雨が降らなかったら……
ぼくは雨が、嫌いだ。
濡れると、とても冷たいから。
「ねえ、どうする。傘、持ってないんだけど」
小学校の昇降口で外の雨を眺める彩香が、そっと言った。
彩香とはご近所さんで幼なじみである。
いつも遊んでいる仲なのだ。
「どうするも何も、雨がやむのを待つしかないだろ。ぼくも傘は持ってないし」
小学五年生にもなって、置き傘も用意しないなんて。
騒いでいる同級生が次々と帰っていくなかで、ぼくたち二人は晴れるのを待った。
ああ、雨って面倒だな。
なんで、ぼくたちを帰らせてくれないのだろうか。
「じゃあ、健太。秘密基地に行くのは中止?」
「中止だ」
秘密基地……。それはぼくと彩香だけが知っている場所。
森の奥で作ったのだ。
ゴミ置き場にあったソファーやテーブルなどを持っていき、それなりのものはできた。
毎日、学校の帰りになると彩香と二人で寄っていた。
そこでトランプをしたり、コンビニで買ったお菓子を食べてたりする。
まあ、立ち入り禁止の場所なんだけどね。
近くに工場があるから、危険なのかな?
ぼくからすれば、まったく危険な場所だとは思わないけどね。
「これ、台風とか来てるんじゃない。すごい風だけど」
「かもね」
「早くやまないかな」
ふと、秘密基地のことが心配になった。
掃除とかしないとダメかもしれない。
こうして、ぼくと彩香は雑談を交わしながら、雨がやむのを待った。
しばらくすると、雨がやんだ。
青い空には虹がかかっている。
「健太、やんだね」
「だな。帰ろっか」
そう言って、ぼくと彩香はそろって昇降口から出ていった。
もう、5時30分だ。
とんだ時間ロスだったな。これだから、雨は嫌なんだ。
「晴れたから、秘密基地に行ってみない?」
「雨で心配だから見に行こうとぼくは思っていたけど」
「じゃあ、行こう!」
こうして、ぼくたちは秘密基地に向かうことにした。
「今日は何するの?」
彩香が無邪気な顔で言った。
「そうだな……。行ってから考えよう」
「何それ。無責任じゃない」
「だったら、彩香が考えろよ」
そんなことを言っているうちに木々が増えて、気がつけば秘密基地の森のそばまで着いていた。
ぼくが嫌いな雨のおかげで、秘密基地はボロボロだろう。
いっこくも早く行きたかった。
しかし、ぼくたちは森の中に入ろうとは思わなかった。
いや、入れないのだ。だって、人混みができていたのだから。
「あれ、なんで人が集まってるの」
「さあ、ぼくにも分からない」
首をかしげるしかない。
よく見てみると警察官がたくさんいる。
何事だろうか?
「君たち、危ないよ」
近くにいた若い警察官の男性が腰をかがめて話しかけてきた。
ぼくは何が起きたか気になり、
「何かあったんですか?」
「ああ、近くに工場があってね、そこでガス爆発が起きたんだ」
「えっ」
ぼくと彩香はぽかんと口を開けていた。
あんまりにも、この現実を受け止められなくて。
「1時間前に爆発したみたいだ。システムの不具合で起きたみたいなんだけど」
「……そうなんですか」
「しかし、気になることが1つだけあってね」
「気になること?」
「誰がやったのかは分からないけど、この先にソファーとかテーブルとかが置いてあったみたいでね。そこは完全に爆発の範囲内にあって完全に燃やされていたんだ」
ぼくと彩香は目を合わせた。
ぼくたちの秘密基地のことだ。
「立ち入り禁止なのにそんな物が置いてあったなんて、びっくりしたよ。誰かが使ってたのかな。まあ、負傷者がいなくて本当に良かったよ」
そう言い残して、若い警察官の男性は去っていった。
ぼくは彩香の方を見る。
彼女はうつむいていた。
秘密基地は燃やされたのだ。落ち込むのも無理はない。
ただ、それよりも、ぼくたちは今日もこの秘密基地に行こうとしていたんだ。
たまたま、2時間遅くなっただけで。
1時間前に爆発したということは……。
ぼくは澄みきった青い空を見上げた。
もし雨が降っていなかったら、ぼくたちはどうなっていただろうか。
そう考えると、背筋がぞっとした……。