電話がかかってくる
石畳の通路がずっと続いている。もう少し行くと駅舎にたどり着くだろう。地方の県庁所在地の大きな駅だ。通勤通学時には人で溢れかえるけれど、今はそれほどではない。ここから見るとむしろ閑散としているようだった。それなりに人通りはある。スーツ姿の会社員や買い物の前後らしい若い人の姿もある。
駅のロータリーに続くところで舗道は大きく折れ曲がり、通路は左右に分かれて、その中央に広く芝生のはられた一角がある。角を丸めた大きな多角形の部分は、通路よりも少し高くなっていて腰を下ろすことができるようになっていたので、そこに座って弁当を使っている勤め人の姿がいくつかあった。
私もさっきからどこで昼食をとろうかと考えていたのだ。それにしては何も持っていない。どこかで弁当でも売っているのだろうか。しかし見渡す限り店の姿がない。それどころか駅の姿さえぼんやりとしている。陽炎が立っているのだろうか。周りの人たちもどんどん減っていき、やがて私以外に二人だけになってしまっていた。私もその二人もきっちりスーツを着込んでいるが、暑くはなく、汗もかいていない。その二人はどうやら知り合いのようで、にこやかに何やら話しかけてくるけれど、何を言っているのかわからない。私も曖昧に笑って相槌を打っていた。
芝生に座ろうか。どうしようか。そんなとき、どうしても気分が高揚してきたのだった。石で象られた広場がものすごく広大に感じられた。私は両手を広げて、飛行機になったつもりで空を飛ぶように走り回った。友人たちは「何をやっているんだ」と咎めるような目を向けてきた。私は車道に出る手前で、旋回した。思ったよりこの空は狭いようだった。
日差しが暑かった。何時だろうと思って、ポケットからスマートフォンを取り出してみるが、反射してよく見えない。そのとき、手に持ったカタマリが振動した。何回かヴァイブレーションがつづいたところでようやく着信だと気づいて、ボタンを押して耳にやった。誰からの電話なのか、表示が相変わらず見えなかった。
「はい、もしもし」それが誰からでも良いように曖昧に返事をした。
「もしもし、今どこにいるんだ?」親だった。
「今は昼休みで外に出ています」
「本当か。まだちゃんとイオンで働いているんだろうな」
「もちろんです」
「なんだかまた誰か自殺したっていう話だぞ」
ようやく日差しが陰ってきた。ロータリーに赤い車が入ってくるのが見えた。人通りが増え、雑踏の物音が復活した。振り返ると、通路を数百メートル駅から反対側に行ったところに、大きなビルが見えた。そのビルには商店やオフィスがいっぱい入居していて、ここを歩く人々のほとんどはそこに用事がある人たちだった。私はそちらに向かって歩いていった。
「もちろんですよ。いまどこですか。そちらに向かいますよ」などと言っていたら、親はほかの誰かと交信し始めた。混線してその会話が聞こえてくる。断片的に言葉が聞き取れるだけで詳しい内容はわからない。
「いや、構わない。でも、もうそろそろ昼休みも終わりだろう」
横から派手な服装をした人物が現れて並んで歩いた。親と話をしていたもうひとりの人物のような気がした。普通に挨拶をして、天気の話などをした。すると向かい側から歩いてきた、背が低く太った人物が、私の顔を見るなり突っかかるように走ってきた。ちょうどタクシー乗り場のあたりだった。
「あなた、どういうつもりなの」
見覚えのない人物だった。しかし私の腕を拉致するように捕まえて延々と話しかけてくるのだった。その内容は私がおこなった仕打ちに対する呪詛ばかりだった。
「あなたの親ごさんだって泣いているわよ」
もちろん私の両親はとっくに亡くなっている。
だんだんビルが近づいてくる。親にはさっきああいったけれど、昼休みでも何でもない。私の目的地はどこにもない。もしかしたら一階のスーパーマーケットで安い食品を買うかも知れないくらいだ。そういえば自転車はどこに置いたのだろう。駐輪場はどこにあったのだろう。