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MAYBE  作者: 汐見しほ
10/29

◇ 3 ◇ 04 お酒は壊れるまで飲むな

 6人掛けの広いテーブル席に案内され、恭平の席をあけて春香ちゃんの隣に座ろうとすると、先に席に着いていた春香ちゃんは立ち上がった。


「先輩、奥にどうぞ。あたし、今日は先輩のお世話係です」


 どういう意味なんだろう。

 脱いだコートと荷物を持ち、あたしを奥に座らせようとする。断る理由も見つからないので、好意に甘える事にした。


「だって、先輩ってお店に入ると、動きが鈍くなるんですもん。注文もお任せを。今日は、ちゃんと食べたいんですよね」


 良くわかっていらっしゃる。

 あたしが、不思議そうな顔をしていたんだろう。お世話係の意味を教えてくれた。

 案内をしてくれた、ウエイターは早速ドリンクの注文を取ると、戻っていった。

 春香ちゃんは、メニューを広げてペラペラと捲ると、通りかかったウエイトレスを捕まえ、テキパキと注文を始めた。

 自分が選んで注文をするのも面倒だと思っているのに、どこの部署に行くなんて考えるのは、もっと面倒でしかたがない。あたしは、自分が思っているより、優柔 不断なのかも知れない。

 誰かにプレゼントする物だとか、誰かの為とかなるにと考えるのが楽しい。今日食べるものなんかは、食べれればいい。考えるのも億劫になってくる。

 今回の人事もそうだ。もう既に、どこでもいいと思っている。

 しばらく、自分の優柔不断さを考えながら、春香ちゃんと他愛も無い事を話していると、頼んだドリンクも出て来てお店に落ち着ついてきた。

 そろそろ、あたしのいない間にエレベーターホールで何があったのか、聞いてみてもいいのではいかという雰囲気が出来上がった。

 けれど、春香ちゃんに聞いてもわからないかも知れない。会社を出る前に、そう言っていた。

 それでも、聞いてみれば多少なりとも、成り行きがわかるはず。一番気になるのは何故、帰ったはずの宮内がまた帰って戻って来てたかって事。


「ねえ、春香ちゃん」


「どうしたんですか? 先輩、何か変ですよ」


 今日は春香ちゃんの方が変なのだけれど、自分では意識してないようだ。


「さっき、宮内何してったの? 加倉さん様子が変だったし。もちろん、春香ちゃんもね」


 そう聞いた所で、ウエイトレスが料理を運んで来た。せっかくいいタイミングだと思ったのに邪魔をされた。

 春香ちゃんは、出て来た料理を見ながら、手に持っていたグラスのカクテルを一気に飲んだ。さすがに、春香ちゃんのそんな行動を見た事がなかったので驚いてしまった。


「大丈夫? お腹に何も入れないで、そんなに飲んじゃって」


「大丈夫ですよ」


「そう? ならいいんだけど」


 春香ちゃんのグラスに入っていたのは、ニューヨーク。ショートグラスでそんなに量は無い。けれど、カクテルの中でも結構強い方。

 春香ちゃんは、お酒が強という訳でもない。このままだと、恭平が来るまでに春香ちゃんは出来上がってしまう。

 それより、宮内の事聞いとかないと。


「宮内、加倉さんに何か言ってたの? それとも、春香ちゃんに?」


「あ…。あの」


「気になるんだけどな」


 春香ちゃんは、空いたグラスを弄びながら、どうしようかと考えてる様子。そんなに、言えないような事を宮内は言ったのだろうか。


「えっとぉ。先輩は、宮内主任の事どう思います?」


「え?」


 春香ちゃんには、そんな事を聞かなくたってわかるはず。何故わざわざ、聞いてくるのだろう。

 やはり、加倉さんより春香ちゃんの方がなんか変。


「大っ嫌い。あんな人が存在してるとしても、生きてる間に会いたくなかった。だからって、死んでも会いたくないけど。結局の所は、出会う事無くして過ごしたかったな」


「そう、ですか…」


