後を追いかけて来た。


「どうしたの?」


「あ、時間もないですし、歩きながら」


「スーツ買って来たんですけど。先輩に似合いそうなんで選んだんです」


「ありがとうね」


 それが、どうしたと言うんだろうか。足止めするほどの事ではない。


「それでですね、今履いてらっしゃる靴とあまり合わないんで、靴も買って来ちゃったんですよ。勝手にすみません」


 そういうと、申し訳なさそうにあたしを見ている。今日は、白一色で来てたから、確かに他の色の服だとこの靴では合わないかもしれない。


「なんだ、そんな事。いいよ。靴って何足あってもいいし」


「よかったぁ。怒られたら、どうしよかなって。ちょっとビクビクだったんです」


「そんなぁ、春香ちゃんを怒る理由なんてないよ。それよりも靴のサイズ、よくわかったね」


「先輩の事なら、結構知ってるんですよ私。それじゃ、着替えたら一度戻って来てくださいね。着た所を見たいんで」


「OK、わかったよ」


 そういうと、更衣室のドアを開けた。

 自分のロッカーの所まで行くと、とりあえず紙袋を床に置き、ロッカーを開け急いで着ていたスーツを脱いだ。それをロッカーの中にしまう。

 あたしのロッカーには寂しいものだ。制服はないし、ロッカーを使う必要もほとんどない。それでも、お泊まりグッズとか緊急用の化粧品やパンストは置いている。


「さぁ、どんなのかなぁ。人に見立ててもらうのも、悪くないな」


 少しドキドキしながら紙袋を開けた。大きい箱と小さい箱の二つを出しスーツの入っているであろう、大きい方の箱を開けた。


「わぁ。いいじゃんコレ」


 かなり、あたし好みのスーツだった。細かい千鳥格子柄で更に格子柄が浮き出るような生地のテーラードワンボタンジャケット。左右にポケットも付いているので機能的だし、キレイなシルエット。スカートも同じ生地でシンプルな膝丈タイトのバックベンツスリット。しかも、インナーは黒無地が千鳥格子柄との配色切替しが胸元と裾にあり、タンク型デザイン。胸元がベルトのようにデザインされていて、ラインストーンのバックル。バックル部分はジャケットを羽織ってもちゃんと見える。背中も開かないデザインなのでジャケットの脱ぎ着も気軽に出来る。


