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MAYBE  作者: 汐見しほ
19/29

◇ 5 ◇ 04 事が動く日は、ひみつが秘密じゃなくなる日。

 コアタイムを過ぎると、3人ともが元気にオフィスを出て行った。さっきまでの、疲れ顔は何処へ行ったんだか。騙された気分になる。

 少し、拗ねていると春香ちゃんが寄ってきた。


「先輩、たくさん買ってきてくれたのは、嬉しいんですけど。多すぎですよ」


「そう?」


 春香ちゃんが持って来た紙袋の中を覗くと、まだ、おやつが残っていた。持って帰っても、カビを生えさせて終わりそうだ。


「明日、土曜日ですし。月曜には、完全に賞味期限切れですよ」


「じゃ、お裾分け行ってくる」


 紙袋を渡して貰うと、春香ちゃんに一つと斉藤さんにも一つ渡し、オフィスを出た。

 営業部に行けば、恭平が居るかと考えたけれど、まだ会場にいるだろう。だからといって、宮内にあげたくない。

 少し考えて、部長のオフィスまで来た。


「失礼します」


「あら、伊藤さんじゃないの。どうかなさったの?」


「何もないですよ。これどうぞ」


 紙袋の中から、マカダミアクッキーとマフィン、シナモンロールを取り出して、松原さんのデスクの上に並べた。

 松原さんは、あたしの行動を不思議そうに見ていた。そして、並べ終わると改めて、並べられたおやつを眺め、にこやかに微笑んだ。


「くださるの?」


 松原さんはいつでも、丁寧でお上品だ。

 あたしも、松原さんと同じくらいの年になれば、落ち着けておしとやかになれるだろうか。

 一瞬、想像した。そして、それが無理っぽいと、明らかに見通せた。


「はい。召し上がってください。松原さんって、スレンダーですけど、甘い物とか控えてたりするんですか?」


「そんな事は、ないわよ。あまり、自分では買わなくなってしまったけれど、こういう物は好きですよ」


 デスクに並べた内のマカダミアクッキーを手に取ると、嬉しそうにそう言ってくれた。これこそ、持ってきた甲斐があったというものだ。余り物ではあったけれど。わざわざ、言う事でもないだろう。

