除名する
食堂のような広いホールに、八人がけほどの大きなテーブルが整然と並んでいる。その中の奥まったテーブルに私はやってきた。吸殻入れがいっぱいになっていたり、百円ライターがそこらに放り出されていることはいつものことだったけれど、ひとつだけ異変があった。簡易ライターの一本がテーブルの上に立てられており、その火打石のところの隙間に、タバコの吸殻が差し込まれていたのだ。タバコは、もう本当に短くなっていて、吸い口のフィルターのところまで燃え尽きようとしていたが、火はまだ完全に消えておらず、赤く熾火を残していた。つまり、まだ火のついたままのもう少し長かっただろう吸いさしを使い古しのライターに挿したまま、放置した者があるのだった。
そこへ三々五々私たちのサークルのメンバーが入ってきた。私のいる奥のテーブルではなく、手前のテーブルにみんなは座った。私は彼らに向かって叫んだ。
「これは誰のだ?」
最初はみんな反応を示さなかった。それで私はもう一度言った。
「ここにこうやって、火のついたタバコがあったんだけれど、これは誰の」
「銘柄は何?」
誰かが訊いた。
フィルターの吸口を見るとロゴがあったが、それだけで私には銘柄は言えなかった。ふと見ると、テーブルの上に置いてあった空き箱と思っていたものの中から、まだ数本のあたらしいシガレットが覗いているのが見えた。私はそれを見て、銘柄を告げた。
「だったら自分のだ」
「じゃあきみがここに置いたのか」
「違うよ。きょうはそこのテーブルでは吸っていない」
「じゃあこれもきみのではないね」
私は、くしゃくしゃになった箱を掲げて言った。
「銘柄はそうだけれど、それは違う」
私は、そのまだ数本残っていた箱を、これみよがしにゴミ箱に捨てた。やがて顧問の教授もやってきて、みんなは談笑を続けていた。私だけ不満げにそのテーブルに歩み寄った。どうやらタバコの件は違うらしいことは分かっていた。自分たちのサークルのものではない。だったらさっきまで私がいたテーブルで、あのタバコを吸っていたのは誰だろう。そういえば、あれは私の親が吸っているものと同じだった。夢の中と思える情景の中で、親を殴りつけている記憶もあった。あるいは現実で、さっきか、それとも昨夜あたり実際にそういうことがあったのかもしれなかった。しかしそれとは別に、サークルのメンバーに対する違和感は募っていた。
「解散だ」
私は彼らに指を突きつけた。一瞬彼らは私を見たけれど、そのまま元の会話に戻った。意味がわからないのだろうか。これはそんな簡単なものではない。メンバーのひとりが私に対してなにか説明を始めたけれど、よく分らなかった。
「それはそうだけれど、これはどうしよう。もうすぐ始まるんだし、そろそろ準備しないとね。まあそれはそれで楽しんでしまうというのもありかもしれないけれど」
「そっちのテーブルに行こうか」
のろのろと立ち上がり、奥のテーブルにみんなは集まった。なぜなら、そこが私たちのいつもの場所だったからだ。最初からそこに集まらないときは、そこに先客がいた時だけだ。いつもの場所とは言え、言ってみれば公共の場所のようなもので、予約しているわけではないからそういうこともあった。きょうもそういうことだったのだろうか。
おもむろに座りかけたメンバーに対して私はなおも言い募った。今度はみんなも私の話を聞いていたが、どうしてそんなことを言っているのかわからないという感じでぼんやりとだった。
「除名する。委員長の権限で全員除名する」
「それで、委員長自身はどうするのさ」
誰かが独り言のように言った。
年長のメンバーが私を奥の方の熱帯魚が泳ぐ水槽の方に連れて行き、私に語りかけた。
「なにか悩みでもあるのかな。話してくれていいよ」
私は馬鹿にするなとでも言うように押しのけた。
そのあとから顧問の教授もやってきて説得しようとした。
「これは心理物理学的に見て危機的な感じがするね。雨降って地固まるということもあるし」
私にはそれは自分の専攻に引きつけて適当なことを言っているようにしか思えなかった。
「自分じゃないって言ってるだろ」
タバコのメンバーが吐き捨てるように言った。しかし、それは私には救いのように思えた。
「除名なら除名でいいじゃない。でも全員なんて、それで損するのは委員長自身だし」
「気に入らないものだけ辞めさせて、それでまた続ければいいんだし」
私の感覚が少しずつ戻ってきた。
「いいんだ。除名もすべて撤回する」
みんなもようやく不快そうな表情を見せ始めた。さっきまであった違和感がなくなっていた。修復できない蟠りが私たちの間に芽生えたからこその奇跡であるような気がした。