 言い終わると同時に、大きなため息をつく春香ちゃん。


「宮内の行動とそれがどういう関係にあるの?」


 ため息の後、俯いたままだった春香ちゃんは、顔を上げると空いたグラスをテーブルの隅に置いた。


「えっと、宮内主任は、伊藤は俺が貰うって」


「何それ?」


 春香ちゃんは、言ってしまうとキョロキョロし、見つけた店員を呼んだ。そして、またニューヨークを頼んだ。2杯も。

 ついでに、あたしもビールが飲みたくなって、レッドアイを頼んだ。


「言ったのはそれだけなの?」


「えーっと。先輩は…。えっと、伊藤には俺が必要なんだ。って言ってました。それから、お前には手に負えんだろう、精々頑張るんだな。って言って帰って行きました」


 宮内は、あたしには理解できない人。

 加倉さんにそんな事を言ったて何にもならない。

 別に、あたしに宮内が必要だと言う事が、加倉さんにとってダメージになる訳でもない。理解不能。

 大体、精々頑張れの意味が、もっとわからない。加倉さんは仕事おろそかにしてる訳でもない。頑張ってどうこうする様な事でもない。

 けれど、さっきの加倉さんの様子からすると、キレかけてるような気もしない事もない。やっぱり、宮内からそう言う事を言われる事自体がムカつくのだろう。

 本城君は見事にヘコんだが、加倉さんは大丈夫だろう。そんな挑発に乗って、どうこうなる事も考えられない。

 遠回しで、あたしに当てているのだろうか。

 春香ちゃんは、運ばれて来たニューヨークに口をつけながらあたしの方を向いて、不思議そうな顔をしている。


「先輩? どうしたんですか?」


「どうも、よくわからないと思って。春香ちゃんに向けた言葉でもなさそうだし、加倉さんにそんな事言ったて仕方ないし。しかも、あたしには宮内は必要な訳ない。あ! もしかして…絶対、勘違いしてる」


「なんですか?」


 春香ちゃんは拗ねたような顔をしかと思うと、先程より更に訳がわからないと言いいたいのか、自分の両頬を抓った。何がしたいのだろうか。宮内だけではなく、今日の春香ちゃんも理解不能。


「色々としてそうな気も、十分するけど。先輩、何したんですか!?」


 問いつめる気満々の春香ちゃんは、体ごとあたしの方を向いて、あたしの腕を揺すった。


「ちょっと宮内に近づこうと思ってさ。京香さんの担当営業を宮内に頼んだの。さっき、上に恭平の様子見に行った、ついでなんだけど。けど、いったい宮内はどう解釈したんだろう。あたしが、宮内に気でもあると思ってんのかな?」


 確かに、そんな感じは受けた。帰って行く時も変に機嫌良かった。

 あんな事で本当に気があると思ってるんだろうか。思ってないと思う。

 けれど、宮内の思考を把握してる訳じゃない。

 どう考えても、あたしが宮内のタイプとは到底思えない。でも、女なら誰でもいいと言うのなら、話は別。

「それだけじゃないんじゃないんですか? いった何したんです?! 先輩って、男の人に勘違いされるような行動とかって取らないじゃないですか。それを、わざわざ勘違いさせるような事言ったって事ですか?」


 春香ちゃんは、更にあたしの腕を揺すって攻めてくる。


「あのさ、他の男ならまだしも、宮内にあたしがそんな事すると思う? ただ、宮内の嫌みとデカイ態度に耐えながら、丁寧に頼んだだけよ。しかも、断ってくれたら佐崎部長にも、努力したって事で許してもらおうと思ってたのにさ。あたし自身、断られると思ってたんだし。なのに、OKするんだから、調子狂うばかりよ」


「なんで、佐崎部長が出てくるんですか?」


 墓穴を掘った!

 いつになく鋭い春香ちゃん、そんな事に気が付かなくてもいいんですよ。


「先週のアレ…。部長の耳にも入ってたみたいでね。京香さんの件、担当営業を誰にするか決めてるのかと思って部長に聞いたら、好きにしろって。けどさ、宮内の名前が出て来たんだよね。それって、どうにかしろって事でしょ? だから。頑張ってみた」