 プリンやケーキの類は、スグになくなった。残っているのは、クッキー類やマフィン。一番多く買ってきた物が残っている。当たり前と言えば、そうなのだけれど。


「それじゃ、失礼します」


「あら? 部長に用があったのではないのですか?」


「今日は、松原さんの為だけに来たんです。佐崎部長は、お忙しそうですし、改めて月曜にお礼と報告に伺います」


 疲れているのに、佐崎部長の相手なんて出来ない。身体的に疲れを感じているのに、対応に困る部長に遊ばれると再起不能になってしまう。

 さっさと、次に行こう。

 お先に失礼しますと引き留められないように、さも、予定があってスグにでも帰る雰囲気を出して、廊下に出た。

 部長を呼ばれては、堪らない。

 次は、葉折さんの所に行こう。

 昨日、手伝ってあげると言いつつも、早々に引き上げてしまった。根に持っていないといいな。そう思いながら階段を使って6階に下りた。

 7階の企画課のオフィスとは違い、制作部のオフィスは、同じ制作部でもDTP課とWEB課ではフロアを完全に分割され、入口さえ違う。

 葉折さんの居るオフィスに直行した。けれど、葉折さんの姿は見あたらなかった。

 居ないなら、それでもいい。置いて帰ればいいのだから。

 そう思いながら、主の居ない葉折さんのデスクに座り、パーテーションに掛けてあるコルクボードにあるスケジュールを見ると、ビッシリ詰まっていた。

 ざっと、あたしのキャパとペースを考えて、それを見た。改めて思う。とんでも無い量だ。

 葉折さんは、今日も、疲れていそう。

 明日は、休みをとれるのだろうか。週末は休みたいと言っていたのに。


「伊藤、どうした?」


 タバコの臭いがすると、何となく思った時、葉折さんに見付けられた。

 もう少し煙が少なくて、臭いの残らない物に変えればいいのにと思う。あたしと違い、量の多い葉折さんには、無駄な事かも知れない。


「喫煙室行ってたの?」


「ちょっとの休憩。俺の席より、もっと良い場所あるだろ? オフィス一つ貰えるぞ。今、その廊下の奥、工事してるから。伊藤のに決定だな」


「いえ、決まってません。それより、コレ」


 持ってきた紙袋ごと全部差し出した。

 葉折さんは、中身を早速、確認すると一つ取り出した。


「ハラ減ってたんだよ。ちょうど良かった」


「昨日は、疲れちゃって、先に帰っちゃった。で、今日、持って帰って手伝おうかって、今朝まで思ったんだけど。こっちも、そう言ってられない状況になってきて」


「気にするな」


 そういいながら、少し離れた所にある透写台の椅子を持ってきて、怠そうに腰を下ろすと、包みを開けマフィンにかぶりついた。


「その代わり、このスケジュール何とかしてあげる」


「は?」


 葉折さんは、マフィンにかぶりつくのをやめて、あたしを見た。

 それを放って、コルクボードにピンで貼ってあったスケジュール表を取ると、邪魔なキーボードを除けてデスクに置いた。

 葉折さんは、何をするつもりなのか気になる様子で、いつの間にかマフィンを頬張り、口をモゴモゴさせたまま、あたしの手元を見ていた。


「助けてあげる。けど、借り二つ目ね」


「あぁ、けど……」


 葉折さんに向かって、任せろとニッコリ微笑み、デスクに転がる赤のボールペンを取って、スケジュールを大幅に変更させた。


「知ってる? 今日ね、加倉さんダウンしてるの。で、今日一日、加倉さんの仕事してたんだけど。それで、わかったの。コレで、十分間に合う訳よ」


 そう言いながら、真っ赤になったスケジュールを見せた。


「これで、イイのか?」


「そう、いいの。今日全部のスケジュール把握したから。けど、加倉さんに何したの? 完璧に遊ばれてるじゃない」


 把握しているスケジュールから、加倉さんの発注ペースを頭に入れて、葉折さんに割り振られている分を変更した。そこには、意図的にそうしたとしか思えないような、スケジュールしかなかった。

 まだ、詰めも出来ていない物もあれば、本発注になってはいるけれど、サンプル用の発注でラフでイイ物もあった。


「あぁ〜。もぉ〜。元凶は、伊藤だ! 借りは、一つ減し」


「何でよ。あたし、何もして無いし。助けてあげたのに!」


「考えてみろ。ダブるだろうが!」


 葉折さんは、抱えていた紙袋をキーボードを除けてあたしが作ったスペースに置いた。

 そして、あたしの座っている椅子を少し動かすと、退けろと言いたそうだ。


「葉折さんが、意地悪だって知らなかった。もう、コーヒーあげない!」


 椅子から立ち上がると、DTP課のオフィスを出た。

 特に、ムカついてはいない。少し、ムッとなっただけ。葉折さんがの言っている意味がわからなかった。

 勢いで出てきてしまったけれど、あれを全部、葉折さんにあげるつもりは無かった。選ばせてあげようと思っただけだ。

 今日新しく仕入れた情報で、酒井さんが総務課に所属しているとわかったから、持って行ってあげようと思っていた。

 9階の総務に行った事が無い。行く必要もないけれど、少し興味があった。

 7階に繋がる階段を上りながら、葉折さんからおやつを奪還してこようかと考えた。そして、引き返そうとした。けれど、極度にお疲れの葉折さんに意地悪をするのはヤメにした。






