助け合う
引き戸が少しだけ開いていて中が覗けた。そこは教室で、生徒が数名残っておしゃべりをしている様子だった。先生もいるのかどうかは定かではなかった。もう勤務時間は終わっていたし、終電車に間に合うかどうか考えていた。吹き抜けの廊下に出るともう真っ暗で、遠くに駅の時計台だけがスーパー満月のように光っているのを見やった。
格子のはまった窓から中を見ると、同僚の一人がガサゴソとなにか片付けをしていた。私はそれを尻目に、コンクリートの廊下を歩いて隣の部屋を見に行った。そこも進学塾の教室のはずだった。私もきょうからここに勤めていて、しかも教室長のはずだったけれど、何をしていいのやらさっぱり分らなかった。
そうやっていくつかの窓を見ていくと、まだ先生や生徒たちが残っているところもあった。暗い窓が二つほど続いて、その向こうには窓だけではなく扉もあって、奥に白衣を着た人物が立ち働いているのを見つけた。私はその人物を知っていた。私が以前勤めていた別の会社で、アルバイトとして来ていた大学生だった。あれから何年も経っていたからとっくに大学は卒業しているのだろう。鉄柵の前に木札で会社名が書かれていて、ああここに移ったんだなと妙に納得した。
階下に降りると、小さなホールになっていて、数十名の客たちが集まっていた。これからなにか芝居か演歌歌手のショーが行われるようだった。ガラス戸に貼られたポスターを見ると、私が中高生のころ大好きだった作家の記念パーティが行われるという宣伝だった。実施日は五月三日四日五日となっていて、ゴールデンウィークだな、来れるかなと考えた。チケットはもう売り切れているのだろうか、私はまだファンクラブに入っているのだろうかなどと考えた。
私が駅に到着すると、たくさんの生徒たちが並んでいた。電車がやってくるアナウンスがあり、フォームとフォームの間の踏切がカンカンカンとなって降りようとしていた。それをくぐり抜けていく者もあり、迂回して別のフォームに行く者もあった。私が逡巡していると、若い人物が話しかけてきた。
「こっちがいいよ」
私は言われるがままについていったが、そのルートでも間一髪で踏切が鳴り始めた。しかしまだバーが降り始めていなかったので、腕を引っ張られるようにして走った。奥の方のフォームに上がり、既に到着していた列車の横を通って、乗ろうとしていたら呼び止められた。
「Aフォームのほうがいい」
ここはBフォームだった。ずっとそのまま進んでいくと、フォームの突き当たりに車止めがあった。その車止めと止まっている電車の最後尾の間に数メートルの隙間があったので、私たちはそこを通り抜けてAフォームに渡った。
私たちは食堂車に乗り、そこで食事をしたけれど、食べ終わる前に到着して、それぞれ残飯の皿を持ったまま町に降りた。後ろから小学校の担任の先生が叫んでいた。
「おーい、これから一人ずつ確認するかならな」
「はーい」と下校しながら可愛い声で返事をする小学生たちを追い越して私たちは歩いて行った。
数名がそれぞれ食器を抱えていて、ちょうどいい曲がり角などにそれを置いていくのだった。私はもたもたしていて、捨て場所がよくわからなかった。ご飯がいっぱいに載っていて、その上に角氷が大盛りになっている皿を持ったまま、とうとう商店街の突き当たりまで来てしまった。
「この先の住宅街はダメだね」
最後までついてきてくれた連れがアドヴァイスをしてくれた。
私は踵を返して一つ目の角のところに看板があるのを読んだ。
「角バー」と書いてあった。
「なんの店かな」と連れが尋ねた。
「居酒屋じゃないか」
路地に入っていくと、薄ぼんやりと「角バー」と書いた電飾が見えた。店はやっているのかどうか、赤っぽい暗い照明の中に人がいるのかどうかよくわからなかったが、単に居酒屋というよりも、もう少し高級そうな飲食店に思えた。店の窓が途切れるところまで行って、手の皿を地面に置いた。
ちょうどそのとき板塀の木戸が開いて、箒を持った和装の人物が出てきて、走るように商店街の方へ向かった。私たちは知らんぷりをしてそのあとを追いかけるようにすると、誰かとおしゃべりを始めたので、元来た道をワンブロックだけ戻ってから、さっきの路地と並行の道に曲がり込んだ。そこを通り抜けると大通りで、自動車が走っていた。
「ここは来たことがない」
遠くに丸い地球儀が見えた。その向こうに水をシンボライズした校章が見えた。
「あそこが私の行っていた大学だから」
そのもう少し手前に赤い校章が見えた。
「あれが君たちの大学じゃないかな」
駅の方に戻っていくと、巨大ショッピングモールのような建物があったが、街灯だけが光っていて誰もいなかった。
「ここが大学だ」
ひとつの校舎の裏手の芝生を歩いていくと、空いているドアが見つかったのでそこから中に入った。廊下にあった掲示板を見ると、私の専攻している学科の授業はまだやっているようだった。しかし連れはがっかりしたようにこう言った。
「原子物理学の講義はもう全部終わってしまった」
「それはもうどうにもなならないのか」
「試験を受けたら単位はもらえるけれど、問題は講義のときにしか配られないから」
「わがった。なんとかしてやっぺ」
何故か東北訛りでそう言った。