「春香ちゃん、完璧。センスあるわぁ! 靴は?」


 小さい方の箱を開けた。

 わぁ。これもイイ! 黒のバックストラップで、ヒールの高さが七センチくらい。インナーのとは少し違うけどラインストーンのバックルが付いている。

 時間が気になり、腕時計を見ると、時間がない。急がないと。

 少し焦り気味で、スーツを着てみた。大丈夫。上下共に、ちょどいい。問題は、靴。部屋の隅にある折りたたみのイスに座って、履いてみた。


「あ。けっこう、大丈夫かも。痛くない。ただ、歩いてどうかなぁ。今日は靴ずれしてもしかたないか…。行こう!」


 あたしは、更衣室を出て急いでデスクにバックを取りに急いで戻った。


「春香ちゃん、ありがとうね」


「うわぁ、先輩! 似合いますよ、すごく。やっぱり、思った通りだぁ。あたしには無理だけど、先輩にはすごく合うと思ったんですよ」


「あたしも、気に入ったよ」


 そういうと、嬉しくて春香ちゃんに抱きついた。


「また、イチャついてんのか?」


 後ろから、加倉さんの声がする。たぶん、喫煙室にでも行っていたんだろう。


「いいじゃないっスか。僕、結構絵になると思いますよ。ちょっと、あやしいし」


 春香ちゃんのデスク向かいの席にいる本城君が、口を挟んだ。


「そうそう、あたし達ラブラブなんですから。放っておいてください」


「これじゃ、あいつ等は手を出せないよな」


 そう言うと、フロアーの向こう側でこちらを伺っている、社員達を指す。指されたのに気づいたようで、あたし達を見ていた人たちは自分の仕事に戻った。


「ありがとね、春香ちゃん。それにしても、恭平ムカつくなぁ。なんか、絶対奢らせよ。明日あたり、たかろうかな」


「おい。麻美、行かなくていいの?」


 加倉さんにわれると少しムカついたけど、時間が迫っていたのでそれどころではなかった。


「じゃ、行ってきます。加倉さん、後よろしくお願いしますね」


「なんか、あさちゃん機嫌なおってるじゃないか?」


 加倉さんは、春香ちゃんに同意を求めた。

 けれど、春香ちゃんはあたしが時間の為だけに加倉さんを無視している事に気付いているようで、口を開く事も態度で同意する事なく、加倉さんに目で訴えていた。

 春香ちゃんの態度に、可笑しさが溢れてきた。けれど、春香ちゃんで和んでいる場合ではない。


「伊藤さん、僕は??」


 バックを取り出して、部長のオフィスに向かおうとすると、本城君があたしを呼び止めた。


「あぁ。あたし、これから部長とデートなの。だから、1時15分までには支度しておいてね。すぐに出るからね」


「わかりました」


 本城君は寂しそうにそう言うと、デスクに突っ伏した。


「あさちゃん、まだ今朝の根に持ってるなぁ」


「もう、加倉主任止めてください。先輩、早く行ってください。そろそろ時間ですよ」


「じゃ、行ってきます」


 加倉さんの言葉は無視してオフィスを出た。

 部長のオフィスの近くまで行くと、一度止まって腕時計を見た。


「大丈夫。全然、間に合ってる」


 佐崎部長のオフィスに時間通りに辿り着いた。

 ドアのないオフィスの入り口を通った。そこには、部長秘書の松原さんのデスク。


「失礼します」


「来られましたね。お待ちですよ」


 そういうと、受話器を取って部長にあたしが来た事を伝えている。松原さんは、受話器を置くとあたしに向き直った。


「少しお待ちになって。そちらにどうぞ」


 ソファーを指してあたしを促してくれた。


「ありがとうございます」


「あなた、最近元気なかったわね。でも、今朝は元気な声が聞けたから安心したわ」


「えっ。そうですか? そんなつもりはなかったんですけど。今朝のお聞きなってたんですね。恥ずかしいです」


 今朝の出来事を聞かれていたと思うと、急に恥ずかしくなってしまった。今朝とは、どの事を言っているんだろう? 全部含めてだろうか?


「クライアントからの評判も上々ですよ。それに、マーケティングの結果も効果が出て来てると報告が来てます。本当に、急速な成長ぶりですね。一昨年来られた方とは思えません。この業種は初めてでしたよね」


 これは、松原さんに褒められているのか。恐ろしい。

 松原さんはけっこうな古株で、今の体制になる前からこの会社にいる。

 この会社は、マーケティング専門の会社だったらしい。

 松原さんは会社の事は知り尽くしている。

 何故かはわからないけど、あたしの事も色々と知られてるようだ。

 歳は聞いた事がない。聞ける訳がない。本当の歳よりも若く見えると思う。それでも、絶対、40はイっていると思う。もしかして、本当の年はもっと上で、佐崎部長と同じくらいではないだろうか。そうは、見えないけど。