「先輩、お先に失礼しますね」


 加倉さんのデスクを片付けていると、春香ちゃんが声を掛けに来てくれた。少し、急いでいる様にも見える。デートでもあるのだろうか。

 あたしの事は、色々と知りたがるのに、自分の事は一向に教えてくれない。春香ちゃん並に、あたしも春香ちゃんの色々を聞きたい。


「お疲れさま。あたしも帰る。加倉さんの所に行かないと」


「そうですか。喧嘩しないでくださいね」


「病人相手に喧嘩できるわけ無いじゃない。まぁ、嫌味くらいは言えるかも。春香ちゃんも一緒に行く?」


「いえ、新たな所に期待を掛ける事にしますから、お邪魔は出来ません。それじゃ、お疲れ様です」


 春香ちゃんは、言い終わらないうちに、オフィスを出て行こうと歩き出した。


「ちょっと、どういう意味?」


「色々と火種は、蒔かれているんです。そこに期待するって、言ってるんです」


「益々、訳がわからない。もういいわ。それより、そんなに急いで、これからデート?」


「違います! 先輩とは、違いますから」


 何故か、ムキになって否定し、足を止める事なく、オフィスから出て行った。

 引き留める隙もくれなかった。

 あれは、絶対デートだ。お相手は、誰なんだろう。

 付き合っている人はいないと、頻りにそう言う。だったら、お目当ての人がいるのだろうか。

 それなら、少しぐらい何か教えてくれても良いのに。と、拗ねかけてから、もしかして、不倫でもしているのかも知れない。そう、思い至ってしまった。

 とんでも無い発想が出てきてしまったけれど、スグに打ち消そうとした。

 けれど、それなら腑に落ちる事だって有る。

 春香ちゃんの男関係の話になると、逃げられてしまうか、はぐらかされるか。頻りに、彼氏はいないと言い張る。お誘いを断るにも、彼氏がいるからと言っているのを聞いたことがない。一番、諦めて貰える理由なのに。

 春香ちゃんにいない方が、おかしい。

 出会いがないと、いうわけでも無いと思う。会社でだって、友達繋がりでも何かしら有るともう。若いのだから。交友関係が狭くなってきているとも、思えない。あたしは、そうなりつつあるけれど。