 誤摩化されてくれるだろうか。信憑性はあると思うのだけど。


「で、勘違いに?」


「そうみたいね」


「あれじゃ、加倉主任、ちょっとかわいそうですよ」


「なんで? 加倉さんには特に何のダメージも無いと思うけど」


「うぅ…。けど、加倉主任は」


 喋るのが止まったと事を不思議に思い、春香ちゃんに目を向けると、グラスに手を掛け、また全部飲み干してしまった。


「ちょっと、春香ちゃん、ペース早すぎるんじゃないの?」


 いくらなんでも、早すぎる。そして、すぐに次のグラスに手を出している。


「いいんです。それより、先輩は自分の心配してください。それから、ちゃんと食べてください!」


 春香ちゃんは、既にアルコールが回り始めていた。それを自覚していない様子で、3杯目に口をつけてた。

 春香ちゃんが潰れるの見るのも、少し興味があるけれど、これは無茶だ。

 春香ちゃんは、ニューヨークが好き。いつもは、すぐにやめてソフトドリンクに変えてる。お酒は好きでも自分がそんなに強い訳ではない事を知っているから、そうしているのだと思う。けれど、今日はそんなつもりは、全く無いようだ。

 グラスを置いたかと思うと、あたしに料理を小皿にとって、食べさせようとする。春香ちゃん自身も食べてるが、グラスの中身はどんどんと減って行く。


「春香ちゃん、いつだったかな、月曜日だったよね。彼氏の事きいてたじゃない? あれって、結局なんだったの?」


 おかしな行動繋がりで、月曜日の春香ちゃんを思い出した。なんか、あの時も少し動揺してた。


「先輩、何か飲みますか? グラス空いてますよ。何がいいですか?」


「お嬢さん、誤摩化してませんか?」


「先輩、ウォッカベースのカクテル好きでしたよね。ブラックルシアンとかモスコミュールとか」


「春香ちゃん。そろそろ、観念したら? あ、すみません」


 テーブルの横をウエイターが通りかかったので、モスコミュールと春香ちゃんの為にリキュール少なめにしたカルアミルクを頼んだ。

 ここでもし、ソフトドリンク等を頼んでしまうと、春香ちゃんは拗ねてしまうような気がした。


「どうしたの? 春香ちゃん。黙り込んじゃって」


 春香ちゃんは、ウエイターが立ち去った後、グラスに口を付けたまま飲む訳でもなく、唇をグラスから離さしない。

 佐崎部長から話題を反らすのには成功したようだ。


「先輩ずるいです」


「何の事なの?」


「ずるいんですぅ」


 春香ちゃんの目は、とろ〜んと焦点がずれ始めている。


「春香ちゃん、あたし何かしたの? 春香ちゃんにそんな風に思われてるなんて、思わなかった」


 春香ちゃんは、あたしの言葉に何も反応はなく、今度はパクパクと食べ物を口に運ぶ。完璧に拗ねている。

 せっかく、ちゃんとお酒を頼んであげたのに。

 あたしも少し、拗ねたくなってしまって、残りの少なくなったグラスに手を伸ばすと、飲み干した。


「春香ちゃん、今彼氏は? そう言えば、話聞かないね」


「いまぁせんよぉ」


「そうなの? 春香ちゃん、モテモテなのに」


「先輩こそ〜ぉ」


「あたしは、無いでしょう。コワイ、コワイって言われるだけで。なんだかなぁ。当分、フリーのままなんだろうな」


 タバコを取り出して、火をつけた。

 もしかして、春香ちゃんに嫌われてるのだろうかと思い始める。本当は、あたしと仲良くしてるのは嫌なのかも知れない。


「あたし、春香ちゃんに嫌われてるのかなぁ」


「え?」


 口にするつもりは無かったのだけれど、言葉にしてしまった。


「そんな事無いですよ。先輩の事好きですよぉ〜。けどぉ〜。先輩ってぇ、鈍感なんですもぉん」


 そう言ういいながら、春香ちゃんはあたしに抱きついて来た。このまま飲ませておいて大丈夫だろうか。ただの酔っぱらいになりつつある。


「お前ら、何やってんだよ」


「あ、恭平。お疲れ」


 春香ちゃんは、あたしから離れようとしない。

 このままタバコ吸ってるのも危ない。春香ちゃんも離れようとしないので、火を消した。

 恭平は、この状況を見て呆れてるようだ。


「笠原さぁん、わたしぃのぉ、先輩取らなぁいでくださいよぉ。みんなして、わたしのぉ、取るんだもぉん。先輩もぉ、私からぁ、とっちゃうしぃ」