「いえ、あたしの力など知れています。佐崎部長や加倉先輩、課の方達のお力添えの賜物です」


「イヤだわ、伊藤さん。謙遜なさらないで。ちゃんと見ている人は見ているものなんですよ。あなたには、謙遜の言葉は似合いません」


「はぁ。ありがとうございます」


 と、言ってみたものの。どう聞いても、いい意味に取れない。


「待たせたね。それじゃ、出てくるよ松原君」


「はい、いってらっしゃいませ」


 松原さんは、部長が出て来たと同時に席を立ち、佐崎部長の言葉に反応した。


「さぁ、行こうか伊藤君」


「はい。それでは、松原さん失礼します」


「はい、いってらっしゃい」


 あたしは、佐崎部長に連れられ会社を出た。






 朝、降っていた雨はあがっていた。まだ、雲行きはあやしい。また降りそうだ。

 そんなに遠くではないと思ったので、コートは持って来なかった。


「私と昼食に出るのに着替えてくれるとは、うれしいね」


 今朝、合った時と服が変わっている事に気づいたようだ。さすがにどんな鈍感な人でも気付くよね。朝とは反対色なんだから。


「えっと」


 これは、どう答えたらいいのだろうか。『はい、そうなんです。部長の為に』なんて部長が喜びそうな台詞。そんな事を言える訳がなく。言葉に詰まってしまった。


「そう、照れる事もないだろう」


 佐崎部長、違うんです。全然照れてはいませんよ。

 この人は本当に本気なのか冗談なのかわからない。苦手だ。どうしたらいいのだろう。


「どうかしたかね?」


「いえ、なんでもありません」


 どう返していいのかもわからない。部長には本当に困る。

 対処しきれない状況にテンパっていた時、ちょうど部長はタクシーを止めた。話が反れるかと思うと安心した。

 すると、先に乗るよう合図されたので断ってから先に乗り込んだ。そして、部長は行き先を運転手に告げた。

 あたしは対処しきれない佐崎部長に気をとられ、行き先を聞いていなかった。


「君の趣味がわからなくてね、松原君に店を選んでもらったんだが、いいかね?」


「はい。結構です。好き嫌いはないですから」


「嫌いなものはないのか」


「食べれないものなら、一つありますけど」


「それは?」


「ピータンです。あれだけは食べれなくて。おいしくないですよね。お好きな方もいらっしゃるのでしょうが。あたしは、ダメです」


「そうか」


 なんだか、残念そう。もしかして、佐崎部長はピータン好きなのかも。この話題は避けた方が良さそうだ。


「ところで、今日何故あたしをお誘いになったんですか?」


 少し気になっていた事を尋ねてみた。

 佐崎部長に食事に誘われた事は何度かあるが、そのほとんどが外出先からの帰り。今日みたいに予定を聞かれアポを入れられたのは初めてだ。


「理由がないと、君を誘ったらいけないのかな?」


 そういうのは止めてください。本当に、どう答えていいのかがわからないんです。と、口に出す事もできず、ただ、心の声を響かすだけ。


「いえ、そんな事は」


 この人は、本当に苦手。嫌いではない、どちらかと言うと好感は持っている。

 どうしたらいいのかわからないまま、あたしは外の流れる風景を見ていた。

 いったいどこまで行くんだろう。遠いのだろうか。それとも、近いが歩くのが面倒だったからとか。佐崎部長ならあり得る。


「あっ」


「どうかしたかね?」


「いえ、最近この辺りは来ていないもので。新しいお店もできてるな、と思っただけです」


 そんなはずあるわけない。この辺りは会社帰りによく春香ちゃんとご飯したり、恭平と飲みに来たりする。

 あたしが見つけたのは昨日別れた元彼、荒木和也だった。


「ここでいいよ」


 そういうと、部長はタクシーを止めた。


「ここですか?」


 タクシーは、和也の歩く30メートル程前に止められた。部長は慣れたもので、さっさと代金を払ってしまった。

 これは、すごくヤバイ。和也が近づいて来る。

 部長は、先に出るとドアの所であたしを待っている。このまま降りない訳にもいかない。

