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猫を運ぶ

 夜、いとこが帰ってきて、何やら食事の支度をするとかどうとか言っている。奥の部屋にちゃぶ台があり、そこから縦と横に板敷の廊下が伸びている。その角のところに台所があって、そのあたりからいとこの声がする。もっとはっきり何か言っていたようなのだけれどよく思い出せない。

 私は台所と反対側に並ぶ和室の一つで寝ていた。夕食とともに酒を飲みそのまま寝てしまっていたのだろう。そういえば、ちゃぶ台の上に食事のあとが置きっぱなしになっていた。布団の上から大声で、そのことをいとこに伝える。

「小松菜の白味噌和えだけ残ってると思うんだけど」

「え、白味噌和え?」

 私はのそのそと起き上がって、奥の部屋に向かい汚れた食器をまとめて流しに持っていく。いとこはもうそこにはおらず、長老の一人と、横向きの廊下の方にいるのが見えた。私は食器を洗い、小松菜の小鉢にラップをかけて和室にある冷蔵庫に持っていった。中を覗くと、見慣れないガラスの小瓶が入っていて、ラベルを見ると日本酒のようだった。いとこが買ってきたのだろうか。私の飲みかけの一升瓶は枕元にあった。

 廊下に取って返すと、長老たちは工具のようなものを手にとって、板を剥がそうとしているようだった。ふと横を見ると、雨戸の途中が真横にひび割れて、そこから何かが蠢いているのが見えた。中に閉じ込めてある猫に違いなかった。

「猫が出るよ」

 私は注意を喚起した。雨戸から出てきてもいいけれど、家の中からは出したくなかったからだ。

 ひび割れは徐々に柔らかくなって、隙間も大きくなっていった。そこから見慣れた猫の顔が現れ、すっと廊下に降り立った。

 廊下の先の玄関のところに、板組だけでできた乳母車のような形の台車があった。私はそれに猫を載せて、やはり厚い板の蓋を閉めた。それから外に出て、長い坂を下っていった。途中には階段もあり、誰にともなく私は「危ないよ」と言った。そこには人影がなかった。そのあと、屋形船のような形をした、しかし坂に沿って段々になった座敷の中に入った。人々が卓を囲んで飲食をしていた。その隙間を縫うようにして、私は猫の乗った台車を押して行った。

 しかしあるとき避けきれずに、テーブルにぶつかり、台車もひっくり返って中から猫が飛び出した。私は、猫を抱き上げて、そのまま今度は自分の体だけで駆けおり続けた。勢いがついてしまっていたので、料亭の外に出てそのまま暗い坂を走っていた。台車を取りに戻ることも考えたけれど、引き返すのも面倒だった。私は念じることで、再び台車を再現できるように思った。しかしそれでもそれは幻のようなものだから、またいつ消えるかわからない。そうなると猫がどこかに行ってしまいそうな気がして怖かった。

 そのあとも宇宙絡みのことが何かあったはずなのだがよく覚えていない。私は教室に入り、生徒たちに面していた。事務室から直角に入った細長い教室で、横三列縦十二列くらいに机と椅子が並んでいて、黒っぽい制服を着た生徒たちで満席だった。私は元の教師に頼まれたとおり、テストの返却をしていた。知らない生徒たちだったから、名前と顔が一致しなかったが、答案に書かれている氏名を読み上がると、ハイと手を挙げてくれるので助かっていた。

 そうやってゆっくり配布を続けているとだんだんざわついてきた。返却を待つ生徒たちが飽きてきたのだろう。中の一人が「先生授業してください。読んでください」と叫んだ。

 私はその生徒のところに行き、怒鳴りつけた。

「なんだと。読めだと。どういうことだ。何を読めというのか。教科書をか。そんなもの先生が読まなくても自分が読めるだろう。みんなもそうだ。暇なら自分でやることを見つけて自習しなさい」

 それから模範解答を先に配ればよかったかと思い直し、すぐ横に事務所に戻って、答案絡みの書類を置いてある棚を探ってみたけれど、見当たらなかった。同僚の教師がそんな私を見つけて声をかけてくれた。

「封筒の中にありましたよ」

 私は引き出しの中にあった書類封筒を持って再び教室に戻ったけれど、封筒の中にもやはり模範解答はなかった。私は仕方なく、答案の返却を続けた。どうやら部分的に座席の順番に並んでいるようで、生徒たちの何人かは前の名前の次は自分の順番だと分かってあらかじめ手を上げるようになった。しかし、名前を書いていない生徒が何人もいたので、そういう場合は飛ばすことになった。

「あ、それ私のです」などという生徒もいたけれど、名前の書いていないものをそのまま返すわけには行かなかった。私の持った答案を椅子から伸び上がってひったくるようにする生徒がいたので、私は宙に高く持ち上げて避けた。生徒たちは不満そうな顔はしたものの、諦めて座席に戻った。

 全て配り終えても、名前のないものが五六枚残った。私は教卓にそれらを並べて、呼ばれていない者を前に呼んだ。教師用のデスクは木製でいろんなものが雑然と載っていた。手元の近くにちびた鉛筆が数本立ててあったので、それを少し向こうのガラス瓶の中に放り投げた。小さな透明の瓶で、何も入っていないように見えたのだけれど、鉛筆が見事に中に入ると、しゅるしゅるという音がして黄緑色の煙が現れた。何らかの液体が入っていて、それと化学反応を起こしたようだった。中の一本が飛び上がって、一人の生徒の足元に落ちた。生徒がそれを拾おうとしたので、制した。

「触ると痒くなるかも知れないよ」

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