時間が押していく
研究発表が行われていた。研究発表といっても種々様々である。論文を読み上げるものもあれば寸劇形式のものもある。実際に実験を行なって見せるものもある。ただしそれはとことんそのやり方を見せるというのではなく、その概要やポイントを端的に示すもののようで、一つ一つはそんなに長くはかからなかった。本格的に発表しようとすれば、それぞれ何時間もかかるだろうし、あるいは一日中かけても時間が足りないかもしれない。それらの発表はだいたい三十分から四十分で、長くても1時間以内だった。しかし、それぞれに準備があるし、後片付けもある。次第に時間を押して、予定よりも長くなっていった。
場所は、学内の講堂だった。正面に木製の舞台があり、演壇が設えられている。バトンにライトがぶら下がり、演者を照らしている。客席にはスタック椅子が整然と並べられていて、数百人の学生たちが、三々五々着席している。最初はまばらに集まり、やがてほぼ満席となった。しかしここへ来て、夜が遅くなったこともあり、帰るものたちが現れて、どんどん減っていった。
私は右側の舞台と後ろの出入り口のちょうど中間あたりに腰を下ろしていた。
「随分時間がかかっているね」私は、隣の学生に話しかけた。
「そうだねえ」隣にいたのは、私の友人で、この発表会のスタッフのひとりだった。
実は私もエントリーをしていた。別段私には発表するような研究成果はなかったけれど、記念になるからという理由で、この友人にそそのかれていたのだった。そのくせ、予定通りに進行していないことに大して心配もしていないし、善後策も講じるつもりはなさそうだった。みんなが、心ゆくまで舞台上で演じればいい、という態度だった。それ自体は心強く感じる。しかしこうまで時間がかかっては、というのが衆目の一致するところではなかろうか。タイムテーブルが発表されていないところにも問題があるような気がする。自分の番がいったい何番目なのかわからない。大体何時ごろというのは知らされていたけれど、そんなのはとっくに過ぎ去っていた。
現在壇上ではひとつの発表が終わり、次の準備が進められていた。なにやら実験結果を披露するらしく、器具や道具が運び込まれていた。
「トイレに行ってきてもいいかな」と私は言った。「まだ順番じゃないよね」
「そうだね。まだ先だから、大丈夫だよ」
ところが私が戻ってくると、大変なことになっていた。先ほどの実験が、失敗したのかもともとそれでよかったのか、舞台や前の方の座席が、水浸しになっていた。それをスタッフや有志の学生たちで掃除にかかっているのだった。
「これでますます遅れるね」と、友人が言った。
舞台の上がきれいに片付けられ、次の準備が始まった。本来ならもうそろそろ、お開きの時間だった。
「まだまだあるのかい」
「もう少しだ。あと十人ばかりだ」
十人と言えば少ないようだけれど、一人半時間としても五時間はかかる。少し急いだほうがいいのではないだろうか。しかし特別急ぐでもなく、かと言ってゆっくりというのでもなく、発表が淡々と進んでいく。
いつの間にか会場が左右半分に仕切られて、左半分は工事用のビニールシートで覆われてしまった。もう片付けるのだ。そして模様替えをするのだろう。いや解体が始まっているのかもしれなかった。今夜の行事が全て終了すれば、この学府自体が消滅することになっていたのだ。
私はかたわらのギターを抱き寄せ、チューニングぐらいやっておいたほうがいいだろうかと考えていた。黄色い表紙の譜面は用意してあった。その中の数曲を、弾き語りで歌うつもりだった。近くに座っていた女性が、私と同じ考えを持ったかのように、ギターケースから中身を取り出して用意を始めた。もしかしたら、次の順番なのかもしれなかった。
「高そうなギターだね」
「いくらぐらいなのかな」と、友人が興味なさそうに告げた。
「これは一万円くらいだけれど、あれは十万くらいはするね」
値札を見ると、もっと高かった。一番上の数字は5で、区切りのカンマが三個あった上に、小数点以下まであった。
「私はもういいよ」
だんだん気遅れが生じていた。そもそも私のは研究でもなんでもなく、趣味の歌を歌いたいだけなのだ。