 もしかしたら和也はあたしに、気づかないかもしれない。そう願いながら、あたしはタクシーを降りた。


「麻美?」


 部長は、声の方を見た。

 あたしも、反射的に声の方を見てしまう。


「あ、和也」


 わかってはいたけど。口から出た一声は気づかなかったっていう表現。

 誰にもその事は気づかれてないだろう。そうあって欲しい。


「なんだ、知り合いかね?」


「あ、はい」


 佐倉部長は触れなくていい事に触れてくれた。こんな所で嘘をついても仕方がないので、部長には正直に答えた。


「学生時代からの友人で荒木さんです。こちらは、あたしの上司の佐崎部長」


 和也も佐崎部長も会釈をする。


「部長、時間もない事ですし行きましょうか。和也、それじゃまたね」


 あたしは、とりあえず離れたかったので部長に先を急がせた。


「それじゃ、失礼するよ」


 佐崎部長は律儀にも和也に断りを入れる。


「失礼します」


 和也もそれに答える。あたしは、部長の後を追った。和也の方を振り返る事はしなかった。






 部長が連れて来てくれたのは、ちょっと部長とはイメージが違うフランス料理のお店だった。そういえば、松原さんが選んだと言っていた。松原さんの趣味ならこんな感じだろう。

 それにしても、和也、声を掛けてこなくても良かったのに。すごく気マズかった。佐崎部長は、あたしの私生活なんかに興味ないだろうから、流してくれると勝手に結論づけた。


 お店に入ると、すぐにお店の人が迎えてくれた。部長はここによく来るようだ。とても、親しげに話している。という事は、あたしの予想は外れた訳だ。

 席に通されると、もう既に用意が整っているようで、メニューさえ出てこない。


 いったい、部長は何故あたしを呼んだのだろう。何かあるからだとは思う。

 さっきは、思いっきり流されてしまったし、会社だとダメだったんだろうか。

 店内は、まだランチの時間には早いのでそんなに混んではいない。それにしても、落ち着いた雰囲気のある静かなお店。ランチもいいけど、ディナーの方が合うお店だなぁ。


「やぁ、佐崎。来たな」


「どうだ? リニューアル後の評判は」


 部長は、お店の奥から出て来た華奢で影の薄い紳士と話している。ここは、挨拶すべきだろう。二人はご機嫌伺いの最中だし、しばらくは待っていた方が良さそうだ。


「中々のもんだよ。売上も以前よりだいぶ上がってるしな、加倉君にはよろしく言っておいてくれよ。ところで、このお嬢さんは、新しい彼女か?」


「あの、そういう訳では。初めまして、伊藤麻美と申します」


 頭痛い…。コイツら同類か。

 何故、加倉さんの名前がでてくるんだろう。オープニングの仕事でもしたのかな。


「否定する事もないだろう。まぁ、いい。例の件を彼女に決めたんだ。伊藤君、こちらは、ここのオーナーの戸田山だ」


 部長は、あたしに戸田山さんを紹介してくれた。

 聞き捨てならない。例の件ってなんだろう。


「おぉ、そうか。よろしく頼んだよ」


 そういうと、戸田山さんはあたしに握手を求めて来た。訳が分からないが、とりあえず握手をしてみる。いったいどういう事なんだろう。


「こちらこそ」


 話を合わせるので精一杯だ。早く説明してくれないだろうか。


「今日の所は、失礼するよ。おかげさまで予約が入っているんでね。また、ゆっくりと日を改めてな」


「俺の予約はどうでもいいのか?」


 部長は少し拗ねているようだ。大人げないけれど、それは冗談なんだろう、きっと。佐崎部長は、自分の事を『俺』と呼んでいる。初めて聞いた。素に戻っているのかも知れない。


「お前は、後回しだ。今日は、いい素材が入ってるぞ。期待して、待ってろ」


 そういうと、イソイソと行ってしまった。

 それより、あたしはいったいどうなっているのか気になって仕方がない。あたしに何をさせる気なんだろうか。先が思いやられる。


「部長。あたしをランチデートに誘った訳ではないようですね」


「そんな事はないよ。まだ、時間はあるわけだしな。そんな、残念そうな顔をするな」


 誰も残念そうな顔なんてしてない。この人にはイヤミも通じない。これは、困った顔だ!