 春香ちゃんは、ふて腐れながら恭平を睨んでる。ついでに、あたしの事も睨む。

 春香ちゃんから何か取っただろうか。そんな事は無いと思う。

 春香ちゃんって、酔うとこうなるんだ。


「春香ちゃん、大丈夫か? おい、麻美どうなってんだよ」


「あたしに聞くな。こんな春香ちゃん初めてなんだから」


「せんぱぁいの事、宮内主任まぁで…狙ってるなんてぇ、皆さん、大変ですぅねぇ。先輩の事ぉ、誰が持ってくんでしょうぉ? 大穴でぇ、わたしぃかもぉ。あははは」


 春香ちゃんは、何がおかしいのか、自分の膝を叩きながら大笑いしている。

 こんなに楽しそうな春香ちゃんを見た事がない。けれど、お酒の所為だとわかるだけに、そうも言ってられない。


「どうしよう、恭平」


「俺が知るか」


 もう、どにでもなれだ。春香ちゃんが壊れてく。

 タバコを吸いたいのだけれど、一向に離れてくれない春香ちゃん。挙げ句に笑い出して止まらない。


「麻美…。ホント、どうなってんだよ」


「わかんないんだけどさ、春香ちゃん今日はすごく、ペース早くって。止めても大丈夫、大丈夫って。結局、こうなっちゃったんだけど」


 恭平にこの状況をどうこうできるわけがない。それでも、何とかして欲しい。


「失礼します。ご注文は、どうなさいますか?」


「あ、ちょっと待って」


 恭平は、先程注文したドリンクを持ってきたウエイトレスに、ドリンクの注文をし、テーブルの上の料理とメニューを確認してから料理の注文を始めた。


「それにしても、お前モテるな。女にもモテるんだな」


 注文を終えて、タバコを吹かしながらしみじみ言ってくる。


「どういう意味よ。あたしなんて、全然じゃない。誘われないしさ。春香ちゃんは、すごいけどね。でも、最近落ち着いて来たよね」


 何かしらの反応があるだろうと、春香ちゃんを見ながらそう言ってみたけれど、無反応。あたしを離そうって気はまったく無い様子。抱きついてピッタリと引っ付いて離れようとしない。けれど、体制が辛くなって来たのか、今度は腕を組んで来た。空いた左手はグラスを求めて手を伸ばした。


「先輩の競争率ってすごぉお〜く、高いんですよぉ。しかもぉ、先輩ってぇ、どれにも気付いてないんですよぉ。笠原さんもぉ〜、せんぱぁいって、鈍いと思いませぇん??」


「そうだな、麻美は確かに鈍感だよな。春香ちゃんは気付いてるんだ?」


 恭平は、楽しそうに話に乗っかた。もう、春香ちゃんを止める事はできないと悟ったのかも知れない。


「はーい。どれも、コレも。だってぇ、見てたらわかるじゃないですかぁ。けど、先輩は、アウト オブ 眼中って感じで〜す。ふっはは」


 春香ちゃんは、楽しそうに笑いながらグラスを手から離さない。そろそろ、お酒はやめさせた方が良さそうだ。


「何よ、その、アウトって」


「様は、眼中に無いって事だろう? そう言ういい方ってあるんだな。しかし、こうなると春香ちゃんて面白いな。しかもカワイイし。麻美は酔わせても面白くない」


「はいはい、どうせ、カワイくないですよ。春香ちゃんは、もうお酒おしまいね。オレンジジュースにしなさい」


 春香ちゃんのグラスを取り上げて、残っていたカルアミルクを全部飲み干した。

甘すぎてあたしの口には合わない。自然と眉間に皺が寄り、甘さが喉の奥に引っかかる感覚に一段と顔を歪ませた。

 このまま飲ませるていると、とんでもない事になりそうだ。


「やだぁ、せんぱぁい、間接キスですよぉ。私の事ぉ、そんなにぃ好きなんですかぁ? だったらぁ、言ってくれればいいぃのにぃ」


「ははは、こりゃ、面白いわぁ。春香ファンが見たらメロメロだなっ…って」


 春香ちゃんは、あたしの首に手を回してあっという間に、あたしの唇を奪った。

 春香ちゃんを引き離して、一人で座らせた。

 恭平は、唖然としタバコの灰が落ちたのも気付かず、咥えたままだ。


「恭平、灰落ちたよ。春香ちゃん、本当にお酒終わり! もう。いい加減に」


 引き離したはずの春香ちゃんは、あたしが喋っているにもかかわらず、またキスしてくる。でも、あたしでよかった。これが、男だったらもう、勘違いの挙げ句にお持ち帰りされてしまう。