 もしかすると、付き合ってた彼氏が、浮気した結果、出来ちゃった結婚し、春香ちゃんとまだ続いているという事だって、あり得る。

 少し角度を変えると、春香ちゃんは、年上が好きで、結婚していると知らずに付き合い続け、知った今でも別れられない程、その彼に溺れている。

 少し考えただけでも、不倫に至る道筋が出てくる。

 だからといって、そんな事があるわけがない。他の誰かなら、気付かなかった事にする。けれど、春香ちゃんには、そうもいかない。それでも、思う。絶対に無いはず。

 春香ちゃんが、会話の端々に繋げられる様に、あたしに送り込んでくる春香ちゃんの恋愛観、それにモラルは、そんな事はあり得ないと結果を出している。

 しつこく、あたしの頭の中では、あり得ないが浮かび上がる。それと同じだけ、疑惑も広がる。

 あり得ない、あり得ない、と口に出しながら、手早く加倉さんのデスクから拝借した物を、有った場所に戻す。

 そして、そのままコートを取りに行く。片腕を通しながら自分のデスクにバッグを取りに行く。


「斉藤さん、もう帰りましょう。今日は、もう十分よ」


「え、あ、はい。わかりました」


 その言葉を聞き流しながら、一番下のあたしのバッグ入れと化している引き出しを開け、必要な物を取り出しバッグに投げ込んだ。


「それじゃ、お疲れ。電話をアナウンスに変えておいてね。やり方は、あなた達の課とおなじだから」


「あぁ、はい」


 慌ただしく、オフィスを出るとエレベータのボタンを連打した。

 エレベータは、1階にいた。春香ちゃんが降りたのだろう。

 頭の中は、まだ、あり得ないが引っかき回していて、変に緊張していた。

 エレベータは1階から上がり始めているのを確認しているのに、まだ、ボタンを連打していた。


「絶対、あり得ない!」


「あり得ないのは、伊藤、お前だろう。何をしてる、壊れたか?」


「そう、壊れたの」


「そう、らしいな。バカが余計にくだらないヤツに見える」


 宮内に、連打する手を止められた。


「宮内主任、今日はあなたに付き合ってられる程、余裕がないんです。失礼します」


 そう言うと、掴まれたままだった手を振り払い、辿り着いたエレベータに乗った。そして、今度は閉まるのボタンを連打した。


「ちょっと、待て」


 閉まりかけた扉を開けられ、しかも、乗り込んできた。今は、どう考えても、宮内に付き合っている余裕はない。


「無いかご用ですか?」


「加倉が一日にいないだけで、その様か?」


「加倉さんは、関係ない。今日は、もう相手できないって、言ってるでしょ。帰らせなさいよ」


 宮内が出てきた所為で、訳がわからなくなってきた。というより、今まで以上に、宮内がうっとうしい。


「全く、コレじゃ、さぞかし加倉は、大変だな」


「用件を言いなさい。用件を!」


 エレベータが1階に着くと、出口に向かった。

 あたしには、冷静さの欠片も残っていない。

 オフィスの入ったビルから出ると、歩きながら首に掛けただけのマフラーを結んだ。


「おい、待て。まだ、用件は済んでいない」


 隣に並び、待てと言いながら止めはしない。それを良いことに、そのまま歩き続けた。

 よく見れば、宮内も今日は上がるらしく、帰り支度は済んでいた。

 宮内は、コートの内側に手を入れると、何かを取り出した。興味はないけれど、目はその行動を追っていた。


「コレを持って行け。明日、クライアントと会うんだろう、お前の所為にして、営業が居ない事を詫びておけ」


 取り出したのは、名刺ケースで、その中から一枚取り出すと、歩き続けているあたしに差し出した。


「はい、わかりました。全部、あたしが悪いんです」


 受け取った名刺をバッグの中に放り込んだ。

 うるさい。もう、放っておいて欲しい。宮内は、あたしを余計に変な気分にさせている。けれど、春香ちゃんから始まる、モヤモヤして焦り、挙げ句に苛つきが止まらない。何を苛ついているのかも、段々とわからなくなり始めていた。


「伊藤、俺でもお前が壊れたとわかる。俺が壊したわけではないだろう」


「そんな事、どうでもいいでしょ! 頭の中から勝手に出てきた、春香ちゃんの不倫疑惑が止められないし! そんなの、あり得ないのよ! それでも……っ」


 バカだ。あたしは、絶対にバカだ。宮内に言われるまでもなく、壊れている。

 宮内に、面白そうな話ネタを渡してしまった。立ち止まり、頭を抱える。そんな事をしたところで、口から飛び出したとんでも無い発言は、取り消せない。

 それは、昨日もした失敗だ。また同じ事を繰り返している。あたしは、そんなに学習能力がないのか。情けなくなってきた。


「伊藤には、バレると思っていたが、思ったより遅かったな。ここまで保たせた春香を褒めるべきか……」


「はぁ! うそ。春香ちゃんが。不倫だなんて、あり得ない!! あんたね、いい加減なこと言わないでよ! っていうか、なんで宮内が知ってるのよ! 春香ちゃんは、そういう事は、絶対にしないの!!」


 宮内を睨み付けながら、あり得ない事を強調する。けれど、あたしの頭は混乱し、何が何だかわからない。

 それでも、何の怯みも見せず余裕でニヒルに口角を上げられると、宮内は本当の事を言っているように思えてきた。

 何故、春香ちゃんがそんな事をしていると知っているんだろう。まさかとは、思うけれど、それをネタに脅しているとか。


「させるわけがない、春香は俺のだ。伊藤にもやるつもりはない。お前のになっているらしいが、な。正に、それが、あり得ん」


 言葉も出ない。開いた口がふさがらないというのは、コレか。初めてリアルに経験する。


「信じたくない。不倫より、ましだけど。同じくらい、あり得ない。イヤよ。そんなの。春香ちゃんは、あたしが頂いておく。春香ちゃんに近づいたら、刺してやる」


「諦めろ。どちらも出来ない事は、伊藤自身、わかっているはずだ」


 ショックではあるけれど、それが本当で、春香ちゃんが宮内がイイというのなら、あたしのイヤだけで、止めることはできないだろう。しかも、あたしの介入なんて、何の意味もない。諦めるしかないようだ。