「それで、どういう事なんです?」


 あたしは、部長の話には反応しない事にする。


「彼の娘が結婚するんだ。と、言う訳でよろしく頼むよ」


 あたしに準備しろって事だろうか。確かにあたしはディレクターである前にプランナーだけど、これは、畑違い。


「あたしに、ウエディングプランニングをしろと?」


「そういう事だ」


 そんな仕事した事がない。それは、プロに任せた方がいいのではないだろうか。パーティを仕切るなら、あたしの十八番だけれど、これは、どう考えてもあたしの仕事とは少し違うだろう。カナリのピンチ。


「あたしにどうしろと、おっしゃるんですか?」


 この抗議は認められるのだろうか。部長には、ただの足掻きにしか見えていないだろう。


「決まった事だ、諦めなさい」


 部長は、あたしを諭すように言う。でも明らかに、内容は命令。足掻く事もできなくなった。


「はぁ。やっぱり」


「何か言ったかな?」


「いえ」


 なんか、怪しいぞ。何かまだあるのか。

 部長は、涼しい顔をしている。しかも、商談の時良くする落ち着きを放ち、穏やかな顔つきになってきている。なんだかまだ出てきそうだ。


「ところで、話は変わるんだが」


「どうしたんです?」


 平常を装って先を聞いてみたのはいいが、今までで一番ヤバイ状況にいるような気がする。


「社内でも賛否両論あるのだが、君の味方は多いらしい」


 確かに、あたしを扱うのはかなり難しいだろう。自分でも自分をコントロールするのは難しい。これは、説教されているんだろうか。


「どういう事なんでしょうか?」


「君の失墜を画策する者も多い。その反対に能力、行動力、そして何より…」


 何故そこでヤメるか。突っ込みたいのを堪えて、穏やかに尋ねるしかない。


「何をおっしゃりたいのか、あたしにはわからないんですが」


「まぁ、君が失墜させられる事はないだろう。その仕返しが、倍以上だからな」


「部長…。あの、そろそろ、本題に入っていただけませんか」


 もう、勘弁してください。何をさせたいんですか部長。なんでもしますから。

 黙って聞いている事しかできないのはわかっている。けれど、焦らされるのも遠回りされる事にも限界だ。


「君には選択肢が3つある」


「また、唐突な事をおっしゃるんですね」


「営業部と制作部が欲しがっているよ。どうする?」


 部長の言葉を頭で必死に理解しようとしてみても、材料が少なすぎる。どういう事んだろう。昇進か…。佐崎部長はさらりと言う。あたしには、部長の真意が見えない。


「どうすると言われましても。あたしに何を望んでらっしゃるのか」


 決定を受け入れるのが普通だろう。あたしに選択肢があるというのはどういう事だろうか。


「なに、選べばいいんだよ。君が」


「あたしに決定権があると?」


「そういう事だ」


 そういえば、ついさっき3つの選択ができると部長は言った。後一つはどこにあるのだろう。


「もちろん、私の許に残るのも一つの選択肢でもあるがね」


 この人は、あたしの心が読めるのか? 探していた答えを出してくれた。


「営業と制作であたしは何をすればいいんですか? 残るという事は今までの仕事をすればいいんですよね」


 営業の経験もいちようはある。制作の方も、WEBの方はした事がないけど、DTPなら今朝だってしていた事だし。それにしてもどう選べばいいものか。これが昇進ならば喜ぶべき所だろう。まだ、今より格下げの可能性もある。