「は…はは…。春香ちゃんて、実はキス魔?」


 恭平は、引きつった笑顔を見せた。

 やっぱり、こんな春香ちゃん見るとそうなる。けれど、これはコレでかわいいかな。


「そうみたい。けどさぁ、まだ春香ちゃんだからカワイイで済ませれるけど、他だとそうはいかないよね」


「確かに。コレ、明日覚えてんのか?」


「さぁ? どうだろう」


 ウエイターが恭平の頼んだドリンクを持って来た。恭平はついでに、春香ちゃんの為に、ミネラルウォーターとオレンジジュースを頼んでくれた。



「せんぱぁい。結局、だれがぁいいぃんですぅかぁ?」


「お! それは、俺も興味ある! 誰がいい?」


 二人して攻めて来た。けれど、誰と言われても。


「誰って、誰よ。あたしには、今の所いい人はいないけど。春香ちゃん、何してんの? もう、春香ちゃんは、こっちにしなさい」


 油断も隙もない。あたしのグラスに手をつけようとしてる。


「あぁ、せんぱぁい、私これがいぃい」


「ダメ。こっちです」


「うぅ……」


 もう、手に負えなくなってきた。このまま春香ちゃんを家に帰らせる訳にはいかない。ご両親がこんな春香ちゃん見たら卒倒しそう。


「ねぇ、そんなにあたしがモテるんなら、なんで誰も誘ってくれない訳?」


 二人して無反応。どうせ、言ってみただけってところだろう。

 二人が固まっていると、ウエイトレスがドリンクを持ってきた。

 恭平は、それを受け取るとすぐに口を付けた。


「俺が思うに、麻美が誘われてると思ってないだけだ」


「は〜い。私もそう思いますぅ」


「さすがに、誘われてるかどうかぐらいわかるよ。そうだったら、カナリの鈍感じゃない」


 二人はあたしを見たと思うと、笑い始めた。


「ちょっと、何よ」


「先輩、少しは自覚してくださいぃ」


「お前が、気付かないのが悪いんだろうが。ま、俺は誰かは教えてやらないからな。この先が面白くなくなる」


「そうですねぇ。あたしもぉ! 教えてあげません」


「勝手に言ってれば。春香ちゃん、いい加減に離れなさい」


 春香ちゃんを引きはがす。大層、不満な様子で頬を腫らすとあたしのグラスを奪い取った。


「春香ちゃん、こっち。あんまり酔うと、麻美の面白いところ見れないぜ」


「はーい」


 春香ちゃんは、恭平の言葉に素直に従い、あたしにグラスを返してくれた。

さすがに、恭平もこれ以上はヤバイと思ったのか、ミネラルウォーターを瓶からグラスに移すと春香ちゃんに手渡した。

 あたしの言う事は、まったく聞かなかったのに、偉く素直に恭平の言う事を聞くとはどうなっているのか。


「先輩が面白いのは、見逃したくありませーん」


 勢いよく一気にグラスの中身を飲み干した。

 恭平は、苦笑いしながら、また春香ちゃんのグラスをミネラルウォーターで満たした。


「何が面白いのよ」


 やっと、タバコに火を付ける事ができて、改めて二人に抗議した。


「せんぱぁい、今日、何で、加倉主任とケンカしてたんですかぁ? 加倉主任こわかったぁ」


「マジ喧嘩したわけ? じゃれてるんじゃなくてか?」


「そうなんですぅ。もう、加倉主任イライラしてるし。それにぃ、ゴミ箱蹴飛ばすんですよぉ。みんなビックリしてましたぁよぉ」


「でも、ケンカ売ってきたの加倉さんよ。あたし、別に悪くないし」


 タバコで肺を満たしながら、夕方の件を思い出した。確かに、あの時は加倉さんを怒らせたと思う。けれど、あたしはそれを謝らなかった。

謝った方がいいのだろうか。


「麻美、悪くないって…。仮にも上司だろう、それはないんじゃないか?」


 恭平は、食べるのを一区切りさせたのか、タバコに火をつけた。

 加倉さんが、上司だと言う事は頭にある。けれど、どこか忘れているような気もしなくもない。


「何? やりたい放題やらせろって言うの? まぁ、その件は終わったからもうイイの。」