 何なんだろう。宮内が、いつもと違う。ここの所、接触の機会が多かった事で、宮内に慣れてしまったのだろうか。それも、何か違うような気もする。

 普通に話す宮内もいる、という事なんだろうか。あたしに対しては、全く無かった事だ。イヤ、違う。社内では、全く無かったと思う。

 感覚的に、宮内の言う事を理解し始めたあたしは、今までの変な気持ちも遠のき、落ち着きを取り戻し始めていた。


「なんで、直接的にバラすのよ。折角、隠してたんでしょ? あたしは、全く別の方向に向かってたのよ?」


 頭が正常に機能し出したお陰で、もっともな質問をした。放っておけば、事実にたどり着けたかどうかは、定かではないのだから。それに、二人の関係を隠す意味もわからない。


「伊藤は、壊れてバカにはなるが、鈍才ではないだろう。だからと言って、秀才とは思わん。それを疑い始めると、いずれ辿り着くのはわかる」


「何よ。秀才でイイじゃない。まどろっこしいわね、あなたは。まぁ、いいわ。なんだか、どうでも良くなってきた。もう、帰る。あ、帰れない……」


 突発的な緊張感と焦り、そして解決。振り回され終わった所に、これからの予定を思い出した。加倉さんの事が頭に浮かんだ。大丈夫だろうか。

 宮内が何かに反応して動いたのに吊られて、宮内を見ると、携帯を取り出していた。着信があったらしい。


「それじゃ、あたしは行くわね。春香ちゃんに、あたしのラブラブは期待しないでって、諭しておいてよね」


 たぶん、着信の相手は、春香ちゃんだろう。春香ちゃんが出て行った後に、都合良く帰り支度の整った宮内に遭遇するというのは、きっと待ち合わせの時間があったから。

 そして、宮内は時間にルーズな部類の人間では無いと思う。となると、仕事が立て込んでいるかどうかを確認する為に、春香ちゃんは連絡をしてきたのだと思う。もし、立て込んでいるのなら、春香ちゃんの事だ、大人しくどこかで時間を潰す気なんだろう。

 地下鉄の駅に足を向けながら、一度、宮内の方を振り返った。すると、携帯と話す宮内と目があった。そして、そのまま、あたしとは反対の方向に向かっていった。

 宮内は、ムカつくヤツである事は変わりないけれど、害があるわけではなさそうだ。けれど、加倉さん以上に計算して動いていると思う。


「よう、麻美。帰りか?」


「あ、恭平。帰るよ。恭平は、終わったの?」


「とりあえずは、な。これから帰るなら、付き合えよ」


「ダメ。加倉さんどうにかしないと。今日みたいなのは、ごめんよ。恭平も行く?」


 会場から戻ってきた恭平は、あまり疲れている様子もない。恭平にしてみれば、通常業務だ。疲れも通常なのだろう。

 あたしは、てっきり会場から直帰すると思っていた。一度、戻ってきたと言う事は、まだするべき事があるのだろう。


「ヤメとく。野郎の弱ってるところ見て何が面白いんだよ」


「加倉さんが弱ってるのって、面白そうじゃない?」


「まぁ、な。けど、移されたら堪らないからな。入れ替わりで、麻美がダウンしたら、どうする気だよ」


「大丈夫よ。気合いの入り方違うから。今、ヘバる訳にはいかないし。仕事するにも、加倉さんに復活して貰わないと、予定が進まないし」


「確かに、今日は振り回されたみたいだな」


 同情気味に言ってはくれているけれど、そう見えない。

 コーヒショップの少し手前の歩道で、日も暮れきっているのに、立ち話は寒い。

 恭平は、これからまだ仕事らしいが、それでも、これからあたしを誘おうというのなら、美希ちゃんはまだ帰ってきていないようだ。

 そんなに、まっすぐ帰るのがイヤなら、そろそろ、美希ちゃんは帰ってきて貰えばいいのに。


「美希ちゃんは? まだ、帰ってこないの? もしかして、実家の方が居心地がいいんじゃないの。あ、喧嘩中とか?」


「勝手に、話作るな。まぁ、そのうち帰ってくるだろ」


「帰ってこなかったら? 原因は何なのよ」


「そりゃ、あれだ……って、喧嘩を前提にすんなよ。一言も言ってないだろ!」


「何よ、やっぱり、喧嘩何じゃない。どうせ、コレクションの一部が捨てられたとか、そんなのでしょ? あんなの、邪魔で小さいのもあるし、掃除してたら、スグにどっか行っちゃうわよ」


「うるせぇ。麻美に何がわかる」


「はいはい。そんなに、落ち込まないで。まぁ、早く帰ってきて貰いなさいよ。じゃ、行くわね。加倉さん、少しはマシになってると良いけど」


「あぁ、こっちは心配しなくてもイイって、伝えてくれ。順調だからな」


 お母さんの風邪だけじゃないと、あたしは思う。フィギアの事は、出任せだったけれど、少なからず原因の一旦だったのかも知れない。けれど、それだけで喧嘩になるとは、思えない。しかも、あたしにココまで、ひた隠しにするのは、納得がいかない。

 これは、恭平よりも美希ちゃんに聞いた方が良いかもしれない。近いうちに、電話してみよう。

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