「そうだな、情報が少ないか?」


「そうですね。もう少し頂けると嬉しいです」


 もう、見えてこない以上直接的に聞くしかない。あたしは、頭が悪いのか。イヤ、部長の説明不足だろう。


「お待たせいたしました。海の幸のマリネサラダ仕立てのカソレットを添えでございます」


 ウエイターが前菜をテーブルに置き始めた。メニューも見る事なく、料理が出てきた。すごくおいしそう。

 あたし達は食事を取る為に来たはずなのに、佐崎部長に振り回されてばかりだ。


「さ、食べながら話すか」


「はい」


 これは、同意するしかないだろう。フレンチは二ヶ月ぐらい前に春香ちゃんと食べて以来だ。


「具体的に何をすればいいんですか?」


 食べてばかりはいられない。あたしの今後が掛かっている。一口食べた所で思い出して聞いてみた。

 それにしても、部長はスマートに食べる。箸を使って食べている所しか見た事がないけど、こっちの方がかなり慣れてる感じがする。


「そうだったな。営業部では君のポストに一課の主任を用意している。まぁ、こっちは揉めるだろうな。この間、君とやり合った宮内君と同等になるんだからな」


 という事は、恭平より先に昇進してしまう事になる。それは面白そうだ。勤続年数では、恭平の方が先輩なんだけど。うまくいけば、恭平を部下にできる。

 おぉ。これは、楽しそう。

 一課には宮内がいる。あいつだけは、なんとかしないと。宮内秀樹。あたしの天敵。一日中、顔を見ていないといけないんだったら、最悪だぁ。

 この間の宮内とのバトルが部長の耳にまで届いているとは、参った。


「どうかしたかね?」


「いえ。なんでもないですよ。これ、おいしいですね」


 部長に早くも画策を始めたのを気付かれたくなくて、話題をそらした。


「まぁ、いい。制作部の方では、DTP課の課長だ。企画部と制作部には課長を置いていなかったんだが、なんせ、制作部は人数が多いからな。4月の人事で制作部にはそれぞれの課に統括する課長を置く事になった。どちらの課にも採用があるしな。今度の決算後にはかなりの組織改革がある」


 うちの会社はそんなに大きい会社じゃなかったと思ったけど。成長しているようだ。

 あたしの後任はいるのだろうか。他に移れば、加倉さんだけで仕事を回す事になる。大丈夫なんだろうか。

 佐崎部長には補充要員の当てがあるから、あたしを他に回す事も視野にあるのか。

 そんな事より、あたしが課長? 適任者は他にいるだろう。特に、葉折さんが。

 これは、やりにくそう。葉折さんの上に行くとなると。どう見たって、あたしの器ではないと思う。あたしの何がそんなに評価されているんだろうか。さっぱりわからない。過大評価ではないかと思う。 28でこんなに出世できるものなのか? まだまだ、男社会のこの日本で。女のあたしが? しかも、あたしは入社二年目。入社してから、そんなに大層な仕事をした訳でもない。


 部長に詳しい説明を聞きながら世間話をしていると、コーヒーが出て来た。

 お腹がいっぱいだ。胃が出て来ている。

 パンに手を付けなくて正解だった。残すのもおいし過ぎて無理。食べてしまった。

 こんな美味しいものばかり食べていたら、スタイルが維持できない。久しぶりにたくさん食べた気がする。これくらいなら、大丈夫だろう。そう思っていても、今日は帰りは、自宅の最寄り駅から二駅ぐらい手前で降りて歩いて帰ろうと決めた。

 こんな話なら会社でもいいはず。戸田山さんと合わせる為だけじゃないような気がする。


「部長、考える時間はどれくらいいただけるんですか?」


 話がまだあるとしても、コレだけは聞いておかないと。今日明日で決められる事でもない。


「そうだな、二、三日と言いたい所だが、一週間ほどだな」


「そうですか。わかりました。来週の月曜にお返事します。ところで、部長はどう思われます?」


 これまでの話の中で部長の意見は何も入ってはいなかった。部長としてはあたしにどうして欲しいんだろう。


「そうだな、私としては飯田君を守ってくれさえすれば、他に取られたとしても心配する事もない」


「今、何とおっしゃいました?」


 この人は、今とんでもない事を言った。なんで、ここで春香ちゃんが出てくるんだろう。


「君には助けられたよ。思惑通りに動いてくれたんでね」


 あたし、読まれてる? それどころじゃない!

