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再会する

 細長い部屋の奥の方、ベランダに通じるサッシの手前に、キッチンテーブルが置かれていて、私たちはそこの椅子にかけている。私と同居人とが横に並んでいて、同居人の向かいにもうひとりの人物が座っている。テーブルの上には何冊かの本が雑然と置かれていて、私たちはそれについて話をしている。同居人の向かいに座っている人物は、見た目は私の中学時代の親友だった。最後に会ったのは高校生のころだから、実感はないけれど、二十代で交通事故で亡くなっていた。

「当時の私たちといえば、その本が必要なものかどうかというようなことばかり話していた」

 同居人がそう話す。話している相手は、私の亡くなった友人ではなくて、パソコン通信の文学フォーラムで知り合った誰かかもしれなかった。

 私たちの背後には書棚があり、たくさんの書物が並んでいた。その中のつやつやしたカヴァーのかかった一冊の文庫本を手にとって、私は話を補足した。

「たとえばこのコンラッドの短篇集。当時は必要だということにしたけれど、今はそうは思わない。何年か経てばまた評価は変わるかもしれないけれど、これから読む保証もない」

「まだ読んでない?」

 私はニヤリと笑うだけにした。それから立ち上がって、書棚とテーブルの狭い隙間を歩いて手前の方に移動した。書棚の横には半透明の分厚いビニールシートが垂れていて、その向こうにはカウンタテーブルのようなものがあり、その向こうの椅子に、太った若いいとこが座っていた。いとこではなく、いとこの子供だったかもしれない。私は、台所につながる戸口のところの壁にぶら下がっていた傘のようなものを手にとって、その矢尻をそのいとこの子供に向かって突き刺すようにした。

 しかしビニールシートがそれを受け止めて、人の身体には到達しなかった。

「届かないねえ」

 いとこの子供は笑った。

 私はキッチンからまた別のものを取り出してきた。それは、黒い鉄の棒で、長さは二メートルくらいで細長く、先は鋭利に尖っていた。それを勢いよく突き刺したら、ビニールシートを貫通して、いとこの子供の座っていたところまで届いたけれど、間一髪、椅子ごと後ろに倒れるのだった。

 私は外に出て、アーケードのあたりを歩いて行った。途中で後輩の一人と出会い、それから中村と呼ばれる若者と合流した。坂の上に来たら、目の前に、高さ数十メートル、幅五六メートルのはしご段があった。鉄か強化アルミで出来ていて、白っぽい色をしていた。それが斜め四十五度に傾いていて、私たちが歩いていくとちょうどそのてっぺんに来る。この上を降りていくのだった。私はおっかなびっくり、はしごに登り、うしろむきに降りていったけれど、その下を塞ぐものがあった。

 運搬業者だか警備員だかが大声で叫んでいた。

「バックにギアを入れて!」

「ゆっくり! ゆっくり!」

 トラックはエンジン音を響かせて、鉄ばしごを降りていった。

 私たちはそのあとからゆっくりと下っていく。

 下の町には喫茶店や事務所が並んでいて、突き当たりの門を入るとそこは何かの学園で、多くの学生たちで賑わっていた。台の上には壊れたおもちゃや古本などが散らばっていて、私はサークルの後輩とふたり、それらを矯めつ眇めつしながら、緊張感のあるようなたわいないような会話をして、うろうろした。中村はいつの間にか座って、水の中にハンダのようなものを垂らして何かを作っているようだった。中村は何も言わずに作業に没頭していたので、後輩が代わりに説明してくれた。

「高く売れるんだ」

 それから二十年経った町に私は再びやってきた。アシスタントのような案内人が私を連れて行った場所は、かつて喫茶店だった場所だった。薄汚れたコンクリートの戸口をはいると、奥にプラスチックの階段があったけれど、手前のエレベータの前に作業着を着た人物が二人いた。

「上がやっていますよ」

「昔と同じ値段でコーヒーが飲めるよ」

 私たちは狭い箱の中にギュウギュウ詰めとなって、ガタガタ揺れながら登っていった。何階だかわからないけれど、少し上で降りると、オレンジ色の照明の中、木製の作業台のようなテーブルがあり、椅子には小学生たちが座っていた。その中に若者が一人いて、それが小学生たちの教師で、あのとき同行した後輩にそっくりだったけれど、ほとんど歳をとっていなかった。教えているのはどうやらスペイン語のようで、後輩もスペイン語学科だったことを考えれば、当人に違いなかった。

「○○さんでしょ」

 声をかけても本人は曖昧に笑うだけだったので、私はさらに畳み掛けるように問い詰めた。

「中村とつき合っていた」

「確かにそう。今は中村はいないけどね」

「私のことを覚えている?」

「覚えている。全然変わらない」

「いや歳をとった。もう五十歳だ」

 子供たちが賑やかに発音練習をしている中、呆然と立ち尽くす私の方を、若いままの後輩が優しい眼差しで見つめていた。

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