「まぁ、加倉主任はいいとして。麻美、宮内主任に何するつもりなんだよ」


「そのうち、わかるさ!」


「せんぱぁい、さっきのウソ?!」


「え…。あ?」


 しまった。これは、どう繕うべきか。

 酔っているクセに、どうして、そう言う細かい事に反応するんだろう。まったく、困った子。


「あ! 笠原さん! 携帯、光ってますよぉ」


 春香ちゃんは、テーブルの上に置かれていた恭平のプライベート携帯を指しながら、慌てている。何を慌てる必要があるのだろうか。着信だか、メールが来たくらいで。


「お、電話か」


 恭平は、電話に出ると周りを気にしてか、席を立った。


「奥さんですかね?」


「かもね。こら、何してんの。オレンジジュースにしなさい」


 本当に、油断できない。さっきは、恭平の言う事を素直に聞いていたというのに、あたしのグラスに手を伸ばした。


「麻美、お前に。」


 恭平はすぐに席に戻ってきて席に座ると、あたしに携帯を差し出してきた。


「え? あたしに?」


「とりあえず、出ろ。ここ、すぐ飛ぶから入口付近か、外出た方がいいぞ」


 恭平から、携帯を受け取ると出てみる事にした。


「春香ちゃんに気をつけて、すぐにあたしの取ろうとするから」


 恭平に、言付けると携帯を持って席を離れ、言われた通り入口のフロアに向かった。タバコの自動販売機のある辺りまで来ると、電話に出た。


「もしもし、伊藤ですけど」


「着信拒否してんのか?」


 誰からかと、不思議に思っていた。

 電話の相手は、和也だった。

 着信拒否なんてした覚えはない。


「一昨日から、電波の届かないってアナウンスばかりだぞ」


「だったら、着信拒否じゃないじゃない。あ、そういえば、充電した覚えがないかも」


 携帯はずっと鞄の中に入れ放し。出した覚えが全くない。会社の携帯で事足りていた。自分の携帯を使った覚えもない。


「で、何か用?」


「用がないと、連絡したら迷惑だって言いたいのか?」


「そんな事言ってないよ。用がないのに連絡してこないのは誰?」


 反応がない。身に覚えがあるからだろう。

 自分で思ったより、普通に話せている。平気かも知れない。あたしの中では区切りが付き、諦めも付き始めている事を感じた。


「会えるか?」


「当分は、無理かな。忙しくて。決めないといけない事もあって、余裕がなくてね。何か、うちに忘れ物でもした?」


「いや、そう言う訳じゃない。今日、行くわ」


 無理だと言っているのに、いきなり今日とは、相変わらずだ。


「無理。連れがいるから。連れて帰らないと。あのまま、家に帰すわけにはいかないから、泊めるつもりでいるから。また、こっちから連絡するよ。じゃ、もう戻るから」


 これ以上、和也と話していられなかった。また、引きづり戻されそうだ。もう、繰り返す訳にはいかない。

 和也は、まだわからないのだろうか。このまま続ける事があたしには、堪えられないと言う事を。

 席に戻りながら、恭平を恨めしく思う。何故、代わったりするのか。恭平にも話したはず。あたしは、もう戻る気はない。


「はい、ありがと。ごめんね、気を遣わせて」


「もう、終わったのか?」


 恭平に携帯を返しながら、恨めしさを隠しお礼を言った。恭平は、和也の言い分も聞いたのかも知れない。あたしの気は変わらない。終わりは終わり。


「もう、代わらなくてイイから。勝手に仲良くやってよ」


「わかった」


「せんぱぁい。なんか、これもうモスコミュールじゃないですぅ」


 春香ちゃんは、あたしのグラスを手に持っている。モスコミュールの氷が溶け、水っぽくなった事に気分を害しているようだ。

 本当に、もうヤメさせなければ。

 春香ちゃんの隣に腰を下ろしながらつくづくそう思った。

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