 春香ちゃんの人事には、何かあったという事だ。


「どうして飯田さんがここに出てくるんです?」


 自分の移動の事だけでもあたしには大問題なのに。ここに来てまだ隠していたとは。しかも、それが春香ちゃんの事だなんて。


「そう、驚く事もないだろう。薄々は気付いていたんじゃないのか?」


「とんでもない。気付くも何も気付く要素がないですから」


 春香ちゃんも何も言ってなかった。春香ちゃん自身は何か知っているんだろうか。


「そうか。君は勘が働くようだから何かしら気付いているかと思っていたんだがな」


「部長、話していただけるんですか? それとも。このまま、おっしゃらないおつもりですか?」


 引き延ばされてるような気がする。これは、聞いておかないと眠れそうにない。


「そうだな、伊藤君には話しておいた方がいいかもしれないな」


「そういうい事は、早く言ってもらわないと困ります」


 あたしに言うまではないと、思われたのならそれまでだけど。ココまで聞いて中途半端なままにされると気持ちが悪い。


「飯田君は、戸田山と親戚になるんだ」


 部長が言うには、春香ちゃんは戸田山さんの姪らしい。

 春香ちゃんは、部長と戸田山さんが友達だとは知らない。たまたま、うちの会社に入社し、その事を知った戸田山さんが佐崎部長に姪の春香ちゃんの事を頼んだ。

 佐崎部長の話は、これだけでは終わらなかった。話を聞いては耳を疑った。春香ちゃんはかわいいのと男性社員に人気がある事もあって、他の女子社員からは陰険な目に合っていたようだ。それだけではなく、上司からもセクハラもあったらしい。


 佐崎部長がこんなにも情報を持っているのは、春香ちゃんから聞いたとは考え難い。情報源は、松原さんだろう。あの人の情報収集能力はもう、目の当たりにした。スパイしているわけでは無いだろうとは思う。

 会社としても、こういう事は体裁が良くないだろう。ましてや、友人の身内となれば放っておく訳にもいかない。

 だからといって、佐崎部長があからさまに動くわけにはいかないだろう。

 気になるのが、セクハラの元凶。

 佐崎部長が、名指しで教える訳わけがない。

 けれど、その上司の一人があたしの天敵宮内だと言う事に気がついた。

 一度、給湯室で宮内が春香ちゃんにちょっかいを出しているのを見た事があった。

 宮内の名をあたしが出した時、部長は肯定はしなかったが否定もしなかった。要するに、そういう事だろう。

 宮内があたしに突っかかってくるのはそういう事か。あたしに嫌がらせをしたくて、あたしの周りをかき回しているのかと思っていた。

 宮内は、あたしが邪魔なんだ。先週末、あたしもいい加減我慢できなくなって、キレた所。

 宮内には、もう手加減の必要ない。肝を据えて報復に出てやる。

 まだ、他にもいる。部長は、そいつ等の名前を明かす事はなかったが、絶対許さない。


「それにしても、そんな事があったなんて。彼女は一言も言ってませんでしたよ」


「飯田君は中々できた娘だと思うよ。だからこそ、戸田山は心配だったんだろうな」


 あたしは、腹立たしかった。

 春香ちゃんがどんな思いでいたかを考えると腹が立って仕方がなかった。

 言葉を選ぶ傾向が見られた。差し障りのない言葉を選ぶように無意識にしているのかも知れない。

 信じられない。この会社でそんな事があるだなんて。でも、どこの会社でも多かれ少なかれあるのだろう。

 あたしは、制服の女の子達とは接触がほとんどしなかった。女が集まると、ロクな事はない。

 その中にいるのがどうも居心地が悪い。学生時代はずっと女子のグループに属してはいなかった。男子と仲が良かったあたしに仲介をして欲しくて寄ってくる子はいたけど。後は保育園の時からずっと一緒だった親友だけ。


「あたしは、この事については何も聞かなかった事にします」


 この状況下では、それが一番いいだろう。

 春香ちゃんは他の相談とだとか、会社の愚痴はあたしに言ってくれる。あたしにそんな事知られたくないからこそ、何も言わないのかも知れない。

 佐崎部長もあたしに、社内を掻き回せと言ってる訳ではない。あたしのするべき事をしなければ。

 あんなにいい子なのに、そんな理不尽な事があってたまるか。


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